[最果ての宇流麻・番外短編] マッツァーとまほうのしんじゅ
みなさんはハテルマ島をしっていますか?
シュリのみやこの先の先、南の海にうかぶちいさな島です。
ずっと先の時代には「最南端の有人島」なんてよばれることになりますが、それはここではあんまり関係のないおはなしです。
さて、そこにはマッツァーとよばれるかわいらしい男の子がすんでいました。
この男の子はすこし先の時代には「長田大主」と呼ばれることになりますが、それもここではあんまり関係のないおはなしです。
さてさて、きょうもいい天気。
マッツァーはニシの浜の白い砂浜で、きれいな貝をひろって遊んでいました。
ふと海の方に目をやると、遠くからなにかがおよいできます。
「あれはいったい、なにかしら?」
目をこらしてみると、それは赤茶色の小犬でした。
そして、背中に何かが乗っています。
子犬が砂浜に近づいてくるにつれて、マッツァーはびっくりしました。
子犬の背中に乗っていたのは、ちいさな男の人だったのです。
「ああ、しぬかとおもった。タンチャにいこうとおもっていたのに、こんな南の島までながされてしまったよ」
男の人は犬みたいに体をぶるぶるっ、とふるわせて水をはらいます。
そして、ぽかんと口を開けたままのマッツァーに言いました。
「やあぼうず。悪いがなにか食べさせてくれないか。腹がへってしにそうだよ」
マッツァーはおべんとうにお母さんが作ってくれたおにぎりを、お兄さんにわたしてあげました。
「ああうまいなあ。ぼうず、どうもありがとう」
よっぽどおなかがすいていたんでしょう。ちいさなお兄さんはおにぎりに抱きつくと、むしゃむしゃ、ぱくりと平らげました。
すると……。
ふしぎなことに、小さなお兄さんはするすると大きくなりはじめました。
びっくりしているマッツァーを、すらっとしたお兄さんが見おろしています。
「世話をかけたな。ぼうず、おまえにはお礼をしなくっちゃ」
お兄さんは懐から小さな袋を出しました。
「お礼にこれをあげよう。これは、竜宮で竜王さまにもらった魔法の真珠だ」
袋をかたむけると、親指の先ほどの、ミルク色のまあるい玉が手のひらに転がり出ました。
「ありがとう、おにいさん」
お兄さんはにこっ、と笑ってマッツァーの頭をなでてくれました。
「さあ、おいらは行かなくちゃ。達者でな」
そういうやいなや、お兄さんの体がまたするするとちいさくなります。
お兄さんが背中に飛び乗るやいなや、子犬がぽーんとマリのように天に向かってはねました。
マッツァーが太陽のまぶしさに目をほそめている間に、お兄さんと子犬の姿は消えていました。
「ああ、ふしぎなこともあるんだなあ」
しばらくびっくりしていたマッツァーでしたが、ふとわれにかえります。
そろそろと手のひらを開いてみますと、ちゃんとまあるい真珠がありました。
やっぱり夢じゃなかったのです。
なんてうれしいんでしょう。 竜王さまの魔法の真珠です。
きっとすてきな宝物にちがいありません。
おとうさんやおかあさん、おねえさんやおとうとたちにみせてあげなきゃいけません。
マッツァーは真珠をにぎりしめ、すきっぷしながらお家へ急ぎました。
ところが……。
お家の近くまで来たとき、マッツァーはいやな感じがしました。
おそるおそる手のひらを開いてみると……。
竜王さまの真珠が、魔法の真珠が、べとべとに溶けているのです。
ミルク色のきれいな球のおもかげなんてありません。
「わあ、真珠がとけちゃった」
おとうさんにもおかあさんにも、おねえさんにもおとうとたちにも魔法の真珠を見せてあげようと思ったのに。
マッツァーの目から、大きななみだのつぶがぽろぽろこぼれます。
「マッツァー、マッツァー、なかないで」
フクギの木にとまったアカショウビンが声をかけます。
「マッツァー、マッツァー、なかないで。ちょっと手をなめてごらん」
道ばたのゲットウの花が声をかけます。
――手をなめる? マッツァーはいぶかしげに手のひらをぺろっとなめてみました。
しょっぱい涙の味のむこうに、あまーい味がひろがります。
もう一口なめてみると、やっぱりやさしい、あまーい味。
「なあんだ。これは真珠じゃないよ、アメじゃないか」
マッツァーはぱくっとアメを口に入れました。
魔法の真珠じゃなかったけれど、甘いアメをたべてマッツァーはごきげんになりました。
その夜――。
マッツァーがおふとんでねていますと、夢にしらない男の人が現れました。立派な衣を着て、ウロコのついたしっぽがはえています。
「わしは竜王じゃ。赤犬子を助けてくれてありがとう。
真珠をたべたおまえには、きっといいことがあるだろう」
目をこすりこすりマッツァーが起きますと、まくら元にみなれない布づつみがありました。
なにかしら、と開けてみますと、まあるい胴に長い棒のついたものが入っていました。棒には三本、線がついています。
線をはじいてみますと、ぺーん、といい音がします。
マッツァーはさらに線をはじきます。
ぺーん、とんとん、らんらんらん。
いつしかいい音はかさなって、すてきな音楽になりました。
その日から、ハテルマ島にはきれいな、たのしい音楽がひびくようになりました。
ぺーん、とんとん、らんらんらん。
ひいているのは、もちろんかわいいマッツァーです。
こうして、三線はハテルマ島につたわったんですって。
〈おしまい〉
※フィクションです