革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 8
銀鱗騎士団の団長バイロンは、ネロが粗探しのために予定を前倒しすることを予測していた。バイロン独自の伝手があるのだ。もっともそれが確実だという保証はなかった。なかったが、念には念を入れるのがバイロンのやり方だ。
つまり馬鎧の納入期限が10日ほど短縮され、馬鎧を作る者たちが死にそうになったということだった。
「つっ……疲れたっ……!」
「あー、もーダメです……革の道は厳しいですね……」
レストラン『ロシナンテ』。
そのテーブルでガルダとジルが魂の抜けたような顔をしていた。
二人とも馬鎧の制作のために、二週間ほどずっと働きづめであった。
マシューは二人の様子を、呆れと尊敬の混ざり合った複雑な目で見ていた。
「お疲れ様でした。ガルダ、ジルさん。なんとか間に合いましたねぇ。騎士団長も喜んでいました」
そういうマシューも微妙にやつれていた。
疲労が顔に浮かんでいる。
「お前、意外にタフだよな……。お前らよく似た兄妹だよ」
「ははは、商売で切羽詰まるのは一度や二度じゃありませんから」
「なんだいデカい図体してそっちこそだらしない」
モーリンが野次を飛ばしたが、ガルダは反論の気力も無くぐったりしていた。
だが実作業以外の段取りを整えたのはマシューとモーリンの二人で、負荷も中々のものだった。
ジルの屋敷では町から微妙に遠く、だがガルダの工房は狭いため、臨時で空き家を借りて作業場を作ったり。ジルが町で寝泊まりする場所を確保したり。素材となるなめし革を受け取りに行ったり。馬の試着を手伝ったり、馬鎧の完成に気力体力を使い果たしたガルダの代わりに納品したり……。様々な雑用をマシューが段取りし、それをモーリンがサポートした。
逆に言えば雑用すべてを二人に担ってもらったため、ジルとガルダはすべての時間と体力を馬鎧作りに注ぎ込まざるをえなかった。ジルは焼き印を入れるのみならず、なめし革のカットや縫製など多岐に渡って手伝った。
「ありがとうございましたマシューさん。寝泊まりする場所まで用意してもらって。流石に町を何度も往復するのも大変でしたし」
「むしろ、寝る間を惜しんで働かせることになって申し訳ないです。宿については、彼……ローランに礼を言ってあげてください」
ジルは、このレストランの二階を間借りしていた。
馬鎧の制作が始まってからはずっとここで食事を摂っている。
「夏場は宿もやってるからな。遊ばせてる部屋を使って貰えるならむしろ助かる」
店主のローランが料理を出してきた。
前菜の野菜スープだ。玉葱、セロリ、人参をみじん切りにして炒めたものを味のベースとして、塩漬け肉、葉野菜を煮込んでいる。シンプルで優しい味付けで、ジルが一口飲めば体に滋味が染み渡っていく。
「いえいえ、本当に助かりました。いやあ森に帰ってたら体力使い果たしてしまいますし」
「ジルさんは良いんだ。レシピを教わってこっちこそ頭が上がらねえ。困ったときはなんでもする。遠慮なく言ってくれ」
「いやいや、そこまでのことは……」
「そこまでのことなんだ」
ジルは馬鎧製作で少し余裕が出てきたところでペペロンチーノのレシピをローランに教えていた。またそれ以外にもコンラッドのちょっとした技を教えたところガルダ以上に驚愕と感動をしていた。もはやローランはジルの弟子のごとく振る舞っている。
「んで……お前らに言いてえことがある。そんなになるまで年頃の女を働かせるんじゃねえ」
その言葉に、ガルダ、マシュー、モーリンが肩身狭くしながらスープに口を付ける。
「ああ、いえ、気にしないでください。私も頂くものは頂いていますし、ガルダさんから色々と教わってる立場で……言ってみれば仮の弟子みたいな感じですから」
今回、馬鎧の納期が短くなったために騎士団長は特別報酬の用意をしていた。
