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「ドングリ池」をめざして  作者: 星 陽友
1/3

前編

 昔々、まだ人間がこの地の存在を知らなかった時の事。


 この地に住む動物たちから、「逆さ虹の森」と呼ばれる森がありました。

 「逆さ虹の森」の大空には、立派な虹がいつも架かっています。しかもそれは不思議な事に、普通の虹とは大きく異なり、いつでも逆さまの形をしているのです。今にもぶつかってしまいそうなくらい、森のすぐそばまで近づいています。

 なぜこの森の上に架かる虹は、そんな不思議な姿をしているのか。それには大きな理由がありました…………。



 ここは「逆さ虹の森」の奥深くにある村です。ここではたくさんの動物たちが仲よく暮らしていました。誰かが困っていた時には皆が力を合わせて、お互いに助け合って生きてきました。そして彼らは森の植物を愛し、森からの恵みへの感謝の気持ちを忘れずにいました。


 そんな村の中心にある広場から、一際美しい歌声が今日も聞こえてきました。その歌声は森のあちこちへと響き渡り、心地いい風とともに木々の葉っぱを揺らしていきます。

 その時広場には一羽のコマドリが舞台の上でこの歌声を響かせ、さらに五匹の動物たちが彼女を囲んで、その美声に酔いしれていました。

「本当にコマドリさんの歌声は素晴らしいですね。いつでもワタシたちの心を癒してくれます」

 最初に歌声の感想を口にしたのは、黄色い毛並みが美しいキツネでした。自身の両耳をぴんと立たせて、しっかりと歌声を聞き入っています。

「キツネさんの言う通りだわ。おかげで今日も素敵な一日になりそうよね」

 続いて緑色のうろこが目立つヘビがキツネに賛同し、その長い体をくねくねと動かしていきます。

「こんなに綺麗な歌声があれば、オレの気分は毎日上機嫌だぜ」

 さらに笑顔で続いたアライグマも、鋭い爪の生えた両手を歌に合わせて叩きます。

「ボクだってそうだよ。今日も何だかいい事が起こりそうな気がするからね」

 穏やかな表情のクマもまた、その大きな体を揺らして楽しそうな様子です。

「それにほら、見てみてよ。この歌を楽しんでるのは、オイラたちだけじゃないよ」

 最後にリズムに合わせて立派なしっぽを振っているリスが空へと指差し、皆もそれに従って上を見上げます。

 そこには大きな一筋の虹が架かっていて、広い青空に七色の橋を作り出しています。そしてそれは普通の虹とは違って、逆さまの形で架けられていました。

「どうやら今日の虹さんも、コマドリさんの歌声に誘われて、逆さまに架けられたみたいですね」

「この森の名前にぴったりな虹の出来上がりだな。これなら今日の『逆さ虹の森』も、平和な一日になりそうだぜ」

 するとここでコマドリが歌うのを一旦止めて、すぐそばで聞いてくれた五匹の動物たちにお礼を言いました。

「皆、今日もワタシの歌を聞いてくれて本当に嬉しいわ。それに歌を褒めてくれて、本当にありがとう」

 その時お礼を受け取った五匹は、全員揃って微笑みました。そして彼らは返事をするとともに、コマドリに向かって催促します。

「どういたしまして。それではコマドリさん、もっと歌声を聞かせてください。この森全ての木々に届くように」

「分かったわキツネさん。それじゃあ早速…………」

 そしてコマドリは大きな声で、再び歌い始めました。やがてそれは目の前の五匹だけでなく、森のあちこちに生い茂る木々や花々、そして森の中にある水や土や空気、そして青空に架かる逆さまの虹まで心地よくさせていきます。

 こうして今日の「逆さ虹の森」も、平和で穏やかな一日が過ぎていきました…………。



 そんなある日の事でした。

 この日も晴れやかな青空の下、コマドリが広場の中心に立ち、歌い始める準備を進めていました。彼女の歌声が楽しみで仕方ないようで、逆さ虹はすでに姿を現してしまっています。

「どうやら皆待ちきれないようですね。それではコマドリさん、今日もよろしくお願いします」

 いつもと同じ五匹だけでなく村中の動物たちが見守る中、キツネはコマドリに声をかけました。そのコマドリは頷いて、翼を広げてくちばしを開かせると、大きく息を吸い込み準備完了のようです。

 そしてこの日も美しい歌声が、森の至る所に響き渡るはずでした…………。


 ところが、

「…………あれ?」

 その時主役であるコマドリも、観客にあたる動物たちも、驚きを隠せずにいました。なぜならコマドリが吐き出したはずの歌声が、全く聞こえてこなかったからです。

「う、嘘でしょ……ど、どうして…………」

 この事態を信じられず、頭を抱えて困惑するコマドリ。何度も何度も再挑戦してみるものの、いつまでたっても歌声は聞こえません。

「何で……何でこんな事に…………」

「お、落ち着いてコマドリさん。まずは冷静になって…………」

 心配したクマが落ち着かせようとしますが、コマドリは慌てるばかりです。そして…………、

「こ、コマドリさん!」

 その時コマドリは訳が分からないまま、その場に倒れ込んでしまいました…………。



 体調を悪くさせ倒れ込んだコマドリは、そのまま村の病院へ運ばれました。早速ゴリラのお医者さんが健康診断を始め、歌声が出なくなった原因を調べました。その間五匹は毎日看病を続けて、コマドリを心配させないよう頑張りました。

