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仮面の貴婦人たち/もうひとつの真田/ローストポークサンドイッチ、ハニーマスタード入り 5




 ジルは、依頼されたことを着実にこなしましょうとか何とか言っておきながら結局悩み続けた。あれが良い、いや違う、こっちの方が良いのではないかとアイディアをスケッチしたり人に相談したり……と思ったら、突然気晴らしに奇抜な柄の生地や服を作って店頭に並べたり、新作の料理を考案したりして、メイドや従業員の目を白黒させた。そしてジルの作りだした斬新な品々に客たちは感銘を受けて熱心に通うようになった。


 で、そんなことをしていたらお店から追い出された。


「流石に悩みすぎ……ていうか働き過ぎだよ。気晴らしでもして頭からっぽにしてきな」


 と、モーリンやキャロルから怒られ、強制的に休みを取ることになってしまった。


 当然ジルは反論した。店番だったり金継ぎの仕事だったり服作りだったり、やるべきこととやりたいことは幾らでもある。だが忠実なる従業員たちは頑として首を縦に振らなかった。


「領主様の応対に、商品開発に、ご主人様が一人で何でもかんでもやってたらいつか倒れちまうよ。適度に休みを入れておきな。そうしないと良い仕事はできないのさ」

「そうですよ。それに、体動かしたりちゃんと睡眠を取ったり、規則正しい生活送ってますか?」

「うっ」


 モーリンとキャロルからそこまで言われたら、ジルも流石に嫌とは言えなかった。働き過ぎていて色々と上の空になっているのはジルも薄々自覚していた。


「わかりました……。今日はちょっと街中を散策してきます」

「暗くなるまでに戻るんだよ」


 やれやれとばかりにモーリンがジルを送り出すのだった。







「うーん、喫茶店にでも行きましょうかね……」


 こうしてジルは外行き用の服を着て、街の中を歩いた。紺色に染めた丈の長いチュニックに、ベージュ色のスキニーなパンツ、そして麦わら帽子というスタイルだ。少々実験的な装いであった。いつぞやモーリンに着せたパンツルックほどメンズに寄っているわけではないが、それでもチュニックとパンツルックは男性が着るものとして定着している。


 だからこそジルは店頭に、女性向けの長い丈のパンツを置いていた。だが置くだけでは意味がない。誰かがファーストペンギンとなって着る必要があるのだ。


「でかいカニだぁ!」

「なんでカニを?」

「あ、カニ屋の店員さんだ」


 だがパンツルックなどよりもよほど目立つものがあった。ジルは護衛代わりにカラッパを連れていた。ぎょっとされたり騎士団に尋ねられる度にジルは「カラッパですから人に危害は加えません」、「馬とか牛みたいなものです」と押し通した。意外と何とかなった。


「あなた、私より目立つんですね。まあそれはそれで助かります」

「ぶくぶく」


 最初の目論見が潰れたことについて、ジルは気にしないことにした。


「よし、気を取り直してお昼にしましょう……。この子もいますし、今日はパンを買って公園あたりで食べるとしますか」


 喫茶店にしけこもうかと思ったが、カラッパを連れて中に入れないのでは仕方ない。腕力体力は申し分ないが、デートの相方としてはちょっと図体が大きすぎた。


 そこでジルはカラッパを道端で待たせつつ、たまたま目に入ったパン屋に入った。王都には無いスタイルの店で、主食としての大きな黒パンや白パン以外に、ちょっとした惣菜を載せた小洒落たパンも並んでいる。


 そこでジルがたまたま目を引いたのが、サンドイッチだ。白パンを分厚く切り、そこにレタスとトマト、そしてローストした豚肉をこれまた分厚く切って挟んでいる。パンは焼きたてで、具材も挟んだばかりらしい。食欲をそそる香りがジルに届いている。


「美味しそうですね……」


 だがそのサンドイッチは人気商品らしく、皆、競うようにトングで自分の盆に載せて会計していく。初見のジルは出遅れた。店の入口にある盆とトングを使い、好きなものを選んで会計するシステムだと把握したときには残り1ヶとなっていた。


