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あの日の約束  作者: 華錬
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第1話  君との道

・・・ずっとずっと大好きだったんだよ?


気付いてなかったでしょ?


でも、ずっとずっとあなたのこと見てたんだよ?


なんで、あの時言えなかったのかな?


たった一言だったのに・・・。



第一章  君との道



あたし・・・橘陽菜が初めて彼・・・中岡航に会ったのは、小学校1年生のとき。


名簿順になっている席であたしは彼のとなりになった。


第一印象はまだあたしが幼かったせいもあって・・・色黒。


外国人かと思ったし。


見た目のフインキは、イケてる男の子。いわゆる、クラスに必ずひとつはある男子のイケメングループの一人。


そんな彼に、小学生ながらも好意をもつ女の子は多くて・・・。


いつからかな?あたしもその一人になっていた。


いつの間にか、彼のコトばかり目で追うようになってしまって・・・。


最初は自分でもどこがいいのか分からなかった。


自分自身の恋のはずなのに、分からないことが悔しいと、小学校の高学年になるにつれて少しずつ感じはじめた。


そして、昔から思ったことを行動に移すタイプのあたしは、できる限り彼のそばにいようと思った。


彼のそばにいて、少しでも多く彼のいいところを見つけようと思った。


周りから見れば、変なやり方かもしれない。


でも、幼いあたしにはこういう方法しか思いつかなかったんだ。


それからというもの、彼のそばにいようと決意したあたしの視界には彼の姿が多くなった。


彼と席が隣ということはありがたかった。


授業中でも、少し顔を傾けて口を開けば、彼の声を聞くことができる。


彼と会話することができる。


それだけのことだけれど、その頃のあたしにとってはすごく嬉しかった。


話しかければ、無邪気な笑顔でこっちを見て、自分の話に耳をかたむけてくれる。


そんな彼を見るたびに、あたしは胸の奥がきゅうっと締め付けられるかのような感覚になった。


あたし・・・やっぱり航が好き。


これが恋なんだと、改めて彼への気持ちを認識したのは小学校6年生のときだった。


毎日彼の笑顔を見るために学校に行っているようなものだった。


そんな感じで、あたしと航は、

「あの二人、付き合ってんじゃない?」と噂されるまでの仲良しになった。


あ、ちなみにあたしは自分でいうのもなんだけど、可愛い。


お母さんが美人だからかな?


少し茶色っけがはいったロングヘアを二つ結びにしていて、目が二重で大きく、身長は148センチと小さい。


そんなあたしと、モテててかっこいい航が一緒にいれば、ヤキモチを焼く女の子や男の子も多かっただろう。



たまには友達から冷やかされることもあった。


「ねぇ、お前らどっちから告ったの?」だとか

「結婚式には呼んでね〜♪」だとか。


「そんなんじゃないっつーの。」


航は照れながらも、いつもそうやって同級生の冷やかしをかわしていた。


航は冷やかしに動じることなく、いつも通りあたしと接してくれた。


そんな彼の優しさが嬉しくて・・・頼りになって。


一生この人のそばにいたいと思った。




そんな気持ちのまま、あたしは小学校の卒業式を迎えた。


式が終わった後、友達に声をかけられた。


「ねぇねぇ〜♪陽菜ってさ、この後中岡に告ちゃったりする?」


あたしの顔は一瞬で赤面する。


「ばっ・・・告るわけないじゃん!」


「あ〜、照れてるしっ!陽菜可愛い〜♪」


そんな冷やかしを受けながらも、彼のことを気にしていた。


しかし、何もないまま卒業式は終了。


あ〜あ・・・。


半ばがっかりした気持ちで、帰り道を歩いていた。


今日は一言も話せなかったなぁ・・・。


そんなとき、後ろから自転車のブレーキの音がした。


振り返ると、そこにはまだ制服の・・・航の姿。


「ぃよっ」


驚いて声が出せないあたしに、彼は先に言葉を発した。


「ごめんな、突然」


息を切らしながら、彼は続けた。


「今日で小学校最後なのに、陽菜と一言も話せなかったなって思って・・・そしたら急に話したくなって・・・」


白い息をだしながら、頬には大粒の汗。


こんなに寒いのに、汗かくほど急いできてくれたの?


