イオニア再び/南国景色の友禅染/マカロン七変化 4
ジルの言葉に、全員がぽかんとした顔をしていた。
あ、色々と説明が足りなかったな……とジルは思った。しかし何から話すべきかと思ったときに、もっとも大きな秘密を打ち明けなければ何の説明にもならないとジルは気付いた。
よし、そろそろぶっちゃけちゃいましょう、とジルは覚悟を決めた。
「実は私、昔は王女やってたんです。あんまり周囲に言いふらされて距離を置かれるのもイヤなので黙っていたんですけど……。まあ、そろそろ言っちゃっても良いかなって」
「嬢ちゃんそりゃねえだろう!?」
「ご主人さま、そりゃ軽すぎるってもんだよ!?」
ガルダとモーリンが驚いて言い返した。
マシューなど頭を抱えている。
イオニアも流石に苦笑いを浮かべていた。
「で、でも、こんな屋敷に住んでるんだから普通の身分じゃないってくらい想像つくじゃないですか!」
「想像つくからこそ今まで触れなかったんです! というか部外者のいるところで言ってどうするんですか!」
「いやあ……面目ありません」
あはは、と空笑いしてジルはマシューの追求をごまかす。
イオニアも困惑し、普段の流暢さもなく言葉に迷っている様子だった。
「で、でもマシューさんも皆さんも気付いてましたよね? 名前とか誤魔化しませんでしたし……最近、接し方からしてなんとなく気遣われてるなーと思ってましたし……」
「まあ、それは……こういう形で暴露されるのは予想外でしたけど」
マシューは頷くしかなかった。実際、ジルの知らないところで領主から話を聞かされたり根回しをしたりと、マシューを中心として色々と立ち回っていたのは事実だった。
「なのでセーフということで本題に戻りましょう。私は今まで通り行きますので、マシューさんもガルダさんも今まで通り接して下さい。王族としての権利とか身分とか私にはありませんし、正式な振る舞いや礼儀作法なんかも不要です」
「よろしいのですか……?」
「よろしいんです! はいはい、それじゃ仕切り直し!」
この人、凄いな……というマシューたちの視線をジルは無視して、ぱんぱんと手を叩いて押し切った。押し切れてないとジル自身思いつつも、強引に話を戻した。
「確かエリンナお姉ちゃんの話でしたよね。イオニアさん、続きをどうぞ」
「エ、エリンナお姉ちゃん」
イオニアが驚きながらジルの言葉を繰り返した。
「な、なんですか?」
「いや……あなたを王位継承者から蹴落とした人に対しては妙にフレンドリーだなと」
変な子扱いされてるとジルは敏感に察し、ジルは言い返す。
「そもそも、そういう話題に持っていったのはイオニアさんとマシューさんですよね?」
「まあそうなのだが……申し訳ない」
「す、すみません」
男二人が縮こまって詫びた。
「まあ正直に言わせてもらえば、お母様とお父様……何よりお祖父様に恨みつらみはありますよ。でもエリンナお姉ちゃんに恨みがあるわけでもないです」
ジルが溜め息交じりに言った。
「ここ数年はお姉ちゃんも忙しくて全然会ってませんでしたが、幼馴染のようなものでしたから。エリンナお姉ちゃんが王になってくれると言うなら反対する理由はありません」
ジルは、従姉妹のエリンナに対し複雑な思いを抱いていた。
恨みがゼロというわけではないが、心配や同情の方が遥かに大きい。
王という生き方は、辛く厳しい。
幸せな人生を辿った者の方が遥かに少ないことを、ジルはよく理解していた。
「そもそもこの情勢で王様になるのもちょっと貧乏くじですしね。皆さんやれって言われて喜びます?」
「喜ぶ奴は……いるんじゃねえの?」
ガルダの純朴な返事に、マシューが首を横に振った。
「いや、そうとは限りませんよ」
「なんでだ?」
「今は安定してるように見えても、先行きはとても不透明だからです」
マシューの言葉に、ジルとイオニアが頷く。
ガルダとモーリンは興味深そうに耳を傾けている。
「アラン王は武力で周辺諸国を支配して版図を広げましたが、その速度が急すぎるんです。武力ばかりが先行して文官がまったく足りていません。今までは軍を維持するための増税でしたが、今後は内政を重視するための更なる増税が起きるでしょう」
