仮面の貴婦人たち/もうひとつの真田/ローストポークサンドイッチ、ハニーマスタード入り 3
ジルは手紙を二通書いた。
一通は、エミリー夫人が来訪してくれたことや、店がパンクしないように気遣ってくれたことについての感謝状だ。
そしてもう一通は、領主宛であった。内容は、元王女ジルとして難しい立場であるがゆえに大っぴらに交流できないことのお詫び。そして街の中で店を開くことを許可してくれたことのお礼などである。
そして二通とも、屋敷への招待状を添えていた。茶の用意はいつでもできるので、もしよければお越し下さいと。
すると返事はすぐに返ってきた。次の週末、エミリー夫婦とスコットの三人で来訪したいという旨だった。ジルもそれに応じる返事を出し、話はとんとん拍子に進んでいった。
「ここに来るのも久しぶりね……!」
「こらエミリー。あまりはしゃぎすぎるな。足元に気を付けなさい」
「大丈夫よこのくらい。ねえお祖父様」
「ま、ほどほどにな」
誘惑の森の、ジルの館の前。
馬車を降りたのはエミリー夫人と、その夫である騎士団長のバイロンだ。バイロンは妊婦のエミリーが転ばないように足元に気を払い、ごく自然なしぐさで手を取っている。
そして最後に、シェルランド領主であるスコット伯が現れた。
従者は少なく、馬車の御者と護衛が合わせて五人。
来賓あわせて計八人であった。
服も正式な礼装ではなく、どこかカジュアルなものだ。
主賓たちはどこか呑気そうだが、従者は皆、緊張した面持ちをしていた。
「ようこそいらっしゃいました」
「おや、主人自らお出迎えとはすまんの」
出迎えるジルたちの方も似たようなものだった。
ジルは普段通り、泰然自若とものんきとも言える佇まいだ。
それに対してモーリンとキャロルは緊張している。流石にモーリンはその緊張を上手く隠して女中としての仕事に徹していたが、キャロルは何かがあれば失神するのではないかと心配するほどだった。
「大したもてなしもできませんが、どうぞお上がりください」
ジルは館の中へと全員を誘った。
こうして、元王女が領主一族を歓待するという、高貴なる人々の茶会が始まる。
豪胆なモーリンでさえ胃がきりきりと痛んだ。
ご挨拶くらいしておいた方が良いんじゃないかと提案したのはモーリンだ。
だが流石に一週間後に領主が直接やってくる事態までは想定していなかった。
モーリン自身まずありえないだろうとは思っているが、もしも万が一この茶会が不調に終わったとき、ジルの身に危険が及ぶこともあるかもしれない。
(ったく、兄貴はこんなときに限っていないんだから……)
モーリンの内心の愚痴は、誰に届くこともなかった。
◆
「それでな。あやつがここに来たばかりの頃は、金銭感覚がまったく庶民とかけ離れておってのう。最初、レストランを開こうとしたときなど『一食五万なら庶民でも出せるんじゃないか?』と言いだしおって困ったものじゃった。仕方ないから身分を隠してどこかの店で下働きでもしてこいと叱ったんじゃよ」
「えー、本当ですか? 伯父様はなんかもっと、世知に長けているというか色んなことを知ってた感じなんですけど」
「そりゃ子供の頃のおぬしにとってはそうじゃろうが、二十年前のコンラッドは世間知らずの子供よ。やんちゃでトラブルばっかり起こすわ、手を焼いたもんじゃわい。それであやつ、皿洗いのバイトを始めた店で大騒ぎを起こしおってな」
女中たちの心配を余所に、会話がとても盛り上がっていた。茶を飲み、茶菓子に舌鼓を打ち、雑談に花を咲かせていた。ジルはエミリーに、紅茶のかわりに覚醒作用のない薬草茶を出したがこれも喜ばれていた。後で茶葉を分けようとジルは思いつつエミリーの顔を見ると、エミリーの方は妙に驚いた顔をしていた。
「ええと、お祖父様? ジル様とはお知り合いだったのですか? 妙に盛り上がってるようですけど」
「ああ、その通りじゃ。と言っても、以前会ったのは……十年以上昔か?」
スコットが顎に手を当てながらエミリーの問いに答えた。
ジルが続いて頷く。
「確か私が三歳の誕生日のときなので、十四年ほど前ですね」
「よく覚えておったのう」
「いや私もすっかり忘れてたんですが、声と顔を拝見して『あ、昔あった人だ』って思い出して」
「なんじゃい忘れてたんかい! 顔と名前を覚えるのは貴人の勤めじゃぞ!」
「あっはっはー。いやー、顔は覚えてたということで許して下さい」
けらけらと笑う二人を、全員がぽかんとした顔で眺めていた。
やがて二人だけで盛り上がってることに気付いて、おほんとジルが咳払いをする。
「スコット様、バイロン様、エミリー様。今日はお忙しい中ご足労頂き、ありがとうございます。『誘惑の森』に住んでおります、ジル=ダイランと申します」
「丁寧な挨拶痛み入る。儂はスコットである。これなるは孫娘のエミリーと、その夫バイロンじゃ」
ジルもスコットも、あえて爵位や称号を名乗らなかった。これはつまり、プライベートでの懇親に過ぎないというメッセージだ。二人を見守っていたエミリーもバイロンも、そして周囲にいるモーリンやスコットの従者も、心なしかほっと表情を緩めた。