彼の姿と言葉に、胸が熱くなる。


あたしは自分でも分かるほど赤面した顔を隠すために、顔を下に向けた。


「あたしも・・・話したかった」


それは、彼に聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声。


でも、彼はそんなあたしの声をいつもきちんと聞いてくれる。


「近くの公園入ろっか」


彼に言われたまま、あたしは彼の後をちょこちょこついていく。


彼は公園に着くなり、あたしをベンチに座らせ、ココアを買ってきてくれた。


そんな彼の・・・なにげない優しさが大好き。


「あ、ありがと」


寒さで声があまりでない。


しばらくの沈黙。


あたしは、そんな沈黙に耐え切れず、口を開こうとした。


しかし、先に声を出したのは・・・航だった。


「俺さ・・・お前と今より仲良くなかったころ、すっげぇ学校嫌いでさ・・・」


突然語り始める彼。


戸惑いながらも、あたしはそんな彼の話を黙って聞いていた。


「なんで学校なんか行かなくちゃいけねぇのかなって・・・ずっと思ってて。朝起きるの辛いし、宿題はあるし」


「あはっ、航らしいね」


「うるせー」


あたしの言葉を笑いながら返す彼。


「それで、席が隣のお前がすっげぇいっぱい話しかけてくれて・・・嬉しかった」


ドキンと跳ね上がるあたしの心臓。


「そっから俺・・・お前と話すために・・・お前の笑顔見るために学校行ってるようなもんだったし」


なぜだか分からないけど、下まぶたが濡れていく。


そして彼は最後にこう言った。


「陽菜、ありがとな」


その言葉であたしは我慢できなくなり、頬に大粒の涙を流す。


「えっ・・・」


驚いた彼は、あわててる。


「ごめんっ、俺・・・なんかした?」


声がでないあたしは、首を激しく横に振った。


「・・・ちがっ・・ぅの・・・。うれ・・・しくて・・・あたしの・・・ほうがありが・・とぅ・・・なのに」


涙と鼻水が邪魔して上手く声が出せないあたしを見て、彼は

クスクスと笑っている。


「んなことねぇよ。俺のほうが何倍も世話になったし」


「ぅぅん、あたしのほうが・・・」


やっとだせるようになってきた声。


「だから、俺のほうが・・・」


「ぅぅん、あたしっ」


「おーれ!」


「あーたーしっ」


いつのまにか口論になっていた。


「だーー、俺だっつってんだろ!」


「あたしっていってんじゃん!」


「だぁから、俺だって・・・ぷっ」


航の吹き出しをきっかけに、二人には笑いが広がっていく。


「あははっ、航、顔真っ赤でおサルさんみたーいっ」


「お前なんか、チンパンジーだっ」


「あー、ひどっ!」


「はは、うそうそ」


こんな他愛のない会話をしながら、時間はゆっくりと過ぎていった。


気がつけば、もう空は薄暗い。


「そろそろ帰っか。送ってくし」


「あー、いいよ!大丈夫!」


航の誘いを軽く断った。


しかし、航は

「送るのが男の義務だろー」と言い、半ば強制的に、あたしを自転車の後ろに乗せた。


公園から家までの距離は近く・・・5分ほど。


そのたった5分の間だったけれど、その間彼の腰に回してる自分の手に・・・意識が集中してしまって。


あたしの顔は赤くなるばかり。


家に着くと、赤面した自分の顔を隠すためにうつむきながら


「ありがとぅ」


そういって、あたしは自転車の後ろから降りた。


航は、なにか言いたげな顔。


「・・・何?」


おそるおそる聞いてみると、航は顔をクシャっとくずして、笑顔になった。


「中学でもよろしくな!」


「こちらこそ、よろしくね〜」


航が見せる笑顔に、自然とこっちも笑顔になる。


「じゃーなっ!」


航は自転車に乗り、手を振りながら去っていく。


「ばいばいっ」


こっちも手を振りかえした。


航が見えなくなると、家のなかに入り、体のしんまで冷えきった体を温めるために、風呂へと向かう。


今日は幸せな日だったなぁ〜。


自然と顔がにやける。


「やばっ!これじゃぁ、あたし変態じゃんっ」


自分でツッコミを入れ、風呂に入った。


ご飯を食べ終え、自分の部屋にあがるとさっそく卒業アルバムを開いた。


そこには、幸せそうに笑っている自分と・・・航。


陽菜は今日一日を思い返し、再び顔がにやけた。


その日は寝るまで、ずっと卒業アルバムを眺めていた。




短い春休みを終え、明日は中学の入学式という日の夜―。


緊張でなかなか眠れなかった。


でも、明日やっと航に会えると思うと、今度は緊張ではなくワクワクで眠れなくなった。


だって、あの卒業式の日以来だもん。


早く会いたい。


興奮して、眠れない夜だった。  


しかし、どんな夜でも朝はくる。


のそのそと起き、忙しそうに台所で朝ごはんとお弁当を作っているお母さんと、テーブルに新聞を広げて食後のコーヒーを飲んでいるお父さんがいるのはいつものこと。


そんなお母さんとお父さんを横目に、小さな声で

「おはよ」といって、テーブルにつき、もぎゅもぎゅと朝ごはんを口につめこむ。


大変なのは、こっから。


ごはんを食べるのが遅いあたしは、食べ終わってからダッシュで洗面所へと向かう。


顔を洗い、歯を磨いて髪の毛を結ぶ。


そんなテンポで進み、やっと支度が終わったかと思えば、もう行かなければ遅刻してしまう時間。


玄関から大声で

「いってきます!!」と言い、学校までダッシュ。


あたしの朝はいつもこんな感じ。



学校に着き、入学式を目前に緊張でカチコチになっていたあたしは、小学校からの親友・・・浅田りさに声をかけられ、振り向いた。


「あはっ、陽菜が緊張してるところなんて初めて見たっ」


