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お隣のウォレスとカレン夫婦/仲直りリボンハット/炎天下ウォーターアイス 3




「悪いことは言わん、止めとけ。悪霊が出るぞ」


 次の日、ウォレスは幽霊屋敷に出向いて工事現場の大工たちに告げた。


 もちろん嫌がらせのつもりではない。心からの同情であり、同時に「一応忠告だけはしてやった」という形を取るためだ。ウォレスとしては放っておきたい気持ちもあったが、大工を依頼した家主が「ご迷惑をおかけします」と言って菓子を届けに来てくれたことを考えると無碍にもできなかった。


「へっ、俺たちはそんなこたぁ気にしねえんだよ。なぁお前ら!」

「そうだそうだ!」「おうともよ!」


 大工の親分はまだ若く、血気盛んな雰囲気だった。

 部下たちも少々おっかなびっくりな気配を漂わせながらも親分に同調する。


「だいたい、悪霊はいなくなったんだぜ。出ねえものを心配しても仕方がねえや」

「いなくなっただって?」


 大工の自信たっぷりの言葉に、ウォレスは思わず聞き返した。


「なんでえ、知らねえのかい?」

「知らん。そもそも疑わしいな。名のある僧侶様でも無理だったんだぞ」

「へっ、ウチの依頼主はそんじょそこらの坊主どもとは話が違ぇんだよ。昨日も朝から夕方までずっと工事してたけど悪霊なんざ出なかったぜ」

「なんだと?」


 ウォレスが大工に話を聞くと、どうやら大工の依頼人は悪霊が出る原因を突き止めたとのことだった。なんでもオーナーが祟る原因は大きなカウンターテーブルの下に眠っている割れたカップが心残りだったためらしい。依頼人はそのカップを修理すると誓うと、オーナーの悪霊は感激し、緑色の光を放ちながら魂が天に召された……と、大工が少々もったいぶった言い回しで語った。


「それが本当なら良いんだがな……。まあ、ともかく忠告はしたぞ」


 ウォレスはそう言って家に帰った。またどうせ大工たちも悲鳴を上げて逃げ出すだろうという確信を抱きながら。だがその予想は裏切られて、今日のリフォーム工事は何事もなく終わった。


 ウォレスは大工に聞いた話をカレンに告げると、カレンが妙なことを言い出した。


「あ……そういえば先週、変な光を見たのよね」

「変な光?」

「その緑色の光よ。何やらあの屋敷にキャロルちゃんが何人か連れて何かしてたみたいなの。ちょっと覗いたら変な色の光が漏れて大騒ぎしてて。様子見に行こうと思ったけど怖かったし……」

