旅商人マシュー/麦稈真田の麦わら帽子/懐かしき日々のアイスティー 3
気付けばマシューは、喫茶店で魔法使いと話し込んでいた。
その話の中で、魔法使いは王都から引っ越してきたばかりらしいとマシューは知った。だが何か言いにくい事情があるような気配を感じて、マシューは引っ越しの理由を深くは聞かなかった。
その代わり、マシューは自分のことを話した。服飾関係の商いをしていること、様々な土地を巡っていることなど、当たり障りない範囲で語った。
「……それで去年の秋頃にこの町へ戻ろうと思ったのですが、雪が予想以上に早く降ってきまして。王都の友人に頼み込んで居候させてもらったんです。友人も一人やもめで、むさくるしい生活をしました」
「それは難儀したのでしょうね」
「どうにも男二人だと外食が増えます。たまに友人が鍋を振るおうとしても気合いばかりが空回りした料理で、昼に支度を始めて出来上がるのが真夜中だったり……なんてのが多くて笑ってしまいましたよ。私は私で野営の料理しかできませんし」
「でも自分でやろうとするだけ凄いじゃありませんか」
くすくすと魔法使いが笑った。
もしかしたら雑談に飢えていたのかもしれない。
マシューはそんな気配を読み取り、話を続けた。
「そうして苦労して故郷に帰れば、お得意先にはすげなく振られてしまいましてね。王都で流行の帽子を仕入れてきたんですが不興を買ってしまいました」
「流行の帽子?」
「ああ、これです」
マシューがそう言いながら、自分の大きな肩掛け鞄から帽子を取り出した。
毛織物の黒い帽子だ。
頭頂部が綺麗な丸を描き、つばはそんなに大きく広がってはいない。
そして特徴的なのは、つばの上についた純白の飾り紐だ。
この白さが黒一色の帽子に軽い印象を与えている。
「どうぞ、手に取ってご覧下さい」
「あっ、ありがとうございます」
魔法使いは帽子の形状を見て、羽根の素材を確認し、編み込みの具合をつぶさに確認する。ただおしゃれの物品として眺めているわけではない。まるで職人のような真剣なまなざしをしていた。
「これは……素敵な帽子ですね」
「仕入れるのには苦労しました。いやはや職人が頑固者でしてね。『下手な売り方をする奴には出さん。この帽子の良さを理解して広めてくれるなら売ってやろう』と」
「でも、心配せずとも欲しがる人は多いでしょうね」
「だと良かったのですが」
「あ、売れなかったんでしたっけ。こんなに良い帽子なのに」
魔法使いの純真な問いかけに、マシューは苦笑いを浮かべた。
「まあ、商売とはそういうものですから仕方ありません」
「売れないと困ってしまいますね……」
「いや、それは良いんです。商売はまた頑張れば良いことですから」
「あれ?」
「ただ、自分の馬鹿さ加減に苛立っていたんです。客の都合もよく知ろうとせずに売りつけようとしてしまいました」
エミリー夫人が妊娠中だったこと。
前もって知らなかったことが問題ではない。注意していれば何となく気付いたであろう変化を気付きもせずに「きっと買うはずだ」と決めつけて客に営業をかけた自分が悪い。マシューはそう思っていた。
「別に生きるのに必ずしもお洒落は要りませんからね。日々の中で優先順位が下がるのは仕方の無いことです」
「……では、何故あなたは服や小物の商売をしているんですか?」
魔法使いが、何気なく尋ねた。
マシューは、いろんな人からこうした質問を何度も聞かれた。
いつもよどみなく答えてきた。
「生きるのに必須ではないですけれど、あったら嬉しいじゃないですか。命は賭けられませんが人生は賭けられますよ」
理解が得られることは少ない。
だがこれがマシューの本音だった。
「人生を賭けるようになったきっかけはなんですか?」
魔法使いが、興味津々に尋ねた。
「そうですね……子供の頃の話ですが、妹が病弱でしてね。外へ行けもしないのに何故か帽子や服を欲しがったんですよ。誰も見せびらかすわけでもないのになんでだろうなと不思議に思ったものです。大いに謎でした」
「確かに、その立場にならないとわからないことかもしれませんね。その謎は解けましたか?」
くすくすと笑う魔法使いに、マシューは降参だとばかりに肩をすくめた。
「いやあ、よくわかりませんでした。でも妹の願いくらい叶えたいじゃないですか。それで隊商に混ぜてくれと頼み込んで、気付けばこんな風に」
「え、それだけで自分のお仕事を決めたんですか?」
「成り行きみたいなものですけどね」
だがマシューは今や、妹よりも服や小物にうるさくなってしまった。大人になってからプレゼントをしても「もう結婚した妹にこんなものを贈るな。子供にも贅沢すぎる」と苦言を呈されたり、「兄さんはさっさと所帯を持って」と怒られている。
若干の寂しさを思いつつも、病気が治って元気になった妹のところに遊びに行くのはマシューの喜びの一つだった。
「ところで……商人さん。話は変わりますが少し相談があるんです」
おずおずとした申し出に、マシューは快く頷いた。
「私にできることがあれば幾らでも。商人ですから」
