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お隣のウォレスとカレン夫婦/仲直りリボンハット/炎天下ウォーターアイス 4




 冷たいものでも食べていかないか、という店主の言葉に、キャロルが喜んで頷いた。


「あ、それは良いですね! ぜひゆっくりしていってください!」

「い、いや、まだ開店前なんだろう? 流石に邪魔するのも申し訳ないし……」


 ウォレスは躊躇った。

 散々困らされた屋敷で飲み食いすることにウォレスは抵抗があった。

 そもそもウォレスは『悪霊』が本当にいなくなったのか半信半疑だ。

 ウォレスは断る口実を探そうと、カレンをちらりと見た。

 だがカレンは、とある物をまじまじと見つめていた。


「ねえあなた、これ、もしかして……」

「うん? どうした?」

「棚に置いてある帽子って……もしかしてエミリー夫人の麦わら帽子じゃないかしら?」


 カレンの指差す方をウォレスが見た。

 そこには、妙に綺麗な麦わら帽子が並べられていた。

 網目は細かく、綺麗な半球を描いている。

 また、さまざまな色違いのリボンが用意され、見ているだけでも華やかだ。

 野良仕事などで使われる帽子とは一線を画しているのがウォレスの目から見てもすぐにわかった。


「俺はよく知らんが……確かに洒落てるな」

「そうよね」

「ああ、エミリー夫人には懐妊の祝いに帽子を贈りましたよ。丁度あそこにある麦わら帽子と似たようなものを」

「ほらやっぱり!」


 店主の言葉に、カレンがそれ見たことかと喜色を浮かべる。


 ウォレスは「しまった、出ていく機会を逸した」と思う反面、ウォレスは胸を撫で下ろした。最近ケンカが多く、どうにも二人だけでいると気まずくなるときが多かった。こんな風に無邪気に笑顔を見せられるのも久しぶりという気がする。


