表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ドングリ池」をめざして  作者: 星 陽友
3/3

後編

 その時彼らが辿り着いたその場所では、清らかな水がとめどなく湧き出ていました。何の汚れもなく透き通った水が地面から溢れているのは分かりますが、あまりにも深すぎて水底らしき地点が見当たりません。

 そんな美しいこの水辺こそが、キツネら動物たちが探し求めていた「ドングリ池」だったのです。池の水のあまりの美しさに、全員が思わず目を奪われてしまっていました。

「…………あっ!大切な事が忘れてました!」

 ここでようやく我に返ったキツネがこの場所に来た本来の目的を思い出し、仲間たちに改めて確認してみました。

「皆さん、ちゃんとドングリは持ってきましたか?」

 すると他の四匹は誰一人忘れる事なく、自らが持ってきたドングリを目の前に用意しました。

「もちろん、持ってきたぜ!」

「こんなに大切な物を、忘れる訳がないじゃない!」

「これを使って、一刻も早くコマドリさんを助けよう!」

「こんなにたくさんのドングリなら、絶対にお願い事は叶うはずだよ!」

 アライグマもヘビもクマもリスも自信満々にドングリを披露し、今回の冒険で最大の目的を果たそうと準備万端です。

「皆さん大丈夫のようですね。それでは一個ずつ順番に、ドングリを池に投げ込んでいきましょう!」

 その時全員が揃って気合を入れて、今回の計画を実行に移しました。

 最初にキツネが「ドングリ池」の真ん中を目がけて投げ込み、両手を合わせて心の中で願い事を浮かべ増せた。続いてアライグマが真ん中へ投げ込み、ヘビ、クマと順番に続けていきます。そして最後にリスの番になり、自らのドングリを投げ込んでお祈りしました。もちろん彼らがお願いした事は、全員一緒です。

「コマドリさんの美しい歌声が、再び戻ってこれますように」

 その時五匹が投げ込んだドングリはゆっくりと沈んでいき、暗い水底へと吸い込まれていきました。それを見ていたリスが心配そうな表情で、キツネに尋ねてみました。

「これでオイラたちのお願い事、本当に叶うのかな…………」

 キツネは真剣な表情で答えました。

「確かお願い事が叶う時、何らかの変化が起こると聞きました。ほんの少しの変化も見逃さないよう、しっかり様子をうかがいましょう…………」


 その時彼らは「ドングリ池」の変化を見逃さない為に、全員がじっくりと池の様子に注目していました。常に真剣に見つめ続けていたので、時間が経つのも全く気になりませんでした。すべては自分たちが祈ったお願い事が叶ったという、その証をこの目で確認する為に…………。


「何も……起こらない…………」

 一体どれだけの時間が過ぎたのか分かりませんが、全く変化が見られません。まるでそこだけ時間が止まったかのように、ほんのちょっとした動きすら現れないのです。

「そ……そんな…………う……嘘でしょ…………」 

 その時五匹は深く絶望しました。親友を救える唯一の方法として、わざわざ危険を冒して辿り着いたというのに、彼らの願いが届いた証拠が見当たらなかったからです。

「くそっ!オレたちの努力は何だったんだよお!」

「嫌よ!こんなの嫌!」

「これじゃコマドリさんが、いつまでも歌えないままじゃないか!」

「このままじゃオイラたちの森が、どんどんひどくなっちゃうよ!」

「せっかくここまで来れたというのに…………」

 あまりにも非情な結末に、彼らはもはや悲しむ事しか出来ませんでした。その思いは全員の瞳に滴として現れ、やがて「ドングリ池」の清らかな水へと流れ落ち、池の一部へと変わっていきました…………。


 するとその時です、

「…………!」

 これまで何の変化も見られなかった池の水が、突然キラキラと輝き始めたのです。あまりにも突然の出来事に戸惑う五匹の耳の中へ、どこからともなく不思議な声が聞こえてきました。

