番外 レストラン『ロシナンテ』の人々 1
※今日と明日で番外編をやります。
※明日の更新はちょっと遅くなります。多分22時くらいです。
ジルは茶会にマシューたち四人を招待していたが、実は他にも茶会に招きたい人物はいた。
レストラン『ロシナンテ』のオーナー、ローランだ。
そして彼の娘のティナも呼びたかった。
更に、ローランとティナを呼ぶならば他の家族……ティナの兄や母も呼びたいところだ。
だが、ジル一人でもてなせる許容人数というものがある。
そのため『ロシナンテ』の家族全員については別の日に改めて呼ぼうとジルは思っていた。
思っていたのだが。
「うーん……どうしましょう……」
「呼べば良いじゃないか」
「いや、その……怖くて」
「怖い?」
ジルは厨房の椅子に座り、モーリンに悩みを打ち明けていた。
プロである彼らを喜ばせるほどのものができるかどうかを。
「だって毎日毎日、お客さんのために料理を出してる人ですよ? これで下手なモノを出したらガッカリさせちゃいますし」
「ご主人様の腕なら心配ないと思うけどねぇ。ていうかマカロンとアイスティーで楽しめるじゃないか。あれなら満足すると思うよ」
「同じ趣向を繰り返すのもなんというか悔しいですし」
「そういう芸術家肌なところ、苦労するねぇ」
モーリンが苦笑する。
「それに、あの人たちが私に期待しているのは恐らく紅茶やデザートではないと思うんですよ」
「そんなことはないと思うけど……確か娘は甘い物が好きだったはずさね」
「ええ。そうなんですけど」
ジルは三週間ほど、ローランのレストランに滞在したことがあった。馬鎧製作の納期が短縮されて、のんびり仕事をしていたら間に合わない……となったとき、ジルがいちいち屋敷と街を往復する手間を省くためだった。ローランのレストランの二階に住み、ガルダの作業場へと通った。
当時は忙しくて目が回るような日々だったが、終わってしまった今では懐かしくも楽しい日々とジルは感じていた。
「ティナちゃん、味覚が凄いんですよね……材料とか隠し味とか、ズバッと当ててくるから」
「へぇ、そりゃ大したもんだ」
「ローランさんも新しいメニューを作るときはティナちゃんに試食してもらって決めるらしいですし。一度プリンをあの子に出してるから同じ物出すと看破されると思うんです」
「そうかもしれないけど……味覚が凄いってだけで別に審査員でもプロの美食家でも何でもないだろう? 普通にもてなせば良いじゃないか。認定試験とかじゃあるまいし」
「そ、それでご満足頂けるでしょうか……?」
「逆の立場だったとして、ガッカリしたりすんのかい」
「まあ、しないとは思いますけど……」
ジルの素直な言葉に、モーリンは思わず笑った。
「ほら、そうだろう? じゃあ何で悩むんだい」
「……ローランさんに限った話ではないんですが、この街で料理人をしている人って伯父様を凄く意識してるんですよ」
「コンラッド様だね」
モーリンの呟きに、ジルがこくりと頷く。
「ずいぶんこの街では楽しく過ごしてたようですから。ここでレストランを開いたり」
「料理をする奴はみんな言ってるよ。あんなに凄い料理人はこの島に二人といないって」
「となると伯父様の姪である私って、料理に携わる人は意識しちゃうのでは……?」
モーリンはしばし悩んだものの、正直に頷いた。
「……するだろうね。腕前を受け継いでるかどうかとか」
「だから怖いんですよ……かといってデザートだけで済ませると逃げたみたいでなんかイヤですし……!」
「別に逃げたって良いじゃないさ」
面倒な事を考えている主人に、モーリンは隠しもせずに肩をすくめた。
「それに、伯父様に敬意を払ってくれてることに、ちゃんとしたお礼をしたいんです。私個人がローランさんにお世話になったことも大事ですけど。だから食事会として、真正面のもてなしをしたいんです。できるかはともかくとして」
「ああ、なるほど……そういう理由で悩んでるってことか」
しみじみモーリンが頷く。
「モーリンさんは、伯父様のことはご存知ですか?」
「ごめん、兄貴に連れられて一回行っただけだからあんまり知らないんだ。挨拶くらいはしたけども……。そのあたりはローランの方がよく知ってると思うよ。よく話もしてたはずさ」
