旅商人マシュー/麦稈真田の麦わら帽子/懐かしき日々のアイスティー 5
「どうぞ、アイスティーです」
ジルが茶を出すと、マシューは顔をほころばせた。
丁寧にジルに礼を告げて口をつける。
「これは美味しいですね……良い……」
「あ、良かったです」
なんとも情緒や表情の豊かな人だなぁとジルは暢気に思った。
「……馴染みある味わいのようで、同時に新しさもある。すっきりと喉に染み渡っていく。何かスパイスを入れましたか?」
「ええ、シナモンを少々」
ジルは沸かした湯に茶葉を入れる前に、少量のシナモンを砕いて煮出している。そして茶葉を入れ、蒸らし、しっかりと温度まで下げた。氷で冷やすのではなく、魔法で熱そのものを奪うという方法を取っている。
冷やすための時間を掛け過ぎると濁りが出てしまうこと、そして溶けた氷によって薄まって味がぼけたものになるのを避けるため、ジルは魔法を遠慮なく使う。氷で薄まることを想定して濃いめに淹れて仕上げる方法や、まったく別の淹れ方もあるが、ジルは「茶葉を湯でしっかりと開かせ、濃さを変えずに冷やす」というやり方を好んだ。
「切れ味がある中にも何か優しさがありますね。しっかりと味わいを楽しめる。二番摘みの茶葉……いや、違うな。秋摘みですか?」
「当たりですけど……え、いや、そういうの当てられるものなんですかそれ?」
凄いを通り越してジルはちょっと引いた。
「素晴らしい……あのアイスティーと同じ茶葉を使いながらも自分流の味わいに発展させている。これぞ紅茶の流儀です」
「あのアイスティー?」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」
マシューはジルの質問には答えず、真剣な表情で謝意を告げた。
この人、紅茶の批評に来たのかな? とジルは思った。
「はぁ……どういたしまして」
「堪能させて頂きました。次は私がお役に立つ番ですね。何でも仰って下さい」
「いえ、流石に何でもはお願いしませんけど……」
ジルの困惑とは裏腹に、マシューの顔は妙に晴れやかだった。
まるで長年の憂いや謎が解けたかのような、そんなすっきりとした表情をしていた。
(こんなに紅茶が好きな人は初めてですねぇ……)
ジルは、まあ良いかと思った。
ちょっと変な人が実はかなり変な人だとわかっただけの話だと、自分を納得させる。
「とりあえず、私の作った服を見て頂いてもよろしいですか?」
そう言ってジルは、クローゼットにしまっていた服や小物を引っ張り出した。
もっとも、数はまだまだ少ない。
ワンピースは失敗作含めて5着。
帽子は5ヶ。
その他、ストールやハンカチなどは10枚程度のものだ。
「あー、ごめんなさい。まだそんなに物がなくて……」
「十分です。どれも面白い。あなたが染めたのですか?」
「はい。ワンピースは縫うところからはじめましたが、ローブは既製品を染め直しました」
「で、これらを扱う雑貨店をやりたいと」
「はい。先程も申しましたが、服や帽子など服飾関係を中心に物を作るのが第一。それが整ったら革細工などにも手を出していければなと」
「そして、ここで売ると?」
「はい。難しいですか?」
「……難しいですね」
あまりに率直な表現に、ジルは言葉が詰まった。
「あまりにも斬新すぎます。これを世に出せば大絶賛か酷評、どちらか二つに一つでしょう。誰の目にも止まらないということはありえません。慎重に作戦を練りましょう」
「えっ?」
だが、それは決してジルの服を評価しないがゆえの酷評ではなかった。
むしろジル自身「ちょっと過大評価では?」と思うほどだ。
しかしマシューは真剣な様子で喋り続けた。
「それと……この屋敷を店舗にするのはあまりにもったいないですね。基本はここを工房にしておいて、ここぞという商談のときのみ客を招くのが良いと思います。ウィンドウショッピングの客をさばくならば町に空き店舗を借りれば済むでしょうし」
「あ、なるほど」
「それに道中には魔物もいるでしょう? 大人しいとは言え、流石に客だけで行き来する状況は危ないですからね。最大限に自分と客の安全を確保しつつ、同時にブランドイメージを高めるのが良いと思います」
まるで歌ってるようだとジルは思った。
とても楽しげに「ああしよう」、「こうしよう」と語っている。
まるでマシュー自身が店を開くかのような、そんな気配さえ漂う。
「は、はぁ……」
「何か?」