そう陽気に話しかけてくる彼女は、あたしと違って長身でショートカットの笑顔が可愛い女の子。


小学校のころはりさとよく一緒にいた。


「そりゃあたしだって人間なんだし、緊張くらいするからぁ」


引きつった笑顔でりさを見るあたしに、

彼女は優しく微笑んだ。


「クラス一緒だといいね!」


そう言って彼女はどこかへ走り去っていった。


再び一人になったあたしは、りさと話していたことで忘れていた緊張と不安を思い出した。


また心の中が興奮していく。


まるでジェットコースターが嫌いな母親がジェットコースター好きの子供に手を引っ張られ、渋々行列に並ぶときの不安さのよう。


そんなとき、あたしの近くに一人の女の子が近寄ってきた。


「ねぇねぇ〜♪」


高い声を掛けられ、振り向くと、そこに立っていたのは派手な身なりをした女の子。


この子には絶対

「ギャル」の三文字が似合ってるなと思うほど。


「はい?」


急に声を掛けられ、びっくりしたあたしはこんな返事しか返せなかった。


「あなた、可愛いね〜♪何小出身??」


そう聞かれ、あたしは彼女に聞こえないように小さなため息をだした。


朝から、これに似た言葉を言われっぱなし。


声をかけられたかと思えば、

「可愛いね〜」だとか

「何小出身??」とか

「メアド交換しない??」だとか。


もういいからって感じ。


「あ、M小です」


「M小かぁ〜♪ちなみに、あたしはS小だょ★」


「へぇ・・・」


やたらテンションが高い彼女についていけず、曖昧な返事しか返せない。


「あ、ごめんね!!いきなり話しかけて。名前いってなかったよね♪」


いや、そういう訳じゃないんですけど・・・。


あたしは喉にまできた言葉をつばと一緒に飲み込んだ。


「あたしの名前は黄桜美里。あなたは?」


勝手に自己紹介をされ、さらに自分にも勧められたあたしは、戸惑いながらも声をふりしぼった。


「橘陽菜だよ」


「陽菜ちゃんかぁ〜♪顔にあってて可愛い名前だね!!」


「あ、どーも・・・」


そんなこんなで数十分くらい彼女と話していた。


段々彼女と話すことに慣れてきたあたしは、少しずつテンションが上がっていく。


そんなとき、これから入学式が始まることを告げるアナウンスが入った。


「あ、始まっちゃう。また後でね、陽菜ちゃん」


もう少し彼女と話していたいと思ったけど、こればかりはしょうがない。


「うん。ばいばいっ」


走り去っていく彼女に手を振りながら別れを告げた。



いよいよ入学式が始まる。


緊張してるけど、ワクワクもある。


「えー、それではこれから平成R年度一年生入学式を始めます。」


この学校の教頭先生思われる先生が開会の言葉を告げる。


心臓がドクン、ドクンとうなる。


やっぱり緊張してきたー。


まだぎこちないブレザーでおおわれているあたしの体は段々と熱くなり、手に汗もかきはじめた。


それでも、必死に校長先生の長い話を頭に入れる。


この後なにすんのかな?


クラス発表かな?


それとも体操着とか配られるのかな?


色々と考えているうちに、式は進んでいく。


「えー、続いて新入生代表の挨拶です」


・・・誰かな?


ちょっと興味がわいた。


だって、小学校の頃の先生が今年の新入生代表の挨拶はうちの学校からでるっていってたから。


けっこう背の高い男の子がステージの階段をゆっくりと上っていく。


明らかに緊張している様子が伝わってくる。


だって、階段一段ずつ足そろえて上ってるし。


階段を上り終え、マイクへと向かっていく彼の横顔で、あたしは誰だか分かった。


・・・航だ。


久しぶりに見た彼の顔はあたしにとって輝いて見えた。


だって、春休み中ずっと会えなかったんだもん。


会いたかったよ。


あたしは久しぶりに見た彼をうっとりを眺めていた。


そしてあの日のことを思い出す。


「新入生代表の挨拶。中岡航君」


「はい」


久しぶりに聞いた、彼の声。


胸がきゅんとなる。


あたしは発表の内容は聞かず、目を閉じて彼の声だけを静かに聴いていた。


式に飽きてきた数名の男子がひそひそ話を始めるが、あたしは迷わず彼の声だけを聴いていた。




式が終わり、小学校時代の友達とかたまって話していると、後ろから声を掛けられた。


今日、知らない人に声をかけられるの何回目だろ・・・?


そんなことを思いながら振り向くと、そこにはさっき話していた、美里の姿があった。


「あ・・・」


驚いて声がだせなかったあたしに、先に美里が声をだす。


「陽菜ちゃん、入学式お疲れ!!」


「うん。退屈だったねぇ」


・・・本当は退屈などではなかった。


航の声が聴けて、嬉しかった。


そんなあたしに構わず、美里は話を続ける。


「あ、そーだ。陽菜ちゃんは入る部活とか決めてる?」


突然質問を投げかけられ、少し戸惑ったが、答えは決まっていた。


「うん、バスケ部入るつもり」


バスケは、小学校2年生の頃からずっと続けている。


もう5年目だから、そこらへんにいる人よりかは遥かに上手いはずだ。


一応、小学校のころにいたクラブチームでは4番かついでたし。


身長はちっちゃいが、その小ささを逆に生かしてバスケをやってきた。


「へぇ、バスケかぁ♪いいな、楽しそう!!」


「美里ちゃんも入ればいいじゃん?」


あたしはさりげなく美里をバスケ部へと誘った。


やっぱりバスケをやる仲間は、多いほうが楽しいし、嬉しいもんだ。




しかし、かえってきた返事は予想外のものだった。


「ううん、あたしはテニス部入るって決めてるのだ〜♪」


「そっかぁ・・・」


ちょっと残念。


最初に話したとき、けっこう気の合う子だなって思ってたから。


まぁ、バスケ部なんて人気だからいっぱい入ってくるかな?