ガルダはそれをすべてジルに渡した。また、焼き印を手掛けた分の報酬についても別途支払っている。革職人として自立したわけでもない人間が得るには相当な高額報酬が、ジルの懐に入っていた。
「だったらガルダ。弟子を守るのが師匠の役目なんじゃねえのか?」
だがローランの怒りは解けなかった。フォローがやぶ蛇になった……と思いつつも、まあ確かに働きすぎたなぁとジルは思っていた。ちらりとガルダを見るとますます気まずそうにしている。
「い、いや、流れでそうなっちまってな」
「ったく、ほどほどにしとけよ。まあ全員ゆっくり休め。深酒もすんな」
ローランは言いたいことを言ったのか厨房に引っ込んでいく。
お叱りが終わったことを悟り、全員ほっとして食事を再開した。
「まあ、ともかくジルさん」
「はい」
「帽子に続いて、馬鎧はあなたの誇れる逸品でした。おめでとうございます」
「え? いや、ガルダさんですよ。私は手伝っただけですし」
ジルが同意を求めるようにガルダを見る。
だが、ガルダは頷かなかった。
「何を言う、あんたがいなきゃ完成しなかった。もちろん俺の手によるところは小さくはねえよ。それでもあの馬鎧には確かにあんたの魂が込められている」
「そ、そうですかね?」
「これまで誰かに作ったのは麦わら帽子と馬鎧か。いっぱしの職人だよ」
「え、えへへ……ありがとうございます」
ジルが嬉しそうにはにかむ。
それを見て、マシューが満足げに呟いた。
「こうしてあなたが関わった仕事が増えれば、ジルさん自身のブランドとなっていくでしょう。このまま色んなものを作っていけば……」
「開店も近い、ですか?」
「雑貨店という形態でのオープンはそんなに近くはないです。商品が少ないですから」
「あら」
がくり、とジルは肩を落とす。
だがマシューは笑って話を続けた。
「ですが、こうして相談を受けたものを作ったりオーダーメイド品を作る店としては開店しているようなものでは? すでに立派に仕事をしているわけですし」
「あ、それは確かに」
ジルは顎に手を当てて考え込む。
しばらく黙ったまま、真剣な顔をしていた。
「ど、どうしましたジルさん?」
「マシューさん、もしかして……看板を立てても問題ない感じだったりします?」
「おお、良いですね。看板があるとないとでは大きく違いますよ。どういう店名にするんですか?」
「そうですね、店の名前は……」
そこでジルが、はたと止まった。
「……名前、考えてませんでした」
「おいおいおい」
「ご主人様、そりゃ格好付かないねぇ」
「ま、ゆっくり考えましょうか」
三人がくすくすと笑う。
こうして話し込んでいる間に、ローランが料理をテーブルに並べていく。
誰かと囲む食卓がこんなに美味しいと感じたのは、ジルにとって数年ぶりのことだった。
◆
ジルは馬鎧の納品が終わって二、三日ゆっくりした後、森の屋敷へと帰ることにした。
レストランの子供……以前森に迷い込んだティナと同じ家で生活するうちに仲良くなり、これから屋敷に帰ると告げると泣いて引き留められた。わがまま言うんじゃありませんとティナが母に叱られ、ますます泣いた。
「一緒にいようよぅ……」
「またプリン作ってあげますから」
後ろ髪引かれつつもジルはティナを説得し、ようやくレストラン『ロシナンテ』を出た。カラッパも町にいるよりは森の方が落ち着くらしく、心なしか足取りが軽い。
また、森の動物や魔物もジルの帰還を喜び、鳴き声をあげている……というわけでもなく、気温が上がったり雨が降ったりして活動が活発になっただけのようだ。夏の気配が近付いている。
「さーて、それじゃあ夏らしい物を作るとしますか!」
ジルは再び、服作りに取りかかるのだった。
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