「いえ、その……お褒め頂きありがとうございます?」
「とんでもない。むしろ失礼なことも言いました。お許しください」
「……なんだか凄いですね。軽く見ただけですらすらと問題点を見抜くなんて」
「い、いえ、大したことはありません」
先程までの気迫はどこへやら、マシューは妙に照れくさそうに視線をそらす。
ジルは妙なおかしさを感じた。
「マシューさんは面白い人ですね」
「よく言われます」
「よく言われますか」
「いやはや、普通にしているつもりなんですけどね」
困った、とばかりにマシューは肩をすくめる。
「私もそうですね、普通にしているつもりなのですが、ずれてると言われたり」
「いやジルさん、あなたは少々ずれている。十分に面白い側の人間です」
どちらともなく、くっくと笑いが漏れた。
悪口すれすれの遠慮のない言葉だ。
ジルにとって、ここ数年なかったやり取りだった。
「ジルさん。あなたは何を思ってこういう服を作ったのですか?」
「何を思って……ですか」
「例えば、着飾りたい、目立ちたい……というのであれば、見栄えする普段着を作る理由はないはずです。ドレスや礼服など、晴れ着を作れば良い。帽子だって麦わらではなくもっと良い素材があるでしょう?」
「あー……」
ジルはただ、本を読んでなんとなく興味を惹かれたものを作っただけだ。だが言われて振り返ってみると、確かに夜会用のドレスや帽子などを作ろうとは思わなかった。発想そのものがあまりなかった。
「いやでもドレスは凄く作りたいですよ?」
「あれ?」
「でも生地や素材を用意するのは大変ですし、そこから先の縫製も物凄く大変ですし……。それに、ドレスそのものは好きでもドレスが必要なシチュエーションって気が重いこと多くないです……?」
マシューはジルの言葉を聞き、毒気を抜かれたような顔をした。
「な、なるほど」
「え、変でしょうか……?」
「いや、お気持ちはわかります。ただ妙齢の女性からはあまり出ない言葉でしたので少し戸惑って。夜会を主催する領主であるとか、準備にかかりきりの侍女からはそういう愚痴もよく出るのですが」
「うっ」
ジルは、仮にも第一王女であった。
夜会を主催する側がほとんどだった。
礼儀作法も完璧に叩き込まれており、ドレスを着た瞬間「仕事」のスイッチが入ってしまう。
だが流石にその出自を言うつもりはなかった。
無駄に相手を緊張させてしまうのはジルの本意ではない。
「ま、まあともかく、ドレスは嫌いじゃないです。いつかは仕立ててみたいなって思います。でも今は、誰もが気楽に楽しめるものを追求したいですね。その日の気分で着られる服とか、普段着に添えてちょっとしたお洒落ができる小物であるとか……」
「にしてはデザインが斬新すぎる気もしますが」
「うぐっ」
「ああ、いや、作りたいもののイメージが具体的なのはとても素晴らしいことです。ただお店としてどういう客に着て欲しいか、どういう風に楽しんでほしいか……服や小物を売るに適した商売の流れを考える必要があると思います。例えば『とにかくたくさんの人に着て欲しい!』というならば、ジルさんはデザインに徹してお針子を雇うという形もあり得るわけですし」
「あー……作る物だけじゃなくて、経営方針も考えなければいけない、と」
「ええ、そういうことです」
痛いところを突かれたとジルは思った。
「ごっ、ご忠告ありがとうございます」
口調とは裏腹に、ジルは恨めしげな目をした。
だがマシューは涼しい顔のままだ。
「私も痛い目を見たばかりですからね。痛い目を見てもくじけないのが商売人の才覚ってものです」
「ああ。そういえば……」
ジルは、出会い頭でのマシューの言葉を思い出した。「客の都合もよく知ろうとせずに売りつけようとした」と確かに語っていた。
「偉そうなことを言っても私も失敗するというわけです。話半分に聞いておいてください」
「そうします」
ジルが微笑み、マシューも笑った。
「さて、とりあえず私が言えるのはそんなところですが……今度は私からお願いがありまして」
「お願い?」
「あの帽子を売って頂けませんか?」
そう言って、マシューがにやっと笑った。
◆
数日後。
商人マシューは再びエミリー夫人の元に訪れていた。
商売としてではない。
「ご懐妊の祝いをと思いまして。ああ、もちろん祝いの品ですからお代は頂きません」
「あら気にしなくて良いのに……。こないだも悪かったわね、ちょっと体調が良くなかったのよ」
