饕餮の器
あまりにも何でも喰ろうて、封じ込められた魔物あり。
恐ろしき面を持ち、その禍々しさゆえ魔を寄せ付けぬ。
逢魔が時に、気をつけよ。
後ろからがぶりと、喰ろうてくるぞ。
「へえ、これがその、トウテツの器、ね…。」
目玉のような、縄のような、なんと言うか、グロテスクな模様がついてる、土器。
「うーん、昔神様だった人がさ、腹減りすぎて色々喰っちゃって、顎とられたって話。」
「なんじゃそりゃ。」
東洋美術史を専攻している俺の彼女は、たまになんだかよく分からない知識を披露する。
俺も東洋美術やってるけどさ、ちょっとテーマが違うからまあ、面白いっちゃあ、面白いんだけどね。
「なんか文様がさ、めっちゃかっこよくない? うっとりだわー。」
両手を泥だらけにして、うっとりしながら粘土をこねている。
何でも、卒論で製作発表にするんだってさ。
「ああー、だめだ、間に合わない。これ今日持って帰るわ!!」
結構重そうな粘土の塊は、持ち帰りが決定した。
紳士な俺は、もちろん箱を抱えて差し上げる。
「ふふ、ありがとう!」
「どういたしまして!」
夕方、薄暗い道を二人で歩く。
この器を送り届けたあと、彼女と一緒に飯を食う、予定。
俺の腹が鳴る。
彼女の作る飯、地味にめっちゃ美味くてさあ。
「なんか今日、めっちゃ夕焼けが、赤くない?」
どす黒い夕焼けが、少々不気味さをかもし出している。
恐ろしい化け物が、襲ってきたりして・・・?
俺は手元の、彼女が作ったまだ乾いていない器を覗き込んだ。
抱えるほどの大きさの木箱には、上蓋がついていない。
・・・?
なんか、器の底が、赤いような。
「この器の中、なんか赤くね?」
「夕焼けの色が反射してるんじゃないの…。」
二人で、器を覗き込むと。
ぐぅううぅうううぅううううわぁぁぁああぁあああ!!!!!
器の中から、角を生やした、顎の無い怪物が、飛び出した!!
「キャアアアアアアアアアアああ!!!!」
「ぅわぁぁぁあああああああああ!!!!」
思わず持っていた器を、箱ごと手放す!!
木製の箱は割れ、器はぐしゃりと、形を崩した。
化け物は、上顎だけで、赤黒い空をひと呑みした。
空の色が、変わる。
逢魔が時を、喰ろうてやった。
腹は満たされ、我は往くなり。
器の礼を言おうぞ。
また呼ぶがよし。
普段通りの夕焼け空が広がり、化け物は光の中にすぅと紛れた。
…気持ちをこめて作り上げたトウテツの器は、饕餮を召喚してしまったようだ。
俺の彼女、マジですげぇ。
しかし、目下の大問題は。
「卒業制作、どうしよう・・・!!!」
つぶれた粘土と成り果てた器を見て、半泣きの彼女に、俺はなんと声をかけたらいいのか。
もう一度作れば、また饕餮が、召喚される。
もう一度作れば、またおかしなものと遭遇する。
もう一度作れば、また器は破壊される。
だめだ!!どう考えても終わってる!!!
「もう、兵馬俑でいいじゃん…。」
俺は彼女に、卒業論文のテーマ変更を薦めた。