「あなたたちの思い、しっかりと伝わりました」

「あ、あなたは誰ですか!?」

 コマドリの歌声のように美しい声が飛び込んできたので、キツネは周りを見渡しながら尋ねてみました。

「わたしはこの『ドングリ池』を司る精霊です。皆さんがこの池に流し込んだ涙から、その強い思いを感じ取りました。どうやら皆さんのご友人が、大変な事になっているようですね」

「ああ、そうなんだ!コマドリの美しい歌声を取り戻す方法を、オレたちは知りたいんだ」

 五匹を代表してアライグマが、改めて自分たちの願い事を声に出しました。すると、

「分かりました。それではここの木の葉で器を作り、この池の水をすくってください」

 精霊からの言葉を受けた彼らは早速すぐそばの木から葉っぱを譲り受け、「ドングリ池」の水をすくい取りました。それが五匹分揃ったところで、精霊はこう続けました。

「それを一日に一杯ずつ飲んでもらえれば、皆さんのご友人は必ず歌声を取り戻す事でしょう」

 その時五匹はこれまでの絶望から一気に解放されて、それぞれが手に入れた池の水を、潤んだ瞳で見つめました。そして彼らは「ドングリ池」へと振り向き、改めて頭を下げました。

「『ドングリ池』の精霊さん、本当にありがとうございました。おかげでワタシたちの親友が、ようやく歌声を取り戻す事が出来そうです」

 キツネが代表して礼を述べると、彼らはお互いを見つめ合い微笑みました。

 しかしここでクマが、とある重大な事に気づきました。

「あっ、ちょっと待って!後は村へ戻るだけだけど、それってこれまでの道を逆戻りしなければいけないって事だよね。またあの道を戻っていくうちに、この水がこぼれたりしたらどうしよう!」

「本当だ!それなら何か方法を考えないと、ここまで来た事が全部無駄になっちゃうよ!」

 ここにきて「ドングリ池」からの帰り道についてさらなる問題が発生し、いきなり慌て始めた五匹。ただひたすら焦るばかりで、この後どうすればいいのか全く浮かばないようです。

 そんな彼らに対し、精霊はこんな一言を口にしました。


「ふふふ、皆さん落ち着いて。どうやらその事で悩む必要なんて、これっぽっちもなさそうですよ」


 最初は精霊が何を言っているのか、誰一人分かりませんでした。しかし次の瞬間彼らの目の前に現れたもののおかげで、それはすぐに判明しました。

 その時「ドングリ池」の上空に姿を現したのは、とてつもなく巨大なワシでした。ワシはそこからゆっくりと下へ降りていき、やがて五匹の目の前に降り立ちました。

「どうやらこのワシさんは、皆さんに恩返しがしたくて来られたようです。皆さんが手助けをしてくれたおかげで、卵や巣が無事だったとの事ですよ」

「そうか!それじゃああの時(、、、)の卵はあなたの…………」

 その時五匹が思い出したのは、ここに来る途中で起こった、落ちていた卵を元の巣に戻す作業でした。この時彼らが卵を戻し、そして修復した巣の持ち主こそ、目の前にいるワシだったのです。

 そこで恩返しがしたいというワシに対し、キツネはこんなお願いをしてみました。

「で、でしたらワタシたちを、村まで送り届ける事は出来ますか?一刻も早く戻りたいのですが、これまでの道のりを考えると、簡単には帰れそうにないようなので…………」

 するとそれを受けたワシは大きく頷くと、自らの背中を彼らの元へ近づけました。どうやら五匹のお願いを聞き入れ、全員を村へと送ってくれるようです。

「あ……ありがとうございます!」

 その時全員が感謝すると、ワシは問題なさそうに微笑みました。

「…………さあ、どうやらお悩みは解決したようですね。それではワシさんの背中に乗って、ご友人の元までお水を届けてください」

「はい、分かりました!」

 その時五匹が改めて感謝してから、ワシの大きな背中へと乗り込みました。巨大なワシのその背中は、全員を余裕で乗せられる広さを持ち合わせていました。

 そして全員が乗ったのを確認してから、ワシは力強く羽ばたいて空高く浮かんでいきました。少しずつ小さくなっていく「ドングリ池」に向かって、彼らは大きく手を振ります。

 やがてある程度上空へとさしかかったところで、五匹を乗せたワシは彼らの村へ向けて飛び去っていきました。その時誰もいなくなった「ドングリ池」は、これまでと同じ静けさに包まれていました――――。



