革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 1
屋敷の客間。
そこにジルとマシュー、そして新たにもう一人の女性がいる。
「彼女が私の妹、モーリンです」
マシューほどではないが背の高い女性だ。
目は細く、口は優しげな微笑みを浮かべている。
短めの黒髪。黒いブラウスにスカート。
その上に真っ白なエプロンを着けている。
わかりやすくメイドの姿だ。
その彼女が、ジルの屋敷の客間でぺこりと一礼した。
「初めましてジル様。モーリンと申します」
「い……い……」
だが、ジルにとって大事なのはそこではない。
わなわなと震えている。
「うん? ジルさん、どうしました?」
ジルの様子に、マシューが首をひねった。
紹介されたモーリンも困惑している。
だが、疑問はすぐに氷解した。
「生きてる……! 良かった……!」
ジルが感動してモーリンの手を取った。
まあ、とモーリンは頬を赤らめてジルに謝意を告げる。
「えーと……ああ、ありがとうございます、ジル様」
「いやぁ、マシューさんが病気の妹のために隊商に入った話を聞いて、私、てっきり……ご逝去されたのかと」
「兄貴?」
そして、憤怒の表情で兄を見た。
「あ、いや……誤解ですよモーリン」
「誤解も六階もあるかい! まーたあたしのこと話のダシにしただろ! 『妹は回復して今は元気に過ごしています』まで言わないと、普通は死んだって思うんだよ!」
そしてぽかんとするジルを置いてけぼりにして、兄妹喧嘩……というより、妹からの一方的な叱責が始まったのだった。
◆
すっかり肩を小さくしてしゅんとしたマシューが、更に申し訳なさそうにジルに頭を下げた。
「本当に申し訳ございません、言葉足らずで誤解を招きました」
「あ、いや、気にしないでください。家族の話はどこまでして良いか迷うでしょうし」
「ジル様、あんまり兄貴に甘くしないでおくれ。調子に乗る性格なんだから」
はぁやれやれとモーリンが溜め息を吐き、ジルがその様子を見て思わず吹き出した。
「あはは……それで、モーリンさんが侍女になって頂けると?」
マシューはジルに、侍女を雇わないかと提案していた。ジルは人柄を見ないと何とも言えないと曖昧な返事をしていたが、早速マシューが侍女候補を連れてきたのだった。
「ええ。この屋敷も何かと便利でしょうけれど、大きい建物の管理は何かと大変でしょう? それにもし来客がたくさん来たときにジルさん一人だと色々と不安があるだろうと思いまして」
「確かにそうなんですよねぇ……」
これは、マシューの方便であった。
言葉や提案は嘘ではないが、目的は他にある。
ジルを守るためだ。
先日、マシューは領主と茶飲み話をするうちに「あの大きな屋敷に侍女も誰もおらんのはちとまずいぞ。コンラッド様は男だからまだ良かったものの、ジル様は妙齢の女性じゃろう?」「というか未婚のおぬしが軽々と女性の家に上がるもんじゃなかろう」と軽く叱られたのだった。
まったくもって反論のしようがないとマシューは頭を下げた。そしてこのまま時間が過ぎれば、ジルによからぬ思惑を抱く人間が侍女や召使いとして名乗りを上げる可能性がある。そこで白羽の矢が立ったのが、マシューの妹のモーリンであった。
「モーリンは元々、街を警護する銀鱗騎士団の団員寮で下働きをしていました。結婚して正規の職員は辞めましたが、今でも人手が足りないときは働きに出ています」
「家事でも力仕事でもなんでもやるさ。任せとくれ」
「まあ……我が妹ながらちょっと口は悪いですけれど」
「いやあ、男所帯にいたもんだからさぁ。家に帰ってもいるのはダンナと息子二人だしガサツになっちゃって」
モーリンが照れて言い訳するが、ジルはむしろ嬉しそうに微笑む。
「全然構わないですよ。むしろ自然に接してもらえる方が嬉しいです」
ジルは、王城で慇懃無礼な人間を数多く見てきたため、その手の人間の相手をすることに辟易していた。曖昧な返事をしたのもそれが理由だ。それに加えて、屋敷自体は魔物が守ってくれている。仮に不埒な人間が来たとしても、念じるだけでなんとかなってしまう。防犯上の懸念はない。
だがモーリンのようなカラッとした性格で、なおかつマシューの妹ということであれば、嫌がる理由もあまりなかった。防犯以外の観点から見たとき、人手不足であるのは明白な事実だからだ。
「ありがたいね。それで……」
「ええ。条件について話しましょうか。毎日通いで、午前八時から午後三時まで、ですね。日給は八千ディナで、もし時間外に働いてもらうことになれば割り増しの報酬を払います」
「ああ」
貴族付きのメイドとしてはさほど高い報酬ではない。だが四六時中気を張ってなければいけないお屋敷でもなく、毎日泊まり込みの仕事でもないためこのあたりが相場だろう、というのがマシューの提案だった。
「ところで蟹に乗るのは好きですか?」