「ごめんね、陽菜ちゃん」


「ううん、気にしないで。テニス部かぁ〜、かっこいいね♪」


美里を落ち込ませてはいけないと、必死にごまかした。


「そう?ありがとね☆バスケ部もかっこいいよ!」


「ありがと〜、美里ちゃん」


「美里でいいよ!」


明るい彼女の声。


「あ、じゃあ、あたしも陽菜で!」


「OK♪」


すると、向こうから美里の友達らしき人が美里を呼んでいる。


「あー、今行く!!」


美里は振り向き、そっちのほうを見て叫んだ。


「ごめんね、陽菜。また後でね!!」


「ぅん、ばいばーい」


美里は友達のほうへ走っていった。


そして、アナウンスが入る。


「えー、新入生のみなさんは、生徒玄関前にクラス発表の紙が掲示されています。クラスが分かった人からそのクラスに入り、待機していてください」


みんながザワザワしはじめる。


いろんなところから

「彼氏とクラス一緒って願ぉー♪」とか

「あいつと一緒だったら最悪ー」とか言う声が聞こえてくる。


そんな声を聞きながら、あたしは航のことを想った。


航と一緒だったら楽しいだろうな。


ひそかに神様にお願いした。


航とクラスが一緒になれますように・・・。


そして、りさと生徒玄関前に向かう。


じーっとクラス発表の紙を見つめ、ひたすら自分と航の名前を探す。


「あ・・・あった。あたしの名前あったぁ。・・・5組だぁ」


先に声をだしたのは隣にいるりさ。


「マジ?あたしの名前がない〜」


「んなことないって!あたしも一緒に探してあげるよ」


りさに励まされ、またクラス発表の紙を見つめる。


「あっ、あった!っと・・・2組だ」


「・・・離れちゃったね」


隣から聞こえてくるりさの声。


「うん・・・」


確率が8分の1だっただけにあまり期待はしてなかった。


それでも、小学校6年間ずっと一緒にいたりさと離れるのはやっぱり辛い。


「でも、まあまあ近いし!!」


りさは必死にあたしを慰める。


「・・・そだね。クラス離れても友達だよ?」


りさに問いかけるあたし。


「当たり前じゃん!」


りさはいつもと変わらぬ笑顔でそういってくれた。


その笑顔が、あたしに妙に安心感を与えてくれる。


「うん!」


そして、りさと別れ、2組の教室のドアの前に立った。


一回大きく深呼吸して、ガラガラとドアをあける。


すでに席に座っていた生徒達の視線が痛い。


どこからか、

「すっげぇ可愛い子!」という声が聞こえた。


そりゃどーも。


もう聞き飽きたけどね。


自分の名前が貼ってある机へと向かう。


隣を見れば、顔の整ったきれいな黒髪の男の子。


うわぁ・・・。


思わず見とれてしまった。


彼は、そんなあたしの視線に気づいたのか、チラチラとこっちを見てくる。


やばっと思い、さっと目をそらす。


そんなあたしを見た彼は、なぜかクスクスと笑っている。


何??  この人?


ちょっとムスッっとした顔でそっぱを向いた。


チラっと隣を見れば、彼は小さくちぎったような紙に何か書いている。


何書いてんだろ?


気になり、覗こうとしても見えそうで見えない。まぁ、いいや。


再びそっぽを向き、外を眺めていた。


あたしの視界に少しだけ入っている数人の男子。


なにかこそこそと話をしている。


耳を澄ませて見れば、聞こえてくる会話。


「なぁ、あの子、可愛くね?」


「俺、めっちゃタイプなんだけど!」


「あ、今目ぇあった!」


「はぁ?お前ずるっ!」


「あのロングのサラサラヘア、マヂよくね?」


はぁ・・・。そりゃ可愛いと思ってくれることは嬉しいけど、今日何回目??


小さくため息をつき、視線と机へと向ければ、小さくおってある紙がのっている。


何だろ?これ。


中を覗けば、

”君の隣の人だよ。君、可愛いね!名前なんていうの?ちなみに俺は、斉藤将人。よろしくな。返事くれよ?”


・・・もぉいいですって感じ。


本当に何回目だよー!!


そんなことを思いながらも返事を書いた。


”それはどーも。あたしの名前は橘陽菜です。隣どうしよろしくね。”


あまり気が乗らなかったが、渋々彼へと渡す。


それを見た彼は、子供みたいな笑顔でこっちを見てくる。


そのとき、思ったんだ。


・・・この人、航に似てる。


しぐさも笑顔も。そして思い出した。


航は何組なんだろ??


りさと離れてしまったことがショックで、すっかり忘れていた。


クラスを見渡せば、航の姿はない。


同じクラスになれなかったかぁ・・・。


まぁ、りさの時と同様、8分の1だもんね。


しょうがないか。


自分のなかでけじめとつけていると、また隣の人―斉藤将人からの小さな手紙。


”なんて呼べばいい?俺は将人で!あと、メアド交換しねぇ?”


あー・・・めんどくさ。


そう思いながらも返事を書く。


”んとじゃあ・・・陽菜で。メアドは○○△△@docomo.ne.jpだょ”

正直、知らない人に下の名前で呼ばれるのは好きじゃない。


けど、相手が航に似てたから・・・なんて思ってしまって。そしてまた彼に渡す。


彼からの返事は早かった。


あたしが渡して30秒後くらい。


内容は、

”サンキュー♪俺のメアドは××××@docomo.ne.jpだからっ”


そんな彼の手紙を見ていると、教室のドアが開き、先生が入ってきた。


きっとこのクラスの担任なんだろう。


中年のおばさんって感じの人で、歳は40〜45くらいかな?  優しそうな顔をして、身長はそんなに高くない。


「N中学校新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私は、1年2組担任の滝沢唯子といいます。よろしくね。」


