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(旧)銃を手に  作者: 東雲飛鶴
第二章 中の国
9/20

【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業

「ええっとぉ…………、俺またやらかした、かな……」


 翌日、神崎はFlawから届いたゲーム内ショートメールを読み、苦々しい気分で深いため息をついた。ついおせっかいをしてしまう己の性分が、今は恨めしかった。

(難しいな…………)

 暗澹あんたんたる心持ちでベッドの上にひっくり返ると、ベッドサイドに置いてある、空港で買ったあの絵本に手を伸ばした。――ひとときの心の安寧を得るために。



 ☆ ☆ ☆



 神崎青年の日常は、ゲームにかまけていられるほど至って安穏としていた。それはこの国の治安が、GSS社の手によって徐々に安定に向かっている証拠でもあった。


 最近神崎は、自社社員からの下らない注文を受け付ける専門の窓口を作り、専用のアシスタントも雇い、更なる効率化を図った。もちろん自分が遊ぶためである。

 ちゃっかり社員たちから一口数ドルの手数料を取って、アシスタントの給料に充てているのはご愛敬というものだろう。


 既に、仕入れを担当している中東支部とのやりとりは、神崎が勝手に引いた衛星回線を介してオンライン化した。迅速かつ正確な商品確保は、最早本家の「密林アマゾン」にも匹敵するほど……は言いすぎだが、辺境のこの国ではそれでも十分だった。


 というわけで、朝っぱらからテレビ会議で、親会社の営業に更なる業績アップを言い渡された彼が、次に目を付けたのは公共事業だった。

 これなら国民の役にも立てるし金額も大きい。会社は武器じゃなくても物が売れれば満足なのだし、現地の市民を雇用すれば政府や国民にも喜ばれるはずだ。

 そう思い立った神崎は、オフィスで会議テーブルを二台くっつけて大きな作業台を作り、使用済みの破った大判カレンダーを裏返して何枚か並べた。


「これで何するんです?」作業を手伝っていた、イケメンドイツ人スタッフのセバスチャンが訊ねた。名前だけなら執事系なのだが、不器用な所があるので、残念ながら執事には向いていないようだ。

「ん? あぁ、ちょっとな。新規事業のためのネタ出しをするんだ」

 そう話しながら神崎は、セロハンテープでカレンダー同士をつなぎ合わせ始めた。こうして二人は、カレンダーを二枚づつくっつけていった。

「ネタ出し? よく分からないですが、ブレストみたいなものですか?」

「ああ、そうそう、それそれ」

 テープカッターから、ビ――ッとテープを引き出しては、手際良くカレンダーをくっつけていく神崎。

 セバスチャンもマネをしてテープを引き出したが、あちこちにくっついて絡まり、挙げ句髪の毛までくっつけてしまって悲鳴をあげていると、神崎に剥がしてもらって苦笑されるという体たらくだった。これでは手伝いにもならないので、テープを使わない作業――カレンダーを並べたり、貼り合わせたものをまとめたり――をすることにした。


 用意したカレンダーを全て貼り終えると、神崎は次の作業を開始した。

 まず最初に、国内をウロウロしていて気づいたことをカレンダーの裏に書き出してみた。主に交通網の不備などだが、手帳のメモや記憶を参照しつつ改めて列記してみると、案外多いことに気づく。将来絶対に国民生活の支障になるだろう場所もあった。


 それを今度は、この国の青焼きの地図の上に逐一書き出す。地図上であれこれするのは、本来軍人でもある彼の十八番おはこだ。アナログな方法ではあるが、ある意味「年寄り」な彼にとってはそちらの方が遙かに仕事がしやすかった。


 更に現行の自社が行っている復興工事地域や、主要な既存施設を次々と書き込んでいけば、公共事業的視点に基づく、営業戦略マップが完成するというわけだ。

「あとは、これを指揮所に持っていって、仕込みをするだけだな……」

 完成したゲームの攻略マップのようなものを携え、神崎は空港内にあるGSS社の現地指揮所に向かった。




「で、俺らは何すりゃいいんだ?」

 筋肉ダルマのグレッグ隊長が、事務用イスに座ってグルグル回りながら満面の笑みで神崎に訊いた。

 指揮所に着いた神崎が、ちょうどヒマを持て余して遊んでいたグレッグに、営業活動への協力要請を申し入れたところだった。着任早々の警備計画再編の件でグレッグは彼に借りがある。余程の内容でもなければこの脳筋とてイヤとは言えまい。