「馬はともかく蟹には乗ったこともないねぇ……え、もしかして」
「ああ、庭のカラッパに送り迎えさせようと思いまして」
「い、いや、大丈夫だよ。足は丈夫な方だし荷物があるときゃ馬を借りるよ。得意なんだ」
「え、そうなんですか? てっきり、その……」
ジルが言いよどみ、モーリンが苦笑する。
「病弱だったのは十歳くらいまでの話だよ。病気が治ってからは外で遊んでばっかりでさ。そこらの男にだって負けないよ」
これはハッタリでもなんでもない。モーリンは幼少期を過ぎて健康になると、それまで家で引きこもっていたことの反動のように外で遊びまくった。野を駆け、木の棒でチャンバラし、野良の馬を鞍も付けずに乗り回した。
見るに見かねた騎士団員から「そんなに元気なら騎士団に来たらどうだ? 寮で下働きをするなら馬に乗せてやるぞ」と声を掛けられ、モーリンは騎士団で働くことになった。
騎士団員の寮を管理するというのは炊事洗濯をこなすだけのはずであるが、健康になったモーリンはパワフルでアグレッシヴな性格だった。魔物退治の際の野営の準備であったり、武具の管理であったり、そこら中に顔を出して騎士顔負けにモーリンは働いた。
シェルランド領内に魔物が大量発生して騎士の人手が足りなくなったときも、馬を走らせて食料を前線に運んだり、怪我人を街へ運んだり、八面六臂の活躍をして勲章を貰ったこともある。
そのとき助けた騎士に惚れ込まれてプロポーズされ、今では妻であり母となったが、銀鱗騎士団では今でも語り草の人物である。
「じゃあ交通費分を上乗せする格好にしましょうか。特に用途を限定はしませんから好きに通勤して下さい」
「悪いね。蟹の背中は多分苦手な気がするんだ」
「乗ってみると楽しいですよ?」
「……そう言われると、ちょっと試してみたくなるね」
あははと笑い、ジルはモーリンと握手した。
こうして屋敷に侍女が入ることとなった。
◆
自己紹介などもそこそこに済ませて、三人はクローク部屋へと移動した。
「こりゃ凄いね……兄貴が目の色を変えるのも納得だよ」
「うーん……」
ジルたちの視線の先にあるのは、服と帽子だ。
それを見たモーリンが感嘆の息を漏らした。
並んでいるのはワンピース、ローブ、チュニックなどの上着類。
帽子は麦わら帽子が並んでいる。
帽子も様々な色で染色されており色とりどりだ。
特に、漆黒に染めて白地の飾り紐をつけたものはジルの自慢の一品だ。
しかし、ジルはどこか不満げな顔をしていた。
「そろそろ服以外のものも作りたいんですよねぇ」
「これだけの物を作っておいて飽きたと言えるの、天才でなければ出ない発言ですよ?」
マシューが呆れたように呟く。
今日のマシューはモーリンを紹介するついでに、ジルが頼んだ絹糸を届けに来ていた。シェルランドの町の道具店に頼んだ品物だが、結局道具店もマシューに頼んでいたらしい。
道具店の店主を交えた三人で相談した結果、安価な布や生活雑貨についてはジルは道具店と直接取引をして、絹や希少な素材についてはマシューが直接担当する、ということになった。
道具店の店主は日用品には詳しくとも、貴族が取り扱うような高価な材料はあまり商品知識がなくジルからの注文に困っていたらしい。ジルは無茶振りしてしまったことを心の中で詫びていた。
「あっ、飽きたなんて言ってないじゃないですか! ていうか褒めてないですよね今の!?」
「いや実際ちょっと飽きてますよね……? まあ、同じ物ばかり作ってはアイディアも枯渇しますし、バリエーションを増やすのは悪くないことと思いますけれど」
「ですよね」
「しかし他に作ってないものは……靴や手袋などでしょうか?」
「靴は難しそうですねぇ。縄や紐を編んでサンダル作るくらいならできますけど」
ジルが顎に手を当てて悩む。
マシューも同じ考えのようで、素直に頷いた。
「極めようとするとどこまでも難しいですね。他の服も同様ですが、靴は特にその傾向が強いかなと」
「それはそれで作りたくなりますが……開店準備を考えるとあんまりのんびりしたくもないですし」
「では衣類から離れてみては? カバンや財布などの身の回りの物も良いかもしれませんよ」
「カバン……となると」
「ずっと長く使うのであれば革でしょうね。ですが普段使いであれば麻や木綿の方が当然多いでしょう。ああ、麦わらでも作れるかもしれませんね。カゴのように通気性の良いものも便利でしょうし」
「それです」
ジルはマシューの言葉を聞き、心の中で何かがしっくり来た。
「それ?」
「何『を』作るかというのも大事ですけど、何『で』作るかも色々試してみたいですね。できることが増えれば選択肢も広がります」
「ええと、ジルさん。もしかして……」
ジルは華やぐような微笑みを浮かべた。
「革の加工にチャレンジしてみたいです」
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