第八話 妖精姫
崎ノ宮白雪は絶世の美少女である。
ふわふわと背中で波打つ栗色の髪は愛らしく、同色のぱっちりとした大きな瞳には明るい輝きが宿っている。
人より少し小柄で華奢な彼女に付いた渾名は『妖精姫』。しかもよく気を配る気遣い屋であり、植物を愛でる様は撫でくり回したいほどに可愛いのだ。
そんな彼女は今。
常日頃浮かべる可愛い笑みは何処へやら。
ガチの臨戦態勢で美月を無理やり背中に庇い、テーブルに置いてあった椀の軽さに舌打ち(!)している。
美月は呆気に取られた。
菓子に釣られている件は大いに認めよう。美味しいものは正義である。美形も同じく正義である。
だがしかし、あのフワフワした『妖精姫』が。人に向かって炭酸を吹かせ。あまつさえ鈍器を探して舌打ちするなんて。妖精姫ファンクラブ、№267の美月はあいた口が塞がらなかった。
クラウスは何を言おうか困っている様だった。炭酸は彼に全く掛かっていないが、美月とは違い、警戒ではなく敵意を向けてくる彼女に困っている様だった。
「たしかに私は誘拐犯かもしれませんが」
「やっぱり!ふざけた髪色して!顔も隠さないて事は何!?一生ここから出さない気?」
「いえそうでなく」
「気絶する時に使った薬は何?零ちゃんが耐性付けてない薬は殆どないのに!?まさか違法薬物!」
「違います、あの」
「零ちゃんが目覚めなかったら私はあんたの事許さない!(美月さん、今の内に助けを呼んで)何が目的なの?!私を好事家に売り払うの、零ちゃんをマダムに売るの、斑鳩君に対する女の恨み?」
美月は何気なく除外されていた。
「今すぐ開放なさい。これは交渉でなく命令よ。﨑ノ宮家を敵に回したくないのなら!」
助けを呼べと言われたが。美月は動かなかった。クラウスがそんな人ではないと感じていたし、白雪のその怒涛の攻めに呆気に取られていたというのもある。
「文句ならいくらでも言われても良いのですが、私の話を聞いてくださりませんか?」
何よりも。その一瞬の沈黙をつく様にして今までとは次元が違う迫力に息を呑んだことが彼女をその場に縛りつけた。
クラウス君は少し怒ってます。