旅商人マシュー/麦稈真田の麦わら帽子/懐かしき日々のアイスティー 4
時は数時間前に遡る。
ジルは久しぶりにシェルランドの町を訪れていた。
目的は食料や素材の買い出しだ。ついでに自作の服の出来栄えを確認するためでもある。屋敷に引きこもって鏡を見るだけではなく、自作の服を着て町を歩いてみたいという欲望にうっかり負けてしまった。
とはいえ、ディップダイのワンピースを着て町を歩くほどの勇気はまだなかった。流石に派手すぎると思い、クロークにひとまず封印している。
そこで外行き用に選んだのが、茜色のローブだ。もともとは無地の安物のローブで、普段使い用に買っておいたものだ。これを森から採取したインドアカネの根を使って茜色に染め上げた。鮮やかさよりも深さを優先して染めたので、シックで落ち着いた雰囲気が漂う。
そしてローブ以上に素晴らしい出来栄えだと満足しているものがあった。
麦わら帽子だ。
(『サマーハットを作ろう』、最初はハズレかと思ったけど良い本でしたね)
それは、帽子を自作するための手引書だった。だが読んでみると、現代日本の手芸店でビニールなど化学繊維の入った糸で編むことを前提とした内容がメインだった。化学繊維を手に入れるのは流石にジルでも不可能だ。
失望したジルだったが、とりあえず本を一通り読んでみると面白い発見があった。化学繊維を使用しない、日本の伝統的な麦わら帽子の作り方が記載されていたのだ。
ジルも子供の頃、麦わら帽子を作ったことがあった。コンラッドが「農村の人間のやっていることを知るのも大事だ」と言い、農村出身の侍女を呼んでジルに麦わら帽子の作り方を教えさせたことがあった。そんなことを思い出しながらページをめくるが、予想とはまったく違う見た目の麦わら帽子が現れてジルはひどく驚いた。
見た目の違いの原因。それは麦稈真田だ。
麦稈真田とは、麦わらから作った紐だ。まず、ストロー状の麦わらを割いて平らな板状にする。ここまでは普通の麦わらの細工物と変わらない。だが麦稈真田はそこから更に、板状のものを縦に分割してより細くする。そして細く切ったものを三編みにするように結い合わせて一本の紐にする。
こうしてできあがった麦稈真田はただの麦わらよりも強靭だ。同時に曲げやすいため様々な形状のものを作ることができる。
さらに麦稈真田は長さの制限がない。麦は茎の長さが1メートルから2メートル程度であり、麦わらのままでは用途も限定される。麦稈真田であれば、繊維を継ぎ足して編み込むことで何メートルもの長い紐にすることもできる。
ジルは麦稈真田を知り、すぐに夢中になって作り始めた。麦わらはありふれていて入手するのは簡単だ。乾燥などの下処理を終えた麦わらをジルは町民から安く譲ってもらえた。
次の、麦わらを細く割く工程では【灼光】の魔法を使った。母バザルデのように鉄を焼き切るような強さはないが、弱い力を精妙にコントロールすることにかけてはジルの才能は突出していた。
だがそこから先の作業……細く割いた麦わらを結び合わせて紐にする工程は、魔法には頼れなかった。ひたすら地道で細かい手作業の連続だ。ジルは三日間ずっと紐を編み続け、カラッパが心配して館の扉をどんどん叩くほどの引きこもりぶりだった。
こうして出来上がった麦稈真田を使って、ジルは麦わら帽子製作のチャレンジを始めた。5つほど失敗作と実験作を重ねた上に、綺麗な半球の形状と最適なバランスのつばの揃った、美しい麦わら帽子を作ることに成功したのだ。
ついでに服のカタログを参考にして飾り紐や造花をつけ、帽子の専門職人が作ったブランド品と遜色ない出来映えとなった。
館を出るときは「どうです、凄いでしょう!」という誇らしさとハイテンションでいっぱいだったが、町につく頃には心配に変わっていた。「見た目綺麗でも、麦わら帽子は麦わら帽子に過ぎないんじゃ?」、「たかだか麦わらに苦労してどうするの?」みたいな目で見られる可能性も高いとジルは思った。当然ジルも、努力して作った物を馬鹿にされたくはない。
