イオニア再び/南国景色の友禅染/マカロン七変化 3
イオニアを伴って五人で屋敷へと戻った。
食堂のテーブル席に掛け、ジルとモーリンとで全員分の紅茶を用意する。
「しかしすぐ戻ってくるとは思わなかったぜ。二ヶ月くらいしか経ってないんじゃないか?」
「北部の山の絵を描いていたが、流石に山暮らしが長いと疲れがたまってね。今は街の宿を借りているよ。自然と調和するのは喜びだが人の中に紛れるのもまた喜びだよ」
「いちいち言い回しが面倒くせえやつだな。山暮らしの成果は出たのか?」
ガルダはすでにイオニアと知己だったようだ。
マシューとモーリンが初対面、ということになる。
「ガルダ、彼と知り合いだったんですか?」
マシューの質問に、ガルダがおうと頷く。
「こいつ、冬だってのにシェルランドに来てたんだよ。絵の題材を探してるとか何とか言って色んなところに顔を出してた」
「その節は世話になった。ありがとう。ジル殿も改めて感謝しなければね」
「どういたしまして」
ジルが若干おざなりに言葉を返す。
イオニアに感謝をしつつも、イオニアの適当さに呆れていたのだ。
「初対面の方もいるでしょうから、紹介させて頂きますね。こちら、私が世話になっている商人のマシューさん。それとこの屋敷の侍女のモーリンさんです」
「初めまして、画家のイオニアだ。よろしく頼むよ」
イオニアの挨拶にモーリンは軽く一礼し、マシューは笑顔で握手した。
「マシューです。まさかあなたのような高名な画家と出会えるとは思ってもみませんでした」
「おや、ご存知なのかな? それはありがたい」
「画商に知り合いがいましてね。絵に関わる者ならばあなたの名を知らない者はおりませんよ」
「僕自身は未熟者なのだがね。パトロンが高名なのさ。しかしマシュー殿は王都にもよく行かれるのかな?」
「ええ、王都や港の方などにもよく出入りしています。店も構えていない未熟者ですが」
「店を構えるだけが生き方でもないだろう。少なくとも僕は、店の奥で得意先だけに会う商人よりも自分の足で歩く商人の方が親しみを感じる。より良いものを見つけるという嗅覚を持った人がいなければ僕のような人種は生きていけないのだからね」
イオニアがさらりとマシューを褒め称える。普段、押しの強いマシューが珍しく押されながら相槌を打った。しかもイオニアは、商売絡みの専門的な話にも流れるように言葉を返す。傍から聞いててさえも、引き込んでくるような魔性がある。
ジルも思い返せば、王都からシェルランドの道中は不思議と雑談が盛り上がった。
一種の人たらしなのだろうとジルは思った。
「しかし、なんでこんなところに来たんですか?」
ジルがイオニアに尋ねた。
「むしろ僕が聞きたい。なぜジル殿はこちらに?」
「ここが私の目的地だったというだけの話です」
「なるほど。僕の方はしばらく山で絵を描いていたんだが、流石に人里恋しくなってシェルランドに来たわけさ。だがそこで不思議な噂を聞いてね」
「不思議な噂?」
「なんでも珍しい帽子が流行になっていると聞いた。しかも毛織物や革ではない。ただの麦わら帽子と言うじゃないか。実物を見て驚いたよ。あんな風に気品ある麦わら帽子など初めて見たからね」
「実物を見たということは……」
今、ジルの作った麦わら帽子をかぶっているのは領主の孫娘、エミリー夫人だけだ。
「つい先日、領主のスコット殿に絵を買って頂いた。そのときついでにエミリー夫人も同席していて、帽子も拝見したのさ」
「はぁ……やっぱり凄い画家さんなんですね。でも、それを確認するためだけにここまで?」
「他にもワンピースや馬具など、珍しいデザインのものがぽつりぽつりと増えだしたと聞く。いかにも面白そうじゃないか。画家としては放ってはおけない。で、話を聞けばどうにもここが怪しいと睨んでね。どうやら当たっていたようだ」
「まあ……噂になっているようでしたからね。あの帽子は私が作ったものです」
「正直ホッとしたよ」
「ホッとした?」
「どこぞへ身投げでもするのではないかと思っていた」
ジルの顔が羞恥に染まった。
見透かされていたと気付いた。
「……画家にならないかと誘ったのはそのためですか?」
「自分の才覚を活かして立身出世のために絵を描く人間もいる。だがその一方で、俗世を捨てたいと思う人間のための道でもある。ジル殿にそういう、俗世から離れた場所で生きる適性はあると思った。もちろん美術の才覚もあるだろうとは睨んでいたが」
「それはありがとうございます」
そう言いながらも、ジルは感謝するような顔をしていなかった。
もっとストレートに打ち明けてくれたらこちらも感謝しやすいのに、とさえ思っていた。
「まったく、失敗だった。もう少し強引に画家への道を誘えば良かった。あれほどの帽子を作れるならば画家としても大成しただろう」
「大したことはありません。昔ああいうものがあったと、本で読んだことがあるだけです」
