中編
――――その時遠くに見える山々の向こう側から、太陽がいつも通りに姿を現してきました。そのおかげでこれまで薄暗かった「逆さ虹の森」が少しずつ明るくなり、そこら中の空気も暖かく変化していきました。
「どうやらこの森に、ようやく朝が来てくれたみたいですね」
「ああ、やっとオレたちのいる場所が分かるようになってきたからな」
「森の空気も暖かくなってきて、さっきより動きやすくなった感じがするわ」
「明るくなったから周りの様子も分かってきたよね。これで怖さも少しは治まったみたい」
「それに皆も明るくなってきたよね。ホントすごいね、太陽の力って!」
日の光が差し込み明るさや暖かさを取り戻した森の中を、五匹の動物たちが一列になって進んでいきました。リーダーのキツネを先頭に、アライグマ、ヘビ、クマと続き、最も後ろにリスがついていきます。そんな彼らの背中にはドングリが一個ずつ、落とさないようにしっかりと背負われていました。
その時五匹が目指していた場所は、森の奥深くにあるという「ドングリ池」という所でした。ここにドングリを投げ込みお願い事をすると、その願いが叶うと噂されている、不思議な池の事です。彼らが背負うドングリは、まさにこの為に用意された物だったのです。
「皆で一緒にお願い事をすれば、きっとコマドリさんもよくなってくれるはず!」
「ああ、絶対に歌声を取り戻してやろうぜ!」
リスとアライグマがそう語ったように、五匹のお願い事は全員一緒で、親友のコマドリがなくしてしまった歌声を元に戻す事でした。本来森に元気を届ける彼女の歌声が失われた事により、森中に異変が続いているのです。
「さあ皆さん、まだまだ『ドングリ池』まで道は長いですが、何としても乗り越えていきましょう!」
「そうね!コマドリさんや森の運命は、ワタシたちにかかっているんだから」
「ボクたちの願い事を、しっかりと叶えてもらう為にもね!」
その時五匹は改めてそう意気込み、道なき道をひたすら進んでいきました…………。
「…………おいおいちょっと待ってくれ!何だこのあり様は!」
「そんな!このままじゃ先に進めないじゃない!」
その時五匹はその場に立ち尽くしてしまいました。これまで順調に進んでいたはずの彼らの足が、突然停止してしまったのでした。
その時彼らの目の前に立ちはだかったのは、とてつもない大きさの岩でした。五匹の中で一番大きなクマよりも、はるかに大きい岩でした。
「どうやら山の頂上から転がり落ちた岩石が、たまたまここで止まったのでしょう」
キツネは森の脇からここまで続く痕跡を辿りながら、冷静にそう推測しました。現在彼らがいる場所のすぐそばには険しい山が並んでいて、そのうちの一ヶ所から何かが転がってきたような跡が残っていたのです。
「他に通れそうな場所なんてなさそうだし……やっぱりこの岩をどかしたほうがいいみたいだね…………」
この事態を解決する為に何かいい考えでも浮かばないかと、皆で周りの景色を確認しながら頭をひねりました。すると…………、
「皆さん、見てください!」
その時突然キツネが大きな声で、山の反対側の場所を指し示しました。そこにはどこまでも下まで続く、深い谷がありました。
「この谷底へ岩を落とす事が出来れば、どうにかなるかもしれません。後はどうやって岩を動かせばいいか…………」
「大丈夫だよキツネさん、ここはオイラたちに任せて!」
「こういう時こそ、オレたちの出番って訳だな!」
この時自ら名乗り出たのは、アライグマとリスでした。何やら自信満々な様子で、早速他の三匹に説明します。
「さっきリスと相談してみたんだが、中々いい方法を思いついたんだ」
「それには皆の力が必要なんだ。手伝ってくれるかい?」
三匹は誰一人反対せず、二匹の頼み事に応じました。
「ありがとう!それじゃあ早速だけど…………」
そしてアライグマとリスは考え出した計画を打ち明けました。その間三匹はしっかりと聞き入れ、早速準備を開始しました…………。
「…………よおし!これで準備完了だ」
その時彼らの邪魔をする岩の底には、一本の倒木がシーソーのような形で差し込まれていました。その先端は深い谷へと向かっています。
「確かにこの方法なら、確実に岩をどかす事が出来そうです。素晴らしい考えですね、リスくん!」
「へへーん!まあでもオイラだけの力じゃ、この倒木を運ぶ事なんて出来なかったよ。ありがとね、皆!」
今回の作戦を思いついたリスに対し、キツネは深く感心しました。それに対しリスは誇らしげな表情を見せながら、他の五匹への感謝を伝えました。
