凶運のキャロル/覆水は盆に返り、割れたカップも元通り/悪魔のガトーマジック 7
そしてジルは一人と一匹に助けを求め、テーブルの移動作業が目論見通りに完了した。
少々被害が出たことを度外視すれば。
「ちょ、ちょっとひどいことになってしまいましたね……」
ジルが乾いた笑いを浮かべる。
マシューも、なんとも曖昧な表情を浮かべていた。
「い、いえ、気にしないで下さい……はは……。何か危険なものがあったら借りてくれる人もいませんし……。修理代は掛かるけど……」
キャロルがぷるぷると震え気味に応じた。
この惨状に、ジルも流石に心を痛める。
まず、幽霊屋敷の玄関の扉が外されていた。
それだけならば良かったのだが、扉の枠が少々壊れている。
惨状が外から見えないように大きな布で隠している有様だ。
床板も脆いところが砕けている。
幽霊屋敷から廃屋へ、さらに一歩近付いたと言えるだろう。
だが、これをやり遂げたガルダとカラッパは一仕事終えて自信たっぷりの顔をしていた。
「そこは諦めてくれ。このテーブルを手で持ち上げようと思ったら力自慢が十人は必要だぜ。それに床板だってちょっと腐ってたし、床も壁もとっかえるくらい修理しねえと使いようがねえさ。ちょっと手間が省けたと思って許してくれ」
「ぶくぶく」
「ほら、こいつもしゃーねーじゃねえかって言ってるぞ」
「なんでわかるんですか」
「いや、そんな気がした。なぁ?」
ガルダがカラッパを見上げると、カラッパは頷くようにハサミを鳴らした。
この二人、意外に馬が合うのかもしれないとジルはくすりと笑う。
「まあそれも一理あります。そもそも我々三人ではテーブルを持ち上げることさえできませんでしたからね……」
マシューが諦め気味に呟いた。
このテーブルを動かすにあたって、ガルダはいくつかの手順にわけて作業した。
まず重い物を吊すための頑丈なベルトをテーブルに引っかけ、それを鎖に繋ぐ。
次に、ガルダが知人の大工から借りてきた作業用の骨組みを組んで、即席のクレーンを作った。
あとは鎖をクレーンに掛けて引っ張るだけだ。
とはいえ、道具を使ったとしても男二人、女二人の合計よりもテーブルの方が重い。
そこでカラッパの出番だ。
大の大人が十人集まるよりも、カラッパのほうがよほど力持ちだ。
見事にカラッパは期待に応えてベルトを引っ張り、カウンターテーブルを持ち上げたのだった。
もっとも、カラッパが屋内に入るために扉を外しつつも扉の枠にぶつけて傷付けてしまったり、更に鎖を引っ張る際にカラッパの足が床板を突き破ったりと、幾つかの被害が出てしまっていたが。
「すみません、あんまり顔の知らない人を呼びたくなくて……。ちょっと口外しにくい物が眠ってる可能性もありましたし」
ジルが申し訳なさそうに頭を下げる。
「い、いえ! 『悪魔』なんてものが居たわけですし、そういう話は私にも十分理解できます。どっちにしろリフォームは必要だったと思いますし」
「ええと、キャロルさんとやら……俺は良いのか?」
ガルダが首をひねりながら尋ねた。
「よくわかりませんけど、ジルさんが良いのでしたら別に」
「ガルダさんやマシューさんは一蓮托生だし別に良いかなと思いまして」
「俺だって変な秘密はこれ以上抱えたくないんだがなぁ……まあ良いけどよ」
ジルのあっけらかんとした答えにガルダは押し切られた。
「はい、それでは……確認と行きましょうか」
全員の視線が、カウンターテーブルがあった場所に集中した。
どのご家庭にもありそうな、何気ない床下収納であった。
「わ、私が開けた方が良いですか?」
「いえ、何か魔法による仕掛けがあるかもしれません。私に任せて下さい」
ジルが手袋を付けて収納のフタを開けた。
何年も開けていなかったため、埃が舞い上がる。
幸いなことに虫やネズミの気配は無く、ただほこりっぽいだけで済んでいる。
「布の袋……?」
中から、かちりかちりと軽い音が鳴っている。
「金属音? ってことは金貨あたりか?」
「えっ!?」
ガルダとキャロルが目を合わせ、期待に胸を膨らませた。
だがマシューはあまり期待していないのか、警戒の目で布の袋を見ている。
「うーん、残念ながら高価なものではありませんね」
ジルが袋を開いて、中のものを全員に見せた。
「…………割れた食器だ」
はぁ、とガルダが露骨に落胆を示した。
マシューは、大したものではないという予感があったのか、納得の顔をしている。
