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(旧)銃を手に  作者: 東雲飛鶴
第二章 中の国
8/20

【2・猫の人と中の人】ネカマ……じゃないよね?

 ――自分は淋しい、籠の中の白猫。



 その日の東京は、雨が降っていた。日本では、もう雨期に入っていた。

 壁に掛けられた時計の針は午後十時を回り、室内には湿り気を帯びた冷たい空気が満ちている。

 明かりを落とした殺風景な部屋の中で、ベッド脇のサイドテーブルに置いた、読書用ランプの小さな明かりとノートPCから漏れる光だけが、この病室の主の姿をおぼろげに浮かび上がらせている。


「やさしいなぁ……商社マンさん。うふふ……」

 コントローラーを握るうら若き乙女、塩野義麗しおのぎうららは、嬉しそうにそう呟いた。



 ===== ===== ===== ===== ===== =====

>clock 22:25:39

>Server No.10 : Tricorn

>【North Island】

 ===== ===== ===== ===== ===== =====



「うわ~、強化かかってるとこんなに違うんだ……。すごいなぁ……」

 自分の分身である、猫獣人キャラが見違えるように強くなったのを目の当たりにして、麗は高位の強化魔法の絶大な威力を噛みしめていた。


 PL(パワーレベリング)は世間体を気にする日本人プレイヤーの間でモラル的に問題視されることが多い。しかし麗が今までこうした恩恵を受けずに来たのは、何もモラルを気にしていたというわけではなく、誰とも絡まずに孤独なプレイを続けてきたからに過ぎなかった。

 ――ふと、Flawの体が光の結晶に包まれた。強化しなおすにはまだ早い。


     * * * * *

 Flaw:あれ、なんでですか?

 Alphonce:ああ、魔法切れたから、かけなおしてただけ。こないだのアップデートで修正が入ってね、レベル差が大きいと、すぐに強化が切れてしまうようになったんだ。気にしないで、どんどんミミズ叩いてていいですよ。時間もったいないから。

 Flaw:はーい、ありがとうございます(^_^)

     * * * * *


「へー。なんでそんな修正するんだろ。面倒なだけなのに」

 麗は画面の向こうの彼のいうままに、どんどん大ミミズを切り倒していった。

 信じられない量の経験値が入り、どんどんレベルが上がっていく。いきなりこんなインフレ状態を目の当たりにして、麗は軽い興奮状態になっていた。


 普段はリスクの低い、弱い相手ばかりと戦っていたため中々レベルが上がらず、業を煮やしてこの島に単独でやってきてしまったが、結果は言わずもがなだった。その後、死体のまま誰かを待っていたところ、呑気に釣りなどしにふらふらとやってきた彼、Alphonceに救助されて現在に至る、という次第だ。


「あ、もう時間かぁ……。今日はなんか、ちょっと短かったなぁ……」

 麗は残念そうにつぶやいた。大分調子も上がってきたところだったので、もう少し続けたかったが、さすがにこれ以上起きていると翌日に支障が出てしまう。

 約束の時間になったので、プレイを切り上げることになった。


     * * * * *

 Flaw:そろそろなんで、落ちますね。今日はほんとにありがとうございました!

 Alphonce:いえいえー。お役に立ててよかったです(^^)/

 Flaw:こんなにレベル上がったの、ゲーム始めてすぐ以来です!というか、前にレベル上がってから、もう一週間くらい経ってるかもです・・・

 Alphonce:うーん、普段ソロだとつらいですよね。特にこのゲーム、元からPTプレイを前提に設計してあるから、ソロの人には厳しいかもしれない。

 Flaw:そうなんですか?てっきりひとりでも出来るのかと思ってました。どおりで難しいゲームだと思った(苦笑)でも、それって自分がヘタだからって思ってて・・・

 Alphonce:悲しいけど、それが仕様です。特に序盤はそうですよね。軌道に乗るまでが結構大変かもです。孤立無援なのが一番つらい。そういう所・・・かも。

     * * * * *


(この人も、一人で苦労とかしてたのかなぁ……。だからこんなこと……)

 今まであまりゲームそのものや、プレイ効率などについて他人と語ったことがなかった彼女は、ソロプレイヤーにとって必要以上に厳しい環境だったことを初めて認識した。

「じゃあ、PT組むのヤな人はかわいそうじゃん」麗は微妙にむくれ顔になった。


     * * * * *

 Flaw:レベル上げるの疲れたときは、ずっと街でお友達とチャットばっかりしてます。もうチャットだけでもいいやって日もありますよ。最近、なんだかレベル上がるのに時間かかるようになってきたし、お金もないし。

 Alphonce:そっかー。俺もレベル上げ行かないでチャットばっかりしてますよ。上げてないジョブもけっこうあるけど、なんか面倒で。だから、釣りしてたりとか、合成してたりとか。ホントに真面目にレベル上げにも行かないで、毎日プラプラしてます。

     * * * * *


「へー……こんな人いるんだ。めずらしい」

 ……じゃあ、自分もヘンな子じゃない、普通なんだ。

 麗はそう思えて少し嬉しかった。


     * * * * *

 Flaw:レベルこんなに違うのに、あんまり変わらないんですねー(^_^)

 Alphonce:獲物と場所が変わるだけで、本質的には結局どのレベル帯でも同じです(-_-)

 Flaw:そうなんですか?

