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ケモノテスト  作者: ヤタ
1章 ケモノ達の学園
8/39

東野の憂鬱

 

「「しっつれーいしまーす」」


「お前ら本当に失礼だな。ここ入る奴でそんなリズミカルなの見たことないぞ」


 僕と隼人、ついでにユキは職員室へと来ていた。ここへ来るのも手馴れたものだ。まあ何故かといえば……そこは濁しておこう。

 結城さんと雲母(あと悠太)は教室に残ってステータスアップに勤めて貰っている。あまり大勢で来てもあれだしね。


「んでま、俺になんか用か? ならお断りだ」


「断りが早いですよ! 用以外に何が残ってるんですか!」


「そりゃあ、俺の肩を揉んでくれるとかお茶を用意してくれたとかそういうの?」


 それも『用』でしょ、と言いたいが話がややこしくなるので上唇を噛んで耐える。


「お、分かった。新しい顔芸で笑わせに来てくれたんだな。それなら残念だがいつもの顔芸の方が面白いぞ」


「そんなくだらないことで来ないですよ!? てかそれじゃあいつもの素顔が変って言いたいんですか!!」


 冗談冗談、とめんどくさそうにたしなめてくる東野先生。本当にこういうところは隼人にそっくりだ。


「まったく…………」


「今のが素の顔だもんな」


「あれ!? 冗談の部分が逆関節を向いてるよ!?」


 しかもこっちは冗談じゃないらしい。ちょっと自分の顔に自信をなくしてしまった。それも格好良さの良い悪いではなく、人の顔としての認識具合を。


「ったく、アニキの鈍足ペースに飲まれるな。怠惰が移るぞ。あと、おまえの顔は……すまんなんでもない」


「そこは暴言吐いてよ! その申し訳なさが余計に信憑性増すんだけど!? なに? なんなの? もう手遅れ的な何かなの!?」


 鈍足ペースか、そりゃ傑作だ、と東野先生はカラカラ笑う。めんどくさがりなのも大概にしてほしい。


「人の身体のことで笑うなんて、俺は浅まし過ぎた。許してくれ、宮」


「許すも何も暴言吐けって言ってるよね!? 謝られるともう無理な気がしてくるからさ!!」


「おまえって真正の馬鹿だよな。こう人類が届かないレベルの」


「それは顔のことじゃないだろうがあぁぁ!!」


 いい加減先生達の目が厳しくなってきたので、少し自重する。そういえばここ職員室だっけ。


「おいおい、あんまりはしゃぐなよ。俺が悪目立ちしちゃうだろ」


「分かりました、一旦落ち着きます……」


 すーはーと深呼吸を繰り返して、自分の向上した気持ちを落ち着かせる。なんでもいいけど甘い匂いがする。誰かお菓子でも食べてたんだろうか。


「よし、落ち着いたか? じゃあ本題のお茶を淹れてきてくれるとかいう話なんだが、緑茶濃いめで頼む」


「すーは……その話じゃないよ! てかお菓子食べてたのあんたかよ!!」


「ご主人、オレは紅茶がいい」


「なんでユキも一緒になって、のんびり縁側ライフを満喫してるのかな!?」


 しかもお茶受けが大福だから、並ばれるとどっちがどっちか分からなくなる。


「この大福なんか毛深いな」


「ちょ、そっちはオレだぞ! 本物はあっち!」


 そのまま食べられてしまえとも思わなくないが、それだとケモノテストが出来なくなるのでしょうがない手を差し伸べるか。


「先生、緑茶出来ました」


「あれ!? なんかご主人の決意が途中でブレてるような!?」


「ああもういい加減にしろ、てめえら。本当に話が進まない上に、なんなら補習が今から行われそうな雰囲気だろうが」


 多少荒い声でたしなめる隼人。先生からユキを取り上げて、そのまま僕の頭の上に戻す……かと思いきや、後ろへポイっと捨てた。


「ウゲブっ!!」


「んで本題なんだが」


「おい! オレの扱いは無視か!?」


「アニキ達先生側が画策してる補習についてだ」


 本格的にユキのことは無視するらしく、手酷い扱いを受けたユキはぐぬぬと唸っている。が、諦めも早く、ため息一つで僕の頭の上に戻ってくる。

 先生の方はと言えば、おう、その話かと近所の噂話のような気軽さで受け取る。


「それがどうかしたのか?」


「どうしたもこうしたも! ちょっと横暴じゃないんですか?」


 僕が叫ぶと、東野先生はめんどくさそうに耳の穴をほじくった。


「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ」


「もうめんどくさいので突っ込みませんよ?」


「そもそも学校側が、生徒へ補習を課して何か悪いのか?」


「…………え?」


 この先生は何を言ってるんだろう。そんなの善良な僕たち生徒を監禁していることと同義でそれじゃあ人権侵害を侵していることになっちゃうからあと道徳的にも人としても最低な行為なのには変わらないつまり人としての見本になる聖職者がこんなことしていていいことが……


「アニキ、余計な言い回しをすると死人が出るからやめとけ。まだ教師人生やめたくないだろ」


「ああ、先生も理解力が追いつかなくて頭からシューシュー煙出す奴は初めてだ。まあ教師初めたばかりだけど」


 うばがあ!?

