凶運のキャロル/覆水は盆に返り、割れたカップも元通り/悪魔のガトーマジック 11
※次回は一週間後になります
ああ、夢を見ている。
夢を見ている間はすべてを覚えている。
目覚めたときには失われることもわかっている。
7年前。
仄暗く温かな、洞窟の王国の夢。
「別にリッチーはお前のことを怒ったわけじゃない」
やれやれと言わんばかりの声。
そのガーメントの態度が不満で、私は口答えした。
本当に悪いのが自分だとはわかっているのに。
「でも怒ってました!」
「言葉が刺々しいだけだ。そういう性格なんだ。あいつも言い過ぎたって反省してる」
洞窟のすみっこに隠れてる私の隣に、ガーメントが腰掛けた。
「それに、私は今隠れてるんです。なんで見つけるんですか」
「箱の中に座ってるのは隠れてるとは言わない」
「……そうかもしれないです」
洞窟内の倉庫のすみっこの木箱は、私のお気に入りの場所だ。
静かなところに行きたいとき、私はいつもここに潜む。
でも見つかってるなら潜んでいても仕方がない。
箱から出て、ガーメントの隣にちょこんと座った。
「……別に、魔力を無駄遣いしようとしたわけじゃないんです」
「ダスクとドーンを手伝おうとしてたんだろ。穴掘りの最中だったから」
「はい」
「だからって、【照明球】を七色に光らせて回転させる必要はなかっただろう。あいつらテンション上がって歌って踊り始めたぞ」
ダスクとドーンの仕事は穴掘りだ。洞窟を少しずつ掘り進めて地上を目指す。他の人が手伝うこともあるけれど、土と水のことをよく知っている二人だけでやることが多い。下手に素人が手を出すとさらなる落盤を起こす危険がある。二人の仕事の出来映えに、私たちの命運が掛かっている。
ここはすでに打ち捨てられ、大地に埋まった遺跡だ。伯父様たちは戦争の最中、落盤に巻き込まれて地下に落下し、かろうじて空いていた空間に転がり込むことで難を逃れた。食料は豊富にあるし水は魔法を使えば出せるが、それでも限りがある。資源が残っている内に脱出しなければならない。
だからこそ、足りないものは自分たちで作る。見えない道は自分たちで掘り進む。それがこの巌窟王国の国是だ。じゃあ、仕事に飽きたり、つまらなくなったりしたら?
私はせめて、楽しく仕事ができれば良いと思った。
「二人が、『そういえば一年くらい虹を見たことがない』って言ってたから……。だから、楽しい気分になるなら良いと思ったんです」
「そうか。確かにこんなところじゃ虹は見えないよな」
ガーメントが、くすりと笑った。
笑われた、という感じではなかった。
「ガーメントは怒らないの?」
「まあ……こういうところじゃ『楽しい』ってのは大事だからな」
「真っ先に怒りそうなのに」
「外だったら怒ってる。もっと真面目にしろって」
そう言いながら、ガーメントは『筆』を取り出した。
空中にさらさらと絵を描く。
「わあ……!」
私の目の前に、虹が現れた。
七色に煌めく円弧が一瞬だけ現れ、そして消えていく。
ガーメントは魔力を節約したつもりなのだろうが、その儚さがまた美しさを際立てている。
狙ってやったのだ。
「とにかくぎらぎらと光らせるのも悪くないが、こんな風に静かな自然の美しさを真似てみると良い。魔力もそんなに使わずに済むし、より綺麗なものが作れる」
「……それ、私より綺麗なものを作れるって言ってます?」
「もちろんだ。これでも絵はみっちり勉強したんだ。そう簡単に負けてたまるか」
ふふんとガーメントが鼻で笑う。
「そういう負けず嫌いなところ、良くないです」
「だったらお前も素直になるんだな」
「むう……」
不満げにガーメントを見上げる。
ガーメントは、伯父様の真似をして私の頭を撫でようとする。
「髪が乱れ……あれ?」
ちょっと予想と違った。
私の乱れた髪を整えてくれた。
「じっとしてろ」
「……はい」
こういうガーメントみたいな気遣いが、伯父様にはちょっと足りないと思う。
私は大人しく、ガーメントのなすがままになった。
「……よし、と。どうせならマントやケープなんかも描いてやりたいところだが、そこはちょっと我慢してくれ。内緒でこっそりな」
「魔力の無駄遣いをしたら怒られますよ?」
私は、くすくす笑いながら尋ねた。
ガーメントは、意地悪く笑った。
「たまに怒られるくらいで丁度良いんだ。……あ、そうだ、これは内緒話なんだがな」
「内緒話?」
「リッチーを見てて気付いたことがある。あいつ、照れくさいときは顎を親指でかくんだ」
◆
「ごめんなさい、リッチー」
私はリッチーの書斎――と言っても、大広間を間仕切りで区切っただけだが――に入って、開口一番に謝った。
「……ジル様。私も言いすぎました」
リッチーが眉をしかめている。
傍から見たら、『怒ってます』としか見えない。
でもリッチーと接している内に、別にそんなに怒ってないのだと気付いた。
「ううん。私も、無駄遣いしちゃいました。それと二人の仕事を邪魔しちゃいました」
「そこは素直に反省してください。ここで暮らすのは魔力も食料も無駄遣いできねえんです」
「うっ」
「ああ、いや……その、悪いとか、苛々してるとか、そういうわけじゃないんです」
リッチーが慌て始めた。
今も何かを迷い、ためらい、顎を親指でかいている。
なるほど、こういう性格なんだなぁというのが私にもようやくわかってきた。
