イオニア再び/南国景色の友禅染/マカロン七変化 6
そして、茶会の日が来た。
マシュー、ガルダ、モーリン、そしてイオニアの四人が森の屋敷に訪れた。
普段とは違い、全員に妙な緊張感がある。
一方で、ジルはごくごく自然体だった。
相変わらずのマイペースを崩す様子がない。
「お茶の前にお仕事を済ませちゃいましょうか。生地ができちゃいました」
「できちゃい……ましたね……」
四人はいつものクローク部屋に案内され、ジルの作り上げた生地を見た。
皆、呆れとも感嘆とも付かない顔を浮かべた。
ちなみにモーリンも初見である。
ジルに命じられて、作業部屋には出入りしていなかったからだ。
「な、なんか感想とかないんですか?」
「…………わからん」
ガルダがぽつりと呟くが、ジルのお気に召す感想ではなかった。
「わからんって何ですか!」
「そうじゃねえ! 凄くてよくわからねえんだよ!」
「あ、あー、そういう意味でしたか」
ジルがホッとして安堵の息を漏らした。
「どうなってるんだこりゃ……こんなもん初めて見た」
「私もです」
ガルダの呟きに、マシューも無言で頷く。
「イオニアさんの絵……桔梗ですね。これを生地に描いてみました。ちょっと雰囲気変えちゃいましたけど大丈夫ですか?」
純白のシルク生地に、鮮やかな紫色で桔梗の花が描かれている。これは確かにイオニアのオーダー通りではあるが、ジルの言う通り雰囲気やタッチは絵とは異なっていた。絵の方は写実的で匂い立つような質感があるものの、ジルの用意した生地はそれと比べてやや抽象的だ。また、背景や一輪挿しも廃して、桔梗だけをピックアップして描いている。
生地に使う染料と絵に使う顔料が異なるため、完全に同一の色合いは再現できないという事情があった。むしろ近付けようとすればするほど細かい差異が目立ってしまう。そのためジルは、あえて色の数を抑えたり輪郭線を整えたりと、風合いを変えていた。
「ああ、十分だ……いや、服に仕立てる以上、むしろこの方が適切と言えるな」
「ドレスは流石に縫ったことがないのでとりあえずまだ生地のままです。絵の目立つ部分をドレスのスカート部にするとかすれば、十分贈り物のドレスにはなるんじゃないでしょうか」
「いっそ全部仕上げてみないか?」
「いやー、流石にそれはちょっと……」
ジルは難色を示した。
流石にドレスを縫うのは染め物や織物とはまた違った難しさがある。
しかも、ジルの魔法による効率化を図れるものでもなかった。
「惜しい。このセンスをドレスの造形にも活かしたいのだが」
「ドレスは立体縫製になるから難しいんですよね……流石にプロじゃなきゃ無理ですよ。それに採寸もしなきゃいけないじゃないですか。私、王都に戻るのは王命がないと犯罪になっちゃいますし」
「どうしてもか? いや、誤魔化せばなんとかならないか?」
「なんで今の話を聞いて諦めないんですか!?」
ジルが怒りを通り越して理解不能だった。
芸術に人生を捧げている部類の人間は流石に考えが恐ろしい。
自分を棚に上げつつジルはそんなことを思った。
「それ以前の問題として、ジルさんがエリンナ殿に贈り物を作ること自体にトラブルを招きかねないんじゃないですか……?」
マシューが恐る恐る聞いてきた。
ジルは特に否定もせず、頷いた。
「それは確かにあるかもしれません。イオニアさんが何か良からぬことを考えてる可能性も、あるでしょうね」
ジルのあてこすり気味の言葉に、イオニアは微笑みで返した。
「疑いになるのも無理はない。だが、それならば何故協力してくれたのかな?」
「決めたんです。私は誰にはばかることなく、ここで好きに服や雑貨を作ると。気に入らないものを作るよう強要されたり、気に入らない相手にあげるのは嫌ですけど、そうでなければ別に構いませんよ」
「エリンナ殿に服を贈るのは、嫌なことではないと?」
「以前も言いましたが、お姉ちゃんには昔お世話になりましたから。むしろこれをもらってどういう顔をするか、ちょっと見てみたいところはありますね」
ジルがくすくす笑って答えた。