「あ」

「あ」


 そしてトングを伸ばした瞬間、まったく同じタイミングでサンドイッチを確保しようとした女性がいた。しかも相手、どこか見覚えのある顔だった。


「あ、私は他のでも良いのでどうぞ」

「あらごめんね。それじゃあ……あれ? どこかで会ったっけ?」


 少女がいぶかしげな目で見る。

 ジルのことを思い出そうとしても思い出せない、そんな顔をしている。


「ええと、確か喫茶店で働いてらっしゃいますよね? 以前マシューさんと一緒に……」

「あっ! あのお洒落麦わらの人!」







 その後もジルは少女と会計の列で雑談していた。

 なんとなく流れで一緒に公園のベンチに座り、食事を楽しむ流れとなった。


「あたしノーラ。あなたは?」

「ジルと言います」


 ノーラは、ややくせっ毛の黒髪で、日焼けした肌の少女だ。以前、ジルが初めてマシューと出会ったときにいた喫茶店の従業員である。


 彼女は白い丸首のカットソーにモスグリーンのスカートを履いている。一見、どこにでもいるごく普通の佇まいだが、意外と度胸があるのだろう。カラッパを見て驚きはしても怖がりはしなかった。


「ねえ、パンあげても良い!? ていうかカニって何食べるの!?」

「そうですね……麦、肉、魚、卵あたりは好物ですし大丈夫ですよ。塩とか脂の強いもの、お菓子、あと動物には毒になりそうな香味野菜あたりを避けて貰えれば」

「やった。じゃあこれどうぞ」


 ノーラが具材が何も入っていない黒パンをカラッパに与える。

 カラッパは嬉しそうにもしゃもしゃと食べ始めた。


「おおー、食べた食べた。けっこう食べるねーこの子?」

「ですね。体に見合う程度には健啖です」

「じゃ、あたしらもお昼にしようか。はいどうぞ」


 ノーラは、自分が手にしたはずのサンドイッチをジルに差し出した。


「え、良いんですか?」

「ここに引っ越してきたばかりってことは、名物料理もあんまり知らないんじゃない? 美味しいよ」


 にこやかな笑みでノーラは勧めてくる。

 ジルはなんとなく断るのも悪い気がしてきて受け取り、一口囓った。


「これは……蜂蜜とマスタード……?」


 パンの間に挟まれた具材には、ハニーマスタードソースが掛けられていた。ローストポークにこのソースを掛けただけでも十分に料理として成立する。それをサンドイッチにするとは中々贅沢な逸品だとジルは思った。


「美味しいですね、これ……。ローストポーク以外でも色んな料理に合いそうです」

「なるほど、外から来た人はそう思うんだね」

「うん? 他の料理には使わないんですか?」

 

 ノーラが人差し指を立てて、使わないんだなぁと自慢げに微笑む。


「うん。ハニーマスタードにはローストポークが定番よ。なぜなら、この街の夫婦円満の料理だからよ」

「夫婦円満?」


 ジルが素直に聞き返すと、ノーラが自慢げに頷く。


「そう。昔々、この街の領主が宴会ばっかり開いてたとき、奥様が怒ったの。そのとき仲直りに慣れない料理をやってご機嫌を取ったんだとか」

「あらあら」

「知らなかった? けっこう有名な話よ。街のパン屋のメニューになったり、結婚記念日に旦那が奥さんのために作ったりするくらいには。でもハニーマスタードの料理しかしない男は悪い男だから結婚するなとも言われたりするけど」


 悪戯っぽい笑いに、ジルも思わず吹き出しそうになった。つい先日面会したばかりの人の恥ずかしい過去が、こんなところで露わになるとは思ってもみなかった。


 しかし、そんな面白さを感じつつもジルはこのサンドイッチの味に感動していた。特に、ハニーマスタードが素晴らしい。材料は特に珍しいものでもなんでもないが、このような刺激的な味わいになるとは思ってもみなかった。


