革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 2
素人が革に手を出す。
簡単ではない。革は、麻や木綿などの生地とは大きく勝手が違っている。裁縫や染め物ができるからと言って即座に応用できるものではないとマシューは知っている。
だが同時にマシューは、ジルの不思議なまでの腕の良さを知っている。ワンピース然り、帽子然り、奇抜な発想を実現させる確かな才覚をジルに感じていた。革の加工に手を出して、何も得られずに終わることはないとマシューは確信している。
だから問題は別のところにある。
革の職人は、頑固者が多い。
特にマシューの知っている革職人は頑固一徹の男だった。
「弟子になるわけでもないのに革を教えるだぁ? おいおい、冗談キツいぜ」
「ま、ガルダはそう言うと思いましたよ。急ぎはしません、考えておいてください」
マシューはレストラン『ロシナンテ』で、昔なじみのガルダに酒を馳走していた。
がっしりとした体格の、栗色の髪の男だ。
肌は浅黒く健康的で、腕は丸太のように太い。
だがマシューは、この豪快を絵に描いたような男がとても繊細な仕事をすることを知っていた。ガルダの作る鞄は質が良く、デザインも秀逸だ。愛用する金持ちも多い。王都から直接注文が来るのではないかという噂さえあった。
「忙しいんですか?」
「忙しい。暇つぶしできる状況じゃねえな」
「その割には飲みの誘いには来てるじゃないですか」
「そのくらいの余裕はある。仕事から離れて気分転換でもしないと解決しそうにねえんだよ」
「ガルダ、また無理難題を押し付けられたんですね」
「ひでえ話なんだよ。聞いてくれるか?」
長話の予感がしたマシューは、注文を出した。
酒が必要であった。
「ローラン。ワインを追加で。つまみは何かないですか?」
レストランの店主に頼むと、ものの数分で料理は出てきた。
どうやら注文が来る気配を察して作っていたらしい。
「鹿肉のローストだ。良いところが手に入ってな」
豪快に焼いた肉を載せた木皿とワインの大瓶が、マシューたちのいるテーブルにどんと置かれた。
「手に入ったって……俺が持ってきた奴じゃねえか」
「どうせ一人なら余らせてただろうが。ちゃんと料理してやったんだから食え」
肉はガルダが持ってきたものだった。
革職人は、狩人やなめし職人と仲が良い。
なめした革を買うついでに、余った肉を引き取ることも多かった。
鹿肉は香ばしく焼かれており、そして狩猟の肉特有の血生臭さがない。
下処理も調理も完璧に上手く行った証拠だ。
豪快なようで仕事が繊細だ。
シェルランドの町の料理人や職人は、不思議とそんな人間が多い。
「いつものはどうする? 作るか?」
「今はペペ断ちしてるんだ。仕事が上手く行ったら頼む」
ペペとはガルダの好物だ。
この町の様々なレストランで出される定番の麺料理でもあった。
「あなたも好きですね。栄養が偏りますよ」
「長生きしようなんざ思っちゃいないよ。つーか毎日食ってるわけじゃねえぞ」
「まあ良いです。やりましょうか」
陶器のグラスに、紅色の酒が注がれた。
◆
結局その晩は、悩みを話すどころではなかった。ガルダはストレスがたまっていたのか、まさに鯨飲して酔っ払ってしまった。結局マシューもそのペースに付き合い、二人とも酒に飲まれてぐでんぐでんになってしまっていた。
そして次の日、マシューは心配してガルダの工房に様子を見に行くことにした。
ガルダの工房は大通りから外れた職人街の、そのまた外れにある。中は狭く、一見ごちゃごちゃしているように見える。だが工具はきっちりと棚に整理整頓され、工作台の上には何も置かれていない。ガルダの性格をよく表していた。
「……ってことなんだよ」
「なるほど。納期までに馬用の鎧を作れと」
