革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 4
次の日の午前中、ガルダは工房兼自宅にやってきたマシューに叩き起こされた。
「まったく、暢気なものですね……切羽詰まってるんでしょう?」
「……睡眠不足だったんだよ。お前と会ったとき以外酒だって飲んでねえんだぞ」
「大事なときに起きられないのならば毎日飲んでるのと変わりません。ほら支度しますよ。相談を持ちかけるんですから遅い時間に行っては失礼になります」
そういえば昨晩どこぞに行く約束をしていたとガルダは思い出し、二日酔いの頭を抑えて身支度を始めた。
「そういえば、道具とハギレを持っていけって言ってたよな。これから会う人ってのは革職人なのか?」
「いいえ、違いますよ?」
「え?」
「服や小物には相当詳しいようですが、革については素人ですね。以前言ったでしょう、革の加工について相談をしたい人がいると」
ガルダは、マシューの言うことが今ひとつわからなかった。
いぶかしげな顔のまま質問を重ねる。
「待て待て。そいつは革について知らねえんだよな? なのに相談に行くのか?」
「ええ。だって革に詳しい人間に相談しても解決しなかったでしょう。となれば別の角度から発想を得られる人に聞くしかありません。特に、別分野のエキスパートであればあるほど良い」
「お、おう」
ガルダは、今一つ曖昧な表情で頷いた。
「あれ? ってことは……前に言ってた話か? 革について教えて欲しいとかって」
「ええ、そういうことです。こちらは焼き印の件で相談する。あちらは、革の加工について教えてもらいたがっている。良い取引と思いませんか?」
「……なんか上手く乗せられてるような気がするんだが」
「実際乗せてますよ。あとはあなたが乗せられることに納得するかどうかです」
マシューの悪気の無さそうな顔に、はぁとガルダは溜め息を付く。
「わかった、任せる」
「大丈夫、無駄足にはならないと思いますよ」
「ずいぶん信頼してるんだな」
皮肉をこめてガルダは言った。
だがマシューは、気にする様子もなくさらりと言葉を返した。
「もちろん。それでは出発しますよ」
◆
「おい、マシュー」
「なんです?」
「なんで町の外に出るんだよ」
マシューはガルダを連れて街を出て、森へと向かった。
魔物がうごめくはずの誘惑の森だ。
「そりゃ、相談に行くためですよ」
「この先にあるのは無人の館じゃねえか!」
「人は居ます」
マシューの断言に、ガルダは息を呑んだ。
「……レストランがまた開いたのか!?」
ガルダも昔、秘密のレストランに入ったことがあった。
マシューとローランと共にした善行がレストランの主人に認められ、招待状をもらった。最初は三人でレストランに行き、余った招待状は存命だった頃のガルダの師匠と共に行った。そのとき楽しんだ晩餐をガルダは今も覚えている。
「いいえ。新しい館の主人が住むようになったんです」
「まさか、誰かが勝手に住み着いたんじゃあるまいな?」
「そんなことができる場所だと思いますか?」
「……いや、無理だな」
「正当な屋敷の主人が新たに現れた、というわけです」
あの屋敷は、現代にはない不思議な魔法によって守られている。空き巣や泥棒にどうにかできるような場所ではないことを、ガルダのみならず町の誰もが知っていた。
「ともかく、無用の敵意や疑念は持たないで下さいね。レストランだって秘密が多かったでしょう?」
「説明できねえってことか」
「今日の用件が終わったら説明しますよ。今回の『招待状』の持ち主は私ですから、従ってもらいますよ」
そう言ってマシューは懐から『招待状』を取り出し、ひらひらと見せびらかす。
「もうちょっと教えろよマシュー。革のことを知りたいって話だが、新しい主人は料理じゃなくて革細工でも作って売ろうってのか?」
「今日は勘が良いじゃないですか。あの方は雑貨店を開きたいと言ってました。服や小物、食器など、自分の作ったものを並べたいと」
「それをお前が手伝ってるってのか?」
「ええ、光栄なことに」
マシューは、服や小物には目がない男だ。ガルダはなるほどと思う反面、商人としての冷静さもある。特定の商品への愛や行為が暴走し、売れもしない商品を買って失敗する……ということは、ガルダの知る限りではなかった。
「俺にはどうも、雑貨店ってのが成り立つとも考えにくいんだが……。職人が自分の専門の物品を売るわけじゃなく、色んな手作りの物を並べるっていうのはなんつーか……」
「手広くやりすぎて失敗するんじゃないか、と?」
「ま、そういうことだ」
ダイラン魔導王国には、百貨店や雑貨店に類する物は少ない。
雑貨店という形態は、ガルダには今ひとつ理解できなかった。
「それも見てのお楽しみですよ」
「なんなんだよ、そいつは……」
はぁ、とガルダは溜め息を付きながらも森の奥へと進んだ。
ここに魔物は数多く生息しているが、『招待状』を持つ者に襲いかかることはない。
郷愁を抱きながら歩く。
十分ほど歩けば、そこには古めかしくも大きな屋敷が見えてきた。
「すみませーん。マシューです! ジルさん、いらっしゃいますか!」
「……声が届くか?」
「忘れましたか、ガルダ。屋敷の主人であれば見ているはずですよ」