「そんなところでしょうね……。ここの来歴を考えると財産や遺産あまりないだろうと思ってました。都合の悪い物か危険な物でないかとは心配していましたが」
「都合の悪い物だったみたいですね……これ、けっこう高価な白磁ですよ。それもオーダーメイド品です」
ジルが取り出したのは、無惨にも真っ二つに割れた白いティーカップだった。
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「カップの底とソーサーを見て下さい。これ、紋章ですね。恐らくオーナーさんのご先祖が貴族だったころの」
円の中に様々な記号が描かれた不思議な文様があった。
それを見たキャロルが、ああ、と声を漏らす。
「ま、間違いありません。これは確かに私の本家の……オーナーの先祖、アンドロマリウス家の紋章です。それに……これは……!」
キャロルが震えながらジルの持つカップに手を伸ばした。
「あ、割れてるからちょっと待って下さいね。心当たりがあるんですか?」
「はい……。私が小さい頃に割ったものが、この中にあります」
「えっ?」
「私が二歳か三歳くらいの頃、親が忙しくてこの喫茶店に預けられたことがあったそうなんです。そのとき、白磁の高価なカップとソーサーを割ってしまったことがありまして。そうだ……思い出した……なんで忘れちゃってたんだろう……」
キャロルが、訥々と語り始めた。
誰に聞かせるというわけでもない。
まるで一つ一つ自分に尋ね、確かめるような口調だった。
「……そういえば、ここで世話になっていたと言っていましたね」
ジルは、ハンカチに割れたカップを包み、優しく手渡した。
キャロルの目が潤む。
「はい……。私が割ったカップ、ここにあったんだ……」
「他にも幾つかあります。どれも素晴らしい品質で……これ以上壊れないよう、一つ一つ包みに入れられて保管されてました」
「変な話ですね……割れちゃった磁器なんてもう使えないのに」
キャロルがくすりと笑う。
だがその目には涙が浮かんでいた。
「大事なカップを割って泣いた私に、オーナーの奥さんが慰めてくれて『これは秘密だよ』って言って隠してくれたんです……。ああ、でも……オーナーもそういえば、『盗まれたものは仕方ない』って言ってくれて……。そっか、気付いてたのに気付かないフリをしてくれたんだ。あーあ、情けない……」
「情けない?」
何故その言葉が出るのだろうかと、ジルは素直に疑問に思った。
「だって、大事なことを忘れて、この建物を幽霊屋敷だなんて怖がってたって、自分が情けないじゃないですか。私一人くらい、オーナーは化けて出るような人じゃないって弁護してあげなきゃいけなかったのに」
「まあ……仕方ないですよ。物心つかない頃のお話でしょうし。私も多分そういうこといっぱいあると思います。それに……」
「それに?」
「もう、幽霊屋敷じゃないですよここは」
「あ、そっか」
キャロルが、ぽんと手を叩いた。
その様子を見て、ジルたちが笑った。
「内装は少々傷んではおりますが、基礎も柱もしっかりしており店舗向け物件としては大変おすすめかと思います。二階はご覧になりますか?」
キャロルは涙を拭い、わざとらしい口調で喋り始めた。
誇らしげに手を広げる姿には何の曇りも無かった。
「それじゃあ、二階を見て……家賃や条件を詳しく相談しましょうか」
「はい!」
ジルの言葉に、キャロルが嬉しそうに頷いた。
◆
本来、不動産の貸し借りはそれを仲介する業者がいる。
誰がどこに住んでいるかという人別帳の登録を街に登録しなければいけなかったり、住民間で問題が起きたときに仲介する必要が出たり、本来ならば業者でないと難しい仕事はあるのだが、今回は少々問題があった。
「キャロルさん。私、ここを借りたいと思うんです」
二階部分や厨房部分など、細かい部分の見学を終えたジルは、再び店舗スペースに戻っていた。宙づりしたカウンターテーブルは場所を動かしつつ床に降ろし、全員がそこに椅子を並べて掛けている。
「ありがとうございます!」
「でも……どう契約しましょうか?」
ジルが訪ねると、キャロルが腕を組んで名状しがたい顔で呻いた。
「ううーん……不動産業者がバックレちゃいましたから、その、今回は建物の所有者の私とジルさんの直接契約と言うことでよろしいでしょうか……? それとも、どこか懇意の業者さんなどいましたら仲介してもらっても構いませんし」
