人だかりの中心、それはトレント教神官
ケレス達が宿を探していると、人だかりから音楽と鈴の音が聞こえてきた。
見ると発達した鼻軟骨が額までにおよぶ、藻類と共生した緑色の肌を持つ種族・・・・・・どこかのゴブリン女神官が踊り始めていた。
背の低い種族だからだろうか、まだ10~12歳程度の少女に見えた。
肌を全て覆う厚手の薄い青緑のワンピースの上から濃緑の袖なしジャケットと薄紅のオーバースカート、ブレスレットとアンクレットと、薄い緑色で金色のマークの付いた帽子には鈴付きの輪が付いている。
「世に根を張りし霊樹八百柱よ、凄まじくそして慈悲深き神々よ。
立ち上がりし者に導きを、立ち上がらんとする物に力を、
立ち上がれぬ物に希望を与えたまえ」
祈りの言葉が紡がれながら踊りは続く。
「その者達が大罪犯さぬ物に災いもたらさぬ限り機会を与えたまえ。
その者達が大罪を犯そうとも、善法に照らされし道へと向かう意志がある限り、
正しき機会を与え悪法への道を断ち切りたまえ」
地にいるときは、時に滑るような足取りで舞い、時に勢いよく手足を突き出して止める。
ひらひらしたその法衣と背丈の低さからは考えられないほど高く跳躍し踊る姿は、花一輪が舞っているように見えた。
唱えながら動く、そのたびに鈴の音が響き渡る。
「『トレント教』の神官だね」
「メナルー、知ってるのかい?」
聖なるダンスが終わり、人々が去って行く。
「ほんの少しだけ。
ほとんどの場合では神様は世界を作った後そのまま見守ってくれている物だけど、
トレント教は違う。この世界は悪徳の見本として作られて、
役目が終わったから見捨てたとされている。それでも神様を信じる人々らしい」
「少し違いますよ」
突然枝を組み合わせたような物を懐から取り出しながら、ゴブリンの少女が話しかけてきた。
「私は『アビア』と言います。助祭です。確かに創造者はこの世界から去りました。
悪徳の見本としてこの世が作られたのもそうです。
しかし創造者は使徒神様達の言葉に耳を傾けてくださいました。
生命には悪徳だけで無く善なる心も生まれていると。
だからこそ使徒神様達が霊樹としてこの世に残り、人々を導くことを許されたのです。
そして再び創造者が戻るときのため善と慈悲に満ちた世界であるように
教えを広めているのが我々トレント教なのです」
「そ、そうですか」
前世の影響か、宗教に特に興味が無いケレスは困ってしまった。
「だけど僕が見たトレント教の人は好き勝手やっていたけどね」
むっとしたアビアはもう一度先ほどの、帽子のマークと似た形の物体を見せる。
「このシンボルを見せて名乗りましたか?」
「いや、それはさっき始めてみたよ」
「信徒であるなら初対面の人には必ずシンボルを見せます。
トレント教の名誉のために言わせていただきますが、
おそらく勝手に名乗っていただけでは?」
「あー、その可能性があるか」
「『創造主が去った後の世界』を
『創造主が見捨てた』と勘違いされる方は結構多いのです。
そして神が見ていないなら何をしても良いと!」
相当辟易しているのか、どんどんと声を荒げていくアビア。
「見てないからって悪いことして良いなんて事は無いね。
実際に迷惑掛けているし駆けられた人は許さないだろうし」
「その通りです! 何が『悪徳の見本だからしょうが無い』ですか!
信徒を名乗るのであれば信じてくださった霊樹の方々に報いるべきでしょう!?」
「勘違いしていた僕が言うのもなんだけど、
真面目に良くしようとしている人にとって確かにそれは腹が立つ」
「聖騎士の方々曰く、
トレント教と知られたら殺されそうになる村もあるとか・・・・・・」
「・・・・・・損をするのは善人のみということか」
リーシュの発言を聞いた途端、彼女の方を向くアビア。
しばらく見ていた後、再び全員を見渡した。
「・・・・・・失礼いたしました。
旅をしているとよく間違った認識をされる方が多いので、
まず説明をしてしまう癖になっていまして」
「俺はかまわないよ。確かにびっくりしたけど・・・・・・」
「僕も同じく。
僕の発言がきっかけだし、50年勘違いしていたのを訂正してくれたしね。」
「説明は大事だと思うぞ。君にとって譲れないのだろう?」
「皆様ありがとうございます。」
メナルーが提案する。
「僕はトレント教についてもう少し知りたいね。
信徒になるつもりは無いけれど、彼らに失礼の無いように。」
「それではここでは邪魔になりますので、私が取っている部屋に来ませんか?」
ちょうど良いと、3人は教の宿候補へとアビアに案内された。