言葉を選ぶのが、へたっぴなのだ。
「どうも私は言葉がキツくって。前の職場でもトラブルを起こしました。兄貴に尻を拭ってもらって……情けねえったらありゃしない」
照れてるというより、本気で落ち込み始めた。
この展開は流石に予想していなかった。
どうしよう。
「おっと、失敬。ともあれ仲直りしましょう」
「あ、うん」
私の心配をよそに、リッチーはけろっと言ってのけた。
なんだか毒気を抜かれてしまった。
さっきまで泣きべそかいてた私のことをなんだと思ってるのか。
だが、少し気になることもある。
「リッチーにはお兄様がいるんですか?」
「ええ。兄貴は喫茶店の店長をやってましてね。茶を淹れるのもケーキを焼くのも得意ですよ」
「ケーキ、私も好きです!」
「しかも特別なケーキですからね。コンラッド様だってお褒めになった」
「へえ……いつか食べてみたいです」
「ここを出られたら案内しますよ。兄貴の作るケーキと茶だけは、コンラッド様にだって負けやしません」
口元に、ほんの小さな微笑みが浮かんだ。
「好きなんですね、お兄様のこと」
「……兄貴にはいつも世話になりっぱなしでした。ちょっと素っ頓狂なところがある人で、いきなり『喫茶店を開業する』って言い出したときはどうなるかと思いましたが、なんだかんだで成功しちまった。やいのやいのうるせえ親戚共も黙っちまうくらい」
「私も、うるさい親戚ばっかりです。コンラッド叔父様以外、みんなあんまり好きじゃないです」
「……ジル様ほど大変な家族をお持ちの方は、そうそうおらんでしょうな」
「本当ですよ。お父様もお母様も鬼みたいに怖いし、他のみんなご機嫌をうかがって告げ口したり、嘘ついたり、足を引っ張ったり……ううん、それだけじゃ済まないことも多いんです」
あーあ、と私は肩をすくめた。
「ジル様は、ご苦労されてるんですね……」
「だから、ここにいるのは楽しいんです。狭いし暗いけど、広くすればよいし明るくすれば良いもの!」
「そう言ってもらえると、こっちもやる気が出るってもんです」
「うん。やる気は出して下さい」
「あっはっは! ジル様は人をおだてるのがお得意ですな。お仕えする甲斐があるってもんです」
珍しいことに、リッチーが笑った。
口を抑え、むせている。
なんだか笑われてるような気もしたが、仏頂面のリッチーを笑わせたことの達成感の方が強かった。
「そうです、私は仕え甲斐のある王女ですよ」
「なら、王女様へのお詫びの印に、ちょっとした魔法を教えて差し上げましょう。多分、ジル様でも使えますよ」
「……もしかして、悪魔の魔法!?」
リッチーの魔法は、今まで私が知っているものとはまったく違う、そしてとても便利なものだった。
たとえば朝、みんなが寝坊しそうになるとリッチーの持つ魔石が鈴のような音を鳴らす。
あるいは、洞窟を掘り進めているダスクとドーンのところの空気が薄くなると、二人が倒れてしまう可能性がある。そういうとき、リッチーの魔石はガンガンと鍋とおたまを思い切り叩きつけたような音を鳴らす。
そして、リッチーが愛用する算盤。これはリッチーが計算式を唱えると、指も触れずに珠がカシャカシャと動き、結果を弾き出してくれるのだ。
「ええ。ただし他の人には話してはいけませんよ。コンラッド様にも、私から習ったって話だけは伝えても構いませんが詳しい仕組みは秘密です」
「でも、良いのですか? リッチーの秘密なんですよね?」
「……秘密というのは、秘密にすることも大事です。ですがいつか誰かに伝えなければならないことでもあります」
「そうなの?」
「いつか、そういうこともわかる日が来るでしょう」
リッチーの顔は、どこか寂しげだった。
だがこのときの私は、悪魔への興味が上回っていた。
「まずは……そうですね。簡単に挨拶するだけの『悪魔』から作りましょうか。慣れてきたら目覚まし時計なんかも作れますよ」
「はい!」
「ですが何をするにしても絶対に必要なことがあります。それは魔力を込められる宝石を用意すること。そして魔法を唱える者が、悪魔に名前を与えてやることです」
「名前?」
「ええ。それでは、私と同じ言葉を繰り返してください」
「はい」
リッチーは、朗らかな顔を引き締める。
厳しい顔つきだ。
だが、別に怒っているとかではない。
自然とそういう顔になってしまうのだ。
それを見つめる内に、もう怖くなくなってしまった。
「【悪魔創造:定義】。我は魂なき知性に名と魔力と問いを与え、汝は答えを導く者なり。我が名はアンドロマリウス。汝に名前を与えん」
◆
誘惑の森に朝もやが立ち込める頃、ジルの意識は夢と現実の境目にいた。
そして、夢の通りに言葉を紡いだ。
「あくまそうぞう……でぃふぃにしょ……」
だがそうして紡がれた言葉がジルの耳に届き、夢から急速に現実に引き戻されてく。もうそろそろ朝ですよと。それを指し示すように、窓から朝日が差し込んでいた。
ああ、寂しい――もう少しだけ、あの世界で微睡んでいたいのに。
そのまま急速に記憶が過ぎ去る。
ジルが洞窟の夢を見たときはいつもこうだ。
今日もそのはずだった。
しかし唐突に、『アカシアの書』が何かを告げた。
『同期可能な端末を検知しました。本端末と同期しますか?』
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