実際、あの帽子を作ろうと思ったのは『本』があってこそだった。
自分の発明でないことをジルは重々承知している。
「だとしても、実際にそれを作ろうとするには発想の転換が必要だ。『こういうものを作って良いのだ』と、心の枷を外す必要がある。絵も同じだとも。斬新な絵というのはオリジナルであることや独自性だけで構成されているわけではない。既存の手法でありながらも『そういう使い方は誰も思いついていなかった』ということが多いのさ」
「そ、そうですか」
そう言われてしまうと、ジルとしては二の句の継げようがなかった。
明らかに過大評価であるとは思うが、ガルダも似たようなことを言ってジルを褒めている。流石にジルにとって、真っ向から否定するのも難しい。
「よければ、作品があるならば見てもよろしいかな?」
◆
「ほほう……!」
クローク部屋に移動すると、イオニアは感嘆の呟きを漏らした。
ここに並べてあるものがすべてではない。マシューと相談して「世に出すのは早い」と判断したものは鍵をかけてしまっている。だがそれでもイオニアを魅了させるには十分なようだった。
「素晴らしい色彩だ。生地の発色も良い。おや、服以外も色々あるようだね……こちらの革細工はガルダ殿が?」
「俺が作って焼印を頼んだものもあるし、嬢ちゃんがイチから作ったものもある」
「素晴らしい……。これは魔法によるものだね? 魔法で鉄を削ったか……いや、直接魔法の火で炙ったかな?」
「なぜそれを?」
イオニアがジルに尋ねられて、逆に意外そうな顔をした。
「ジル殿は焚き火を起こしただろう? あのときの魔法の使い方を見れば特に不思議ではないさ」
「あっ」
ジルは一度、イオニアに魔法を見せていた。
火をおこし、水を生み出し、料理をしている。
見る人が見れば、ジルの魔法の特徴を掴むこともできるだろう。
「それに彫金でここまで細かい焼印の型を作るのは流石に難しいだろう。仮に作れてもすぐに摩耗する」
「く、詳しいんですね」
「彫刻や版画も習ったからね。なんとなくわかるさ。しかし……これならば十分、相談する価値がある」
「相談?」
やっぱり厄介事を持ってきたか、とジルは思った。
だが何かの縁だ、話を聞くだけ聞いてやろう。
そう思ったときに、マシューが割って入った。
「あまり妙な相談をするのは感心できませんね。もし物騒なことであれば出るところに出ますよ?」
「出るところとは?」
「ジルさんは銀鱗騎士団の騎士団長やその奥方……領主の孫娘とも懇意でしてね」
半分ほど嘘である。
ジル本人はこの町の騎士団と繋がりはない。伝手があるのはマシューやガルダだ。とはいえガルダが納めた馬鎧によって騎士団は助かったのだから「ジルに恩がある」ことも確かで、真実と嘘の混ざった微妙なハッタリであった。
「ははは、勘違いしていないかな? 物騒なお願いなどしないさ。服を仕立てて欲しい。それだけだよ」
それに対し、イオニアは肩をすくめて苦笑した。
「疑う気持ちもわかる。画家というのはパトロンがいなければ成立もしないからね。権力者に上手く取り入る手練手管に長けている者も多い。嘆かわしいことに、絵よりも弁舌の上手い画家さえいる」
「あなたはその真逆でしょう。お名前は聞き及んでいましたが、実際あなたの絵を見て納得しました。素晴らしい絵です」
「それはありがたい」
「王都でも覚えがめでたい。王族にもあなたの絵にご執心の人がいた。ようやく思い出しましたよ……そう、王妃バザルデの姪にして直弟子のエリンナ様など」
そのマシューの言葉に、全員が沈黙した。
ジルを除く全員が、警戒の目でイオニアを見る。
バザルデの姪、エリンナ。
それは、ジルに代わって王位継承権一位に躍り出た人物だ。
マシューたちは、こうした状況が訪れることを警戒していた。
ジルを利用しようとする人間が訪れること。
あるいはジルと敵対する人間や、その息のかかった人間が訪れること。
イオニアの最終的な目的は不明であるにしても、疑うには十分だ。
エリンナに贔屓にされている芸術家。
これで怪しくないと思う方がおかしいとさえ言えた。
ひりつくような緊張した空気が漂う。
モーリンは、ほんの少しでもイオニアが怪しい行動を取れば飛びかかって抑えるつもりだ。
ガルダは、ジルが拐かされないように体を張って止めようと覚悟を決めた。
マシューはジルに、魔物に自分の身を守らせるようアイコンタクトを送る。
だがこの一触即発の空気を破ったのは、ジル本人だった。
「エリンナ……? え、えっと……お母様の姪ってことは……エリンナお姉ちゃんですか! あー、思い出しました! 今も元気ですかね?」
ジルは特に深刻さもなく頭をひねらせ、名前と顔が一致したあたりでぽんと手を叩いたのだった。
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