だから、町を散策するときも被ろうか被るまいか迷っていた。どうせなら服に詳しい商人や帽子の職人を探して話を聞いてみたいと思っていた。だがそんなツテなどジルにあるはずもない。悩みながらだらだら町を歩き続けて、そのうち疲れて喫茶店に入った。そして喫茶店で出会った人と何気ない話をする内に、帽子を見せる流れになった。
「あなたの商品を見せて下さい。もっとたくさん! 是非ともお願いします!」
喫茶店で偶然出会った商人は、ちょっと変な人だった。
軽く話した程度でも人柄の良さは伝わってくるし、何より言葉の端々から伝わる彼の人生観には、共感と尊敬の念を覚える。「あったら嬉しいじゃないですか」という何気ない言葉に籠もる情熱を、ジルは肌で感じ取った。
だが帽子ひとつでここまでテンションが上がる商人を、ジルは自分を棚に上げて「あっ、変な人だ」と感じた。喫茶店のウェイトレスをちらちら見て、無言のSOSを目で送る。しかしウェイトレスは肩をすくめた。
「まあ、うん。服とか帽子のこととなると夢中になっちゃう人だからさぁ……。ちょっと……いや、かなり変な人だけど悪い人じゃないよ。マシューさんも別にナンパとかじゃないんでしょ?」
「当たり前でしょう! 私は、この帽子の素晴らしさに惚れ込んだんです!」
「だってさ」
ウェイトレスが苦笑いを浮かべている。
ジルは困りつつも、渡りに船だと気付いた。
ジルの目標は雑貨店経営だ。
だが雑貨を作れても肝心な「経営」という面では素人だ。
実際に商売をしている人間から助言をもらわねばとは思っていた。
誰とも関わらずに目標は達成できない。
よし、とジルは内心で覚悟を決めた。
「じゃ、じゃあ……私の家、来ますか?」
「はい!」
商人は威勢よく頷いた。
道すがら、お互いに名前を名乗った。
彼はマシューという名の商人だそうだ。
白いチュニックを着た、のっぽで穏やかな顔つきの男性だが妙に勢いがある。
商人とはこういう人種なんだろうなぁとジルは苦笑交じりに思った。
「ところでジルさん、このままだと町の外に出てしまいますが……?」
「あ、外だとまずいですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……どこにあるので?」
「すぐそこの森の中の屋敷です」
ジルの言葉を聞いて、マシューが一瞬黙った。
その沈黙をジルは、「あ、色々説明が抜けてた」と気付く。
「あ、だ、大丈夫です! 森の魔物は大人しいから襲ってきたりしません! 護衛もいますから!」
「そ、そうですか……失礼、驚いたもので。大丈夫です、問題ありません」
そして町の門番に声をかけて外へ出た。
門の直ぐ側では、カラッパがのんきにうたた寝していた。
「ほら、行きますよカラッパさん」
「かちん」
カラッパがすぐに起きて、「寝てませんけど?」とでも言うようにハサミを鳴らす。
「いや思い切り寝てたじゃないですか……。じゃあマシューさん、行きましょうか。何かあればこの蟹が守ってくれますから」
こうしてジルとマシューは屋敷へと向かった。
◆
森を抜け、ジルはマシューを連れて屋敷へ入った。
屋敷の一階を軽く案内すると、何故かマシューは厨房や食堂で立ち止まり、興味深そうに眺めていた。見てわかるほどに呆けたような顔をしている。
「ええと、マシューさん?」
心配してジルが声を掛けた。
「あっ、す、すみません。興味深くて」
「こんな森の中に屋敷があるとは思いませんよね」
「ですね。しかし……まるでレストランのような食堂や厨房ですね?」
「ああ、そういえばそうですね」
そういえば確かに、とジルは思った。