「なに、大したことじゃない。若干数の車の巡回ルートを変えてもらうことぐらいです。もちろん、変更後のルートに関しては、僕が責任を持って設定させてもらいます」

「それで何が分かるんだ?」隊長は訝しげな顔をしながら、イスの回転を止めて言った。

 神崎は、不敵な笑みを浮かべて言った。「この国に、本当に必要なものですよ」



 神崎が一連の仕込み作業を一旦終えたのは、とうに日が暮れてからだった。

 彼が基地に戻ると夕食の終了時間にギリギリで、あやうく食事を片付けられてしまう所だった。彼は食事を終えてひと息つき、自室に戻るといつものようにネットの世界へと旅立った。


 毎度のように、面倒臭い手続きを踏んで、ログインをする。

「ん?」

 画面上部端で、ショートメッセージを受信しているサインが点滅している。

「昨日の彼女かな?」さしあたり、他には自分宛にわざわざショートメッセージを送ってくる人物に心当たりがなかった。早速、開封してみる。


「ん……と、やっぱりあの子か。なになに……」



 ===== ===== ===== ===== ===== =====


>Log in time 19:25:13

>Server No.10 : Tricorn

>Welcome back! Alphonce!

>【Port Town】


(▼ショートメッセージを確認)

 From:Flaw

 Title:無題

 こんばんは。昨日はどうもありがとうございました。

 とても助かりました。

 ご好意に甘えて、長時間付き合わせてしまい、ごめんなさい。

 もうちょっと安全な場所で、一人で頑張ってみようと思います。

 釣りのスキル上げがんばって下さいね。

 それでは。


 ===== ===== ===== ===== ===== =====



「ええっとぉ…………、俺またやらかした、かな……」Flawから自分宛に届いたゲーム内ショートメールを読んで、神崎は苦々しい気分で深いため息をついた。


(難しいな…………)


 さらっと書いてはあるが、明らかに拒絶を表す内容だった。

 神崎は、ソロプレイで思うようにレベル上げの出来なかった彼女を思い、いわば『おせっかい』でPL(パワーレベリング)をした。しかし、過ごした時間の長さそのものが、彼女にとって負担になってしまったのだろう。

「長時間付き合わせてしまい――」にそれが表れている。恐らく、昨日の晩の神崎は『おせっかい』の加減を間違えてしまったようだ。


 もともと、他人の負担になることを重く感じてしまうが故に、ソロプレイの道を彼女は選んだはずだ。それなのに自分は好意からとはいえ、彼女の心に負荷を与えてしまった――。そのことを指して、難しい、と神崎は言っている。


 ネットの世界では、文字と過ごした時間だけが互いを計る物差しだ。

 そこには、思惑を伝えるべき表情や、ボディランゲージ、声色こわねの強弱もなく、関係は些細な事ですぐに壊れてしまう。

 過去何度も繰り返してきたが、性根のやさしさだけは如何ともしがたく、結局割りを食うのが分かっていても『おせっかい』がやめられない。


 彼は暗澹あんたんたる心持ちでベッドの上にひっくり返ると、ベッドサイドに置いてある、空港で買ったあの特別な絵本に手を伸ばした。

 中身を読むと余計に悲しくなってしまうので、ページはめくらずにそのまま抱きかかえてベッドの上で目を閉じ、「大丈夫、大丈夫」と、何度も念仏のように唱えた。戦場では容赦なく敵を殺すのに、些細な事で心を揺らしてしまう。

 強いのか弱いのかわからないところが、神崎青年らしさだった。


 浅い呼吸をしばらく繰り返した後、ノートPCから、短いベルのような音が鳴った。

 ――ショートメッセージの着信音だった。

「えっ?」

 彼はガバっとベッドから跳ね起きて、慌てて枕元に広げたノートPCの画面を覗き込んだ。着信したメッセージは一件。恐る恐る開封をしてみる。



 ===== ===== ===== ===== ===== =====


(▼ショートメッセージを確認)

 From:Flaw

 Title:無題

 Alphonceさん、こんばんは。私のメッセ届きましたか?

 いまログインされているのを見つけて、メッセ送りました。

 港にいるってことは、今日もあの池で釣りですよね。

 私はこれから、実家に帰ります。

 釣りのスキル上げがんばって下さいね。

 それでは。


 ===== ===== ===== ===== ===== =====



「へ? ちょっとマテ。今どこだ?」


 神崎は、慌てて彼女の居場所をサーチした。

 ……なんだ、同じ場所じゃないか。

 ――実家に帰るって、まさか、ここから?


