仮面の貴婦人たち/もうひとつの真田/ローストポークサンドイッチ、ハニーマスタード入り 7
※次回は2/8になります。
次にジルが取りかかったのは、織り機の試作だった。最初は一人で作るつもりだったが、ガルダが遊びに来たときに図面に興味を示した。ガルダは木工にも一家言あるらしく色々とジルに助言をしてくれたが、ならいっそ手伝ってもらうという話になった。店舗二階の椅子を勧めて図面を広げ、ああでもないこうでもないと言い合ったり、部品を作ったり……の合間に、雑貨店を手伝ったり客にお茶を淹れたりしていた。
二人で取りかかったためか、織り機の試作そのものはすぐに終わった。そもそも織り機そのものがテーブルに設置できる程度の簡素なもので、負担も小さかったためでもある。
「しかしガルダさん何でも出来ますね」
「仕事の道具は自分で調整したり作ったりするからな。革包丁のグリップを削ったり作業台をこしらえたりもするから、ちょっとした工作なら得意だぜ」
「おかげで助かります」
「ところで疑問なんだが……織り機ってこんなもんなのか?」
完成品を見たガルダは、太い親指を顎にあてて首をかしげた。
織り機のパッと見を一言で説明するならば、細長い木の枠だ。大きさは、窓枠の半分くらい。そして木枠の奥から手前にかけて、何本もの糸がぴんと張られて並んでいる。並んでいる糸は、上下の高さの違いがあった。一本の糸が上から張られ、その隣の糸は下から張られ……と、高さが互い違いになるように糸が張られている。
「ええ。あ、ガルダさんは織り機って見たことないですか?」
「見たことはあるが……もっとデカいやつだと思ってた。テーブルの上に置ける程度のものじゃなくて、テーブルみたいな織り機に職人が座ってぎっこんばったん動かす……ってのを想像してたんだよな」
「そういう本格的な織り機のミニチュア版ですね。意外と可愛いでしょう?」
実際、ジルもガルダと同様の認識を持っていた。屋内設置型の大型楽器や、大きな書見台のようなサイズのものばかりが織り機と思っていた。だが、真田紐の教本には厚紙を切って織り機を作るやり方や、卓上織り機の簡単な設計図なども書かれており、ジルはそれをひと目見て気に入った。デザイン性も悪くないし、機能も十分だと思っている。
「可愛い……可愛い?」
ガルダの疑問をジルは気にしないことにした。
「見た目は小さくて可愛いんですが、仕組みはよく知られている織り機とまったく同じですよ」
「本当にこれで生地が織れるのか?」
「大きな生地を、簡単な操作で、どんどん量産する織り機……となると相当に複雑な機構になりますが、織物そのものはそんなに難しいものじゃないんですよ。縦の糸と横の糸が合体して平面になる。それが織物すべての基本ですから」
「なるほどなぁ……」
ガルダが物珍しそうに、できあがった織り機の試作品を眺めている。
「ところでこれ、動かさないのか?」
「ええ。実演しながらお見せしましょうか。まず、今、織り機に張ってある上下二列の糸が経糸です」
「ああ」
「上下の糸の間に緯糸を通して縦と横の糸を組み合わせるわけです」
ジルが、上下の経糸の間に緯糸を通した。その緯糸を、へらを使ってぐっと手前に引っ張って押し込む。すると、1ミリ程度ではあるが生地らしきものができた。
そして次にジルは、織り機を操作して上の列と下の列の高さを逆転させた。
ほう、とガルダが声を漏らす。
「これが織り機の大事な機能の一つですね。この糸の高さを変えて上下を反転させるものは、綜絖と呼ばれています」
織り機には、木で作った縫い針のようなものがあった。これが綜絖である。経糸は、綜絖の穴に通っているものと、通っていないものがある。針を下げれば半数の糸が下側に移動する。逆に針を上に上げれば半数の糸が上に移動する。こうして上下を逆転させているのだ。