顔にあった優しい声であたし達の緊張をほぐそうとしてくれている様子が伝わってくる。


先生の中には、恐い先生だとか、変わってる先生だとか色々いるけど・・・どうやらあたし達の先生は”当たり”だったみたい。



色々と学校の規則だとか行事だとかの長い話が終わると先生が教卓の前にでて手を合わせる。


「それじゃみなさん、同じ2組の仲間ということで、自己紹介しましょう!」


・・・きた。


あたし・・・自己紹介とか・・・超苦手なんだよね。


陽菜は小さくため息をつき、顔を上げた。


「それじゃ、名簿順に・・・相川君からね」


あ・・・か・・・さ・・・。


もうすぐ、た行が回ってくる。


う〜・・・我ながら情けないけど、緊張しまくり。


「・・・それじゃ次、橘さん」


・・・きたし。


重い腰を上げ、ゆっくりと前へと歩いていく。


前につき、振り返ればクラスメートの顔がずらりと並んでいる。


ぅわ・・・。


緊張しながらも声を絞り出す。


「・・・ぇっと・・・特技は・・・陽菜です。あ・・・橘。バスケ・・・です。」


緊張のあまり、順序がバラバラになってしまった。


みんなはクスクスと笑っている。


「あの子可愛い〜♪緊張してんのかなぁ??」


「あの子、カチカチだな」


自分でも分かるくらい、顔が真っ赤になっていく。


足早に自分の席へと

戻ると、机に顔を伏せた。


そんな真っ赤な陽菜を見て、隣の将人はクスクスと笑っていた。


「陽菜・・・面白すぎっ」


笑いとこらえきれず、おなかを押さえて笑う彼。


「しょっ・・・しょうがないじゃん!こういうの苦手なんだからさぁ・・・」


半ば涙目になっている陽菜を見て、将人は陽菜も耳もとで囁いた。


「陽菜、可愛ぃっ♪」


「ぅっさいなぁ・・・そんなこと思ってんの将人だけだよ!」


照れ隠しに彼を軽くたたき・・・二人で笑った。






全員自己紹介が終わり・・・短い休み時間に入った。


陽菜は真っ先に5組へと向かおうとして足を進めようとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「陽〜菜〜♪」


その声の主は・・・なんと美里だった。


「美里・・・??ぅっそぉ、同じクラスだったのぉ??」


驚きを隠しきれない陽菜を美里はクスクスを笑う。


「自己紹介のとき、あたしいたじゃん。あたし、そんなに影薄い??」


「ぃや・・・そういうわけじゃないんだけど・・・なんかもう・・・自分のことで頭いっぱいで」


苦笑いする陽菜。


その後も美里と数十分話していた。


5組へいくことや、航を探しにいくことなど忘れて・・・。


次の時間が始まることを告げるチャイムが鳴った。


「あ、戻んなきゃ。また後でねー」


「うん、後でー」


軽くあいさつを交わし、席へと着く。


先生がなかなか来ない間、あたしは周りの男子に声を掛けられていた。


「陽菜ちゃん?だっけぇ? 何小から来たの〜?」


「バスケ得意なんでしょー??俺もバスケ部入るつもりだから、今度一緒にやろーよ」


「あ・・・はぁ」


男子の高いテンションにはついていけないと悟った陽菜は、将人のほうを見る。


「ねーねー、将人は何部入るの?」


「俺ー??サッカー部だしっ」


そういって、素直な笑顔を向けてくる。


・・・やっぱり似てる。


笑うタイミングも、何気ない言葉遣いも。


「陽菜バスケだっけ〜。サッカー部のマネージャーにこいよ」


そういって明るく誘いかけてくる彼。

「や〜だよっ。あたしはバスケが恋人だもん〜」


「うわー、こいつ色気ねぇな」


「うっさい!バカ将人!」


出会って数時間しかたってないのに、もう口喧嘩をできるような仲になっている。


陽菜は・・・そんな彼との関係を楽しく思っていた。


しかし、陽菜は彼が自分とは違う瞳で自分を見ていることに・・・このときはまだ気がつけなかった。

第二章  すれ違う想い




中学校生活にも大分慣れてきたころ。


あたしは2組の女子とも仲良くなることができ、いつも美里と行動していた。


りさのことは心配だったが、前、5組の教室にいったとき、もう新しい友達ができ、楽しそうに笑ってる彼女を見て・・・安心した。


それからというもの・・・今はすごく楽しい学校生活を送っている。


そしてあれから、航のことを探していると6組だということが分かった。


やっぱり離れてしまったことはショックで。


数週間、立ち直れなかったが、美里やりさに励まされ元気を取り戻した。


将人は相変わらずで・・・口は悪いし、ちょっかいはだしてくるし・・・。


でも、迷惑には思ってない。


逆に、楽しいとまで思ってる。


いやなことがあっても、将人と口喧嘩をすると忘れられる。


陽菜はそんな将人の存在を大切にしていた。入学から数ヵ月たったころ―。


「これから、一週間後に行われる『ふれあい教室』についての計画を立てます」


滝沢先生はすごく楽しそう。


「それでは班ごとに役割分担を決めてねー。決まった班から今日は終わり!」


席が隣な将人とは当然一緒の班のわけで。


「あー、かったりー」


だるそうな将人の声。


「将人君、ちゃんとして」


班のメンバーの一人の女子に声を掛けられ、将人はさらにだるそうな声をだす。


「つーかさぁ、そっちで勝手に決めといてくんね?俺、早く部活いきてーし」


「将人、ちゃんとしなよ」


「・・・分ぁったよ」


将人は何故かあたしのいうことは聞いてくれる。


そんなことから周りの女の子からは


「斉藤ってさー、絶対陽菜のこと好きだと思うんだよねー♪」


「そのうち告られるとか?」


なんて言われてる。


そのたびあたしは


「そんなことありえないよー」


って言ってかわしてる。


だって、あたしが好きなのは・・・。


決まってる。


あの人以外なんて、今のあたしには考えられない。


「じゃあ、役割分担だけどー」


とやかく考えてるうちに、話は進んでいた。


「はいはいっ!あたし、炊事係やりたいっ」


勢いよとびだす陽菜。


実は、あたしは料理得意。


小さいころからお母さんに教えてもらっていて、今なら一家の夕食くらい簡単に作れちゃうくらいの腕前。


机に身を乗り出している陽菜を見て、将人はクスクス笑ってる。


「んじゃ、俺もー」


「それじゃ、炊事係は陽菜ちゃんと将人君で」


「えー、将人とぉ??」


「んだよ、文句あるなら言えよ」


「ありすぎて言い切れない〜」


「んだと、この不器用!」


「あー、そういうこというわけ?!いいよーだっ、バカ将人!」


いつもこんな感じ。


あたし達の場合は喧嘩というより・・・ジャレ合ってるって言葉のほうが似合ってるかも。まぁ・・・楽しいし。


「それじゃ、これで今日は終わりです。解散してください」


「ふれあい教室」の計画立てが終わり、元気のいい男子は教室を飛び出し、部活へと一直線。


陽菜も女子ながらそのなかの一人。


美里に軽く別れを告げ、教室からでる。


あたしが急いで教室をでるのは、早く部活に行きたいからだけじゃない。


ときどき見える・・・彼が部活へ行く姿。


今日は・・・間に合うかなっ。


息を切らしながら6組のほうへと向かっていると、後ろから声を掛けられた。


急いでんのにっ・・・。


誰だよー?


