お隣のウォレスとカレン夫婦/仲直りリボンハット/炎天下ウォーターアイス 2
雑貨店「ウィッチ・ハンド・クラフト」、シェルランド支店。
今は準備中の立て札が掛けられているが、開店準備はほぼ完了していた。リフォームはすでに終わっており、今はカーテンや棚などが搬入されている。
「なんていうか、すごく明るい感じですね……!」
「マシューのやつも残念だな。こいつを見てから出発すりゃ良かったのに」
「まったくだよ。兄貴はあんな顔しといて風来坊なんだから困っちまったもんさ」
キャロル、ガルダ、モーリンの三人が内装を見て、感心しながら呟いた。
「でしょう? カーテンもちょっと頑張ってみました。欲を言えば窓ガラスを使えたら良かったんですが、そこはちょっと我慢ですね」
「そりゃ仕方ねえだろ。ずっとここに住むわけじゃねえんだから盗まれちまうぞ」
ガラス製品は、白い磁器と同様に高級品だ。
アルゲネス島の中で作れないわけではないが、なにせ職人が少ない。ガラスづくりには強い火力、それに耐えられる炉が必要になるが、アルゲネス島での製法は火と土を扱う優れた魔法使いが必要不可欠だった。
だがここ二十年は多くの国を巻き込んだ戦争が続いており、多くのガラス職人が戦争へ駆り出され、そして「職人になるくらいになら勇敢な兵になるべし」という風潮が強まっていた。反乱もまだまだ多く、そうした空気が払拭されるにはまだ時間が掛かった。
ちなみに白磁器についてもガラスと同様の事情があり職人が少ない。ただ白磁器はガラスよりも食器として愛用されている。さらには茶導師が磁器職人を保護しているためにガラス業界ほどの存亡の危機に立たされてはいなかった。
「魔法を使わずにガラスが作れれば良いんですけどねぇ……。でも私は割っちゃいそうでちょっと怖いですけど」
キャロルがそう言うと、くすくすとジルが笑った。
「でも、ガラスも金継ぎで直せますよ」
「え!?」
「接着した面が見えちゃうから金箔を貼るとか工夫は必要ですし、陶器より難易度は上がりますけどね。でも漆を使って直すという基本的な流れは変わりませんから」
なんてことないように語るジルを、三人がぽかんとした顔で見つめる。
「ご主人様……もうそれだけで食っていけるんじゃないかい? 貴族様のところに顔出して食器直しするだけでそこそこ良い金になるよ?」
モーリンの呆れ気味の言葉に、ジルが首をひねる。
「そうですかね……? 金継ぎは見た目のインパクトが強いから、みんなに受け入れてもらえるかは未知数ですし。とりあえず紅茶や軽食の器に金継ぎしたものを使って反応を見てみようとは思いますけど」
「いーや、予言するぞ。金持ちほど敏感に反応するぜ。そりゃ茶導師好みだ。大騒ぎになるかもしれないぜ?」
「だと嬉しいですね」
ジルがのほほんと返事をした。
その様子に、ガルダとモーリンが苦笑した。
いつも通り大騒ぎになる予感をひしひしと感じていた。
「しかしガルダさんもキャロルさんも、手伝ってもらって時間とか大丈夫ですか?」
「俺は納品が終わってヒマだったからな。それに、まがりなりにも弟子が独立するんだ。手伝わなきゃいかんだろう」
「それはそれはありがとうございます、お師匠様」
ジルが茶目っ気たっぷりに言うと、ガルダが快活に笑った。
だがその一方で、キャロルは微妙に陰鬱な顔をしていた。
「私は、まあ、高等遊民ですので……」
「そ、そうですか……。もし仕事決まらなかったら店番とかお願いしましょうか?」
「お世話になってばっかりで申し訳ないのですが、もしそのときはお願いしますぅ……」
泣き崩れそうになるキャロルを見て居心地が悪くなったのか、ガルダがあえて声を張り上げた。
「じゃ、じゃあ内装の整理とかやっちまおうぜ! 今はまだカーテンを掛けたばかりだし、棚を並べたり品物を陳列したり、いろいろとやることがあるだろ」
「そうだね。どういう風に配置するつもりなんだい?」
まってましたとばかりにジルがにやっと微笑んだ。
「それなんですが……この店のテーマは、南国にしようと思うんです」