「げ、マジかよ」
増税の一言で、ガルダは我が事と認識した様子だった。
「統治のために身分問わず様々な知者を採用しようとしているようですが……どうも上手く行っている様子はありませんね。今の王が退位した後、よほど上手く統治しないと数十年後には群雄割拠の戦国時代に舞い戻る……こともありえます」
マシューの説明に、そうですね、とジルが頷く。
「今後起こるであろうトラブルの全責任を次の王様が担うわけです。数十年間は休む暇もないでしょうね」
ガルダが「そりゃ大金積まれても嫌だな」と渋い顔で呟いた。
「じゃあ……次の王様は、頭が良くて統治が上手くなけりゃダメなわけだ」
「確かに必要ですが、それだけではダメです」
「あれ?」
ジルの言葉に、ガルダが首をひねる。
「お母様の強さとカリスマがあるからこそ、今のこの国は内政がダメダメでも成り立っています。あの人が鬼や悪魔のように怖いから皆、渋々従ってくれてるんです。でも……もし次の王がお母様よりも弱いとなったら危険ですね。お母様が魔法使いとしての実力を保てなくなる年齢に差し掛かったあたりで、今までの不満が一気に爆発しますよ」
そしてジルは、言葉を切った。
「誰も状況をコントロールできない、一番ひどい形で内乱が起きるでしょう」
ぞくり、と全員の背筋に冷たいものが走った。
「ってことは……『バザルデと同じくらい強いから俺には歯向かうなよ』ってことを示しながらも、領地を丸く治められる。そういう人間が王様にならなきゃいけねえってわけか?」
「そうです。あるいは……」
今のうちにバザルデを倒す者が現れたら、アルゲネス島の平和を保つことができる。
バザルデが消え去るのではなく正しく倒されるのであれば、誰もが認めざるをえないからだ。
だがジルはそれを明言せず、言葉を濁した。
「ともかく、次の王様は大変な状況ってわけですね。内政がおろそかでもダメ。弱くてもダメ。そういうわけです」
「嬢ちゃんよ。そりゃ王様候補なんざやめて正解だぜ。無理難題だ」
「本当にそうなんですよねぇ……」
ガルダの言葉に、ジルは苦笑しつつ頷く。
「とはいえ、私も王族のはしくれでした。王にならなければいけないならば恥ずかしくない振る舞いをするため、魔法の修行と勉学にはそれなりに励んだつもりです。それが税を取り立てて食わせてもらう側の義務ですから」
徒労に終わったけれど……とはジルは言わなかった。
そうなったからこそ、今この屋敷で暮らしていける自分がいる。
それを思えば、悪し様に言いたくなる気分がジルの心から失せていた。
「でも、そうでなくなった以上はエリンナお姉ちゃんがんばって……と応援する立場ですね。ダイランの王のお仕事は大変ですし、優秀な人にやってもらうに越したことはありません。お姉ちゃんならば全部上手く治めることも夢ではないですし」
その気楽なジルのしぐさに、イオニアがくっくと笑った。
「なるほど。そういうことであれば僕としても相談しやすくて助かるよ」
「はぁ、ようやく本題ですね」
「まずマシュー殿の言う通り、エリンナ殿は僕のパトロンの一人だ。最近彼女から文をもらってね。ご機嫌伺いに王都へ行かなければならないのさ。王位継承が本決まりになった内祝いの品と共にね」
イオニアがやれやれと肩をすくめながら説明を始めた。
「ジルさんの関係する話ではないんですね?」
「ああ、違う。ここに来たのは本当に偶然だよ。祝いの品をどうするか困っていたんだ」
イオニアが苦笑気味にマシューの問いに答える。
「エリンナ様は、確かに好事家としても有名でしたね」
「ああ。だからちょっとやそっとの物では駄目だ。なりふりかまわず最高級品を作らなければエリンナ殿は満足しないだろうし、僕としても妥協の産物など贈りたくはない」
「では、絵を贈るんですか?」
「そのつもりだったが……今回、祝いの品に直接のリクエストがあった。僕の絵を欲しいのではなく『僕の絵を着たい』と言うのさ」
