イオニア再び/南国景色の友禅染/マカロン七変化 5
友禅染、という技法がある。
「これをチャレンジする日がついに来ましたね……」
ジルは、イオニアの依頼を受けた。マシューから買い取ったシルクの生地で何を作るか、どう染めるかを迷っていたところであり、タイミング良くテーマが降って湧いたようなものだった。
とりあえずイオニアたちには帰ってもらい、ジルは作業部屋で準備に取りかかった。友禅染の作業はまだあまり人目に触れさせたくなかったからだ。
とはいえ、ジルは手法を外に漏らしたくなかったわけではない。自信満々に「できますよ」とは言ったものの「満足の行く品質に仕上がるか」は未知数であり、そこに達するまでみられたくなかったのだ。「できる人なんているわけがない」という決めつけになんとなく反抗したい気分になり、つい自信ありげに振る舞ってしまっていた。
「始める前に、もう一度目を通しておかないと」
ジルはアカシアを起動させて、目当ての本を呼び出す。
それは今までの本とは少々趣が異なっていた。
他の本のような煌びやかな表紙ではない、落ち着いた雰囲気だ。
タイトルには『日本の着物を学ぶ ~友禅染の技法~』と書かれていた。
これまでジルが読んだ本は趣味としての本であると同時に、デザインの本であった。読みやすく楽しげな文字配置。綺麗な写真。それらを組み合わせ、読む人に「面白そう」「作って見たい」と思わせる魅力的な構成をしていた。
だが『日本の着物を学ぶ ~友禅染の技法~』は、学術書に足を突っ込んでいた。本の中に現れる着物は美しいが、他の本と違って「気軽に楽しむ」という雰囲気などまったくない。淡々と事実とテクニックを書き連ねた、質実剛健な本だった。
これを読んで、ジルは燃えた。
今まで培った技量を試すに相応しい難易度だ。加えて、友禅染という技法そのものに強く興味を惹かれた。
様々な色糸を使って刺繍を施しドレスを飾るのは、アルゲネス島でごく一般的に普及していることだ。あるいは糸を織って生地にする段階で、様々な縦糸と横糸の組み合わせで模様を描くこともまた一般的だ。
だが、友禅染のように『まるで絵画を描くように生地を染める』という手法はほぼ皆無だ。染め物を利用したデザインもあることはあるが、型を使って同じ模様を繰り返したり、雪花絞りのように折りたたんで染め方を工夫して模様を付けたり、という程度である。実現すれば耳目を引くことは間違いない。
「これができればますます色んなアイディアが実現できますね……ちょっと難しそうですけど」
友禅染は、今までジルが手がけてきた染め物よりも複雑な工程を踏む。
青花を使ったインクで下絵を描き、次に下絵に沿って正確に糊を置いていく。糊の置いた場所は染まらずに白い輪郭線として残る……という手順を踏むのが友禅染の特徴だ。あるいは「糊でマスキングする」とも言える。
次に、輪郭線で囲まれた場所を絵画のように色を付けて完成させていく。だが絹は滲みやすいために生地を炙って乾かしながら作業しなければならない。また、乾いた場所は糊を置いて保護しなければならない。一つ一つの色を染めるのに、慎重で地道な作業が必要となる。
そして次に地染めという工程で、生地全体……絵にとって背景色にあたる部分を染める。
色を定着させるために生地を蒸したり不純物を洗い流したり、タンパク質処理をして滲みを防ぐなどの工程が含まれるが、基本的には下絵の輪郭線を描く→絵の彩色をする→生地全体の色を付けるという手順を踏む。
一度失敗すればリカバリーも難しい。色の定着を見極めて焦らない冷静さと、淡々と手を動かす大胆さが求められる。
だがジルには、それらを一気に解決させる魔法があった。
「でも【液体操作】と【乾燥】があればかなり簡略化できますね。大変なことには変わりありませんが」
ジルの魔法を制御する実力は凄まじいものがあった。馬鎧につける焼き印なども、模倣するデザインがあれば一瞬で再現できる。ジルは想像を絶するほどの精度で液体や熱線を動かし、自分のイメージ通りに動かすことができる。一度イメージを頭の中に作ってしまえば繰り返すことも容易だ。
ジルはこれを他の魔法使いに見せびらかしたことはあまりない。たとえ見せても魔法を武器としてしか使わない人間にとってはただの曲芸に過ぎず、特に母バザルデには価値あるものではなかった。だが、「何かを攻撃する」という目的でなければ、これほど凄まじいものはなかった。
「さーて、それじゃチャレンジしてみましょうか!」
◆
ジルが生地作りに熱中している間、モーリンは暇を持て余しているわけではなかった。作業部屋にこもりきりのジルの世話をしなければならないし、それ以外にもジルから頼まれた仕事があった。
「モーリンさん、そちらの調子はどうです?」
「ああ、大体は揃ったね」
厨房に顔を出したジルが、モーリンの成果物を見て満足げに微笑んだ。
「うんうん、良いですね。モーリンさん、ありがとうございます!」
そこに並んでいたのは小さな壺だ。
赤々としたジャムの入った壺もあれば、何かの葉を粉末にした緑色の粉を詰めた壺もある。食材であること以外に、素材の共通点は無い。あえて一言で言うならば、「色とりどりの食材がある」としか言えなかった。
「でも、これで何をするんだい? 菓子でも作る気かい?」
「ええ、そうです。こないだはマカロン食べましたよね」
「兄貴が持ってきたやつだね」
「あんな風にジャムで食べるのも美味しいんですが……私なりの楽しみ方をお見せしようかなと」
ジルがさりげなく大きな発言をした。
店売りの物よりも美味しい物を作れますがなにか? という自信あればこその言葉だ。
モーリンはなんとなくジルの癖がわかってきた。
ジルが「私のやり方」、「私の好きな作り方」と言った発言をするときは、嘘やホラではない。
本物の美食を人に与えるときの言葉だ。
「そりゃ楽しみだよ。でも良いのかい、そんな秘蔵のネタを気軽に出しちゃって」
「ええ。私の正体もバレたし、色々と思うところがありまして」
ジルは、自分から正体を話した。
だがそこから特に態度や振る舞いを変えたりはせず、モーリンたちもそれにならった。
そこに何の違和感もぎこちなさもなかった。
身分も違い、生き方も違うはずなのに。
だがそれでも皆、今のような関係を望ましく思っている。
「気にするこたぁないんだよ。むしろ私は騎士団で仕事してたってのに格式張ったことが嫌いでね。減俸や謹慎なんてしょっちゅう食らってたさ」
「すみません、そこ笑って良いところですか?」
「そりゃそうさ」
モーリンがにっかりと笑い、ジルもつられて笑った。
「週末には生地や服ができあがりますから、ついでに皆さんを呼んでお茶会でも開こうかなと思うんです。今まで秘密にしてきたことのお詫びとか、日頃の感謝とかを込めて」
ジルはそう言って、四枚の紙をモーリンに渡した。
「これは……」
モーリンは珍しく、恭しい所作で紙を受け取った。
紙は、この屋敷に行くために必要な招待状だ。この紙があれば道中、魔物に襲われることなく安全に通行できる。だが今モーリンが受け取ったものは、単純に通行手形のために書かれたものではない。
雅な筆使いで書かれた、公式な茶会の席への誘いだった。
「一枚はモーリンさんの分です。残りはマシューさん、ガルダさん、イオニアさん宛です。招待客にお願いするのもちょっと申し訳ないんですが、残り三枚を渡してきてもらって良いですか?」
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