そしてマシューは、ようやくガルダの口から悩みの内容を聞けたのだった。
「断れば良いじゃないですか。あなたも独立してるんですから引き際を覚えないと苦労しますよ」
「だって、舐められて引き下がれるかよぉ! 許せねえだろ!」
ガルダの悩み。
それは騎士団長からの無茶振りだった。
どうやら最近、王家直属の騎士がシェルランドの町に訪れたらしい。王家は今まで頻発する反乱の鎮圧すべて成功している。だが、反乱軍の主要人物については一向に足取りを掴めていなかった。
だが最近ようやく、反乱軍の重要人物が国内に潜伏して旅をしている……という情報を聞きつけ、この町にも協力を求めたのだ。
反乱軍を追いかける騎士は、それはそれは絵に描いたような高慢さだったらしい。我こそは王の勅命を受けし栄光ある騎士であるぞと、比喩ではなく直接言葉にしたのだそうだ。
更には、シェルランドを守る銀鱗騎士団を見て、鼻で笑ったのだ。田舎騎士らしいむさい連中だと。銀の鱗という名前はもったいないだろうと。だがお前らはせいぜい爬虫類じゃないかと。
騎士団長は怒った。
だが、馬鎧を軽視していたのも事実だった。異国との戦争も落ち着いた昨今、馬を並べて突撃する会戦など何度もあるはずもなく、そのため馬への予算を削減していたのだ。
だが移動や伝令などでは今でも馬は重要視されるし、魔法使いだって馬に乗る。馬を軽視して良いわけではない。そこで騎士団長は反省し、馬具……特に、新品の馬鎧を揃えることとしたのだった。
「許すか許さないかは罵られた騎士団の問題と思いますね。爬虫類だって色々いるでしょう、ワニとかコモドオオトカゲとか強いですよ」
「お前はそういうドライなところがいけねえ」
「あなたもそういうウェットなところがいけません」
「うるせえ、こういう性分なんだよ……ともかく、王家直属の騎士がまた来るらしい」
「また? どういうことです?」
「閲兵に来るんだとよ。また反乱鎮圧の準備でもするんだろう」
閲兵とは、軍や騎士団の上層部が騎士や兵を整列させて見回る儀式だ。規律が弛んでいたり不正が横行していたりしないか、あるいは戦争から遠ざかって弱体化していないかを見るものであり、武具や馬が揃っていなければ当然問題となるだろう。
シェルランドを守る銀鱗騎士団は決して弱兵ではない。盗賊などが出てもすぐに鎮圧し、平和が保たれている。だが王家直属の騎士から上層部に悪印象を伝えている可能性も高く、騎士団長は憂慮していた。
「それで馬用の鎧を仕立てると」
「まあ他にも色々と鍛冶師に作らせたりしてるが、そっちは順調らしい」
「ところで……閲兵式には王は来るのですか?」
「いや、そういう話は聞いてねえな。つーか王が王都から離れるなんて、ここ数年ないだろう」
「……それもそうですね」
マシューはホッと溜め息を付いた。
「ま、そこの心配は騎士団長の仕事だよ。俺はともかく、馬鎧……せめてチャンフロンだけでも準備してくれと言われてる。そこが難しいんだがな」
「できそうなんですか?」
チャンフロンとは馬用の兜のことだ。
ちなみに、馬用の胸当てをペイトレール、臀部を守るものをクルーピエと呼ぶ。
「それでチャンフロンとペイトレールを頼まれててな……実は試作品はできてる」
ガルダはそう言って、工房の大きな金庫を開けた。
そして中の物を空いているテーブルに置く。
「おお……これは素晴らしい」
馬の頭部に吸い付くような立体的なフォルム。
渋みのある深いキャラメル色。蜜蝋で煮込んで硬化処理を施してあるためかカバンや財布のような艶やかさはないものの、武具として見れば十二分に美しいだろう。
だがその代わりに、通常の革製品とは違いとても硬い。
生半可な刃物では貫けないであろうと思わせる、確かな質感がそこにあった。