「私としては問題ないんですが……書類とか大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫です。これでも代書人の事務所で働いていましたから。不動産業者を仲介するのも、本来こういう建物のトラブルを防ぐためですけど……」
「トラブルは解決しちゃいましたね」
その言葉に、全員がくすくすと笑った。
「本当はそのあたりのお礼をしなければいけないんですが……その、手持ちの現金が少なくて……。家賃の値引きするという格好ではいけませんでしょうか……?」
「そ、そういえばお仕事辞めたんでしたっけね」
ジルが苦笑しながら尋ねると、キャロルの顔が再びどんよりと曇る。
「いやぁ……あはは……。額面上の資産だけはあるから、お金持ちには見えるんです。見えるだけですけど……」
そこに、マシューが口を挟んだ。
「でもキャロルさんはこの建物の所有者ですよね?」
「はい」
「ということは、中の物もキャロルさんのものということでは? カウンターテーブルにしろ、割れた茶器にしろ、それなりにお金にはできますよ」
「あー……でも、うーん……」
「ああ、もちろん売りなさいと薦めているわけではありませんよ。むしろジルさんはカウンターテーブルをこのまま使いたいところでしょうし」
「そうですね。それはぜひとも」
ジルの言葉に、キャロルはますます悩みを募らせる。
「う、うーん、そうなると結局手持ちのお金が……。建物のメンテやリフォームもけっこうなお金が出るでしょうし」
「そのリフォームですけど、私もお金と口を挟ませてもらって良いですか?」
その言葉に、キャロルが驚いた。
「えっ? 良いんですか?」
「私たちが床板とか扉とか壊しちゃいましたから」
「あー、そこは仕方ないから気にしなくとも……」
「でも、これから床板や壁を直したり、壁紙を貼り直したりしますよね。新しくなった建物を私が借りて、それから更に雑貨店に改装するのも二度手間ですし。でしたら建物の修理費は私持ちで、私主導でやらせてもらうのはいかがでしょう? その分、月々の賃貸料をお安くして頂ければいずれは帳尻が合うでしょうし」
「ああっ、ぜひそれでお願いしますぅ……!」
キャロルがむせび泣きのような顔でジルの手を取り、まるで神様か何かのように褒め称えた。苦笑しながらジルはキャロルを宥める。
「私としては願ったり叶ったりですから、そうかしこまらなくても」
「いやもう、足を向けて寝られません。なんでも仰って下さい。ジルさんのためなら命……は流石にちょっと賭けられませんけど、人生賭けてお礼をさせて下さい!」
「なんか皆さんそういう言い方好きですね……。まあ私の方は私なりの損得あっての提案ですからあまり気にしなくて良いですよ」
「ううっ、いずれお金が手元に来たときは、割れたカップじゃなくてちゃんとしたカップでも開店祝いに持ってきますので……」
「あ、そうか。それがありましたね」
ジルがぽんと手を叩いた。
「うん? なんでしょうか?」
「もし良ければですが、割れたカップを幾つか頂いても良いですか? ちょっと修復してみようと思いまして」
「修理ですか……。でも、それをやっちゃうと実用品としては使えなくなっちゃいますよね」
磁器や陶器を接着してその上に塗装を施し、まるで割れる前の状態のように戻す技術は、このアルゲネス島に存在している。だがそれには明白なデメリットがあった。食器としては二度と使えなくなってしまうのだ。接着剤や塗料は人体に有害であった。
仮に接着剤が無害であったとしても、見た目を誤魔化す塗料は何度となく熱い料理や湯に触れていればいずれ剥げて落ちる。
「見た目や形状を完全に元通りにする……という意味の修理では、そうなりますね」
「そうなんですよねぇ」
「でも見た目にこだわらないのでしたら、修復できますよ」
「え?」
キャロルのみならず、マシューもガルダも驚いてジルを見た。
「あ、でも材料がないと仕方ないですね。漆は森にあるし、小麦粉は屋敷にあるし……あとは金粉だけですね。マシューさん、金粉って扱ってますか?」
「ええ、貴金属を扱ってる商人に頼めばすぐに調達できますが……どうするんですか?」
「それは、できあがるまで内緒です」
ジルが意味深に微笑んだ。
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