「ここでまた緯糸を通して、緯糸をへらのようなもので押し込みます。そして経糸を上下反転させて、また緯糸を通して押し込みます。これで糸が格子状に絡み合うわけです。これが織物の基本、というわけです」
「……簡単そうだが、そういうわけでもねえんだろうな」
「いや、作業そのものは難しくないですよ。絡まったら面倒ですけど」
「あれ?」
「ただ、準備作業……糸のセッティングは凄く面倒くさいですね……。経糸一本一本、絡まないように丁寧にセッティングしなきゃいけないですし。準備が9割以上と言っても良いかも知れません」
「経糸が増えて生地の横幅が広がるほど、手間が倍に増えてくわけか」
「ええ。真田紐くらいの幅ならセッティングもそこまで大変ではないのですが」
「逆に言えば、真田紐用の織り機を拡張すれば普通の生地も織れるってことか?」
「そうなりますね」
ジルの言葉に、ガルダが思案顔になった。
「どうしました?」
「うーん……なんて言ったらいいかな……」
ガルダが意味深に呟いた。
ジルはなんだろうと首をひねる。
「てんちょー、そろそろ休憩しませんかー?」
そんなとき、キャロルが下の階から上がってきた。
「ああ、キャロルさん、お疲れさまです。お店の方はどうですか?」
「流石に平日ですし客足もまばらですね。ところで店長、それは……?」
「織り機ですよ。機織りはやったことありますか?」
「えっ、このサイズの織り機……? これ、ちゃんと動くんですか?」
キャロルが少々不躾な質問をした。
だがジルは特に機嫌を悪くすることもなく自信満々に答えた。
「ふふふ、そう思うのも無理はありません。ちゃーんと動きますよ」
かしゃん、かしゃんとリズミカルに織り機を動かしていく。
「ええー!?」
「凄いでしょう?」
「す、凄いですよ……。機織りってこんなにシンプルなものでしたっけ……? もっと、すごく複雑な機械を苦労しながら動かしてるイメージなんですけど」
キャロルの呟きに、ガルダが反応した。
「そう、それだ。そこだよ!」
「へあっ? わ、私、何か言っちゃいました? あ、いや、言っちゃいましたね! 疑ってごめんなさい!」
キャロルがガルダのどら声に驚いてぺこぺこ謝り始めた。
「そ、そうじゃねえ! 責めてるわけじゃないから話を聞いてくれ!」
「はっ、はい!」
ガルダの少々がらっぱちな雰囲気に、キャロルは少々苦手意識を抱いているようだった。ジルは苦笑しながらも二人を落ち着かせる。
「まあまあ落ち着いて。ガルダさん、何か思いついたことがあるんですか?」
「ああ。この織り機の凄さだ」
「凄さ?」
「このシンプルさが凄いんだ。部品点数も少ないしメンテもしやすい。小さくて片付けも楽だ。経糸を張るのが大変なのは仕方ねえとしても、実際に織る作業としてはシンプルだ。一言で言えば……洗練されてるんだよ」
ガルダの言葉に、キャロルがうんうんと頷いている。
「ですよね。正直自分も欲しいって思いました」
「もうこれ自体が一つの売り物になるんじゃねえか? もうちょっと綺麗な木材を使って綺麗に磨いて、それだけで絵になるだろう」
「ああ、それ良いですね! あとこのサイズだと子供が使っても良いかも知れません」
「そうだろう?」
気付けば、キャロルとガルダが意気投合して話を盛り上げている。
「いや、あの……織り機はどっちかというと副産物であって、本命はこの紐なんですけど……」
「あ、そうだったな。すまん忘れてた」
ガルダが誤魔化すように笑った。
「むう、そういう態度でしたらこの真田紐を見せてあげませんからね」
「って言っても、まだそっちは未完成じゃないか」
「……完成を楽しみにしてて下さい!」
「結局見せてくれるんじゃねえか」
ガルダの言葉に、キャロルもジルも笑った。
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