 実家とは、プレイヤーのスラングでPCの所属国、ホームタウンを意味する。彼女のレベルでは、自分が使用した定期便には乗船出来ない。きっとダチョウの如き騎乗鳥で、陸路を長々と往くつもりだ。リアルでも三十分はかかる正にロングドライブだ。


(なんてこった……。俺のせいで、国に帰らせるようなもんじゃないか! こりゃうだうだヘコんでる場合じゃないぜ! 追いかけないと)


「でも……、何で再度念を押すように、メッセ送ってきたんだぁ?」

 うーん、と唸りつつ、向こうもログインしているならメッセなんてまどろっこしいことはせず、リアルタイムでの通信を試みようと考えた。自分のPC(プレイヤーキャラ)は現在、海底洞窟への入り口付近で放置中だ。



 ===== ===== ===== ===== ===== =====


 Alphonce: こんばんは! メッセありがとうございました。ちゃんと届いてますよ!

 Flaw: こんばんは(^^)/お声掛けありがとうございます♪今日も釣りですか?

 Alphonce: いや・・・それよりも、フラウさんに、お詫びをさせて欲しい。

 Flaw: え?なんでですか?別に謝られることはなにもないと思いますけども?

 Alphonce: 自分のお節介で、気を悪くされたようなので・・・申し訳ないです。

 Flaw: え???あのー・・・ほんとになにもないですよ。もしかして、かんちがいをさせるような事を書いちゃった、とかでしょうか・・・だったら、かえってごめんなさい

 Alphonce: 本当に何もない? 俺の方こそ、気分害していません?

 Flaw: 害してなんていないですよ。どっちかと言うと、私の方が。昨日も帰りに気分悪くさせてしまったみたいで・・・

     * * * * *


「え。ちょっとマテ。それどういうこと?」

 てっきり自分が、相手の気を悪くしてしまっていたと思っていたのに。

 こういう所が、バーチャルでの交流の難しいところだ。


     * * * * *

 Alphonce: え? そんなことないですよ? ああ、参ったな。こっちが勘違いさせちゃったのか・・・ 多分、俺がしばらく黙ってたことを、そう思っちゃったんですね。

 Flaw: そうです。多分私浮かれてたかもだから・・・またやっちゃったのかと思って

 Alphonce: やっぱり。あれは、俺が余計な事を言わないように黙ってただけ。機嫌が悪かったわけじゃないから、安心して下さい。

 Flaw: そうなんですか・・・よかった(T-T)私、調子に乗りやすいから、気分を害されちゃうことが多くって・・・でも、余計なことって何ですか?

 Alphonce: ホントに余計な事だからあんまり言いたくないけど・・・俺、基本的におせっかい焼きだから、初心者さんを見ると、つい余計な説教とか始めちゃうんです。それで結構失敗してるんで、自重してただけ。文字しかないから、色々と難しいよね。気持ちを伝えるのとか。

     * * * * *


「これで少しは、猫さんの誤解は解けたろうかなぁ……」彼は少しほっとした。

 明文化しなければ伝わらない。しかし、明文化することによって角が立つこともまた多い。

 ネットの付き合いとは、とかく霞みの中で手探りをするようなものだから、行き違いや事故が頻発する。それでも求め合わずにはいられないのが、人の性というものか。

 無論彼とて、人のひな形たる存在だからこそ、同じ性をも持っているのだが。


     * * * * *

 Flaw: そうなんですよ!チャットだけだから、言いたいことがちっとも通じないっていうか・・・世間じゃヘッドギアつけて、ボイスチャットするのが普通だけど、ここじゃこのゲームやるのが精一杯だし(-_-)

 Alphonce: へ? 俺と同じだ。ここ外国でしょ? だからヘッドギアなんか持って歩けないし、ノートPCしかないから、環境的にこのゲームやるので精一杯です(-_-)

 Flaw: (・_・)/\(・_・)ナカマ!

 Alphonce: おー、ナカマですね(^_^) どういう所でプレイしてるんですか? やっぱり普通は自分の部屋とかかな?

 Flaw: 自分の部屋と言えるような、言えないような・・・寮みたいなとこです。そこで、ノートでやってます

 Alphonce: 俺も職場の寮住まいですよ。空調悪いんで、ちょっと暑いです。外は涼しいけど窓がないんで。

 Flaw: 東京は、雨でちょっと寒いですよ

 Alphonce: そういえば梅雨なんですね。こっちは雨なんかちっとも降らないです。

 Flaw: 全然?水ないんですか?

 Alphonce: はいカラカラですよ。肌けっこう乾燥するから唇とかしょっちゅうリップとか塗ってますよ(-_-) あ、雨はなくても地下の水源はあるから水は飲めるけどね。

 Flaw: そうなんだ。商社の方って大変なんですね。リップまで塗らないとだなんて

 Alphonce: うーん、どうなんだろうか。俺よりも、警備の人の方が大変かも・・・

 Flaw: 警備の人? ビルとかにいるやつ?

