星の子2
アンテの願いを叶えるため、フィニィは夜と昼を何度も行き来し、花を摘めるだけ摘んだ。
最後は鞄に入りきらずフードや上着の隙間まで使い、丸まって眠る哲学ネズミの腹の間にも二輪差し込んだ。
萎れないうちに急いで洞窟に戻ると、入り口で魔女が二人を待っていた。
花まみれのフィニィの出で立ちにやや呆れ顔を見せたものの、何も言わず外で花を降ろすのを手伝ってやる。魔女はアンテからフィニィより先に話を聞いていたのである。
花で星空を作る際に茎は不要だ。
フィニィと魔女はぷつぷつと一つずつ茎を取り、花の部分だけ山のように地面に積み重ねる。
そして、すべての茎を取り終えると、魔女は小瓶から藍色の砂を手のひらに出し、
「陽を一匙」
呪文とともに息を吹きかけた。
舞い上がった砂は花の山に振りかかる。
すると花がふわりと闇に浮かんだ。
アンテを中心に宇宙ができる。
彩りに溢れた星の群れが、どこにいても彼女を一人にはさせない。
『きれい』
アンテは微笑みながら、泣いていた。
『本物の星空よりすてき。ねえ、エリトゥーラ』
「そうだな」
『フィニィ、アンテは星に見える?』
見える、とフィニィは答えた。
洞窟で出会った最初から、フィニィはアンテが星に見えていた。
『嬉しい』
小さな星は羽を一瞬震わせた。
『フィニィが森にきてくれてよかった。おかげでアンテは星になって死ねるの』
フィニィは目を見開いた。
その鼻先にアンテが別れのキスをする。
『ありがとう、フィニィ。エリトゥーラをよろしくね』
「世話をしているのは私のほうだが」
『エリトゥーラもフィニィがきて嬉しかったはず。エリトゥーラのお姉さんはなんでもお見通し』
アンテは魔女の鼻にもキスをする。
いつもならばもう少し反論するところだが、今回の魔女は早々に折れた。
「――お前が死んでも私は一人きりにはならない。安心して眠れ」
『うん』
アンテは妹の大きな手のひらの上で、最期に瞬く。
『さよなら』
水銀色の体が砕けた。
欠片すら残らず虚空に消えてしまう。
花が闇に漂うだけの、仮初の宇宙を残して。
アンテが死んだ。
フィニィはまだわけがわからない。まるで母が死んだ時のようだ。しかし母と違って、アンテは病気でもなんでもなかった。
なのに。
「寿命だったんだ」
魔女の説明にそれ以上のものはなかった。
しかしフィニィは受け入れられない。
「やだっ!」
もう何もいない宙に叫ぶ。
「なんでアンテっ、し、しんじゃやだ! やだっ、のにっ」
喉の奥が引きつって痛い。
泣いても泣いても悲しみは吐き出すことができず、言葉は嗚咽に変わっていった。
「ぅああっ・・・ぁぁあああっ!」
また失った。また止められなかった。
なんで、どうして、と裾に取りつく子の背を魔女はなでてやる。
「お前はそんなふうに泣けたのか」
普段は大人し過ぎるくらいの子供の叫びが、魔女には新鮮だった。
その薄片の漂う瞳に涙の気配はない。彼女は死や喪失を惜しむべきものだとは思っていないのだ。
ただ、フィニィの嘆きは理解している。
いつまでも泣きやまない子を抱き上げ、ユピの木の根に座りなだめ続ける。
フィニィは魔女の胸元に顔を押し当てたまま。
それでも少しずつ嗚咽が収まってきた頃、魔女は静かに語った。
「アンテは最初に生まれた夜の子だった。だから皆の姉だと自分で言っていた。母が私を生んだ時、夜の国から母を逃がしたのもアンテだ。その頃からよく洞窟に遊びにきていた。夜の王に母を連れて行かれた時には私のかわりに泣いていた。――アンテは孤独がつらいものだと思っていた。お前がくるまでは、私を置いて死ぬのが不安だったらしい。私は一人でもなんともないのに」
フィニィが森にきた時から、アンテはすでに気が遠くなるほどの年月を生きていた。
突然の死ではなく、アンテや魔女にとっては自明の死であったのだ。
「・・・エリトゥーラも、しぬの?」
ぐずりと鼻を鳴らし、フィニィは尋ねた。
「死ぬ」
魔女が答えると、小さな手が魔女のドレスを握りしめる。
「私は不老だが不死じゃない。不老だからこそ不死にはなれない。生き続けるためには老いなければならない。私は生まれた時からこのままだ。老いることも若返ることもできないから、夜の王のように永遠には生きられない。石などと同じと思え。少しずつ力が削れ、やがて形を保てなくなる」
「・・・やだ」
「心配するな。さすがにお前よりは長く生きる」
そう言われてもフィニィの震えは止まらなかった。
目の前の相手にも死があるという事実が怖いのだ。
この恐怖はいくら背をなでてやっても解消しない。
魔女は小さく、溜め息を漏らした。
「・・・お前は、一人では生きられないんだろうな」
魔女はフィニィが死んでも、おそらくまた涙の一つも零さず洞窟で変わらぬ日々を過ごせる。
だが、魔女が死んだらフィニィはどうすればよいだろう。
容易く折れてしまいそうな子を抱き、魔女はそんな《もしも》を夢想した。