そんなことを思いながらも、お人好しの陽菜は無視できない。


振り向くとそこにいたのは・・・将人。



「陽菜っ、部室まで競争なっ」


突然の彼からの勝負の申し込み。


「はぁ?・・・っつか、バスケ部のほうが部室遠いからっ!」


そんなことを言っている間に、彼はもう走り出している。


「あっ、ずるっ!フライングだしーっ」


彼と二人で笑いながら、廊下を駆け抜ける。


そう、航のことを忘れて・・・。


将人との楽しい時を過ごしている陽菜はこのとき寂しいそうな瞳で自分のことを見つめている彼に・・・気づかなかった。







陽菜は部室につき、先輩にあいさつする。


「陽菜ちゃん、今日はアップすんだらAコートに入って。フォーメーションの練習するから」


「あ、はい!」


小2からバスケ一筋だったあたしは、やっぱり他の子より上手いわけで。


そんな陽菜を感心して見習おうとすう部員もいれば・・・自分たちがでれない悔しさを陽菜にぶつけてくる部員もいる。


まぁ・・・そんなの気にしてないけど。


やっぱ、勝負の世界っしょ。


長年バスケの世界にいる陽菜は、こういうことも慣れっこ。


何より、自分がやりたいからバスケしてるわけだし。


人のことなんか、考えてらんないし。


とやかく考えてるうちに先輩から声がかかる。


「陽菜、アップして!すぐ入るよ!」


「はい!」


部活の楽しい時間は・・・あっという間に終わってしまう。部活が終わり、校門をでて帰ろうとすると・・・。


「陽菜っ」


声を掛けられた。


・・・また将人。


「将人っ!どぅしたの??サッカー部終わったの?」


大きいスポーツバックをもっている彼に問いかける。


「ああ、終わって暇だったから、陽菜のことからかってやろうと思ってまってたし」


いつもと同じ、意地悪な口調の彼。


「はぁ?からかうって何よ?」


「いや、お前からかってると楽しいし・・・可愛いし」


彼の何気ない一言に少しドキッとする。


・・・最近、将人の姿や言葉にドキドキすることが多くなった。


まぁ・・・航に似てるからだよね・・・。


陽菜はそんなに深く考えてはいなかった。


彼の気持ちにも気付けずに・・・。




翌朝―。


いつものようにのそのそと起き、携帯を見れば、受信箱にメールが・・・3件。


誰だし・・・。


こんな朝っぱらから。


名前を見れば、いつも

「おはよう」メールを送ってくる将人と・・・朝練で先に行くことを告げる、りさのメール。


そしてもう一人は―。


陽菜はその名前を見て飛び起きた。


ここ数ヶ月、画面に表示されなかった名前。


メールをしても・・・返信がなかなか帰ってこなかった。


そのメールには、こう書いてあった。


”久しぶり。あんま返信できなくてごめんな。つかさ、陽菜、最近2組の男子と仲いいよなー。あいつ・・・誰?”


ドキッっとさせるような内容。


その送信者は・・・航だった。久しぶりの彼からのメール。


嬉しくて・・・嬉しくて。


陽菜はパジャマを着替えることも忘れ、ベットの上で正座しながら、内容をすばやく打ち込む。


”メールありがとう。将人のこと?男友達だよ”


カチッ。


送信ボタンを力強く押す。


早く返信こないかなぁ・・・。


そんな陽菜の期待に合わせるかのように、彼からの返信は早かった。


”そっか。あのさ、今日一緒に学校行かねぇ?どうせ、浅田、朝練だろ?”


え・・・ぇええぇっ?!


マジで・・・。


突然の彼からの誘いに頭がついていかない。


だって・・・一緒に登校するのなんか初めてだし・・・。


でも・・・ただ単純に嬉しくて。


浮かれていた陽菜は、いつもとは違う彼の行動をあまり深く考えてはいなかった。




「ごめんっ!まった?」


寝坊した上に航とメールしていた陽菜は、案の定遅刻。


髪の毛を軽く結んで、慌ててでてきたために制服の着こなしはボロボロ。


そんな陽菜を見て、彼はクスクスと笑う。


「大丈夫。今きたとこだし」


こんなに遅刻したんだから、今きたわけないのに・・・。


何気ない彼の優しさは・・・変わっていなかった。


そのことがただ嬉しい。


いつも通っている道なのに、隣に航がいるかいないかだけで・・・こんなに景色が違って見える。


そもそも、男女が一緒に登校するということは、自分自身恥ずかしい行為であり、

周りの人から誤解を招く行為でもある。


道行く生徒に何回も冷やかされた。


「えっ?あの二人、付き合ってたの?!」


「航君と陽菜ちゃんかぁ〜。なんかお似合いっ!」


「はぁ〜??何あの女っ!あたし航狙ってたのにっ」


やっぱ航って中学入ってもモテてるんだぁ。


ちょっと感心。


いつも短く思える道を今日はとても長く感じた。


校門についたとき、前には・・・将人がいた。


「陽菜っ、おはよっ・・・ってその男誰?」


陽菜はそのときの将人の冷たい瞳を見逃さなかった。


「え?あ、小学校から一緒の・・・航だよ」


なんか悪いことしたかな?


将人怒ってる・・・?