「雑貨店を開こうと思っているんです」
「おお、それは面白い! 雑貨店と言っても色々ありますが、どんな物を置くおつもりで?」
「服や小物ですね……帽子なんかも」
「となると……雑貨屋というより仕立屋やブティックに近い感じですか?」
「ですね。でも将来的には、小物や食器、他の雑貨など……できる限り自分で作った物を並べたいんです。服を専門に扱うとなると自作のものだけでは間に合わないでしょうし」
これは難しい、とマシューは思った。
そういう店を王都で見かけたことはあるが、何かしらの著名人がオーナーであることが多い。客も、「そこに売っている物」ではなく、「そこにいる人」を目当てに訪れる。
そうでないのに自作の物を売りたいというのであれば、それこそ商品そのものの価値が問われる。専門の職人の作る物と同じ土俵で評価され、勝たなければいけない。
「もしよろしければ、店に並べる予定の物を見せてくれませんか?」
プランの甘さを指摘してやるべきだ。
ただ率直に言い過ぎたらかえって意固地になるかもしれない。
自分から気付くように話を誘導してやろうとマシューは思った。
だが、マシューの目論見はすぐに崩れることになる。
「ええと、こんな素敵な帽子を見せてもらった後に出すのも恥ずかしいのですが……」
魔法使いが、自分のバッグから帽子を取り出した。
麦わら帽子だ。
「なんと……!」
マシューは、こんな洗練された麦わら帽子があって良いのかと思った。
麦わら帽子は古くから農村の人間が愛用している。農村であれば麦わらなどタダみたいなものだ。冬季に自分で作って夏期に被り、日差しを防いで野良仕事に精を出す。これをわざわざ職人が作ったりすることはない。ありふれた日用品だ。
だが魔法使いの取り出した帽子は、粗雑さがまるでなかった。
「色も手触りも、確かに麦わらですね。ですがこれは……編み目がとても繊細だ。普通の麦わら帽子とはまるで違う」
そもそも麦わらとは何か?
それは、麦を収穫した後に残った茎だ。英語ではストローと呼ばれる。現代のストローと同じく、飲み物を吸うために使われたりもした。麦わらの特徴を堅苦しく表現するなら、中が空洞になっている堅い植物繊維、ということになる。
その繊維を潰して平たくして編んだ帽子が、ダイラン魔導王国に昔から存在する麦わら帽子だ。しかし、麦わらが意外と幅広になるため編み目がどうしても大きくなり、隙間もできやすい。また、繊維が固いが故に柔軟性に乏しく、長持ちさせるのも難しい。
だが魔法使いの取り出した麦わら帽子は、一本一本の繊維がとてもしなやかだ。そのために頭頂部は綺麗な球形になっている。長さも均一で、洗練された質感を生み出している。
「この造花は?」
「あ、これは染め物をして余ったハギレを縫い合わせたんです」
洗練されているのは素材だけではない。つばの上に黒い飾り紐を巻き、そこに造花を付けていた。白と桃色のグラーデーションがかかった花弁は爽やかで、春らしさを上手く演出している。
「良い。素晴らしい。ちょっと被って下さい」
「え?」
「そこの柱に立ってもらえますか?」
「は、はぁ……」
マシューは自分の興奮に自覚すらせず、あれこれ指示を出した。
魔法使いは流されやすいのか、気にせず言う通りにした。
「ここですか?」
「そう、そこに立っていて」
マシューは魔法使いを喫茶店の柱の側に立たせて少し離れた。
そして立ち位置を変えて様々な角度から眺める。
「ちょ、ちょっとちょっとマシューさん何してるの!?」
ウェイトレスがマシューの怪しげな行動に気付いて注意しようとしたが、マシューは魔法使いの方を見ろとばかりに手で指し示した。
「あなたもご覧なさい。麦わら帽子に茜色のローブの組み合わせ。これを遠目で見ればごく普通のシルエットで、何の変哲もない。ですが近くでよく見れば、何とも言えない気品が漂う。一つ一つのアイテムが洗練されているからこそ見る人に与えられる感動があります」
「あらホントだ。……え? なんかちょっと凄く綺麗じゃない?」
ウェイトレスも、マシューの勢いと弁舌に巻き込まれた。
魔法使いの姿を眺めて、なるほど確かにと納得している。
「いえ、その……恥ずかしいんですけど」
魔法使いが困惑するが、ウェイトレスは服や帽子に釘付けでまるで話を聞いていない。
「これマシューさんが買ってあげたの? 凄いなー、さっすが、王都に慣れた人はセンスが良いわ」
「違います。この帽子、彼女の自作だそうです。王都発などではありませんよ」
「へぇー! すごいのねあなた!」
ウェイトレスが素直に感心し、マシューと並んで魔法使いをきらきらした瞳で眺める。
魔法使いはますます恥ずかしそうに顔を伏せた。
「あ、あの……そろそろ席に戻って良いですか?」
「おっと、失礼しました。ところで他にはありますか?」
「他?」
「あなたの商品を見せて下さい。もっとたくさん! 是非ともお願いします!」
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