「それに、即位の祝いの品を贈らなかった……ということもまた曲解されかねません。『謹慎中に他の貴族や王族と友誼を結ぼうとするのは反抗的』も、『祝いの場に文の一つもよこさないのは反抗的』も、どっちだって成り立ちますからね。ある意味、イオニアさんのご提案は考える良い切っ掛けでした」
「……行動をしてもしなくてもどうなるかわからない、難しい立場というわけですね」
マシューの言葉に、ジルが静かに頷く。
「はい。だったら、贈る物を贈っておいた方が気持ち良いかなと。ですのでイオニアさん、好きに使って下さい」
「この服を使って良からぬことを考えているわけではないがね。これはあくまで祝いの品であり一級の芸術品だ。画家としてそれを認めてもらうよう立ち回るさ。僕は嘘つきだが、絵画や美に関してだけは嘘はつかないよ」
「そこだけ本気っぽいのが癪ですね」
ジルの遠慮のない言葉に、イオニアはくっくと笑った。
だが、何かに気付いて寂しげな表情を浮かべる。
「しかし、エリンナ殿があなたの名前を大々的に喧伝することもないだろう。それが心残りだ」
次代の女王となるエリンナがジルを公に褒め称えることはできない。
イオニアはそのことを言っていた。
だが、ジルは気にした風もなかった。
「あ、別に良いですよ。そういうの面倒ですし、ややこしいこと抜きに楽しい仕事でした。この生地に使った技術を色々と応用できましたし」
「応用? どういうことだい?」
「まあ、とりあえず物を見て下さい」
ジルはそう言って、奥のクローゼットを開けた。
「な、なんだこりゃ……?」
ガルダが再び、驚きの声を上げた。
クローゼットの中にあったのは、カラフルなシャツだ。
花や鳥、あるいは紋章など、様々な絵柄が描かれている。
「アロハシャツとかハワイアンシャツとか言うそうです。あ、こっちは絹ではなく麻の生地に絵付けしました」
これもジルが『アカシア』を読んで知ったものだ。
友禅染の本を読む過程でこのシャツの存在に気付いた。
アロハシャツ、もしくはハワイアンシャツ。
その由来は諸説あるが、その一つに「日本の和服から派生した」というものがある。日本の移民がヨーロッパの船員たちのシャツを見て、手持ちの着物や生地をアロハシャツにリメイクしたらしい。そしてハワイにアロハシャツが定着していった。
ジルの作ったものは、本来のアロハシャツよりも若干落ち着いたデザインだ。完全に模倣するとあまりに派手過ぎて完全に受け入れられないと考えたことに加え、何着も作るために手間を省いたためでもあった。だがそれでも見る者に衝撃を与えるには十分以上の出来栄えだ。
「おお……これも染めで絵を描いたわけですね……この襟の形も面白い……!」
マシューがまじまじとシャツを眺めて感嘆の息を漏らした。
友禅染の生地よりもこちらの方に驚いている。
実はアロハシャツにはもう一つ、マシューを驚かせた特徴があった。
それは襟の形状だ。
ダイラン魔導王国に、ワイシャツは存在していない。そのため以前作ったファッション重視の襟付きのシャツは、モーリンに大好評だった。
今回ジルの作ったものはそこからさらに発展させていた。閉じることを想定していないオープンカラー……つまり開襟シャツだ。杓子定規な人間がいれば「それは何の意味があるのか?」と問うことだろう。だが、ここにいる人間は全員、どこか酔狂なところがあった。
「いやはや、素晴らしい。こちらを贈答品にしても良いくらいだよ」
「凄い……これは面白いですよジルさん……!」
「たまげたねぇ……妙に作業部屋にこもりっきりになってたとは思ってたけど」
「こりゃ派手だ! 笑っちまうな! アリかよこんなの!」
若干冒険しすぎたかもしれないとジルは思ったが、思いのほか受けて逆に驚いた。
なので、気軽に言ってしまった。
「じゃあせっかくですし、着てみます? お茶の用意もありますし、着替えてからお茶会を始めましょうか」
「「「「え?」」」」
ジルは、服作りが好きである。
自分が着る服を作るのも大好きだが、モーリンのような長身の女性のための服を作るのも好きだ。
そしてメンズの服を作ってそれを着せるのもけっこう好きだと、ジルは気付いた。





