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レストランの娘ティナ/ディップダイのワンピース/バニラビーンズのプリン 2




 ジルは最初の草木染めが成功してから、どんどん技術的なステップアップを果たした。


 森の草花を採取して様々な染料を作る。

 木綿や麻の生地に染める。

 生地ではなく、ワンピースやチュニック、スカートやローブを直接染める。

 とにかくできそうなものは片っ端からやってみた。


 そして「絞り」という技法にもチャレンジした。


 「絞り」とは、染まる部分、あえて布が染まらない部分に分けることによって模様を表現することだ。布の一部分を縛って染液に触れないようにしたり、あるいは一部分だけを染液に浸したり、やり方は色々ある。


 もちろん、絞りという概念はダイラン魔導王国や大陸全土の国々に存在している。染め物のテクニックとしては至ってシンプルであり、基礎的なものだ。


 だが、どのような模様を作り出すか。テクニックをどれだけ掘り下げているか……という点では、アカシアの書の一冊に書かれていた技法の方が遥かに深かった。


「できたぁー! できましたー!」


 ジルは、書斎の鏡の前で自分の作り上げたワンピースを着て、ストールを首に巻き、くるりと回った。想像以上の出来映えに感動し、窓を開けて喜びの声を上げた。それはこだまとなって森に響き渡る。そのくらい大きな声だった。


 森の中を探検する子供らが魔物か何かと勘違いしても、それは仕方のないことだろう。


「いやー、これは予想以上ですね……!」


 ジルが作ったものは、ディップダイのワンピースだ。


 ディップダイとはグラデーションを染色で表現することを指す。たとえば上半分を染めず白い生地のままで、下半分を青に染め、その中間の部分を薄い青で染める。自然の染料で、自力で染めるとなると直線的でくっきりとした境目を作りにくいので、中間色を二つか三つ入れるだけでも十分に自然な仕上がりになる。


 ここでジルは、【液体操作】の魔法を使ってより複雑で自然な風合いのグラデーションを表現した。ジルが設定したテーマは「空」だ。左の脇から右肩にかけて斜めに色の境目ができている。上部は何も染めていない白だ。そして下部は鮮やかで明るい青だ。タデアイの葉によるものだ。


 タデアイ。つまり、藍だ。


 古くから伝わる藍染めに使われる原材料がタデアイである。和服や小物などに使用されたり、あるいは藍で染められた作務衣さむえを実用品として愛用する職人も少なくない。


 とはいえジルがワンピースに施したのは伝統的な藍染めではない。藍の乾燥葉染めという手法だった。


 藍染めはタデアイの葉を数ヶ月発酵をさせて染料を作らねばならない。だが、取ったばかり葉を何の加工もせずに染料として使う生葉染めや、乾燥させた葉を使う乾燥葉染めもある。染液をアルカリ性にするため消石灰などを使うため注意が必要だが、ジルは薬品の扱いも少しばかり心得があり問題はなかった。


 ワンピースに施したタデアイの乾燥葉染めは、藍染めほどの深さや濃さは出ないが、その分明るく爽やかな青色が出る。


「ワンピースも問題なし。ストールも素敵ですね」


 そしてストールの方は、生葉染めを使ってより軽い風合いに仕上げている。

 更には、雪花絞りという技法を使って模様を描いた。

 布を折って端の部分だけを染める、板締め絞りの一種だ。

 畳んだ状態から開くと、雪の結晶や花が均等に並ぶような模様になる。


 だがジルが意図したのは、雪や花ではない。

 ワンピースより更に薄いスカイブルーの中に、真っ白な図形が並んでいる。

 太陽の光をイメージして染めたものだ。

 自分のコンセプト通りの物に仕上がり、ジルは今にも飛び出したい気分だった。


『ジルさま。セキュリティシステムにアラートが発生しました』

「うひゃっ!?」


 そんな気分に水を差すかのように、アカシアの書が言葉を発した。

 しかも、音声ではなくジルの脳内に直接響いた。


「せ、せきゅりてぃ? なんですかそれ?」

『つまりは、森に侵入者が現れました』


 アカシアの書は様々な本に変身する以外に、とても便利な機能があった。それは、屋敷や周辺の森の状況をすぐに知らせてくれるという機能だ。


 アカシアの書のページに森の地図が浮かび上がり、どんな魔物がどこに生息しているか、どういう花や植物が生えているか、表示される。ジルがタデアイなどの染料となる草花を採取できたのもこの機能があってこそだった。