「おはよーございまーす」


何故か挑発的な航に対する将人の挨拶。


航はムッとする。


「つか、アンタそのロンゲ校則違反じゃね?」


言い返す航。


「はっ?校則なんて守ってられっかよ!」


なんか・・・ヤバイ?


陽菜は必死に間に入って止めようとしたが、身長が高い二人に対して、チビな陽菜が敵うはずもない。


「ちょっ・・・ちょっと!やめなよ!どうしたの?!」


陽菜の言葉に耳を傾けず、二人の言い合いは段々とエスカレートしていく。



「大体さぁ、陽菜にちょっかいださないでもらえます?陽菜は今、俺と仲良くしてんの」


制服のポケットに手をつっこみ、あごを上げて航を睨む将人。


「あぁ?てめぇこそ陽菜なんて気安く呼んでんじゃねぇよ!」


航は将人の胸ぐらをつかみ、殴りかかる。


「やめてよ!」


陽菜の叫び声もむなしく、航の右ストレートは将人の顔面に直撃・・・かと思ったが


それを軽やかにかわす将人。


「んな大ぶりじゃ、当たんねぇよ」


「うっせぇんだよ!タコ!」


そんななか、次第にギャラリーが集まってくる。


「何々?ケンカ?!」


「将人君と航君じゃん!」


ざわつく周囲。


そんなとき・・・。


「コラ!何やってんだ、そこ!!」


生活指導の”恐い”と有名な江口先生の登場。


「・・・てめぇら、職員室こいや」


・・・三人は沈黙。


その後、一時間ほどガミガミと叱られた三人は、それぞれの教室へと戻る。


廊下を歩いてる間、陽菜は二人に問いかけた。


「二人とも・・・なんであんなことになったの?」


二人は答えない。


「ねぇ、答えてよ。何かいってくれないと・・・分かんないじゃん・・・」


涙目の陽菜。


そんな陽菜を見て、航はため息をつく。


「ごめんな・・・ついカッとなって」


そういって陽菜の頭を優しくなでる。陽菜はチラッと将人を見た。


将人は何かいいたげな瞳で陽菜を見つめている。


「将人・・・」


彼の名前を呼ぶと、彼は顔を上げ、ニカッと歯をだして笑った。


「陽菜、今日はごめんな!そっちの連れのやつも悪かった!・・・俺、先教室戻ってら」


寂しそうな顔。



ねぇ、将人。


どうして・・・そんな顔するの?


あたし、分かんないよ・・・。


将人が分かんない・・・。


教室へ戻ると、将人は先に席についている。


そっと隣に座り、彼の顔を覗き込む。

将人は・・・とっても複雑な顔。


悔しいような・・・悲しいような。


陽菜はその顔を見て、なんだか胸が苦しくなった。



「将人・・・」


か細い声で彼の名前を呼ぶ。


将人は・・・口を開かない。


「あの・・・今日はごめんね。航は・・・昔から喧嘩早くて・・・」


必死に話を続けようとするあたしに将人は顔を上げた。


「わり・・・俺・・・トイレ行ってくるわ」


そう言い、その場を立ち去る彼。


そんな彼の後ろ姿を、陽菜は黙って見つめていた。



その日から、あたしは将人に避けられるようになった。


周りからは


「喧嘩でもしたの?」


と言われるくらいに。


席が隣なだけに、どうしても気まずくなってしまう。


話しかけても・・・そっけなく返されるだけで。陽菜は迷った結果、将人のことはしばらくそっとしておこうと思った。


今思えば、この決断は間違えだったのかもしれない。


あれから、将人との距離は一気に開き、必要以上には会話しない仲になってしまった。


航とも、あれからはメールするものの、なにかシックリこない。


なんで、こんなことになっちゃったのかな・・・。


陽菜の頭には、あの日のことと後悔しか残ってない。


航・・・将人・・・。


航は小学校のころからずっと気になる存在だった。


でも、将人は・・・将人は、知り合って数ヶ月。


なのに・・・なんでこんなに気になるのかな?


この数ヶ月間で、陽菜の中で将人はすごく大きな存在となっていた。


もう、遅いよね。


陽菜は下まぶたに潤いを感じる。


なんで、こんなことになっちゃったのかな?


何がいけなかったのかな?


考えても考えても、答えは見つからない。


ねぇ・・・どうして・・・?