     * * * * *


「いやいやいやいや。それよりもっと屈強でマッチョなのだよ。ゴツい武装してるよ。俺はマッチョじゃないけどな。いや、日本じゃこういうの細マッチョって言うんかな?」

 などと下らないことを独りごちる神崎。

 オフタイムでは彼とて一人のゲームオタクだ。


     * * * * *

 Alphonce: 暑いからね。彼等は外の仕事だから結構大変そうで・・・自分は仕事中はエアコンをガンガン効かせてるから平気です(^0^;)

 Flaw: あんまり冷やすと体に悪いですよ~

 Alphonce: けっこう暑がりだから、空調効いてないと仕事しづらくて(~_~;)

 Flaw: あ、釣り行かれるんですよね?話し込んじゃってごめんなさい<(_ _)>

 Alphonce: いや、今日は行かないです。

 Flaw: え、そうなんですか?

 Alphonce: 実家帰るって言うから、もしかして自分のせいだろうかと・・・

 Flaw: うーん、そうなような、違うような。見つかっちゃったら、また迷惑かけるかなと思って。だから、地元でおとなしく一人でやってようかなって思って・・・

     * * * * *


「やっぱりそうか……」神崎は、苦虫を噛み潰したような顔をした。多かれ少なかれ、負担に感じさせてしまっていたことには、間違いなさそうだ。


     * * * * *

 Alphonce: うーん・・・・・俺は特に迷惑とは思っていないし、役に立てるなら手伝いたい。でも、重く感じるなら、これ以上声はかけない。

 Flaw: 私、いつも部屋にこもってるから、人付き合い苦手で・・・あ、べつに引きこもりじゃないですよ☆

 Flaw: 体が弱いだけなんです。だから、ともだちとかいないし。それでも・・・なかよくしてもらってもいいですか?

 Alphonce: はい、こちらこそよろしくお願いします。友達いなくても全然問題ナシですよ。俺もこんな仕事だから一カ所に長くいることほとんどなくて友達あまりいません。

 Alphonce: 東京に帰ったときに顔を見せに行く友達がいるくらいかな。だから安心してください(^_^) ぼっち同士だから、どうぞ気兼ねなくね☆(^_^;)

 Flaw: はい(^^)/ありがとう!よろしくお願いします^^


 ===== ===== ===== ===== ===== =====


「ふぅ……何とか仲直り出来てよかった」

 さしあたり、どうにか彼女との諸々の誤解や行き違いはなんとか回避出来たようだったが、それにつけてもネットの世界での意思疎通はもどかしい。我ながら、よくこんなことを延々と続けていられるものだと、つくづく神崎は呆れてしまう。

「なかよくしてもらってもいいですか……か。社交辞令でも、うれしいな……」


(でも、体弱いって、気になるな……

 ――まさか、病院に、いる……?)


 ふと、心の中でもう一人の自分がつぶやき始めた。

 『近づき過ぎれば、また失ってしまうかもしれないぞ?』

 (確かにそうだけれど。分かっていてもやめられない)

 『でも、手放せないんだろう? この世界が』

 (そう言われてしまえば、確かにそうなのだけど)

 『一体お前はどうしたいんだ?』

「代替行為に目的もヘチマもあるかッ、クソッタレェ!」と叫んで枕を壁に投げつけた。


 いつもの自問自答。いくら否定しても肯定しても、何もかもが納得がいかない。

 でも一番納得がいかないのは、いま自分の傍らに『彼女フラウ』がいない事。

 渡し守から伝え聞く、妻の地上への帰還時期はいつも正確だった。半世紀も遅れれば、今生では逢えないものと彼が判断しても何ら不思議はない。


『――もう、待ちくたびれたよ。諦めても、いいかい? 僕の白猫……』



     ☆ ☆ ☆



 翌日の朝、神崎青年はその日の仕事を「丁稚デッチーズ」と自ら名付けた、優秀なイケメンドイツ人スタッフたちに言いつけ、再び空港内のGSS社指揮所に出向いていた。昨日外回りの社員が収集した最新の国内道路画像データを精査するためである。


 なぜ丁稚ーズがイケメンゲルマンなのかと言えば、神崎がリクルートを依頼したGSS社フランス支部のスカウト担当の御婦人が趣味丸出しで選考したからイケメンなのであり、ドイツ人なのは神崎のオーダーで、集めやすく几帳面に働くからという理由だった。