食堂や厨房は、元々屋敷が備えていたものに加えて恐らくコンラッドの所有物らしきものが存在していた。ジルは最初に屋敷を家探ししたとき「厨房に調理器具があるのは当たり前」と思って見過ごしていたが、よく見れば、鍋やフライパン、皿やフォーク、そして保管されているスパイス類は揃えた人間の趣味性や美学が強く反映されていた。今では、間違いなくコンラッドのものだという確信を得ている。
マシューの言う通り、もしかしたら伯父はレストランなどをやっていたのかもしれない。城から追放された王族がレストランを経営するなど意味不明だが、伯父に限ってはやりかねない……と、ジルは自分を棚に上げて面白おかしく思った。
「ジルさんは料理がお好きなのですか?」
「嫌いではないですよ。とはいえ私にはこんな立派な厨房、使い切れませんけど。もしかしたら、前の住人はレストランのような使い方をしていたかもしれませんね。遊び心を持て余してるような人でしたから」
ジルはそう言いながら、食堂のテーブルを撫でた。
「……なるほど」
「では二階に行きますね。そちらに服がありますので」
ジルは、二階の幾つかある客間の一室をクローゼットルームにしていた。
そこの椅子に掛けるようマシューに、ああ、そうだ、お茶でも淹れなければと思って再び厨房へと向かおうとする。
「今、お茶を淹れてきますね」
「あ、あの!」
マシューが妙に大きな声を出した。
なんだろう、とジルは思い言葉を返す。
「あ、茶ではない方が良いですか? あまり茶を飲みすぎるのも体に良くないですし……」
「まったく構いません。むしろ茶を所望します。それで誠に勝手ながら……アイスティーにてお願いできますでしょうか?」
ジルは「なるほど、冷たいものや氷が欲しいのだな」と解釈した。
先程マシューは【氷結】の魔法を使っていた。魔力に恵まれているか訓練を重ねているかしなければ、日に何度も使えはしない。ジルは一度に使う魔法の威力はとても弱いが、魔法を使える回数は相当多い方だ。十回や二十回で疲労することはない。
「日差しが強かったですもんね。すぐ用意します」
「いえ、ゆっくりで構いません」
真面目な顔して面白い冗談を言うものだと思いながらジルは厨房へと降り、紅茶の準備を始めた。
ジルに茶の淹れ方を教えた伯父コンラッドは、様々な茶葉、そして葉以外の茶を知っていた。発酵をさせずに茶葉を作る緑茶。豆を焙煎して粉にした珈琲という茶。乾燥させたキノコを粉末にした、出汁のような味わいのキノコ茶。あるいはタンポポの根を茶にしたものなど、変わり種の茶をたくさん知っていた。
だが、一番得意としたのはやはり紅茶だ。
紅茶であればアルゲネス島でも簡単に手に入る。古くからこの島の高山地帯で茶葉が栽培されており、海を隔てた異国への輸出品目となっていた。茶葉の栽培・製造のためだけに魔法を使う茶導師と呼ばれる者たちも存在する。
ダイラン魔導王国の国是と反する職業ではあるが、存在感、権力、財力は非常に強い。王家ですらおいそれと口出しできない。その力を世俗の政治に活かすことはなく、ひたすら茶を作り続けることのみに注いでる偏執的な者たちであった。そんな茶導師のおかげで、アルゲネス島では庶民でさえも気軽に茶を楽しむことができる。
ちなみにジルは知らないことだったが、アルゲネス島で手に入る茶葉は地球における「セイロン」というものに似ていた。
「さあて、それじゃ始めますか」
ジルは腕をまくり、湯を沸かし始めた。
ご覧頂きありがとうございます!
もし「面白かった」、「続きが読みたい」と思って頂けたならば
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価して頂けますでしょうか。
(私の作品に限らず、星評価は作者の励みになります)
どうぞよろしくお願いします。





