表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/70

幕間 黒爪騎士ネロと銀鱗騎士バイロン




 黒爪騎士団の副団長ネロは、謹厳実直な男であった。


 その顔つきはいかめしい。短くした金髪も、鋭い目つきも、まるで豹のような男だ。畑を耕す退屈な日々に飽き飽きして、若い頃に一兵卒として戦争に参加した。


 体力と足の速さが取り柄で伝令任務を請け負うようになったが、あるとき敵軍に捕捉された。これはまずいと思い、ネロは捕らえられる直前に命令書の書類を破って口に入れ、水で無理矢理流し込んだ。


 凄まじい拷問に掛けられた。ネロは口を割らなかった。命令書の中身はあえて見ておらず、喋りようがなかった。それでも蹴られ、殴られ、いたぶられた。王アランが指揮するダイラン魔導王国の本軍は恐ろしく強く、敵軍は追い詰められていた。その焦りが苛烈な拷問を招いた。もはやネロに、死ぬ以外の結末はなかったように思われた。


 だがそのとき、王の軍勢が敵陣を襲いネロは助けられた。王の治癒魔法によって失われた爪や歯も元通りになり、すぐさま戦線に復帰した。それを王に認められた。秘密を守り通したことに加えて、苛烈な拷問を受けながらも心折れず戦意を失わなかったことを褒めたたえられ、ネロは勲章を授かった。


 王は何も、慈愛の心でネロを治したわけではない。仮に一万の兵が死んでいたところで眉一つ動かす男ではないし戦争以外のことで平民の兵士に治癒魔法をかけることなどない。王の目的は「どんな怪我を負ったところで王がいれば死ぬことはない」という印象を兵に与え、戦意を高揚させることだった。


 しかしネロにとっては、一生涯の忠誠を誓うに足る出来事であった。


 そこからネロは出世街道を邁進する。勲章を得ただけではない。死の淵を見て魔法の才能が飛躍的に伸び、ダイラン随一の魔法の研究家エリンナから、【猟犬】の魔法を授けられるまでになった。そして今では、平民出身でありながら黒爪騎士団の副団長だ。


 ネロはそこらの貴族よりも大きな権力を持っている。特に、騎士団や魔術師団に反乱分子が潜り込んでいないか、あるいは規律の緩みがないか、それらを監視するためであれば相当な無茶が許される。


 しかも、ネロには賄賂など通用しない。王に忠誠を誓っていることの裏返しか、辺境の人間が大嫌いだった。王は国のために血みどろの戦いを続けているというのに、辺境の人間は自分の安寧しか考えていない、緩みきって甘えた存在としかネロの目には映らなかった。彼らが袖の下に入れようとする汚れた金貨など、ネロにはなんの魅力もない。


 だが最近では、反乱分子の捜索において思うように協力が得られなかったことがネロの苛立ちを激しくさせていた。特にここ半年ほど、王に反旗を翻す反乱軍の活動が活発になっている。つい先日も、ダイラン魔導王国に敗戦した後も抵抗を続けていた残党が反乱軍と結びつき、王都に迫ろうとしていた。


 それは王妃バザルデの力によって一掃されたが、反乱軍と残党を結びつけた重要な幹部がいるはずだった。その捜索に辺境の領地の騎士を駆り出そうとしたが、あれこれと理由を付けられて拒否されたのだ。


 もっとも、駆り出される側、辺境の領地側の人間にとっては迷惑極まりない話ではあった。やたらと戦争に駆り出される上に、王国本軍を維持するためか税の負担も大きい。平民のみならず、辺境を治める貴族にとっても不満がはびこっていた。


 更には、反乱分子の姿や顔といった手がかりはなく、確たる証拠もない。ネロの勘のみを頼った無茶な捜索命令を、辺境の騎士団が素直に頷けるはずもなかった。ほどほどに探して厄介払いした格好だ。