「南国?」
「はい! 海が見えるリゾートのように、きらきらとした雰囲気を楽しめる場所にしようと思います」
そしてジルはカーテンを手で示した。
カーテンは確かに、「海」を彷彿とさせるものだった。
ほのかに温かみのある白地の麻を、半分だけ濃紺で染めている。
また近くには色鮮やかな観葉植物が置かれている。
配置する前の段階でも華やかさが匂い立つようだった。
「窓側は広めのスペースを作って、カーテンと観葉植物を置いて背景にしつつアロハシャツやワンピース、麦わら帽子なんかを着せたトルソーを幾つか置こうと思います」
トルソーとは、胴体だけの彫像である。手足のないタイプのマネキン人形のようなもので、服を陳列するためのものだ。
「良いな。それはイメージを掴みやすそうだ」
「それで店の中央に棚を置いて服や小物を並べて……。金継ぎの食器に関してはカウンター奥に並べる感じにしようかと」
「売るんじゃなくて使うんですか?」
キャロルが不思議そうに尋ねた。
だがジルは首を横に振る。
「いえ、売ります。ただ割れ物ですから服と一緒に並べておきたくないんですよね。で、飾っておくならそこしかないかなと」
「なるほど、お客さんはお茶を飲みながらカウンター越しに食器を眺める……というわけですか」
「ええ。飾っておけば欲しいと思う人も増えるかなって。あとはカーテンや棚なんかも、正直買いたいって人がいれば売っても良いと思います。売りたくないのは客に出すために実際に使う食器類、カウンターテーブルとキッチン用品くらいですかね」
「なんでも売り物ってわけですか……不思議なお店ですねぇ」
はぁー、とキャロルが感心した。
「さあて、おしゃべりはそのへんにしておいて仕事を進めるよ! さあ動いた動いた!」
モーリンが手を叩く。
棚を置き、商品を陳列し、店内には彩りが満ちていく。
ここから、本格的な出発だ。
瞬間的な感動がジルの心にこみ上げる。
涙がにじみそうになるのを堪えて、ジルも声を張り上げた。
「それじゃあ、頑張りましょう!」
◆
シェルランドの街の一角。
密談横丁という少々怪しげなあだな名のついた通りがある。
そこは昔、喫茶店の激戦区であった。数多くの喫茶店が新たに生まれては潰れているため、常に多くの人が行き交っていた。評判の味を求めて高位貴族がお忍びで来ていたという噂もあり、誰が出入りしていても不思議ではない。
そのため密談や密会にはもってこいの場所で、初々しい若者がデートスポットに使うこともあれば、商人同士の外に漏らしたくない密談に使われたり、あるいは伴侶を持つ者同士が許されざる逢瀬の場所に使っていたりもした。
とはいえ、それはありし日の姿だ。喫茶店ブームやレストランブームは去り、「密談」といういかがわしいイメージを避けるために移転したり、潰れたりして、今やごくごく普通の住宅街となった。流行の衰退に決定打を与えたのが、喫茶店『アンドロマリウス』の廃業だ。
不運のうちに死んだ喫茶店のオーナーに周辺住民は深く同情し、そして恐れるようになった。あの喫茶店に手を付けようとした者は例外なく幽霊に襲われているのだ。何も知らずに忍び込んだ泥棒の「幽霊が出た!」という叫び声は、住民に今もなお生々しく耳に残り続けている。
そんな薄暗い記憶の染みついた店の跡地で、何やら工事が始まった。
「ねえあなた……知ってる?」
「おお、どうしたカレン?」
幽霊屋敷の隣に住むウォレスとカレンは、この通りに住んで十年ほどになる。丁度、喫茶店ブームが落ち着きを見せ始めて土地が安くなったあたりで家を建てた。密談横丁に住むなど物好きだと友人達には笑われたが一向に気にしなかった。
ウォレスは、密談横丁の未来を正確に予想していたからだ。盛り場としての価値はどんどん減っていき、やがて落ち着いた街並みになっていくだろう。その予想は正しかった。レストランが潰れて更地となり、ウォレスの後を追うように住宅が建つようになった。飲食業に関係のない仕事の人間が増えた。