 Alphonce:……正直このゲーム、何かをするには金や時間やレベルが要りすぎるんですよね。金を稼ぐにはレベルが要り、レベルを稼ぐには金が要り、じゃあ一体どうすりゃいいんだって思うと、あとは時間をかけるしかないときてる。・・・リアルばかりか、こんなところでまで体制批判してもしょうがなかった。・・・すみません。

 Flaw:いえいえwあんまり高レベルの知り合いがいないので、参考になります。でも、商社の方って、みなさんそういう難しいこと考えているんですか?w

 Alphonce:あははw そんなことないですよ。俺がめんどくさい性格なだけでw まぁ、普段こんな調子で釣りしたり、ふらふらしてるだけなんで、インした時に声かけてくれたら、いつでも手伝いますよー(^^)/

     * * * * *


「うっそー! 商社マンさん、やさしーなぁ、ホントに」


     * * * * *

 Flaw:ありがとうございます!でも、めんどくさいってwもしかしてオジサン?

 Alphonce:説教臭いってよく言われますが少なくとも外見的には25才くらいですよw

 Flaw:外見的ってwwwじゃあ、フレンド登録、お願いしていいですか?

 Alphonce:はい、喜んで!

 Flaw:じゃ、ここで落ちます おやすみなさーい

 Alphonce:あーーーー、まったまった! ここじゃだめ。安全な所まで戻らないと、いきなりログインした場所に敵がいたら、また死んじゃうって!

 Flaw:あ・・・そうでしたw

     * * * * *


「あぶないあぶない、よかった、商社マンさんいてくれて」

 ふぅ、と息を吐くと、ログアウトの解除をした。六十秒のカウントダウン中であれば、いつでも解除出来る仕組みだ。


     * * * * *

 Flaw:ふう、危なかった。@三十秒くらいでしたw

 Alphonce:よかった(^_^) 俺が街まで護衛するから、一緒に行きましょう。

 Flaw:かえって迷惑かけてしまって、ごめんなさい(T-T)

 Alphonce:いえいえ。気にしないで。ここじゃみんなそうやって助け合って生きてるんだから

(助け合って生きてる……。まるで――)

 Flaw:まるで、ほんとにここに住んでるみたいに言うんですね

 Alphonce:ああ半分そんなもんですよ。時間的にじゃなくて、気持ち的に、というか。

 Flaw:気持ち的に、ですか?

 Alphonce:あはは、廃人の戯れ言なんで聞き流して下さい。はい、行きますよ!

     * * * * *


 FlawはAlphonceの後にぴったりくっついて、雪道をざくざくと歩き、途中気配を消す魔法などをかけてもらいつつ、巨人や魔法生物などの間をくぐって、街までの洞窟を歩いていった。

 自分一人でこの洞窟を抜けたときは、いつ敵に見つかるかと必死だった。なのに今は全ての脅威を素通りしている。彼女はちょっとした優越感に浸っていた。


     * * * * *

 Flaw:私もね、似たようなこと考えてました

 Alphonce:似たような事って? どんな?

 Flaw:私も『気持ち的に』ここに住んでる、って

     * * * * *


 入院生活で自由の少ない彼女にとって、思うままどこにでも行かれるこの世界は、とても魅力的だった。気が付けば、心が世界に入り込んでいることも少なくなかった。

 聞こえるはずのない川のせせらぎや、踏みしめる枯れ草の感触、草原をわたる風が髪を揺らす感触、湿った霧の立ちこめる森の匂い……。

 どれもリアルではないけれど、自分の意思で見て歩いている場所だからこそ、あると感じられることもあった。


     * * * * *

 Alphonce:え? ・・・それはマズイ傾向かもw 足洗えなくなりますよwww 早く他の楽しみ探すことをオススメします(ォィ)

 Flaw:洗えなくっていいんです。べつに。洗ったって、することないから。

 Alphonce:ま、そういう危険性のある場所だ、ということだけ頭のスミに入れておいてもいいかもな、ってことで。(経験者談)

 Flaw:はーい。センパイw

     * * * * *


 麗の最後の言葉に答えず、彼はそのまま道を急いでいた。実際、街へは僅かな距離を残すだけだったのだ。でもそれが、彼女には少し冷たく感じられた。

「なんか気を悪くするようなこと……言っちゃったかなぁ。明日でもでメッセ流しとこ」

 思いの外早く街に着いて、麗は安心したと同時に、少し寂しい気もしていた。別の誰かと一緒に行動する事自体、彼女にとっては貴重な体験だったからだ。


 洞窟の終点までやってくると、二人は街への入り口をくぐった。画面が暗転し、now loadingの表示が出た。

 ダウンロードを終え、二人は街へと戻ってきた。洞窟と繋がっていたのは「港」と呼ばれるエリアで、ここから周辺各国への定期便が就航している。しかしパスを持たないFlawは、まだこの空を走る定期便に乗ることは出来ず、いつになったら乗れるのだろう、と憧れと諦めの混ざった気持ちで見上げるばかりだった。


 ――やっぱり、自分にはこの街はまぶしすぎる――


     * * * * *

 Flaw:とうちゃーく!

 Alphonce:はーい、おつかれさまでした。そうだ、名前、なんて読むんですか?

 Flaw:フラウでお願いしまーす(^_^) そちらは?

 Alphonce:長いんで、アルでいいです。

 Flaw:今日はどうもありがとう、アルさん。じゃ、おやすみなさーい(^^)/

 >FlawはAlphonceにていねいにお辞儀した

 Alphonce:はーい、おつでした

 >AlphonceはFlawに手を振った

 Alphonce:そうそう、俺が猫至上主義なのは最高機密ですよ。では。

 >Alphonceはニヤリと笑った

     * * * * *


 そう言うと、Alphonceはきびすを返して、再び島へと渡っていった。

「面白い人……」麗はくすりと笑った。

 ふと、廊下の方で足音がした。無論リアルの方である。

 ドアについている小さな窓から、ナースの照らす懐中電灯の明かりが僅かに見える。

「やば、消さないと」

 麗は慌ててベッドの脇の照明を落とし、ノートPCを閉じて布団を被った。


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