 もっとも、ジルがこの機能についてアカシアの書に質問しても、「ユーザーが不明な配布元からインストールしたプログラムであるためサポートは不可能です。トラブルの際は配布元へお問い合わせをお願いします」と謎の呪文を唱えてそれでおしまいだった。


「ど、泥棒ですか?」

『不明です』

「ええと……」

『魔物に襲わせることもできますが』

「いやいやいや、いきなり魔物けしかけるとかやめましょうよ。どんな人が来てるんですか?」

『映像を表示します』


 アカシアの書が光を放ち、ページがディスプレイのようになって映像が流れる。


「子供?」

『はい。人類種の幼体かと』


 五人の子供がああだこうだと騒ぎながら歩いている。

 盗賊や泥棒と表現するにはあまりにも可愛らしすぎる。

 恐らく先頭を歩く黒髪の少女がガキ大将なのだろうとジルは見当をつけた。


「……はぁ。勝手に入って来ちゃったんですね。一応、町とは別の領地なんですけどねぇ……まあ、どうせ忘れられてるんでしょうけど。私だって最近までこんなところあるなんて知らなかったですし」


 ジルは迷った。


 どうせ子供が度胸試しか何かで忍び込んだのだろうと予想が付いた。ジルも、コンラッドに養育してもらっていたときは、それなりに元気な悪戯っ子だった。この手の子供たちには共感を感じさえする。怒りなど別に感じない。


 だが一方で、子供たちだけで魔物がうろつくような森を歩いてはいけない。忘れ去られているとは言え、この森も屋敷もジルが支配する領地だ。何の許しもなく領地を出て他領に忍び込むという子供たちの行動は、言い逃れできない犯罪だった。


「でも杓子定規に処理して町に報告すると罪が重くなっちゃいますね……それも可哀想ですし……ふむ」


 ジルはしばし悩んだが、すぐに結論を出した。


「ちょっと脅かしてきますか」







 ジルは、威力の大きな魔法は使えない。


 それによって叱責され、侮られた。ジルはそこに甘んじていたわけではない。大きな魔法を使うための訓練をすると同時に、小さな魔法を効果的に使うための模索をしていた。


「【濃霧】」


 これは【水生成】、【加熱】、【微風】の三種の魔法を同時に発動する魔法だ。

 生み出した水を一瞬で蒸発させ、それを周囲一帯に張り巡らせる。

 森の中では一瞬で曇りになったかのような錯覚を覚えるだろう。


「【照明】」


 そしてこれは、【灼光】の失敗魔法だ。

【灼光】は、光を一本の筋に束ねて熱を一点に集中し、あらゆるものを焼き切る魔法だ。だがそのコントロールに失敗すると、ただぼやけた白い光が出るだけで何の威力も持たない。周囲を照らすだけだ。


 だがジルは「これはこれで松明代わりになって便利だ」と割り切って使っている。それを今回【濃霧】と組み合わせて使った。


 すると、見事に霧に自分の影が大きく照らし出された。

 子供たちは驚いているに違いないとほくそ笑み、ジルは更に脅かした。


「この森を荒らすのは、誰だぁー!」


 ここで脅かしておけば、子供たちも二度と森に入ろうとはしないだろう。そう思いジルは、子供たちの想像するお化けのフリをすることにした。遠目から見ただけでも子供たちは怯えており、稚拙な脅かしでも通じるだろうと思ってのことだった。


「あれ?」


 だがジルは少々勘違いしていた。


 ジルの魔法による威嚇は「稚拙な脅かし」などというレベルなど遥かに超えていた。

 少なくとも、子供の恐怖を煽るという点においては文句なしの効果があった。

 その証拠に、一人の少女が気絶して倒れている。


「……やってしまった」


 流石にこのまま放置するわけにもいかない。

 そして子供たちは忘れたのか見捨てたのかわからないが、すでに立ち去っている。

 ジルは申し訳なく思いつつ、倒れた女の子を保護することにした。





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