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レストランの娘ティナ/ディップダイのワンピース/バニラビーンズのプリン 1




「森の中の屋敷に、幽霊が出た?」


 料理店の娘のティナは、その言葉を口に出して後悔した。

 幽霊に襲われる自分をまざまざと想像してしまったからだ。


「そうよ。知らないのティナ? 行ってみましょうよ……もちろん、大人には内緒で」

「ええ……でも、家の手伝いがあるし」

「あら、怖いの?」


 道具店の娘アデリーンは、困惑するティナを鼻で笑った。


 ティナは、アデリーンのことが苦手だった。アデリーンは、他の友達と共にティナをよく遊びに誘った。ティナは引っ込み思案であまり友達の多い方ではなく、本来ならばありがたい誘いだ。


 ティナも誘われたばかりの頃は、アデリーンのことが好きになった。可愛らしく華やかな顔立ち、堂々としてハキハキした受け答え、頭の回転の速さ。そして親の羽振りが良く、いつも素敵な服を着ている。同い年の子の中ではもっともリーダー気質に優れた子だ。


 だがその一方で、アデリーンは少々いじめっ子気質だった。


 泣いてる子はからかう。のろまそうな大人には遠慮なくいたずらを仕掛ける。別のグループの子にアデリーンの子分がいじめられたときは全力で反撃するが、それは優しさというより「自分が馬鹿にされた」という怒りのためだ。


 ティナはアデリーンの勢いに付いていけないと感じて、次第に言い訳をして誘いを断るようになった。家の手伝いがあるとかなんとか誤魔化して。


「手伝い? 馬鹿ねぇ、ティナはまだ小さいんだから気にしなくったって良いのよ。……ねーえ、マルス! ティナ、借りていっても良いかしら!?」


 それでもアデリーンは、強引にティナを誘った。アデリーンの目的はティナではなく、ティナの兄のマルスだったからだ。いつもこうしてティナの自宅兼レストランに来ては、マルスの顔を見るのがアデリーンの日課だった。


「ん? アデリーンか。いつも悪いな、妹と遊んでくれて」


 厨房から出てきたマルスは、爽やかな微笑みをアデリーンに向けた。


 ティナの兄マルスはまだ十二歳だが、いっぱしの顔で家業のレストランを手伝っている。


 包丁のさばき方も少年らしからぬ堂々としたもので、なじみ客からは未来の料理長だなと半分はからかい、半分は本気で言われている。だがマルスはそれを鼻にかけることもなく穏やかで生真面目で、そして何より美少年だった。


「で、でも、手伝いが……」


 ティナがそう言うと、マルスは微笑んでティナの頭をなでた。


「うん? 別に仕込みの手伝いは俺一人で大丈夫だぞ。遊んでこいよ」

「う、うん……」


 マルスは生真面目だが、人間関係の機微にはまだまだ鈍感な子供だった。


「でもあんまり遠くには行くなよ」

「あ、それは」


 町の外れの森に行くと言えば止めてくれるだろうとティナは思う。

 だがそれを察したアデリーンが機先を制した。


「大丈夫、危ないところには行かないわ!」


 アデリーンがマルスに片思いしているとは言え、生来の悪戯好きを抑えて年上の言うことを素直に聞く子ではなかった。


 こうして今日も、ちびっ子たちの冒険が始まる。







 シェルランドの町は、あまり旅人の訪れない町だ。


 交易商や貴族ならば町の出入りでとやかく言われることはないが、子供たちだけで町の外に出るのは難しい。絶対不可能ではないが、何の目的なのかは厳しく追求される。ただ遊びに行くというだけで子供を快く送り出してくれるはずもない。森へ行くなどと言えば、問答無用で門番の屯所に閉じ込められて説教コースだ。


 だから今日もアデリーンは、秘密の抜け道を使うことにした。町の東側の壁には子供がギリギリ通れるほどの穴があり、その周囲には民家もないので誰かに見られる可能性は少ない。今日もアデリーンたちはこっそり町を抜け出して遊びに行くのだ。今回の目的地は町の隣の森――通称、誘惑の森だった。


「屋敷はここからまっすぐ行ったところね。行くわよ!」


 その誘惑の森に、アデリーンとその友達、計5人が足を踏み入れた。


「帰ろうよぉ……勝手に入っちゃダメだって……」

「まったく怖がりねぇティナは。大丈夫よ。魔物は大人しくなってるもの」


 森には言い伝えがある。誘惑の森の奥に、幽霊屋敷があるのだ。屋敷の門は固く閉ざされており、不思議な魔法に阻まれて塀を乗り越えることも穴を掘って忍び込むことも一切できない。また無理やり入ろうとした者には魔物が容赦なく襲いかかる。宝物を求めて忍び込む盗掘者は誰一人残らず命を落とす。


