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お隣のウォレスとカレン夫婦/仲直りリボンハット/炎天下ウォーターアイス 1




「現時点で判明したことを幾つか報告します」


 マシューが再び、ジルの屋敷にやってきた。

 今日はいつものように、糸や生地を持ってきたわけではない。

 今日マシューが届けに来たのは、書類の束とキャロルであった。


「こ、こんにちは。ええと……リッチーさんのことを知りたいんですか……?」


 キャロルが今ひとつ曖昧な顔で尋ねた。


「はい。できるだけ詳しく」

「は、はぁ……。私に協力できることでしたら幾らでも手伝いますけど……。オーナーとリッチーさんの手紙なんかも私が受け継ぎましたから」

「ありがとうございます、助かります」


 ジルが謝意を示す。

 そしてマシューが咳払いをして、本題に入った。


「リッチー・アンドロマリウス。オーナーのロジャー・アンドロマリウスの弟で、七年前の隣国オルクスとの戦争で亡くなっています。ところでオーナーがどういう風に亡くなったかは……ご存知ですね?」

「ええと、リッチーさんの横領を庇おうとしたんでしたよね。それで散財を重ねたと」

「はい。騎士団員だったリッチー氏はオーナーの尽力で名誉剥奪などはされませんでした。その後、別の騎士団に復帰したそうなのですが……ここからの足取りがよくわかりません」

「そうでしたか……」

「ロジャー氏とリッチー氏の手紙を読ませてもらったのですが、リッチー氏自身自分の所属がよくわかっていなかったようです」

「え?」


 曖昧な答えに、ジルが怪訝な顔をする。

 そこでキャロルが口を挟んだ。


「ええと、オーナーとリッチーさんの手紙が残ってたんですが……。リッチーさんはどうしても横領の疑いが掛かってたから復帰した先で持て余されてたみたいなんです。それで別の騎士団に貸し出されて、更にそこから別の騎士団に貸し出されて……所属と働いてる内容が全然食い違ってたみたいで……」

「それは……大変ですね」

「で、うやむやでわからないまま隣国との戦争に出て、戦死の知らせが来ました。手紙のやり取り以上のことはちょっとわかりませんね」


 キャロルが申し訳なさそうにうつむく。


「い、いえすみません。調べてほしいと言ったのはこちらの我が儘でしたから」

「だ、大丈夫ですか? こないだ渡した物と関係あるとか……」

「ああ、そちらは全然関係ありませんよ。大丈夫です」


 ジルは少々嘘をついた。

 悪魔創造の手引書によって、前の持ち主がリッチーであることを知ったのだ、無関係とは言い難い。

 だが、それを説明するとなるとこの本の真価をキャロルに伝えることになる。

 秘密を知ればそれだけ危険も大きくなるとジルは判断し、黙っていることにしたのだった。


「そうですか……良かった」

「ところでちょっと聞きたいんですが、リッチーさんはどんな人でしたか?」

「う、うーん……私が最後に会ったのは十五年近く昔で……」


 キャロルが難しい顔をして首をひねる。うろおぼえのようで自信なさげな様子だった。


「……横領するような人に見えましたか?」

「いや、真面目そうだったような。外見は真面目っていうかちょっと怖かったかな」

「身長が高かった」

「あ、はい」

「黒髪で眉毛が薄くて……いかめしい雰囲気」

「はい……。あれ、私、言いましたっけ……?」

「無駄遣いが嫌い」

「そう、でした……。あ、そうだ、思い出してきた。怒るとおっかなくて……。でも意外と優しくて。嬉しいときとか恥ずかしいときは」

「顎を撫でる癖がある」

「…………な、なんで知ってるんですかぁ?」


 キャロルが震え声で尋ねた。

 だがジルはそんなキャロルを無視して、マシューに向き直った。


「マシューさん。死んだ人のことを深く調べるにはどうしたら良いと思いますか?」

「……ジルさんが知りたいのは、足跡のわからなくなったあたりですね? 正確にどの騎士団に居たのか」

「はい。それと……どういう風に戦死したのか。それと、他にも調べてほしい人物の名が幾つか」

「それは……以前見たという夢の人物のことですね? そんなに気になるんですか?」

「……恐らく、オーナーの弟は、私の夢に出てきたリッチーさんです。夢の中でカレンダーを書いていました。それは七年前の日付で、恐らく彼が亡くなる直前あたりかと思います。そして」


 ジルは言葉を切り、慎重に呟いた。


「伯父様……コンラッド様が戦死した年でもあります。きっと私の夢、リッチーさんの死、そして伯父様の死。どれも繋がっているような気がするんです」

「なんですって!?」


 マシューの顔色が変わった。

 キャロルは話についていけず、ジルとマシューの顔を交互に見ていた。


「今更、七年前のことを知ったところでどうしようもないことではあります。ていうか優先度としては雑貨店経営の方が大きいです。でも、このまま放置したくはないんです」

「そのへん正直なところジルさんの良いところだと思いますよ」

「それ褒めてますか?」

「それはもちろん」


 マシューは微笑んでジルの疑問をスルーした。

 ジルも、しょうがないなと溜め息を付く。


「しかし、どちらもシェルランドに居てはわからないことばかりですね……。丁度良かったかもしれません」

「丁度良い?」

「そろそろ王都の方へ行こうかと思っていたところだったので。私は毎年、夏から秋にかけて王都へ行って色々と仕入れてくるんですよ」

「あ、そっか」


 マシューは自分自身の店舗を持たない。

 様々な街から街へと旅する交易商人であった。


「普段ならもう出発してる時期なんですが、今年は妙に居心地が良くて」

「すっ、すみません、色々と助けてもらってばかりで」

「いえいえ。むしろいつも楽しい仕事があって充実してますよ。ただ王都や他の街にもお客さんがいて待たせるわけにも行かなくて。ですのでそちらに足を伸ばすついでに、調べられそうなところを調べて来ようと思います」

「それは……」


 ありがとうございます、と言おうとしてジルは言葉に詰まった。


「私が戻ってくる頃には、支店も繁盛してるかもしれませんね。楽しみにしてますよ」


 ここでジルはようやく、マシュー抜きで商売をしなければならないと気付いた。

 そして今まで、どれだけ助けてもらったかを身に沁みて思い出す。


 思い返せばジルは、多くの人に助けられてきた。


 一人旅の最中にイオニアとカラッパと出会い、森の屋敷に辿り着いた。シェルランドの街に着いてからも多くの人と出会った。


 その中でもマシューの存在感は大きかった。マシューがジルの作った物に注目してくれなければ、雑貨店を開くという夢が実現したかどうか少々怪しい。仮に今と同じような状況になるにしても、倍以上の時間が掛かったことだろう。そのマシューが、この街を去る。


 心細い。


 だがそれでも、引き留めるべきではないとジルは思った。

 そもそも無理なお願いをしているのはジルの側である。

 むしろジルは、今まで学んだ成果というものを見せなければいけないという気がした。


 商売において、ジルはマシューのことを師匠のような敬意を抱いている。服や小物のこととなると目の色を変えて猪突猛進になってしまうところはあるが、それでも冷静な判断力でジルを支えてくれた。


 そのマシューが「楽しみにしていますよ」と言っている。ジルがマシュー抜きに店を運営することに何の不安も感じていない。だったら、安心するなどという領域を超えて、あっと驚かせてやろう――ジルは、この瞬間に決意した。


「はい! 任せてください!」





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