「前にお世話になったときに聞いておけば良かったです……」
「そのときは出自なんて言えなかったし、仕方ないだろうさ。むしろローランたちもあんたに聞きたいのを我慢してたと思うし、食事を誘うついでに聞けば良いじゃないか」
「そ、そうですよね」
「だったら迷わず招待状を送るんだね」
「……はい!」
モーリンの励ましを受け、ジルがぴしゃりと自分の頬を叩いた。
そして手首と肘の関節を動かし、厨房のテーブルの前に立つ。
「あー、でもちょっとガッカリされると困ります……伯父様の名誉に関わりますし……」
「良いからしっかりおし! 覚悟決めな!」
「はぁーい……」
ジルは珍しくモーリンに叱られ、手を動かし始める。
だがその手がぴたりと止まった。
モーリンが心配そうに口を開きかけた瞬間、ジルが言葉を呟いた。
「……あ。思いついた。すみませんモーリンさん。ちょっとマシューさんを呼んできてもらっても良いですか?」
「兄貴? 構わないけど……何か頼みたいものでもあるのかい?」
「はい。活きの良い海の魚を手に入れたいんです。お金は少々掛かっても構いません」
◆
ローランの妻チェルシーは、心配性だ。
食事会に招待された何日も前からああでもないこうでもないと心配し、ローランと子供たちにたしなめられていた。そして当日の朝になっても、どうしようどうしようと困り果てていた。
「ね、ねえあなた。マルスとティナの服装、これで良いかしら? 本当に失礼だったりしないかしら?」
「ママ……もう行こうよぉ」
「ティナの言う通りだよ母さん」
子供二人もそろそろ、チェルシーの心配性に付き合うことにくたびれていた。
しかも、そろそろ出発しないと遅刻してしまう。
「落ち着け、チェルシー」
「だ、だって……」
「ジルさんと同じ屋根の下で何日も過ごしただろうが。別に取って食われる訳じゃない。マシューたちも茶会に呼ばれたんだぞ。普通に楽しめば良いじゃないか」
チェルシーは、ティナ以上に人見知りだ。レストランを手伝うときは何の疑問もなく客の応対ができるのに、プライベートの人間関係においては途端に尻込みしてしまう。
「だって、そんな凄い人だったなんて知らなかったんですもの!」
「まあ確かにそうだがな……」
ローランは弱ったとばかりに頭をかく。
「良いかチェルシー。高貴な方にお呼ばれしたなんて難しいことは考えなくて良い。ティナの友達にご挨拶するとか、そのくらいの気分で良いんだよ」
「あっ……そういえばティナが勝手にお屋敷に入ったじゃないの!」
「そのお詫びはちゃんとしただろう! 大丈夫だ!」
これが、ジルの寝泊まりする場所を提供した理由の一つでもあった。ティナの失礼を詫びることだ。最初マシューからジルを紹介されたとき、ローランは平身低頭でジルに謝罪した。ジルはまったく気にしておらず、むしろ他人の家の子を怒鳴ってしまったと申し訳なさそうにしていたため、もはや完全に済んだ話だ。ローランは露骨な溜め息が出てしまうのをぐっと我慢し、妻の肩を優しく叩く。
「さあ行くぞ。遅刻したらなおさら失礼だ」
「そ、そうよね……」
そして余所行きの服に身を包んだローラン一家は、店の外で控えていた馬車に乗り込んだ。
「チェルシーさん、大丈夫ですか?」
声をかけたのは、今回の案内役となったマシューだ。
馬と馬車はマシューの知り合いの商人から借りたものであった。
「まあ何とかなるだろ。土壇場じゃ度胸があるんだ……多分」
「そこは自信を持ってくださいよ。……マルスくんにティナちゃんは大丈夫かな?」
マシューが子供たちに目を向ける。
「母がすみません」
「うん、大丈夫!」
マルスが申し訳無さそうに頭を下げ、ティナは元気よく応じた。
子供たちの方がしっかりしてるとは、マシューは言わないでおくことにした。
「では出発しましょうか」
馬車が、ガタゴトとシェルランドの通りを進んでいく。
ムクドリが無邪気に馬車の屋根に降り立ったり飛び跳ねたりしていた。
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