「さてと、今度はオレの出番のようだな。オレが勢いよく倒木の端っこに力を加えれば、作戦成功って訳だ」
続いてアライグマが意気込み準備運動を始めると、ヘビとクマが元気よく彼を応援しました。
「頑張ってね、アライグマくん!」
「ありったけの力で、この岩をどかしちゃえ!」
その時二匹からの声援に笑顔で応じると、アライグマは大きく深呼吸してその場にしゃがみ込みました。
「…………はぁっ!」
彼は気合を入れ、勢いよく高々と跳ね上がりました。そして思い切り倒木の上に乗っかると、今度はその反動で反対側が跳ね上がります。
するといきなり岩がごろごろと転がり始め、それから二匹の作戦通り谷へと向かっていきました。成功を確信した五匹は揃って高く跳ね、喜びを爆発させます。
そして岩はそのまま深い谷底へ落っこちて、暗闇の中へと消えてしまいました。その時その様子を確認した彼らは、新たに出現した通り道を突き進み、「ドングリ池」への冒険を再開させました…………。
…………その時「逆さ虹の森」の中で開けた場所に立ち止まり、束の間の休憩をとりました。これまでの疲れをそれぞれの方法で癒す中、全員がふと空を見上げました。
「やはりおかしいですね、『逆さ虹の森』の虹が逆さでないなんて…………」
キツネがそう呟いた一言に、他の四匹も頷きました。確かに彼女の言う通り、本来なら逆さまに見えるはずの虹が、ごく普通の物へと変化しています。これはこの森にとっては、全くありえない光景なのです。
「こんな虹嫌だなぁ。やっぱりこの森にはふさわしくないよ…………」
「これもコマドリさんが歌声を失くした影響なのね…………」
クマとヘビは悲しい表情を浮かべながら、空を見て嘆きました。
「だったらオレたちで取り戻そうぜ、コマドリの歌声も、この森の日常を…………!」
「そうだね。一刻も早く『ドングリ池』に辿り着いて、オイラたちのお願いをかなえてもらおうよ…………!」
それに対しアライグマとリスはそう意気込み、早速出発の準備を始めました。クマとヘビも同様に、支度を整えます。
しかしここでキツネが突然仲間に呼びかけ、出発の準備を一旦停止させました。
「ちょっと待ってください!近くの木の裏側にこんな物が…………」
その時キツネが他の四匹に見せたのは、一つの白くて丸い塊でした。触ってみると少し温かくて、中から何かが動く音まで聞こえてきます。
「これは鳥の卵だね。多分どこかにある巣から落っこちてきちゃったんだね…………」
クマがそう推測すると、五匹はあたりを見渡してみました。きっとこの近くに鳥の巣があるに違いないと信じながら。
するとここでリスが大きな声で叫びました。
「見つけたよー!」
他の四匹も集まったところで、リスは一本の太い木の枝を指差しました。
その木の枝の真ん中に大きな鳥の巣があるのですが、あまりにも不安定な様子で今にも落ちてしまいそうです。その巣の端をよく見てみると、彼らが見つけた物と同じ、白くて丸い卵が見えます。
「どうやらあそこから落っこちてきたみたいだね。割れたりヒビが入らなくてよかったよ」
「でも安心は出来ないよ。このままの状態だったら、他の卵まで落っこちるかもしれない」
そう言って仲間たちが心配して見つめる中、ある一匹が立ち上がりました。
「それならワタシにお任せください。その卵をこちらへ…………」
その時自ら名乗り出たのは、リーダーのキツネでした。彼女は受け取った卵をシッポで優しく包み込むと、巣のある枝に向かって素早く登っていきます。
そして巣へと到着すると、シッポの卵を元に戻し、より安全な位置へと巣を移動させました。
「よくやったキツネ!さすがオレたちのリーダーだな」
「これで巣も卵も一安心ね。本当によかったわ」
他の四匹はは高々と飛び跳ねて喜ぶとともに、降りてきたキツネを温かく迎え入れました。そんな仲間たちからの手厚い歓迎を受け、さすがのキツネも少々恥ずかしそうです。
「…………さあ、改めて出発しましょう。このまま喜んでばかりいては、すぐに日が暮れてしまいますからね」
「え?ああ、そうだな」
ここで四匹もようやく落ち着きを取り戻し、いよいよ冒険の続きを始めようと準備を進めました。その時リスが今後の道のりについて、リーダーに尋ねてみました。
「ところでキツネさん、オイラたちちゃんと『ドングリ池』に近づいているんだよね?」