第三章  揺れる恋心




「・・菜・・・。陽菜!」


「ほぇっ?」


いきなり声を掛けられたかのような感覚になり、ぎこちない声をだす。


「もぉ〜、人の話聞いてる?最近、陽菜変だよ?」


「あ・・・ごめん」


美里の話を聞いていなかったことを認め、低い声で謝る。


将人と話さなくなって以来、全然学校が楽しいと思えない。


将人がいたから、あんなに学校が楽しかったんだなぁって最近思う。「はぁ・・・」


大きくため息をつき、体育の授業のため体育館に向かう。


体育でバスケをしているときでさえ、将人のことを考えてしまう。


女子のコートと反対側の男子のコートでは、男子の声援が聞こえる。


「いけー!」


「シュート!!」


「っしゃー!」


そんな声援をうけながら、将人は体育館のど真ん中を走り抜けてる。


将人・・・。


彼の姿を見るたび、胸がきゅんとしてしまう。


「っしゃー!将人、ナイッシュー!!」


将人、サッカー部のくせして上手いじゃん。


彼の軽やかな動きは、見るものを吸い寄せる。


将人ぉ・・・。


鼻先がツーンとなり、今にも泣き出したくなるかのような感覚に襲われる。


我慢できなくなった陽菜は、その場と立ち上がり、男子コートのほうへと向かう。


試合を終えて、息を切らしながら仲間と笑い合っている彼に向かって、大声で叫んだ。


「将人っ!!・・・ちょっときて・・・」「え・・・」



彼は驚きを隠しきれない様子。


周りの男子は冷やかし始める。


「あれ〜?これから告白タイムッ!?」


「あっつい、あっつい。今日ってこんなに熱かったっけぇ?」


「・・・うっせぇよ」


将人は低い声でそうつぶやき、陽菜のもとへ駆け寄った。


「・・・何?今、忙しいんだけど」


冷たく言い放つ彼。


でも、陽菜も強気。


もう・・・ウジウジしてるのはやだ。


はっきり・・・ケリつけるよ。


「今日の放課後・・・教室きて」「・・・分かった」


低い声でそう言い残し、何もなかったかのように去っていった。


冷たくされたって・・いい。


けじめつけたいから。


陽菜はなんともいえない気持ちで・・・放課後を迎えた。


ガラッ。


誰もいない教室に鳴り響く・・・ドアが開く音。


「将人・・・」


こうやって、彼と1対1で話すのは、何ヶ月ぶりだろう?


久しぶりにまじまじ

と見た彼の姿が・・・妙に目にしみる。


「・・・何?」


そうボソリとつぶやく彼。


「話したいことがあるの」


冷たい彼の瞳に耐えながら、陽菜は必死に話を続ける。


「なんで・・・冷たくするの・・・?」


目がぼやけて見えなくなりつつある。


「あたしはっ・・・将人がいたから・・・学校楽しかったんだよ・・・?」


震えている自分の声が恥ずかしい。


顔をうつむいたままで、彼が今、どんな表情をしているのかは見えない。


「あたし・・・将人にすごく甘えてたのかも・・・」


しょっぱい涙が、頬に一筋の線を描いていく。


「将人といれて・・・楽しかった。イヤなこと・・・忘れられてたし」


すでに泣きじゃくっている陽菜。


自分が言おうと思っていたことさえ・・・忘れてしまう。


「将人と離れたく・・・ないよ・・・ずっと・・・そばに・・・いて・・よ」


耳まで真っ赤にし、泣き崩れる陽菜。


将人は、さっきとは違う優しい声で陽菜に話しかける。


「・・・ごめんな」


その彼の一言で、一気に涙が溢れ出す。


「俺・・・変な意地張ってたのかも。・・・陽菜の幼なじみの男・・・いるじゃん?あいつに・・・負けたくないって」


航のこと。


今、航にこの場面を見られたら・・・どんな風になっちゃうのかな?


「陽菜・・・ごめんな。俺、陽菜が辛い思いしてんの知ってて、シカトしてた。・・・マジ、最低だよな」


そういって、泣き続ける陽菜の頭を優しくなでる。


温かい・・・優しい大きな手。


その手は、陽菜に安心を与えてくれる。

そのとき、分かったんだ。


今、陽菜がそばにいてほしいのは・・・

「陽菜」って優しい声で名前を呼んでほしいのは・・・航じゃない。


目の前にいる・・・将人だって。


泣きやみたいが、この涙を止める術を知らない陽菜。


「陽菜・・・俺な・・・」


耳の鼓膜の奥までも届く、温もりのある声。


「陽菜のこと・・・好きだわ。ずっと前から、気づいてたのに・・・恥ずくて、言えなかった。マジ、男じゃねぇな、俺」


そういって苦笑いする彼。


「陽菜が、あの幼なじみの男のこと想ってんの・・・分かってるから」


止まりかけた涙が・・・また下まぶたを濡らしていく。


「俺が・・・忘れさせてやるから。」


力強い言葉と瞳。


「俺んとこ・・・こいよ」


陽菜は混乱していた。


将人のところには・・・行きたい。


けど、行ってしまったら、航を傷つけてしまう気がして・・・もう二度と、航に逢えない気がして。


そりゃ、あたしたちは付き合ってたわけじゃない。


そんな考えが、心に隙をつくってしまったのかもしれない。





将人は、ぎゅっと陽菜を後ろから抱きしめる。


「陽菜・・・メチャメチャ愛してっから」


頬に残る乾いた涙の跡が再び濡れていく。


だれもいない放課後の教室には、陽菜の鼻水をすする音と・・・将人の息づかいが響いてる。




「陽菜は・・・?」


ドキッとする心臓。


「陽菜は・・・俺のこと、愛してない?」


・・・なんて答えていいのか・・・分からない。


どうしていいのか。


幼い陽菜には・・・分かんないよ。


・・・沈黙。


「だよな・・・。陽菜が俺なんか想ってくれてるわけねぇよな」


そういって、将人はケラケラ笑ってるけど、分かる。


その大きな瞳は、笑ってなんかいない。


とても・・・寂しそうな瞳。


そんな瞳を見ても・・・陽菜は何もいうことができない。


「わり・・・俺、部活行くわ」


そういって、立ち上がる彼。


陽菜は、何か言いたいが、声がでない。


ゆっくりと歩いてゆく彼は、振り向き、優しい・・・でも力強い声で言った。


「陽菜。俺・・・気持ちはウソじゃねぇから。」


彼から・・・目が逸らせない。


「返事は今すぐになんていわねぇ。でも、俺のことちゃんと・・・男として見てほしい」


そういってドアを開け、部室へと走っていった。


陽菜は、嵐が去っていったかのように、腰をぬかし、その場に座り込む。


頭が・・・現実についていけない。


将人が・・・あたしを?


ありえないよね・・・そんなこと。




全部、夢・・・だよね?


ためしに、自分の右頬をぎゅっとつめってみる。


・・・痛い。


超痛いし・・・。


ジンジンする頬をよそに、頭は将人のことばかり。


将人・・・何考えてんだろ?



その日の夜はなかなか寝つくことができなかった。


いつも、目覚ましの不快の音や母の叫び声で目を覚ますのだが、今日はなぜか目がさめてしまった。

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