仮面の貴婦人たち/もうひとつの真田/ローストポークサンドイッチ、ハニーマスタード入り 4
すみません、年末に向けて多忙になってきたため来週の更新はおやすみします。
また再来週に更新予定です。
「え、私って伯父様に似てます?」
「うむ」
「そうですかねぇ……?」
ジルは若干納得いかない気もしたが、悪い気もしなかった。
そんな心境が伝わったのか、周囲もなんとなく微笑ましい顔をしていた。
「ところでジル殿、茶はありがたいのだが……」
「あ、はい。何かお好みでもありますか?」
「いや。茶の味よりも器が気になるのじゃ。もし良ければ、修理したという器を見せてくれんか? できれば幾つか並べて見てみたいのじゃが」
「金継ぎのカップですか? ええ、少々お待ちください」
ジルがモーリンに目配せすると、軽く目礼してすぐに取ってきてくれた。
箱に入れて保管していた5セットほどの金継ぎのカップをテーブルに並べていく。
「ほう……これは味わい深い……!」
スコットは感銘を受け、目を輝かせて金継ぎしたカップを眺めている。
隣に座るエミリー夫人が自信ありげに微笑んだ。
「どうですお祖父様。素晴らしいでしょう?」
「うむ……明らかに傷があったとわかるのに、不思議な気品がある。しかし、金ばかりではないのか?」
「そういえば金以外は初めて見るわね」
その質問に、ジルが頷いて答えた。
「色々と工夫しまして、銀で仕上げたものと、漆で赤く仕上げたものも作ってみました」
五セット並べたうち、三セットは傷口が金で覆われて修復されていた。
一つは、金ではなく銀継ぎの絵皿だ。
そして最後の一つは、傷口を赤漆で覆ったカップだった。
実はジルは、店を営業する傍ら、教本を読みながら漆や金継ぎの技法を色々と試していた。
今回スコット達に見せているのはその試作品であった。
「金で継ぐと描かれた絵の邪魔になると思い、銀を使いました。こちらのカップは最初から明るい黄色で、金や銀で継いでも色がケンカしそうだったので赤い漆で継いでいます」
「素晴らしいわ……これならお祖母様もきっとご満足頂けるわ」
エミリー夫人の意味深な言葉に、ジルが思わす尋ねた。
「お祖母様、と言いますと?」
「ええ。……実は、今日は相談があってここに来たの」
◆
スコット伯の妻、シャーロット夫人は倹約家だ。
吝嗇というわけではない。例えば夫がだらしない服装をしていないか、領主館がみすぼらしくないか、客人の歓待がお粗末になっていないかなど、常に眼を光らせている。
ただ、自分の身の回りの物や食事についてはとても質素だ。夫や子供たちから高価な贈り物をされても受け取ろうとしない。夫の公務に付き合うときや式典で使う服は仕方なく高価な生地から服を作らせるが、身につける宝飾品は少ない。スコットから「どうかこれを貰ってくれ」と頼まれたものしか身に付けない。
元々、シャーロット夫人は貴族の長女として生まれたものの、そこはひどく貧乏な家であったらしい。若いときに父が亡くなり、弟や妹を育てるために王宮付きの侍女として働いていた。「立場に見合った金の使い方はするにしても、自分のための贅沢はしない」という意志をずっと貫いており、スコットと結婚して子や孫が生まれてもその生き方は変わらなかった。
だがそんなシャーロットが家族からの贈り物以外で大事にしているものがある。
とある、壊れたティーカップであった。
「元々あやつは茶が好きで、儂もそれに感化されて色々と覚えた。ただ儂と違って、趣味らしい趣味といえば茶しかないんじゃよ。茶器なども、若い頃に家族への仕送りをする傍ら、少しずつ貯めて買っておったそうじゃ」
「それが割れてしまったと?」
「うむ……十年ほど前になるかの。うっかり新入りの侍女が来客用のものと勘違いして厨房に持ち帰ったのじゃ。それで洗っているときに手を滑らせての」
「なるほど……」
「シャーロットは侍女を責めることなく、『自分が不注意だった』と言って、割れたカップを仕舞った。直そうかと伝えたが、『変な薬品を使って修理して食事に使えなくなるのなら、壊れたままで良い』と言ってな」
「やっぱりどの家にも、割れてそのままにしてるカップやお皿ってあるんですねぇ……」
ジルは、薄々こういう相談事が舞い込むだろうなと予感していた。
陶磁器を直したい、直してまた使いたいという需要は確実にあると見込んでいた。
予想外だったのは、それが領主から直接依頼された、ということくらいのものだ。
「実は私が前に来たときに買ったカップとソーサーを見て、お祖母様がすごく興味深そうに見ていたのよ。それで相談に来たというわけなの」