「手にとってご覧になりますか?」

「良いのかしら……?」

「ええ、どうぞ遠慮なく。こちらが婦人用で、こちらが紳士用になっております」


 店主の勧めるがままにカレンは帽子を受け取った。

 均整の取れた半球型ではなく中折れ帽であり、つばはさほど広くはない。

 麦わらが綺麗に脱色されており、ほのかに温かみのある白色をしている。

 大きな桃色のリボンが締められていかにも華やかだ。


 そしてもう一つも同じ中折れ帽の形状だが、こちらはシックな黒いリボンが締められていた。

 また色は明るい小麦色をしている。


「……きれいなもんだな」

「どうぞ、ゆっくりご覧になって下さい。あ、今お茶を淹れてきますね」


 店主が奥へ引っ込んだタイミングで、キャロルがカレンに話しかけてきた。


「カレンさん、ウォレスさん、こちら鏡があるのでどうぞ被ってみてください」

「あら、ありがとう」


 嬉しそうにカレンが帽子を被るのを見てウォレスは思った。

 我が嫁ながら、可愛いじゃないか。


「似合ってるぞ」

「な、なによ、もう。あなたこそ被ってみなさいよ」


 カレンの顔が、かぁっと赤くなる。


「俺は良いよ。帽子なんぞ被る機会なんてないし」

「いいから、はい!」


 無理やり帽子を乗っけられて鏡の前に出された。

 ウォレスは自分の姿を見て、おっ、これは悪くないなと思った。


「あなたも似合ってるじゃない」

「こら、茶化すんじゃない」


 カレンがにやにやと鏡のウォレスを眺めている。

 ウォレスはつい反論してしまうが、それでも普段の喧嘩のような険悪さはなかった。


「あ、そういえば、キャロルちゃんはここで働いてるの?」

「なんとか再就職できました……」


 カレンが帽子を嬉しそうに被りながら雑談に興じている。

 仕方ない、諦めてもう少しここに居ようとウォレスも諦め混じりに椅子に腰掛けた。

 そしてようやく、店内全体を見渡す余裕が出てきた。


「なんていうか……爽やかな店だな」


 どうせ薄気味悪い店だろうというウォレスの先入観が、少しずつ払拭されていく。

 服や帽子、小物などが並べられているが、今被った麦わら帽子のようにセンスの良さを感じさせた。

 特に目立つのはトルソーに着せられているシャツだ。

 とても派手で、ウォレスはこれまで見たことも聞いたこともない。

 ここまでかぶいた服を着る勇気は流石にウォレスにはない。

 どちらかというと、棚にそっと並べられている革製品の方が気になっていた。


「なんでカニの焼印を……? そういえば看板の端っこにも似たようなマークがあったな」

「あ、これは店長のペットです。……ペットで良いのかな?」

「カニをペットにするなんて珍しい……。いや、でもユニークだな」


 不思議な店だとウォレスは感じた。

 高級感を感じさせつつも人を遠ざけるような気位の高さはない。

 金が溜まったら自分も革の財布くらいは持ちたいものだとウォレスはしみじみ思う。

 自分専用の革の小物を使いこなすことに、ウォレスは少々の憧れがあった。


「こちら試作品なんですが、良かったら」


 白磁の、背の低いカップが出てきてウォレスとカレンは心底驚いた。

 だがよく見ると、純粋な白一色のカップではない。

 金色の筋が入っている。


「割れたカップを頂戴して修理したものなんです。ああ、大丈夫ですよ、体に害があるものは使ってませんから」

「金か……確かに金なら食器にしても問題ないだろうが……凄い発想だな」

「い、良いのかしら、こんな食器を使ってしまって」

「ええ。あ、修理品ですから言うほど高級なものではないですよ。少なくとも、新品を買うよりは遥かに安く仕上がりますし」

「そ、そうなのか……。ところでこれは、もしかして氷なのか?」


 カップに盛られているものから、ひんやりとした空気が放たれている。

 ウォレスが見たままに表現するならば「色付きの氷を細かく砕いたもの」と言えた。


「そうですね。濃縮したオレンジジュースを凍らせて細かく砕いたものです」

「アイスとはちょっと違うんだな。ほほう……」


 実はダイラン魔導王国には、牛乳や卵を使ったアイスクリームは存在しているが、かき氷はマイナーだ。理由はごく単純だ。美食のために氷を作ることが少々不道徳であると同時に、かき氷やシャーベットは栄養価が少々乏しい。食糧事情が悪かった時代の名残りで、ただ美味しいだけのものは厳しい目で見られがちだった。


「あら、美味しいわ!」

「そうだな……暑い日に食べる菓子としてはぴったりだ」


 とはいえ、今日は猛暑だ。

 そんな日に冷たいものを食べる誘惑に抗える者は少ない。

 それにこのウォーターアイスに使ったオレンジジュースは、ジルが魔法でオレンジジュースの水分を抜いて濃縮したものだ。自然な甘味と酸味は爽やかで二人の喉を潤していく。


「美味しいわね、あなた」

「ああ、これは美味い」


 カレンの言葉にウォレスが頷いた。柑橘類特有の酸味と甘みは氷になっても舌を刺激するが、それは口の中でさらりと溶けて喉を潤していく。


「……白磁のカップを見ると若い頃を思い出すな。身の丈に合わない高級店に入って恥ずかしかった」

「ああ、あったわねそんなこと! まったくもう、本当恥ずかしかったんだから!」


 ウォレスは結婚する前に、勇気を出して高級なレストランにカレンを誘ったことがあった。だがそこは下級貴族と富裕層に足を踏み入れた庶民あたりの層が出入りする店で、若い頃のウォレスとカレンが出入りするには少々勇み足だった。ウェイターは微笑ましく受け入れてくれたものの、周りとの違いにカレンは身を縮こませたものだ。


「すまんすまん……あのとき初めて大喧嘩したっけな」


 ウォレスが、懐かしむようにもう一匙すくうとカップの底が見えた。

 そこに傷口があったと思われる箇所がある。

 金色の輝きが傷を誇らしげに示しているようだ。


 割れたカップを直せるということ。

 いさかいは治められるということ。

 そして再び美しく生まれ変わるということ。


 このカップがそれを象徴しているように思えた。


「……なあカレン。色々とすまなかったな」

「え、どうしたの急に?」

「忙しいとか言って話をあまり聞かなかったり……平日の昼間も任せきりにしちまってた。甘えてた」

「な、何よ急に……恥ずかしいじゃない!」


 この人たちいきなりイチャイチャし始めたんだけど何事? という店主たちの生ぬるい視線は、ウォレスとカレンに届いていなかった。夜どころか昼にさえなっていないのに愛を囁きあい、お互いを褒め称えている。


「ああ、カレン。お前にはあの帽子なんか凄く似合うんじゃないか?」

「そ、そうかしら? でもあなただって似合ってたわ」

「じゃあ……二人セットで買うか」

「あ、麦わら帽子は1つ1万ディナですので、合わせて2万ディナになりますが……」


 店主の説明に、ウォレスとカレンは心の中で「思ったより安い」と快哉を叫んだ。

 そして二人ともカウンターに身を乗り出すように言った。


「買った!」




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