 日本人でも良かったのだが、語学が堪能で軍の仕事をするような日本人は少ないからだ。


 神崎が指揮所の隅でモニターに齧り付いていると、ひまそうな顔をした米国人の友人マイケルが、もしゃもしゃと天狗印のビーフジャーキーを囓りながらやってきた。神崎の基地赴任時に装甲車から彼を蹴り出したのもこのマイケルである。米国ドラマに登場する、ホームパーティでバーベキューでもやって、青春を満喫していそうな人相風体の青年だ。


「おはようございます、アルトさん」

「マイク。なんかいいもの食ってるなぁ。ちょっとくれ」と、神崎は机の上の、アラビア語で書かれた新聞を突き出して「ここにのせろよ」とマイケルにジャーキーをねだった。

 マイケルは、袋からジャーキーを数枚つまみ出しながら、「で、これが、昨日ガチャガチャやってたアレの画像ですか?」と図々しい神崎に呆れつつ訊ねた。

「サンキュ。……ん~。そう。あ、ここもか……」


 マイケルから略奪したジャーキーを囓りつつも、画面からは目を離さない神崎。ふと、気になった場面が映ったのか、リモコンで巻き戻しをしている。崖が道路の側にむき出していて、普段から頻繁に落石事故が発生している山間やまあいの道の動画だった。


 昨日彼がやっていた『仕込み』とは、治安維持業務に就いている社員たちの車両に搭載されている「車載カメラ」や「GPS」の調整と、重複なく広い地域をカバーして情報収集するための、社員たちの巡回ルートのコース変更作業だったのだ。


 無論、軽々しくコース変更などするべきではない。しかし、元々は自分が作ったコースでもあり、操作変更などは雑作もない。情報収集と、保安の両方が成り立つようにコースを選択していけばいいだけだった。


 公共事業の必要とされる場所を自分で探し、顧客に提案して事業を受注するというのは、悪い言い方をしてしまえば『自作自演』だ。しかし、あくまでも善意に基づいて行うのであれば、それは国家運営上の自己治癒力を「かさ増し」してやることに繋がる。


 そして、自分で直接現地調査に動き回らなくとも、日頃から国内をウロウロしている連中がここには沢山いる。そいつらにカメラをくっつけて、一斉に走り回らせれば、いっぺんに情報が集まる。最終的に、自社の軍事衛星をちょっと拝借して、宇宙からサクサク撮影と測量をしてしまえば、プレゼン資料のハイ出来上がり、というわけだ。


「なぁ、マイクって今日ヒマぁ?」

 神崎の視線は道路の動画に釘付けのままだ。

 背後からつまらなそうに画面を見ていたマイケルは、微妙に嫌な予感がしていた。

「なんですか、一応今日は公休ですけども……」

 ビデオの画面を一時停止し、クルリとイスを回して神崎が振り返った。

「うちでバイトしない? ジャーキー一箱で」そう言う彼の笑顔は、邪気に満ちていた。

「み、魅力的ではあるけど、……ヘンな仕事じゃないでしょうねえ」

 結局マイケルは、ジャーキー二箱と二食つきの条件で丸一日神崎の下僕となった。仕事を始めて間もなく、この仕事は割が合わないことに気が付いたが、もう後の祭りだった。



「あ、もうこんな時間か……」

 神崎は机の上いっぱいに広げた衛星写真をまとめ始めた。

「ん? 夕方にはまだ早いんじゃないんですか?」マイケルはちらと腕時計を見た。時刻はまだ午後三時を回ったあたり、神崎と作業を始めてまだ半日も経っていなかった。

「人と会う約束があるんだ。今日はここまでにしよう。あとは、書類をまとめてこの箱に入れておいてくれないか」ダンボール箱を二つほど机の上に載せて、クリップでとめた衛星写真を箱の中に放り込んだ。「ギャラは明日、向こうの倉庫から持って来るよ」

「了解、ボス。忘れずに持ってきてくださいよ」と、しっかり神崎に念を押したマイケルは、会議机の上に散らばった書類や光学ディスクを整理し始めた。

「ああ」と、神崎はそれだけ言うと、いささか慌てた様子で、資料データの入った光学ディスクを上着のポケットに無造作に突っ込んで、慌ただしく部屋を出て行った。

「デートの約束でもしてんのかね」

 マイケルは、彼を見送りながら呟いた。



 空港から宿舎に戻ると、神崎は着替えもそこそこに、そそくさとノートPCを開き、中の国へと旅立つ儀式――毎度のしちめんどくさいログイン手続きを始めた。


 確かに、それは『デート』と言えば言えなくもない。

 神崎は彼女との逢瀬を心待ちにしていたのだから。


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