「いえいえ、私の方こそ大変失礼いたしました」
懐妊の祝いだと告げると、エミリー夫人は前回とは違って快く出迎えた。
(恐らく窮屈なのだろうな)
エミリー夫人への来客は逐一チェックされているとマシューは踏んでいた。
騎士団長の跡継ぎになるかもしれない子であり、領主の曾孫でもある。エミリー夫人は姑のみならず、実の父や母、祖父母、この家に仕える多くの人間に見守られている……といえば聞こえは良いが、裏返せば四六時中プライベートが監視されてるということだ。
普段はお目溢しされている買い物もあれこれと苦言を言われている可能性は高いと思ったが、マシューは自分の読みが当たったと確信していた。
「開けてよいのかしら?」
「ええ、どうぞ」
エミリー夫人が包みの中を見て、一瞬「うん?」という疑問形の顔をした。
麦わら帽子であると理解したのだ。
だが包みから完全に取り出した瞬間、疑問の表情は喜悦に変わった。
「これが……麦わら帽子? 素晴らしいわ!」
ジルが被っていた麦わら帽子とほぼ同じだ。
一点だけ違う箇所があり、造花が鮮やかな茜色をしていた。
これはエミリー夫人の好みに合わせたものだった。
「あのね、これは黙ってて欲しい話なのだけど……おめかしして外を歩くと親がうるさいのよ」
「なるほど」
「妊婦なんだから落ち着いた格好をしろとか。外に出かけるのはもっと控えろとか……。姑よりうるさいし、私だけじゃなくて夫にも『ちゃんと自分の嫁を見ろ!』って叱ってくるのよ。本当困っちゃう。心配してくれるのはわかるんだけど、私が夫を慰める立場になるわけ」
「そ、それは大変ですね……」
「でもこれなら良いわね。麦わら帽子ならあれこれ言われることもないわ。これで茶会に出たって良いんじゃないかしら?」
エミリー夫人は目を輝かせながら語る。
そして帽子を被ってふふっと微笑んだ。
「お気に召したようで何よりです」
「早く夫に見せたいわ」
マシューは、この瞬間が好きだった。
客が試着をして、その服を着て外に出かけたり誰かに見せるのを想像して喜ぶ瞬間が。
もちろんこれはこれでマシューの打算がある。
次の仕事につなげるための布石だ。
今後もエミリー夫人が何かと必要になる物は多く、商人の出番は多い。
そのときの御用商人として名前と顔を思い浮かべてもらえるならば、マシューにとって安い投資であった。
それに加えて、麦わら帽子を夫人への贈り物とすることで箔を付けることができる。
遠からず、「あの帽子は一体どこの誰が作ったんだ?」という話題が出ることに間違いはない。
だが様々な思惑があるにしても、こうして洒落た服や小物を客が喜ぶ一瞬のために商人になったと言っても過言ではなかった。
(妹もこんな顔をしていたな)
マシューは自分が少年だった頃、家に引きこもりがちなのに不思議とおしゃれが好きな、気難しい妹の喜ぶ顔を見るために商売人となった。服の商いに成功すれば薬代も稼げる上に服も手に入る。一石二鳥だった。
だが、大人になった頃には目的を忘れつつあった。客が喜ぶのはついでの副産物となり、ひたすらに働き続けることしか考えなくなっていた。
そんな仕事中毒のマシューは、前回エミリー夫人に門前払いされ、偶然ジルと出会い、今まで忘れていた気持ちを取り戻した。それはとてもシンプルなものだ。
病床であろうと、あるいは赤子を身ごもったときであろうと、おしゃれをしたいと思う人がいること。
その人の望む物を届けるのはとても楽しいということ。
(ジルさんには偉そうなことを言ってしまいましたね。私の方はプランどころか商売の動機さえも忘れかけていたのに)
今度またお礼に行こう。
それに、ジルにはどこか浮世離れしているところもある。色々と助言をしてやらねば……などと、マシューが思っていた瞬間。
「ああ、そうそう。マシューはまだ時間あるかしら?」
エミリー夫人がそんなことを聞いてきた。
「ありますが……どうかなさいました?」
「実はお祖父ちゃんがお忍びで来ててね。あなたが居るって知ったら「会いたい」って言い出したのよ」
嘘ですよね? とマシューは尋ねそうになった。
エミリー夫人の祖父。
つまりこの町、そして周辺の農村部や山野を含めたシェルランド地方すべてを支配する者。
シェルランド領主、スコット伯である。
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