「着たい?」
マシューは言葉の意図をつかめず、そのまま尋ね返した。
「例えば、そうだな……」
イオニアが、自分の荷物から一枚の紙を取り出した。
「ここに一枚の絵がある」
陶器の一輪挿しに、青紫の鮮やかな桔梗の花。
背景にあるのは、どこにでもあるこの国の宿か食堂だろう。
何気ない光景のはずだ。
だというのに、ジルたちは奇妙な引力を感じた。
地味な絵面だというのに、百本の薔薇よりも凛とした美しさが伝わってくる。
一言で言えば、ジルたちは絵に、そして花に痺れた。
「……こういう絵も描かれるんですね。以前見たときは人物画とか、神話をモチーフにしたものばかりでしたが」
思わずジルが感想を漏らした。
マシューとガルダは、その絵の雰囲気にどこか呑まれて言葉を出せないでいる。
「依頼されるのは人物画が多いが、こういうのも好きでね……。この桔梗が描かれたドレスがあったら素敵とは思わないか?」
その言葉に、ジルとマシューが押し黙った。
二人とも「すごい素敵」、「めっちゃ見たい」と手放しで賛美するのを我慢していた。
「桔梗が目立つようにスカート部に描くと華やかだろうね。あるいはあえて背中に花を描いてベールなどで隠し、脱いだ瞬間に桔梗の美しさが周囲の目に留まる……なども良いかもしれない」
「な、なるほど。良いですね。でも、どうやって作るんです……?」
ジルがごまかすように質問した。
「そこが問題だ」
「思いついてなかったんですか」
「だから相談に来たのだよ」
うーん、とジルが頭を悩ます。
そして思いついたところを口にしていく。
「ドレスに刺繍をするとか?」
「ああ、その手もある。エリンナ殿は確かに満足するだろう……が、現実的に難しい。少々の飾りの刺繍を施す程度ならともかく、絵そのものを刺繍のみで表現するとなると恐らく間に合わない。かといって、間に合うように小さなサイズの刺繍にするのも半端だしね」
「じゃあ、タペストリーみたいな織物とか……あ、いや、これも難しいですね」
糸を織って生地を作り、それを染めるのが染め物だ。
そして織物は糸の段階で染め、色の異なる横糸、縦糸を組み合わせて織って模様や絵柄を作り出す。ジルはいつか織り機を調達して織物にチャレンジしようと考えていた。
だが、絵画を織物で再現すると考えたときに立ちはだかるものがあった。それは刺繍と同じで、絵を再現しようとすると途方もない労力が掛かる。一年や二年では済まないかもしれない。
「真面目に取りかかれば数年がかりの仕事だ。無茶な依頼を受けてしまって困っていたんだよ」
「あのですねぇ……ここはなんでも屋じゃないし、あなたのような怪しげな客の頼みを受けられると思いますか?」
マシューが呆れて口を挟んだ。
だがイオニアは気分を害した様子もなく苦笑いを浮かべた。
「実際、こんな怪しげな人間からの怪しげな頼みを受けてくれる人間もいないからね。そもそも、僕が怪しくなかったとしても実現できる人間がいない」
「まあ作れますけどね」
「そうなんだよ、まったく困ったもんだ」
イオニアが、顔に似合わず疲れたような溜め息を付く。
「アラン王も近頃は引退をほのめかしている。正式な戴冠の儀は一年後と予想されてるが……その前に様々な祝いの席も設けられるだろう。そうなると期限は実質的に半年といったところさ」
「それは無理難題でしょうね。八方手を尽くして駄目だった……となるよりは、肖像画あたりを祝いの品にする方が良いのではないですか?」
マシューの言葉に、イオニアが諦め気味に頷いた。
「ああ。何とかならないかと考えたが、実際それが一番良さそうだ。ここに来てどうにもならなかったら諦めるつもりだったさ」
「いやですから、作れますって」
「そう。作れたなら問題ない……え、作れる?」
全員の視線が、ジルに集中した。
「ドレスの素材となる生地に、イオニアさんの絵を描けば良いんですよね? 大丈夫ですよ?」
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