仮面の貴婦人たち/もうひとつの真田/ローストポークサンドイッチ、ハニーマスタード入り 6
※すみません、ちょっと仕事が立て込んでいて次回更新は二週間後になります。
モーリンの作ってくれた夕飯を食べ、風呂を済ませ、寝間着に着替えた頃にはすっかり夜になっていた。これからジルの読書タイムだ。ジルはわくわくした気分を抑えつつ、『アカシアの書』で本を検索し始めた。
「さて……目当ての本は幾つかあるのですが……」
ジルが昼間のノーラとの会話で思いついたのは「バッグの取っ手やショルダーベルトの部分だけを作れないか」というものであった。
ただ取っ手を直したいだけならば麻などの生地を紐状にして、そのまま縫い付ければ良い。それで十分に実用的だ。
だがジルはこのとき、友禅染の教本に出てきたものを思い出した。友禅染は当然、振り袖などに使われる。そして振り袖には生地以外の小物がたくさんある。その中に、帯を固定する帯締めという組紐がある。
組紐とは色とりどりの絹糸や綿糸を組み上げた紐だ。さほど複雑なものではない。麦わら同様、ごくシンプルなものだ。しかし、紐には帯を固定する以外に幾らでも応用する余地はある。例えば、プレゼントを贈る際に結ぶために使うとか。大事な茶器を保管する箱の蓋を結んでおくとか。
ノーラの要望から始まり、領主夫人への贈り物へと通じる道が、ジルの頭の中にはっきりと描かれていた。
「きれいな紐を作れたら色んなことができると思うんですよねぇ……領主夫人に喜んでもらえるものも、恐らくは」
ダイラン魔導王国にも紐は当然存在してる。ただ、麻などの太めのしっかりした糸を手で編んでいくものが多い。組紐のように細く繊細な糸を編んで優美かつ頑丈な紐を作る発想は普及していない。しゃれっ気を出すならば革を使ったり生地を紐状にしたものを使うのが一般的だ。ジルは組紐に着目し、「これを作ることができればきっと面白いことになる」という確信が生まれていた。
「とはいえ色々と種類がありますね……」
紐の編み方は、ジルが想像した以上に膨大だった。形状としては、断面が丸くなる「丸打紐」、断面が四角の「角打ち紐」、そしてリボンのように平たい形状の「平打紐」などがある。そして編み方も様々な方法、様々な道具が存在する。
ただ、少々問題があった。例えばプレゼントを包む上では何の問題もない。バッグの口を締めたり、財布やハンドバッグ程度のものに使うことも大丈夫だろう。あるいは腰に締める紐としても利用できる。ただ、重い物を下げるショルダーベルトとしては強度として大丈夫だろうかという不安がある。ノーラの要望を叶える上で、何か良さそうな種類のものは無いかとジルは色んな本を読み進めた。
「『はじめての組紐』、これは解説がわかりやすいですがノウハウはあんまり深くないですね……。『概説 糸と紐の文化』……これはあんまりノウハウ本ではなさそうです。『小物レッスン 飾り結び入門』。あ、これ綺麗ですね……って、紐の結び方がメインで紐の作り方とはちょっと違いました」
何冊も読み耽る内に、うとうとと睡魔がやってきた。このままでは寝坊しかねないと思い、ジルは本日最後の一冊を選んだ。
それは、組紐の本ではなかった。
正確には紐ではなく、織物や生地と分類すべきものだ。
ただ、「紐」という名前を冠しているだけで。
「『手作り織り機で真田紐を作ってみよう』……? バッカンサナダの仲間ですかね?」
ジルは興味深くぱらぱらとページをめくっていく。
最初は何気なく読んでいただけだったが、すぐにジルは気付いた。
ジルが求める品質の紐が、ここにあったと。
「あ、これ良いですね。強度もしっかりしてそうですし、デザインも工夫できそうですし……それにこれは……」
真田紐は、他の組紐のような伸縮性がない。
伸びずにしっかりとした強度を保っている。
つまりはショルダーベルトのような用途としては最適だということだ。
またそれ以外の用途の幅も広い。
サンダルを止める紐にも応用できる。
そして何より、ジルが思い描いていた使用方法があった。
紐と茶器を結びつける、ぴったりの使い方が。
「これなら、いけますね……!」
◆
「ご主人様」
「はい」
「また徹夜したね?」
「いえ、してません」
「したんだね?」
「ね、寝ました」
「どのくらい?」
「……三時間くらい?」
「それは睡眠じゃないね、仮眠だよ」
「…………そうとも言います」
モーリンの露骨な溜め息にジルは申し訳なさを覚えた。
もっとも、露見するのはごくごく当たり前だった。いつもであればジルは優雅に紅茶を飲み朝食を摂りながらモーリンを待っている。だが今日は作業部屋にこもってあれこれと眠い目をこすりながら作業していた。
「あんまり無理はするんじゃないよ。で、今日は何を作ってるんだい?」
「まだ『作る』には至ってないですね。書き物をしていました」
「書き物? 珍しいね。手紙かい?」
モーリンの質問に、ジルがふふっと微笑む。
「いえ、設計書です。織り機の」
「織り機? そりゃまた本格的なものに手を出したね……」
「まあそこまで大がかりな機材にするつもりもないんですけどね」
真田紐は手作業でも織ることはできるが、機織りのような道具がある方が当然効率は良い。とはいえ、真田紐の横幅は1センチから2センチ程度だ。求められる織り機もミニサイズで済む。テーブルに置ける程度の小さな物でも十分に効率化を図れるだろうと、ジルは織り機作りから考え始めていた。
ジルの読んだ『手作り織り機で真田紐を作ってみよう』という本の中は、『ほーむせんたー』、あるいは『ひゃくえんしょっぷ』という店で木材や厚紙を買って真田紐用の機織り機を作る方法が細かく解説されていたのだ。「組紐を作りたい」「真田紐を織りたい」から、「織り機を作りたい」にまで興味関心が拡大しつつあった。
「しかしそんな風に動き出したってことは何かアイディアが思い浮かんだのかい?」
「そうですね……とても面白いものを見せられるかと思いますよ」
おや、とモーリンが意味深に微笑んだ。
ジルの自信溢れる態度に気付いたのだろう。
「じゃあ楽しみにしてるよ。お店はどうする?」
「あ」
ジルは、これから真田紐作りに邁進するつもりだった。
そのため、店の営業をどうするかはさっぱり忘れていた。
モーリンが肩をすくめつつ苦笑いを浮かべた。
「ま、こうなるだろうと思ってたさ。店番くらいはあたしとキャロルでできるよ。そのために昨日ご主人さまを休みにしたんだからね」
気付かぬところでフォローされていると気付き、ジルは羞恥で顔を赤くした。
「て、店長として誠に不甲斐なくてすみません……」
「ま、これも侍女の仕事さ」
「マルチすぎて頼り過ぎになりそうですね……。あ、でも私もお店に行きます。ちょっとガルダさんあたりに相談したいこともありますので二階で作業や打ち合わせしてるとは思いますが、トラブルがあればすぐ店の方に行きますから」
「よし、今日のスケジュールはそれで決まりだ。居眠りするんじゃないよ?」
「はい!」
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