「なるほど……そのシャーロット様のカップはここに持ってきていますか? よろしければお預かりしますが」
「おお、それは助かる。で……ちょっと質問したいのじゃが、カップを直すにあたって金以外の方が良いと思うか?」
「先ほど見せた銀でも赤漆でも大丈夫ですよ。ただ、やはり金が一番安定していますから長く使うのであれば金がよろしいかと。あとは使う人のお好みですね」
「ふむふむ、なるほど」
スコットがにこやかに微笑む。
「ああ、倹約家というお話でしたね」
「うむ……。他人が着飾るものや公の場で身につけるものはともかく、私物に関してはとことん質素なのじゃ。補修する上で金を使う必要があるならば説明もしやすい。いやしかし、銀も赤も捨てがたいの……じゃが、白磁には金が好みじゃな儂は」
本当に冷や冷やした様子でスコットが呟く。
それをエミリー夫人が面白そうに茶々を入れた。
「大丈夫よジル様。お祖父様が怖がってるのはいつもお祖父様がうっかりしてお祖母様の逆鱗に触れちゃうから。そんなに怖い人じゃないわ」
「そりゃそうじゃがのう」
「ともかく、来月の誕生日プレゼントにお祖母様の割れたカップを修理して贈りたいと思っているの。ただお祖母様の好みに合うよう、華美になりすぎないようにしたいの」
難しい注文であった。華美になりすぎないように……とは言うが、いかにも手作り感が出てしまうような拙い直し方をしても不味いだろう。バランス感覚が問われる仕事になる。
だがそんな難しい仕事を頼みに来てくれたのは、ありがたいことでもある。同時にジルは思った。けっこう面白い仕事ができそうだ、と。
「わかりました、お任せください」
「うむ、助かる」
ジルのさっぱりとした返事に、スコットが嬉しそうに頷いた。
◆
「あーもー、緊張しましたよ……」
客人たちが屋敷から去った後、肩こりをほぐすようにモーリンとキャロルが首や肩を回している。貴人の相手はどうしたって疲れるものであった。自分の住む街の領主が来たとあればなおさらだろうと、ジルはモーリンたちに内心同情していた。
「ありがとうございました。ゆっくり休んで下さい」
「しかし結局は仕事のお願いだったね。何事かと思ったよ」
モーリンが、安堵のような呆れのような溜め息をついた。
「いや……金継ぎの依頼の方がついででしょうね。やはり直接私を見たかったのでしょう」
「そうなのかい?」
「想像ですけどね」
領主スコットは、恐らく色んな人から伝聞でジルの人となりのことを聞いているだろう。それが妥当かどうか確かめようと思っていたはずだ。少なくともジルは、自分ならそうすると考えた。
「まあ、私としては良い物を仕上げるだけです。領主様やエミリー様には色々と取り計らってくれていたみたいですし恩返しの機会があるのは嬉しいですから」
「職人だねぇ」
モーリンが苦笑する。
そこにキャロルが疑問を口にした。
「でも、どういう風に修理するんですか? 金以外でも面白そうな感じでしたけど」
「いや、今回は普通に金でやろうと思います。恐らくそれがスコット様のお考えでしょうし。……ただそれだけではちょっと足りないような気もするんですよね」
ジルが顎に手を当てて悩む。
今回、これといって華美なものは必要ない。
はっきり言って邪魔だ。
「でも……変に何かを付け足してもかえって良くないんじゃ? いや、まあ、素人考えですけど」
「そうなんですよねぇ……」
どうやらキャロルもジルと同じ事を思っていたようだ。
ジルは話に頷きながら、預かったカップをテーブルの上に置いて眺めた。
淡い薄緑色の、清らかな佇まいをした青磁のティーカップだ。
チューリップのように花弁を重ね、それを一定の高さで切りそろえたような形状をしている。ソーサーも同様に花弁を重ね、それを円形にしたような形状だ。
それらが無惨に割れている。ソーサーはひび割れと欠けが出来ている程度だが、カップの方は三つほどの欠片になっていた。直し甲斐があると言えるほどだ。
「色合いや割れ方を考えたら、普通に直すだけで十分に美品になります。……あまり手を加える余地がありません」
「じゃあそのままで良いじゃないか。難しいことを考えすぎてもしょうがないんじゃないかい?」
「ですね。まずは依頼されたことを着実にこなしましょう」
などとジルは言いつつも、若干納得がいっていない様子だった。
もうちょっと何か工夫を凝らしたい。
ジルからはそんな思いが溢れ出ており、モーリンとキャロルはそれを察してくすくすと笑った。
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