「これ……良い味付けですね。シンプルですが奥深いものを感じます」

「そうでしょ。流石にこの街の領主様だけあって、舌が肥えてるんだねぇ」

「そうですねぇ」


 ジルの頭に、コンラッドとスコットが悪巧みしてる姿が思い浮かんだ。

 なんとなくコンラッドが助言したのではないだろうかと想像し、ついつい吹き出しそうになる。


「にしても……あなたがカニ屋の店長だったなんてねぇ。うん、納得だわ」


 物思いに耽っていたところ、唐突にそんなことを言われてジルは首をひねった。


「……あのー、カニ屋とは何のことでしょう?」


 先程、道を歩いていたときにも「カニ屋」という声が聞こえた。

 てっきり何かの勘違いと思っていたが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。


「え? 違うの? あの密談横丁にできた、カニがいる雑貨店さんなんだけど」

「カニ屋という名前では無いんですけど!?」

「あ、そうなんだ。みんなカニ屋カニ屋って言ってるからてっきり……」

「おほん。雑貨店『ウィッチ・ハンド・クラフト』のジルと申します。最近オープンしました。よろしくお願いします」


 ジルは咳払いして、二回目の自己紹介をした。


「うぃっちはんどくらふと、ね。覚えた覚えた」

「ありがとうございます。いつでも遊びに来て下さい」


 ノーラの軽い調子に若干疑いつつもジルは頷く。


「行きたいことは行きたいんだけど、ちょっと今月はピンチでねー。あ、でもお茶もできるんだっけ?」

「ええ。紅茶と、ちょっとした軽食も」

「なら遊びに行くよ。喫茶店ならライバルだ。敵情視察しなくっちゃね」

「お手柔らかにお願いします」


 くすくすとジルは笑う。

 ジルはあっけらかんとしたノーラのような人が、あまり嫌いではなかった。


「ところで……服とか小物ってどれくらいならお手頃だと思います?」

「うーん……難しいなぁ」

「難しい?」

「いやあ、お給料入るとパーっと使っちゃう方だから。宵越しの金は持たないのよ」

「うーん、ちょっとくらいは貯めた方が良いかと……」

「いやいや、冗談だよ。半分くらいは。……逆に聞きたいんだけど、あなたのお店ではどのくらいの値段のものがおいてあるの? 最近流行ってる帽子とかはいくら?」

「麦わら帽子はリボン付きのもので1万5千ディナですね」

「1万5千か……。いや、エミリー様お気に入りって思えば安い。安いよ。でも……」

「でも?」

「あたしの財布としてはちょっと贅沢かなぁ」


 ノーラの苦笑いにジルは納得した。実際そういう感想を持たれることを狙った単価でもある。貴族ならば気軽に買えて、庶民であれば背伸びすれば買えなくもないものを目指した。麦稈真田を用意して縫い合わせて作るのはそれなりに手間がかかる。決して法外な値付けではなかった。


 ただジルとしては、もう少し気軽にウィンドウショッピングして欲しくもあった。それなりにお金に余裕のある人間に贔屓にしてもらうことがいやというわけではないが、誰かを排除したいわけではないのだ。


「じゃあ、手頃な帽子とかあったら良いですか?」

「それはそれで、結局ジルちゃんのところの帽子が欲しくなる気もするしなぁ。あ、もちろん手頃なのがあれば嬉しいけど……あ、そうだ」


 ノーラがぽんと手を叩いて、自分のバッグをジルに見せた。


「こちら、どうしました?」

「そろそろバッグ買い換えようかと思ったんだよね。取っ手の紐がほつれちゃって」

「あ、確かに」


 ノーラが持っているのはどこにでもあるリネン素材のショルダーバッグだ。薄めの黄色で染められたリネンの袋に、濃い茶色の同じリネン素材の取っ手を付けたごくシンプルなものだった。


 だが、生地と生地を縫い合わせている部分や重量の掛かる部分などが痛み始めている。このまま使い続けるのは危ないだろうとジルも感じた。


「こういう普段使いするものが気軽に買えると嬉しいかなぁ。まあバッグそのものじゃなくても良いんだけど」

「そのものじゃなくて良い、と言うと?」

「バッグ本体はまだ使えるから、取手だけ交換するとかできたら嬉しいなって。それとパッチワークできるような素材とかも」

「あ、そっか。自分で修理できるならしたいですよね。愛着のあるものなら尚更」

「そうそう」


 ジルは、自分の発想から漏れていたものに気付いた。今までのジルは自分で完成品を作って売る、という形態だけが雑貨店と思っていた。


 だが身の回りの物すべて完成品だけ買って済ませる人というのは、それなりに余裕のある人間だけに許されたことだ。ごく普通の平民や庶民は、自分の手でなんとかすることだって当然ある。それは必要にかられてのことではあるが、ジルのように趣味性や楽しみを見出す人も存在している。


 あるいは、今食べたハニーマスタードだってそうだろう。蜂蜜とマスタードを混ぜただけのごくごくシンプルなもので、料理人が秘匿するような味付けではないのに十二分に美味しい。街の人々がこれを自分で作るというのもよく理解できる。自分で作りたくなる味だ。


 ジルはここでようやく気付いた。自分のように「手作りをしたい」という欲求を持った人間が、街にはけっこういるということを。それは古来の美徳であり質素であると同時に、創意工夫に満ちている。


 ジルは、今まで悩んでいて見えなかったものが見えた気がした。


「そっか……そうですよね……! ノーラさん、ありがとうございます!」

「え? いや、何もしてないけど……?」

「いいアイディアが浮かびました!」


 ジルはよいしょとカラッパに乗った。

 そして屋敷に戻……ろうとして、再びカラッパから降りた。


「え、な、なに?」

「紅茶の無料券です」

「……あ、もらっていいの? ありがとう」

「こちらこそありがとうございました。ではまた!」


 ジルは再びカラッパに乗り、屋敷へと戻っていった。

 あー、マシューさんと同類だわ、という若干失礼なノーラの呟きはジルの背中には届かなかった。




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