「ええもちろんですよ。この先に流れる川を越えれば、『ドングリ池』まですぐ近くと聞いています。確か立派な橋が架かっていたはずなので、全然問題はないそうですよ…………」
…………ところが、
「は、橋が……ない…………!」
その時キツネがあると話していた橋が、そこには存在しなかったのです。代わりにその場に残っていたのは、ボロボロになった木の破片の数々でした。
「確かこの前まで、土砂降りの雨が長い間続いていたよな…………」
「おそらくそのせいで川の水があふれ、この橋も耐えきれなかったのでしょう…………」
「これもやっぱり、コマドリさんが歌えなくなったからなのかしら…………」
またしても彼らに立ちはだかる問題に、仲間たちは困惑しました。
「そんな!もう少しの所なのに!」
「オレたちはこんな所で立ち止まっちゃいけねえってのによぉ!」
「本当に困りましたねぇ。他に道がないので、一体どうすれば…………」
その時残った二匹が、大きな声で名乗り出ました。
「どうやら今度はボクたちの出番のようだね!」
「ちょうど今いいアイデアを思いついたの!その為にも皆、手伝ってくれるかな?」
先ほどの岩の問題に続いて立ち上がったのは、クマとヘビの二匹でした。彼らが協力を求めたところ、もちろん他の三匹はすぐさま頷きました。
「皆ありがとう!それなら早速だけど…………」
「…………よいしょっと!これだけあれば大丈夫かな」
「うん!これなら大丈夫そうだわ。ありがとね!」
その時ヘビの目の前に並ばれたのは、色とりどりの果物や木の実の数々でした。先ほど彼女がアライグマとリスに頼んだのは、これらを集めてもらう事だったのです。
「それじゃあ、いただきまーす」
するとヘビが大きく口を広げると、いきなり目の前の食べ物を丸ごと飲み込み始めたのでした。つい先ほどまでたくさん用意された木の実や果物が次々と少なくなっていき、その全てがヘビの胃袋へと吸い込まれていきます。その証拠に彼女の体がだんだんと膨らんでくるのが、誰からもよく分かります。
そして目の前の食べ物全てをヘビが飲み込み終えたところで、クマが彼女を首に巻き付け、橋のあった場所へと移動しました。さらにそこから少しかがんで、他の三匹に呼びかけました。
「さあ皆、ボクの背中に乗ってヘビさんにしがみついて!これからこの川を渡ってみせるから!」
これまで少々自信がなさそうだったクマが、ここにきて勇気を振り絞った行動に出ました。はじめは驚きを隠せなかった三匹でしたが、次第に彼の表情に期待を寄せ、提案を受け入れる事にしました。
早速キツネとアライグマ、そしてリスの三匹はクマに巻き付いたヘビの体をしっかりと握り、いよいよ皮を渡る準備が整いました。
「それじゃあ皆、しっかりつかまっててね!」
その時クマがそう声をかけると、冷たい川の中へと入り込んでいきました。想像以上の冷たさに初めは険しい表情を浮かべたクマでしたが、やがて川底の安全なところをしっかりと探りながら、少しずつ川を渡り始めました。その間他の四匹も必死の思いで体にしがみつき、流れに負けないように耐え続けます。
そしてついに、
「…………やった!」
その時流れや冷たさに耐え抜いたクマは、無事に川を渡りきる事が出来たのでした。安全な岸にたどり着き彼の背中から降りた四匹は、盛大にクマの勇敢な行動を称えました。それを受けたクマはというと、とても恥ずかしそうに顔中を真っ赤にさせています。
「さて皆さん、『ドングリ池』までもうすぐです。コマドリさんを助ける為、全員揃って進んでいきましょう!」
リーダーのキツネがそう呼び掛けると他の四匹も改めて大声で対応し、彼らは再び森の中を進んでいきました…………。
…………その時五匹は目の前の水草を跳ね除けながら、湿った地面を確実に進んでいきました。周りの土は徐々に湿り気が強まっていき、全員が進むのに苦労しています。
「うう、何だかジメジメしてて気持ち悪いわ」
「そうだね。泥みたいな地面に足がはまって、歩くのがきついや」
「でもそれってつまり、この近くに水辺があるって事じゃないかな」
「かもしれねぇな。さっさとここを抜け出して、目的地にたどり着こうぜ」
「ワタシが調べたところ、確かこの辺りに…………あっ!」
その時声をかけ合いながら集中力を途切れさせずに進んでいた彼らは、とある場所で立ち止まりました。
そこはこれまでの水草がすっかり消え去り、ここ一ヶ所だけが不思議な雰囲気を漂わせています。そして彼らの目の前に映し出された光景、それは…………、
「ここが…………『ドングリ池』」