「そんなことあったか?」

「だってあなた、急に仕事入って帰れなかったじゃないの」

「それは……いや、すまん。部下が病気になって誰も当直がいなかったんだよ」

「それはわかってるわよ。とにかく隣の幽霊屋敷に何かがあったのは間違いないわ」

「となると、悪霊がいなくなったって話は本当なのか……?」


 ウォレスはそれでも半信半疑だった。

 カレンも同様だ。

 二人共、七年間に及ぶ悩みがいきなり解決するなどあるわけがないと思っていた。


 そして二人の予想は裏切られた。







 その日は朝からうだるような暑さであった。

 あまりの暑さに蜃気楼でも見たのかと一瞬思ってしまうほどだった。


「リフォーム、終わってるな……」

「そ、そうね……」

「まるで生まれ変わったみたいだ……」

「本当ね……」


 ウォレスとカレンは、呆けたような顔で建物を見上げた。

 ボロボロだった壁は白く塗り替えられ、爽やかな佇まいをしている。

 扉も新品で、輝くような艶やさだ。

 建物の周囲は綺麗に掃除され、塵一つない。

 そして『雑貨店 ウィッチ・ハンド・クラフト』という看板が掛けられている。


 更に、他にも異彩を放つものがあった。


「私、夢を見てるのかしら……大きなカニの魔物が草むしりしてるわ」

「……ダイランカラッパだな」

「ど、どうしましょう。騎士団を呼んだ方が良いのかしら」

「いや待て。ダイランカラッパは人に悪さはしない。こっちが危害を加えん限りは大丈夫だ」

「そ、そう……」


 これといって気の利いた言葉も出せず、ウォレスとカレンは道路に突っ立っていた。

 数分ほどそうしていると、たまたま通りがかった郵便配達人がウォレスに声をかける。


「おーいウォレスさんよ!」

「うわっ!? なんだビックリしたな。急に声をかけるなよ」

「いやいや、あんたらこそボーっとして危ねえよ。馬車にひかれちまうぞ。それより、ジルさんってぇのはここに住んでる人で良いのかい?」

「ジル……? いや、建物のオーナーはキャロルって名前のはずだが……」


 そこでカレンがぽんと手を叩いた。


「あ、確か工事中に看板が立ってたわ。工事の依頼人の名前も書かれてて……確かジルって名前だったわね」

「じゃあ、そのジルさんとやらがこの建物を買ったか借りたかしたわけか」


 ウォレスがそうつぶやくと、 郵便配達人がカバンから封書を出した。


「んじゃ、手紙渡しといてくれる? ポストがまだ無いんだよ、ここ」

「いやいや、普通にノックして渡せば良いだろう」

「こっちも時間が無いんだよ。頼むよ」

「知らん。俺の仕事じゃない」


 ウォレスが受け取りを拒否して腕を組む。郵便配達人はウォレスに無理やり渡す……ふりをして隣で成り行きを見守っていたカレンに押し付けた。カレンがうっかり受け取ってしまった隙に郵便配達人が颯爽と逃げ出す。


「あっ、おい!」

「悪いな! 幽霊屋敷にゃ関わりたくねえんだ!」


 ぽつんとその場にウォレスとカレンが取り残される。

 カレンが泣きそうな顔でうつむく。


「ご、ごめんなさい……」

「いや、いいさ。郵便局に行ってあいつの上司に後で直接文句言ってやる。それより……」


 カレンの手元の手紙をウォレスは眺める。


「このまま放置もできないし届けるしかないな……俺が持つ」

「わ、わかったわ」


 ウォレスは意を決して、元幽霊屋敷の扉をノックした。


「すまん、誰かいるかー?」

「あっ、はーい!」


 ウォレスにとって聞き覚えのある声が中から響いてきた。

 がちゃりという音ともに出てきたのは、キャロルだ。


「あっ、ウォレスさん、カレンさん! どうもおはようございます!」

「あ、ああ、おはよう。手紙がここに届いてるんだが……ジルさんというのは居るのかい?」

「居ます。店長ですね。てんちょー! 手紙でーす!」

「今いきまーす!」


 キャロルが奥へ声をかけると、これまた少女の声が奥から響いてきた。


「すみません、郵便配達さんですか?」

「いやそれが、郵便配達の野郎が押し付けて逃げてったんだよ。ポストを置いておいてくれるか? この分だと毎回ウチに手紙が届きそうだ」

「あっ、忘れてました……すみませんご迷惑おかけして!」


 店主が恥ずかしそうに頭を下げた。

 やれやれとウォレスは肩をすくめる。


「ところで……ここは雑貨店、なのか?」


 ウォレスがおずおずと聞くと、店主は顔を上げて元気よく頷いた。


「はい! あ、喫茶もできますよ」

「そ、そうか……。こんなことを聞いてはいかんのかもしれないが、前のオーナーのことは知った上でオープンするのか?」

「ええ。ああ、そうだ。大工さんたちから聞いたかもしれませんが、悪霊はもういないので気にしないでください」


 内心聞きたかったことを聞く前にずばりと答えられてウォレスは言葉に詰まった。

 カレンも驚いて反応できないでいた。


「お隣で色々とご迷惑おかけして本当に申し訳ございません……。これからは大丈夫ですので……」


 キャロルがしおしおと申し訳無さそうに頭を下げた。

 それを見て店主が不思議そうに尋ねた。


「お隣さん?」

「こちらのウォレスさんとカレンさんは、お隣に住んでる方なんです。廃屋同然だったときに掃除を手伝ってくれたり、何かと今までご面倒をかけてしまってて……」

「あー……そういうことですか。確かに『悪霊』がいたら落ち着いて過ごせませんよね……」


 店主がしみじみと納得したように相槌を打った。


「悪霊よりも人間に困ってる。特に今日みたいなうだるような暑さの日には度胸試しや肝試しをするバカな若い連中が多いんだ」

「そんな人がいるんですか……」

「リフォームして店が出来たならそんな連中も来ることはないだろうがな。まあがんばってくれ」


 ウォレスはそう言って去ろうとした。

 店長が思案げな顔をしていたが、手をぽんと叩いてウォレスを呼びかけた。


「ではお詫びと言うのも変ですが、冷たいものでも食べていきませんか? 今日はとっても暑いですし」




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