 だが、そんな凶悪な魔物が大人しくなる時期があった。


 幽霊屋敷の主人が目覚めたときだ。


 その屋敷の主人の正体はわからない。魔導王国に反旗を翻した邪悪な魔女であるとも言われる。すでに滅び去った古代王国の魔法使いの幽霊であるとも言われる。あるいは、異世界から訪れた賢者の末裔であるとも言われる。


 真実を知る者は誰もいないが、主人は絶大な力を持っている。絶対に逆らってはいけない。その屋敷の主人の怒りを買ったものは世にも恐ろしい目に会う。


 一方で、気まぐれに町の人間に慈悲や恩恵を与えることもあるが、それを受け取ることも考えものだ。屋敷の主人に魅了された者は、永遠に主人の信奉者となるからだ。主人が長き眠りにつくと、信奉者となった者たちは嘆き悲しみ、ずっと祈りを捧げて暮らしていたらしい。


「魔物がたまたまこのあたりにいないだけじゃないの……?」

「ふふん、大丈夫よティナ。見てごらんなさい」


 アデリーンはティナの手を引いてずんずんと森を進んでいく。

 ティナはおっかなびっくり付いていくが、ふと気付いた。


「あれ……? 鳩がいる」


 ティナの視線の先で、鳩がのんきに首を上下させながら森の中を闊歩している。


 鳩やムクドリはこんな森にはいないはずだ。素早い鳥さえも簡単に捕まえる魔物がひしめいている。逆に言えば、このサイズの臆病な生き物がのんびりしているということは、ある程度安心できるという証明でもある。


「だから言ったじゃない。怖がることないって」

「じゃあやっぱり、悪霊がいるってことなんじゃ……」

「悪霊の正体、あたし知ってるもん」

「ええっ!?」

「パパのお店に来たのよ。こっそり覗いたけど普通の女の人だったわ。全然怖くなかったもん」

「来たって……幽霊でしょ?」


 いぶかしげにティナが尋ねる。


「そうよ。魔物に乗って屋敷に帰っていったからあれは幽霊よ」

「じゃあ、生きてる人間じゃないの……?」

「それはこれから確かめるのよ!」


 胸を張るアデリーンには、どんな反論も通用しそうになかった。


「どうするの?」

「幽霊屋敷に行ってみるのよ。幽霊屋敷には何か秘密があるに決まってるわ。お宝があるって噂もあるし」

「秘密とかお宝って……どんなの?」

「それがわかったら秘密じゃないでしょ。だから行ってみるの。あなた質問ばっかりね。わからないことは自分で確かめなきゃダメよ!」


 はぁやれやれ、と小馬鹿にしたようにアデリーンは肩をすくめた。


「でもそれって、覗きとか泥棒じゃ……」

「もー、ティナは細かいわね! 行くの!? 行かないの!?」

「で、でも」


 行きたくない。


 ティナは、その一言が言えなかった。

 来てはいけない森で遊ぶのも怖いが、アデリーンの機嫌を損ねるのも怖い。

 何より本当に安全だなんて、誰にもわからない。

 どっちが正しい選択だなんて、ちっともわからない。

 どうしよう。


 そんな、ティナがぐしぐしべしょべしょと泣き出す一歩手前のときだった。

 びゅうと冷たい風が吹いた。

 体温が奪われ、アデリーンたちは少し震えた。


「……ちょっと寒いわね」

「う、うん」


 なんだかおかしい。


 そういえば、さっきまでのどかに遊んでいた鳩がいない。

 鳥や虫の鳴き声が聞こえない。

 さっきまでかすかに聞こえてきた雑音が、ぴたりと止まった。

 今まで燦々と輝いていた太陽が、雲に隠れた。

 ティナたちは、奇妙な違和感に気付き始めた。


「……よし、行くわよ!」


 アデリーンはこういうとき、逆に勇気を奮い立たせる性格だった。

 それが他の子供らを惹き付けるカリスマの正体だ。

 誰もが怖じ気づく瞬間に声を張り上げられる、そういう子供だ。

 蛮勇を持つ者を、子供はつい尊敬してしまう。


「………………ぁーあぁー……」


 だが、それは根源的な恐怖に打ち勝てるものではなかった。


「今の声、何?」

「わ、わかんない」

「女の人……っぽくなかった……?」

「だからわかんないって!」


 森の奥から聞こえてきた謎の声に、子供たちは慌てふためいた。

 やっぱり言い伝えは本当なのでは?

 そんな思いが、蛮勇に囚われた心を静めていく。


「な、何よ! 怖がっちゃって」

「あ、アデリーン……!」

「だから何!」


 アデリーンは、ティナの呼び声を聞いて振り返る。

 そこには、子供らの恐怖に染まる顔があった。

 視線は、アデリーンの背後に集中している。


「え?」


 アデリーンが振り向く。

 霧が出ている。

 さっきまで晴れていたはずなのに。

 次第に霧は濃くなっていく。

 そして、気付いた。

 霧に巨大な影が映っていることを。


「この森を荒らすのは、誰だぁー!」


 巨大な影が、喋った。


「でっ……出たぁー!」




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