ただひとつ誤算だったのは、隣の喫茶店オーナーが非業の死を遂げて幽霊屋敷になったことだった。
「隣の廃屋なんだけど」
「またその話か……」
ウォレスは露骨に顔をしかめた。
正直ウォレスは、この話題にひどく疲れていた。オーナーの訃報を聞いたときはひどく同情し、悲しく思ったが、流石に七年も昔のことだ。何年も建物を相続する人間が決まらず、雑草は生えるし、空き家ということで建物の前にゴミを捨てていく不届き者がいる。
それを掃除するのは、なし崩し的にウォレスとカレンの仕事となった。近所の人間も面と向かってウォレスに掃除を要求したりはしないが、無言の圧力を押し付けてくる。たとえば住民の会合などでわざとらしく「近くの人が掃除してくれたら良いんだがなぁ」などと発言されたり。
更には不良の若者がたまり場に使おうとして、ウォレスは注意せざるをえなくなった。「近所迷惑だからやめなさい」、「悪霊に祟られるからやめておけ」と半分は怒り、半分は心配のつもりで言ったら、不良たちは「悪霊なんているわけがないだろう」と嘲笑した。当然不良どもは悪霊に殴られて大絶叫を上げながら逃げていった。
それだけで済めば良かったのだが、不良たちはウォレスとカレンの夫婦を逆恨みした。ウォレス夫婦の家の壁に落書きをされたり壊されたりしたこともある。不良の親が「あんたらがちゃんと注意しないのが悪いだろう!」と怒鳴り込んできたことがある。
そうこうする内に、所有者のいない建物にようやく引き取り手がついた。今までの管理費や迷惑料がもらえるかもしれないと一瞬喜んだウォレスだったが、新たな建物のオーナーはそんな経済的な余裕などなかった。現れた新オーナーは、まだ二十歳前後の若い女の子であった。事情を聞けば、親族間で引き取り手のいない遺産を押し付けられたという格好らしい。
ウォレスは今まで迷惑が掛かったことを告げると、新オーナーのキャロルはこちらが罪悪感を覚えるほどにぺこぺこと頭を下げ、半泣きで周囲の掃除を始めた。業者を雇うほどの金銭的な余裕はない様子だった。
もっとも、考えればすぐにわかることだ。建物は他人に使わせて初めてお金が生まれる。他人に使わせる以前に改築もできない古びた住まいを持つなど、借金だけを相続するようなものだ。
流石にウォレスもカレンも同情して掃除を手伝った。ウォレスもカレンも、お人好しなのだ。そしてお人好しであり他人を過度に責めないがゆえ、ストレスが内側に向かっていく。
ウォレスはある日、「こんなところに家を建てるんじゃなかった」とぽつりと呟いたことがあった。それが妻カレンの逆鱗に触れて夫婦喧嘩に発展した。
不良共に注意をしたり、不良のモンスターペアレントに対応したり、入り込んだネズミや野良猫、野良犬を追い払ったりしたのはウォレスだが、日々の細々とした掃除や地道なトラブル対処、嫌味な近所との付き合いは基本的にカレンがやっていたのだ。お互いに「こっちは頑張っている」という自負があった。
「またその話って……そういう言い方ないじゃないの!」
「休みの日じゃダメなのか? 流石に平日の夜に相談されても気分が悪いぞ」
「私だって捨てられたゴミ片付けたり、雑草取ったり、向かいの家の嫌味に言われるの我慢したり頑張ってるのよ! そういう言い方しないでよ!」
「いやお前を責めた訳じゃないよ」
「だいたい、ここに家を建てるって決めたのあなたじゃないの!」
「そりゃそうだが! こんなことになるなんてわからないじゃないか! 引っ越しの頭金だって貯めてるんだ!」
「それを言い訳にして家に帰るのいっつも遅いじゃないの!」
お互い、「やってしまった」と内心思っていた。向こうが悪いわけでもないからこっちが譲らなければ。でも自分だって悪いわけじゃない。そんな悶々とした感情の悪循環だ。
「ごめんなさい、やめましょ」
「……すまん、疲れてて。ちゃんと話を聞くよ。悪かった」
「あの幽霊屋敷、リフォームするらしいのよ」
「なんだって?」
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