その言葉を裏付けるように、正門が勝手に開いていく。
鬱蒼とした森とはうってかわって、門の内側は人の手で整えられた気品ある雰囲気だ。石畳の通路を歩き、屋敷の玄関へと辿り着く。
そして、二人の到来を予期していたかのように玄関が開いた。
「マシューさんこんにちは。そちらの方は?」
そして、中から橙色の髪をした女性が現れた。
ガルダはその姿に度肝を抜かれた。屋敷の新たな主人は、前の主人と同様に奇抜な人間だろうなとは思っていたが、それでもガルダは驚きを隠せなかった。ガルダが横目でちらりとマシューを見ると、ガルダと同様にひどく驚いていた。
「何かありました?」
怪訝そうな顔で尋ねてきた。
ガルダは、聞きたいのはこっちの方だと言いたくなる。
だが、ここはマシューに任せるしかあるまいと口を噤んだ。
「いや……男装してらっしゃるので、少々驚きまして」
「男装?」
その女性は、ズボンを履いていた。
◆
「あれ、ご存じないんですか? 海を隔てた異国ではこういうズボンが流行ってるんですよ? ほら、男性の履いているものとは形が違うでしょう」
女主人は何でもないことのように言った。
マシューに服のことをあれこれと説明し、マシューはなるほどと頷いている。
確かに、女主人が履いてるものは珍しい形状だった。
裾に行くほど広く大きくなり、遠目ではスカートのようにも見える。
長さも七分丈と言ったところだ。
こういう形状のズボンはガルダも初めて見た。
だが「流行っている」というだけでズボンを作り、身につけられるだろうかとガルダは疑問を感じた。ダイランを含めたアルゲネス島では、女性はスカートを履くか、チュニックやローブ、ワンピースのような貫頭衣を着るものだった。
スカートに比べてズボンは歴史が浅い。二百年ほど昔の戦国期に「馬に乗る騎兵にとってとても便利」という理由で広まった。その快適さゆえ馬に乗らない歩兵にも広まり、そこから更に軍属以外の人間にも定着し、今では「ズボンは男性のファッション」というなんとなくの社会通念になっている。
ちなみにスカートや丈の長いチュニックなどを男性が着ることも昔からアルゲネス島では文化として存在しているが、最近ではそれを嫌う男性も増えた。チュニックはまだまだ現役だが「男性がスカートを履く」というのは古い観念になりつつある。
そんな観念を更に前進させて、女性のためのズボンを作ってさらりと着こなすのは、大胆と洗練を兼ね備えている証拠だ。頭の堅い保守的な人間であればここで怒るかもしれないが、少なくともガルダは「あっ、確かに女が履いちゃいかん理由はないよな」と納得した。
ここに、ガルダは物を作る人間として畏怖を覚えた。ガルダが得意とするのは革のカバンだ。たまに、奇抜なデザインに手を出すこともある。そのときマシューなど率直に「格好良い」「ダサい」とぴしゃりと評価する。良いモノは良いと褒める。
しかしガルダが所属する革職人組合の重鎮は、どんな出来映えであっても「若造が伝統をないがしろにしてる」と苦言を呈してくる。普段のガルダは「ジジイどもには好きに言わせておけ」と強がる。実際、嫌味を言う以上のことはあまりない。
それでもガルダの心の片隅に迷いと怯懦が生まれていた。「流石に冒険的過ぎると何を言われるかわからねえから、ほどほどで止めておこうかな」と。そして、そんな迷いを持つ自分に嫌気が差しつつあった。
だが目の前の主人にはそんな迷いがちっとも見えない。
「……いや、まだわからん」
「ガルダ? どうしました?」
「いや、何でもない」
ガルダは、つい独り言を漏らしてしまった。
不審そうにマシューが尋ねるが、ガルダは首を横に振る。
「こちらへどうぞ」
二人は屋敷の中の客間の一室に通され……る前に、侍女が現れた。
「ちょ、ご主人様困るよ! 客の出迎えはまず私からだろ」
「あっ、すみません忘れてました」
「てか、その格好で表に出たのかい?」
「格好良いじゃないですか。馬に乗るときも便利ですよ」
「確かにそうだけど……まあ良いか。ご主人様らしい」
侍女と主人が何とも間の抜けた会話をしている。
ガルダの抱いた畏怖の強さがちょっと下がった。
だが、侍女の顔にガルダは見覚えがあるのに気が付いた。
「あれ? モーリンじゃねえか?」
「ガルダか。なんだ、客人って言うからどんなお大尽様が来たのかと身構えたけど損したじゃないか」
モーリンがからからと笑った。
マシューの妹であるモーリンは、ガルダと幼馴染みのようなものだ。
軽口を叩き合う程度に仲は良い。
「ここで働いてるのか……?」
「ああ、そうだよ。あんた、ご主人様にナメた口利いたらタダじゃおかないからね」
ガルダは、モーリンの若かりし頃の荒くれぶりをよくよく知っている。
裸馬を乗りこなす悪童モーリンの名はシェルランドの街に鳴り響いていた。
あのモーリンが主人に忠誠を誓っているというのはガルダにとって信じがたいことだった。
「モーリンさん、ちょっと客間で打ち合わせしてますね」
「はい、ご主人様」
実際のところガルダにとってモーリンの姿を見たのが数年ぶりで、年相応に落ち着いたというだけの話なのだが、ガルダは無駄に緊張して客間へと入っていった。
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