 ――――その時ゴリラのお医者さんが、これまで通りコマドリの看病をしていました。どうやら以前よりは落ち着いたようで、彼女は病院のベッドですやすやと眠りについています。

「先生!」

 その時大声とともにキツネたち五匹が二匹の元へ急いで駆け付けました。あまりに突然の出来事だったので、ゴリラはものすごきビックリしてしまいました。

「わっ!こ、こら!病院では静かにせんか」

 彼があわてて五匹を注意すると、彼らは申し訳なさそうに何度も頭を下げました。そして五匹はその直後にゴリラへ、あの品物を手渡しました。

「どうかこのお水を一日に一杯ずつ、コマドリさんに飲ませてあげてください」

「ああ、分かったよ。ところでこの水はどこの…………ってあれ?」

 その時ゴリラが水について詳しく尋ねようとしましたが、もうとっくに彼らの姿はいなくなっていました。彼は不思議そうな表情で、五匹がくれた葉っぱの器に入った水を見つめていました…………。


 そして五匹がゴリラに手渡した水がなくなったと思われるこの日、村中の動物たちが再び広場に集まっていました。その中にはもちろんキツネ、アライグマ、ヘビ、クマ、そしてリスの五匹の姿もあります。

 そして彼らの中心には、ようやく元気を取り戻したコマドリが、だいぶ緊張した表情を浮かべながら立っていました。

「ほ、本当に大丈夫かしら。とても心配だわ…………」

 そんな彼女を勇気づけようと、五匹の親友から励ましの言葉が送られます。

「大丈夫ですよコマドリさん!絶対に上手くいきますから!」

「久しぶりにお前の歌声を、オレたちにしっかり聞かせてくれよ!」

「ワタシたちはコマドリさんの成功を、皆信じているから!」

「そんなに慌てなくても平気だよ!自分のペースで歌い始めてみて!」

「これまで歌えなかった気持ちを、思う存分吐き出しちゃってね!」

 彼らの励ましに元気をもらったコマドリは一旦深呼吸して、いよいよ自らの歌声を放ちました。村人たちはその瞬間を静かに見守り、誰一人余計な音を立てませんでした…………。


 するとどうでしょう。これまですっかりなくしてしまっていたコマドリの歌声が、元の美しいものへと戻っていたのです。彼女の歌声は風に乗って、森のあちこちへと響き渡り、全ての草木がそれに合わせて踊っているように思えました。


 そしてコマドリが歌うのをやめたその直後、村の住人たちは喜びを爆発させました。全員の表情に笑みが戻り、涙を流さずにはいられませんでした。

 その時コマドリは涙を浮かべながら、五匹の元へと飛び込んでいきました。そして何度も感謝の言葉を贈り、抑えきれない思いを届けました。

「ありがとう!皆本当に、ありがとう!」

 その時五匹も大粒の涙を浮かべながら、親友の復活を心から喜び続けました…………。



 ここは「逆さ虹の森」という不思議な森の奥深くにある、動物たちが仲よく暮らす村です。

 この日もこの村から美しい歌声が響き渡り、動物たちだけでなく森の草木もそこから元気を分けてもらっています。

 そして青い空を見上げてみると、一つの橋のように架けられた大きな虹が、歌声を少しでもそばで聞く為に逆さまの形をしています。

 こうして今日の「逆さ虹の森」も、平和で穏やかな一日が過ぎていきました。


 おしまい

お読みいただき、誠にありがとうございます。

自身2作目となる童話制作となりました。

この作品で少しでも温かい気持ちになれれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