「牛革だ。青角牛の背中から腰にかけての皮を師匠の知り合いになめしてもらった。だがそこから先はほとんど俺一人だ」
「流石はガルダ。これならば騎士団長も頼ろうとするものです」
「お世辞はやめろ」
だがガルダは嬉しさを隠しきれていなかった。
恥ずかしそうに頬をかいている。
「しかし今更ですが、鉄じゃないんですね」
「鉄が主流の時代もあったみたいだが、金属には魔法を乗せにくいからな。敵に魔法使いがいるなら革と絹、ウールみたいな生物由来のものを使う」
「付与魔法ですか」
「ああ。弓矢よりもそっちの方が怖いんだそうだ。まあ体が鉄の生き物でも居たら話は別になるだろうがな」
「いないとも限りませんよ。世界は広いですから」
「勘弁してくれ。そんなのがいたら商売上がったりだ。それにこれから夏だぞ。暑くなるってのに金属板を当てたら馬が可哀想だろう」
「あなたそういうところ人より優しいですよね」
「うるせえな茶化すんじゃねえ」
マシューの言葉に、ガルダがそっぽを向いて憎まれ口を叩いた。
「ともかく、師匠の遺した手帳を読んだり、古くなった馬鎧を解体してなんとかここまでできた。矢を撃ってテストもした。実用品として問題ないはずだ」
「じゃあ何が問題なんですか? これだけ良い物を作れたなら……」
「紋章だ。武具にはその騎士団の紋章を入れなきゃいけねえんだよ」
「タグでも縫い付ければ良いじゃないですか。あるいはカービングなど」
カービングとは、革を彫り込んで模様を描き出す手法だ。
立体的な図案を描けるのが特色である。
だが、ガルダは首を横に振った。
「防具をカービングしたらそこだけ薄くなるからダメだ。大事に使うものに彫り込むのは良いが、防具ってのは大事に使っちゃダメだろう。体が傷つかずに防具が傷つくってのがまっとうな使い方だ」
「じゃあ、タグですかね」
「タグは俺も提案した。その方が見栄えするしな……だが却下された」
苦み走った顔でガルダが溜め息を付く。
「何故です?」
「そこだけ切り取られて奪われる可能性もある、だとよ」
「そこまで気にしたら何も作れませんよ」
「昔、それをやられて服務規程違反だとか言われたことがあるんだとよ。しかも切り取った奴が『俺が敵軍のスパイじゃなくて良かったな』と鼻で笑ったんだと。だから焼き印で作ってくれときた」
「あの細かい紋章を焼き印で!?」
銀鱗騎士団の紋章は「竜に乗りながら盾と槍を携えた騎士」という絵だ。
しかも盾には、シェルランドの町を意味する貝殻が描かれている。
紋章の中に紋章があるという、非情に面倒な図案だった。
「そりゃ無茶でしょう。どれだけ細かい金型がいると思うんです……。あ、いや、大きくすれば良いのか?」
「大きい金型だって用意するのは無茶だぜ」
「鉄ペンの筆先を熱して当てて、紋章を手で描きますか?」
「それが一番正解かもしれねえ。でも一度失敗したら終わりの細けえ作業をずっと続けるのか……」
「結局、無理難題じゃないですか」
ガルダが嫌そうに額を手に当て、マシューは肩をすくめる。
「……無理と決まったわけじゃねえ。俺だって色々と考えてるんだ」
「引き際も肝心ですよ、ガルダ」
「うるせえな、文句言いに来たのか?」
「邪魔するつもりはありませんよ。ただあまり思い詰めないようにしてくださいね」
そう言ってマシューはガルダの工房を出た。
だがガルダとの付き合いは長い。自分の知っている鍛冶師や彫金師に聞いてみるかと思い、マシューは動き回ってみた。駄目元でも、何かしら助言が得られるかもしれない。
それに上手く行けば、ジルの革加工入門に付き合うくらいはしてもらえるだろう。そんな欲目を抱きつつも、マシューは友人のために動き始めた。
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