 やがていつもの歌声を失った「逆さ虹の森」の様子は、だんだんおかしくなっていきました。いつもなら晴れの日が続く天気が雨ばかりに変化し、何だか森中の植物たちも元気がなさそうです。中でも一番おかしいところが、これまでコマドリの歌を楽しみにしていた虹が形を変え、いつものような逆さまの姿ではなくなってしまったのです。

 このような森の変化について、動物たちは非常に心配そうに感じていました。



 そんな日々がしばらく続いたある日、五匹は病院に駆け付けていました。歌声をなくしたコマドリは、未だにベッドで寝込んだままです。

「コマドリさんの容態について、ゴリラの先生から伝えたい事があると聞いたのですが…………」

 キツネがそう呟くと当時に、ゴリラが全員のいる病室に訪れてきました。すぐさま五匹が近づいたところで、ゴリラはコマドリの容態の原因について語り始めました。

「我々が調べてみたところ、コマドリの歌声には全ての命あるものたちに元気を分け与えている事が分かったんじゃ。そのおかげでこの森の動物たちや植物たちは、いつも明るく暮らしてこれたのじゃ。しかしその歌声で元気を生み出すには、相当な体力が必要となる事も判明してのう。それでコマドリの体力は少しずつ削り取られ、やがては歌声だけでなく彼女自身にまで影響を与えてしまったらしい」

 その時それを聞いて驚きの事実を知った五匹は、改めてゴリラに質問してみました。

「そ、それじゃあコマドリを助けるには、一体どうすればいいんだ?」

 するとゴリラは険しい表情を浮かべ、静かに答えました。

「実はまだ詳しく分かっていないんじゃ。これまで必死に調べているのじゃが、まだ見つかっておらん。すまんのう、皆…………」



 …………その時病院から家へと続く道を、五匹は残念そうな表情で歩いていました。親友であるコマドリの為に何も出来なかった事を、彼らはとても悔しそうに感じていたのです。

「…………なあ皆」

 するとその道中アライグマがそのように切り出してきました。なので他の四匹はその場に立ち止まり、彼の方へ振り向いてみます。

「何ですか、アライグマくん」

 彼らを代表してキツネが尋ねてみたところ、アライグマは静かに自らの思いを語り始めました。

「オレは悔しいんだ。友達のコマドリが大変だっていうのに、何もする事が出来なかった。それが本当に悔しくて仕方がないんだ。少しでもコマドリの力になりてぇだ!」

 するとこれまで黙って聞いていた他の動物たちも、それぞれの思いを爆発させました。

「そうよ、アライグマくんの言う通りだわ!このままコマドリさんを放っておけるはずがないもの!」

「そうだよ!ボクたちにだって、何か出来る事があるはずだよ!」

「ねぇキツネさん、何かいい方法はないかな?オイラだってコマドリさんを助けたいんだ!」

 それを聞いたキツネは真剣な面持ちで、しばらくその場で考え込みました。親友の為に自分たちが出来る何かを、必死になって探していたのです。そして間もなく太陽が山の向こう側へと沈み込んでしまいそうになったその時、キツネは何かひらめいたようなしぐさを見せました。

「…………そういえば」

 他の四匹は彼女の言葉を一言も聞き漏らさないよう、しっかりと耳を澄ませます。

「確かこの森の奥深くに、『ドングリ池』という不思議な池があると聞いた事があります。そこへ行けば、もしかしたら…………」

 キツネがそのような提案をした次の瞬間、他の四匹は「ドングリ池」という場所について声を上げていきました。

「その池ならオイラも聞いた事がある!確かそこにドングリを投げ込んでお願い事をすると、その願いが叶うって噂があるんだ」

「それじゃあワタシたちも同じ事をして、コマドリさんを救うようお願いすれば、歌声を取り戻せるかもしれないって事ね!」

「それは名案だよ!ゴリラの先生が解決法が見つけ出すまで、ずうっと待ってる必要もないしね!」

「だったら話は早えよな!一刻も早くその池に辿り着いて、コマドリを助け出してやろうぜ!」

 そのようにやる気に満ちた仲間たちの様子を受けて、キツネは笑顔で決意を固めました。

「どうやら皆さんの思いは一つになったようですね。それでは明日の早朝、それぞれドングリを持参して、広場に集合しましょう!」

 その時全員が気合を入れて、大きな掛け声を上げました…………。



 …………そしてまだ太陽が完全に姿を現さず、あたり一面薄暗いままの早朝。ひんやりとした風が時折吹くのみで、外の世界は静まり返ったままです。

 そんな村の広場にあたる場所で、キツネたち五匹が昨日の約束通り、誰一人欠ける事なく集合していました。キツネは全員が揃った事を確認すると、早速仲間たちに尋ねてみます。

「さあ皆さん、ドングリはちゃんと持ってきましたか?」

 それに対して他の四匹はしっかり頷くと、それぞれが持参したドングリをその場に披露しました。もちろん尋ねたキツネも同様に、自らのドングリを仲間たちに見せました。

 そしてキツネは四匹に向かって、大きな声で元気よく呼びかけました。

「それでは早速出かけましょう!目的地はこの先にある『ドングリ池』です!」

 その時全員は改めて気合を入れて、薄暗い村を後にしました。大切な親友を救う為、願いをかなえるという「ドングリ池」を目指して――――。

 

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