 ネロは、その報復や意趣返しのつもりで辺境領に閲兵の予告を通達した。


 期限は一ヶ月後。


 だが実際には、それより一週間早く各地を回っていた。

 もちろん、準備に慌てふためく辺境の騎士たちを叱責するためだ。

「もし戦争で負けたときに『敵が急に来たから』とでも言い訳するつもりか?」と。


 それこそがネロの職務であり、ネロに躊躇いはない。

 ダイラン魔導王国の支配を盤石にするため、ネロは休むことなく動き続ける。







「どうですかな、銀鱗騎士団の騎馬隊は」

「くっ……!」


 シェルランド周囲の平野に、馬に騎乗した騎士たちがずらりと並んでいる。夏を控えた快晴の空の下、銀鱗騎士団の団長バイロンがそれを誇らしげにネロへお披露目した。


 バイロンは黒髪に黒髭、褐色の肌をした快活な伊達男だ。一介の剣士としても団長職を預かる組織の長としてもバイロンは名高い。ついでに愛妻家であり、未だに独身の頃と同じように嫁への愛を詩にしたためる癖があった。その詩が少々下手なことくらいしか欠点のない男だ。


 そして今日もバイロンは余裕と優雅さに満ちた笑みを浮かべていた。ネロの期待に反し、吠え面など浮かべない。雄々しく声を張り上げ、騎士たちに指示を飛ばした。


「銀鱗騎士団、構え!」

「「「「応!」」」」

「突撃!」


 一糸乱れることなく騎馬が走り出した。

 たとえ訓練であっても士気は高い。

 シェルランド周辺を疾駆し、あえて町を守る外壁のすぐ側を通る。

 誉れ高き騎士を一目見ようとのぞき見ていた民衆たちが、黄色い声を上げた。


「……よく、準備を整えられたものだな」

「確かに、以前いらっしゃったときに『馬の装備がなっていない』と言われて反省しました。その節は誠にありがたく」

「役目として言うべきことを言ったまでだ」

「その通りですな。深く反省しました」


 殊勝な言葉とは裏腹に、バイロンは腕を組み、涼やかな表情をしていた。ネロの閲兵をやり過ごしたということ以上に、自分の指揮下の騎馬隊の美しさが誇らしかったのだ。


 銀の槍を携え、黒光りする鎧を着込んだ騎士たちは精鋭揃いだ。敵軍であっても魔物であってもすぐさま蹴散らすだろう。少なくともダイラン魔導王国の東側において最強と名高い騎士たちだ。


 そして今回、急場を凌ぐために用意したはずの馬鎧が素晴らしい出来映えであった。軽く硬く、美しい。明るい茶色の革に、黒一色の焼き印で騎士団の紋章がくっきりと描かれている。


 頑健な革鎧は無骨なイメージがつきまとう。それは守られる側に対しても恐怖を振りまく。だがこの紋章は、恐怖の印象を頼もしさへと昇華させた。これこそが騎士団長が求めていたイメージだ。敵を討ち滅ぼすのではなく、誰かを守る騎士こそがバイロンの目指す姿だ。


「し、しかし、見栄えばかり良くても実態が伴いますかな。訓練はあくまで訓練。本番ではない」

「ですな。大事な物を守るために、常に牙を研がねばなりませぬ。姿に恥じぬ実態を持たねば。忠告、感謝します」

「……ふん。閲兵で問題はなかった。よく訓練されている。そう報告しておこう」

「光栄です」

「これ以上見るべきものはない、失礼させて頂く」

「おや、宴席の用意もありますが」

「宴のために来たわけではない。俺は忙しい」


 ネロは、騎馬が戻る前にこの場を立ち去った。

 バイロンはそれを見届け、溜め息を付いた。


「袖の下も受け取らん、休みもしない。一週間も早く閲兵に来るなど相当の無茶をしただろうに、見上げた奴だ……。絵師殿の助言がなければこちらがやられたところだった」


 そのうち、バイロンの元へと騎馬が戻ってきた。


 馬も、鎧を着て疾駆するのが楽しそうにさえ感じる。くらあぶみなどの馬具に加えて馬鎧を着るなど重苦しいだろうにと思う一方で、馬たちもきっと、感じるのだろうと思った。自分が乗せている騎士の高揚と、自分の姿の誇らしさを。


「絵師殿も山ごもりも飽きただろうしそろそろ呼び戻してやらんとな……だが、その前に少し駆けるか。なぁ相棒」


 そう言って、バイロンは愛馬の背中を撫でた。





ご覧頂きありがとうございます!

もし「面白かった」、「続きが読みたい」と思って頂けたならば

下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価して頂けますでしょうか。

(私の作品に限らず、星評価は作者の励みになります)

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

4/24書籍1巻発売します!

hdis01.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