「エミリーよ。こないだも一度来たけどろくに自己紹介もしてなかったわね。ごめんなさい」
「バイロンだ。そういえば……馬鎧を大急ぎで作ってもらったときは本当に助かった。礼を言わせてもらう。ありがとう」
渋みのある声でバイロンが礼を言った。
だがそれに答えたのはスコットだった。
「贅沢な防具になったのう。王女様の手製のものを賜ったとなると、これはもう不出来なことはできなくなってしまったぞ?」
スコットの少々意地の悪い皮肉に、バイロンの笑みが若干引きつる。
偶然とはいえど、ジルを顎で使うような格好になってしまったのは事実だからだ。
「私は少々手と口を挟んだ程度で、大したことはしておりません。馬鎧そのものはガルダさんが間違いないものを作ったと思います。きっとお力になれるかと思います」
そこにジルが助け船を出すと、バイロンがホッと安堵の息を吐いた。
実際のところジルは何も気にしていない。
むしろ慌ただしくバタバタと働いたことも良い思い出くらいに思っていた。
「そう言ってもらえると助かる。……さて、ついでに色々と堅苦しい話から済ませてしまうかの」
「堅苦しい話、ですか?」
はて、とジルは首をひねる。
「儂の役目は知っておるか?」
「いえ。ただご領地のすぐ隣にこの屋敷がある以上は、監視などを命ぜられているのではないかな、と」
「うむ。良からぬことを考えていれば王にご注進せねばならないのが儂の立場じゃが……正直言って」
スコットは言葉を切り、重々しい溜め息を付く。
そしてぽつりと呟く。
「面倒なんじゃよなぁ」
「はい」
「驚かぬのか?」
「古来より王との付き合いが面倒でなかったことなどありえないかと思います」
「いや、まったくその通りじゃ」
「それに、もしスコット様が王との付き合いに熱心であれば、今ここに私はいないかもしれません。私は、王アランや王妃バザルデのことなど忘れ、謹慎させられるような立場にありながら、野放図で好き勝手に日々を暮らしていました。もし王の耳に届いて逆鱗にでも触れるようなことがあれば、私の命など軽いものです」
ジルが、己の胸に手を当てて言った。
普段と変わらないような、淡々とした態度だ。
「さりながら、今まで一度も、王城からお叱りも、矢も刃も届きません。守られているかもしれないと、薄々思っていました。ご配慮、誠にありがとうございます」
「それは……感謝されて嬉しくもあるが、悲しくもあるのう」
スコットが、静かに呟いた。
だがジルは意図が掴めず、質問を返した。
「悲しい、ですか?」
「自分の人生が薄氷の上に成り立っている。それは誰しも同じことじゃ。明日、不治の病に冒されるかもしれない。一刻の後、雷に打たれて死ぬかも知れない。じゃが普通、そんなことをいちいち考えて覚悟したりはせぬ。死を思わねばならなかったということじゃ」
「それは……はい、そうかもしれません」
「儂は、コンラッド様には死んで欲しくはなかった。王子のくせにがらっぱちで野放図で、何より人生の喜びに満ちあふれていた。もしあの人が王になりたいと願うのであれば全力を注いで支えたいと思った」
そのスコットの言葉に、全員に緊張が走った。
「ああ、安心せい。何もそなたを次代の王にするために行動しようとか、そういう話ではない。むしろ嫌じゃろ」
「まあそれは嫌ですけど」
「コンラッドにもフラれたわい。『俺が王になっても今の世は平らかにならん』とな」
事実、そうだろうとジルは思った。
ジルの父アランと母バザルデには、徳が足りていない。
刃向かう者たちを圧倒的な力で鎮圧していながらも、反乱の機運は静まることがない。
一方、コンラッドが徳に溢れた王となったところで今度は力が足りていない。
もし両者が力を合わせていれば、世は大きく変わっていた可能性はある。
だがそれは、ありえぬ未来予想図だった。
「じゃから儂は軽挙妄動を慎む。もしそのような者が居て困ったら相談に来るが良い」
「ご心配、ありがとうございます」
これ未練を捨ててない気がする、とジルは思った。
軽挙妄動は慎む、とスコットは言った。裏を返せば、軽々しくない決起や革命には賛同する可能性は残されている。恐らくスコットはコンラッドへの温情ばかりではなく、「もしも」、「万が一」に備えている可能性はあるだろう。
諸々の難しい事情や利害関係に思いを馳せて、ジルは最終的にこう言った。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
どれもこれも不確かな可能性の話に過ぎない。
だったら普通にもてなして、コンラッドの思い出を語ろう。
以前モーリンが言ったように、ジルには不思議な豪胆さがあった。
物事をあるがままに受け入れつつも、惑わされることはない。
「コンラッド様によう似ておる」
それを見たスコットが、嬉しそうに呟いた。
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