 はあ……はあ、死ぬかと思った……


「ご主人、あとは頼んだ……ガク」


「おいおい、主従揃ってこの様かよ。ある意味お似合いじゃないか」


 なんだか東野先生に生暖かい目で見られている気がする。

 どうでもいいけど生き残った僕の方がユキより一枚上手だ。そこは勘違いしてほしくない。


「ああ、幼稚園児にも分かるくらい簡単に説明してやるとだな?」


「先生! それじゃあ逆に分かりづらいですよ」


「あーそうか、じゃあ改めて…………猿でも分かるくらい簡単に説明してやるとだな」


「それもっと下がってますけど!? なんですかその売れる本みたいなの」


 だいたい猿が分かるのを分かってしまったら人間やめてるんじゃなかろうか。


王充学園(ここ)はケモノやらなんやらで色々ごちゃごちゃしてるから忘れられがちだが、一応進学校だからな? おまえらも来年は受験だぞ、むしろ感謝されてもいいぐらいだろ」


 うっ、そう言われると返す言葉もない。

 なるほど、こう見えて東野先生も僕らのことを考えてくれてたのか。いつもはめんどくさそうな態度を取っていても、生徒の将来に悩んでくれるなんて感動し


「ってのが富田先生の意見だ」


「だいなしだっ!!」


「バカヤロウ、アニキがやる気をだすことなんて天と地が前方倒立回転飛びをしても起きない」


「それ一周回って元どおりだから……そこまで兄のことボロクソに言ってどんな気持ちだよ。逆に言われてどんな気持ちだよ」


「「いや? 別になんとも?」」


 いや……まあ、うん。そんなケロッと言われると変に納得しそうになるな。

 一周回って喧嘩をしない仲の良い兄弟だ。


「まあとにかくだ、アニキ、その補習とやらを無くして貰いたい」


「おいおい、俺ってば立派な下っ端教師よ? そんな権限あるわけな」


「今日の夜飯はすき焼きにでもするかな」


「ぐっ、隼人卑怯だぞ。少しなびいちまったじゃないか」


 それでなびく東野先生は、教師じゃないどころか大人でもない。


「だめだダメだ! やっぱどう考えても無理。よくよく考えてみりゃあ富田先生の指示で生徒会が動いてるけど、元はと言えば学園長が言い出しっぺじゃん! 俺まだ首飛ばされるのは早いよ」


「ちっ、やっぱり主犯は学園長かよ」


「おいおい、主犯って言うと悪いイメージじゃないか」


「先生、それ前回やりました」


 何回言われたって僕らにとっての悪役は学園長なのだ。


「直談判……いやそりゃいくらなんでも時間がない」


 時間があれば直談判しに行くらしい。


「ほらほら、さっさとステータスアップでもしてこい。おっと、なんでそのことを知ってるかって顔してるな。残念ながら、隼人の考えそうなことなんて簡単に思い浮かぶからな」


 東野先生から、話は終わりだと告げられて僕たちはせかせかと職員室を出る。


「こほん、東野先生? ちょっとよろしいですかな?」

「んげ! 副校長!」


 せかせか出る。


 だいたいあなたは生徒に対する接し方が甘いのです! 本当に私の担当していたあの頃と変わらなうんぬんかん……という台詞が後ろから聞こえてくるが、まあきっと先生の日頃の行いが招いたことだろう。しーらないっと。


「さてと、追い出されちゃった訳だけどどうするの? みんなと合流してステータスアップする?」


 悔しそうな不機嫌そうな隼人に話かける。


「ああ、どうしようもねえなこれは。素直に戻るとすっか」


「んでもご主人、時間もあまりないぞ」


 僕の頭の上に戻ってきたユキが、頭をペチペチと威力なしに叩いてくる。

 しかしユキの言うこともごもっともで、ステータスは元の2倍アップからなんら変わっていない。


「でもさ、よく考えたら今回って上限100点なんでしょ?」


「まあな。正確に言やぁ3教科各上限100点、合計300点だがな」


「ご主人、それがどうしたんだよ」


 隼人が横から思い出すように付け加えを、ユキが何を当たり前なことをと言いたそうにする。


「それってそんなに差が付かないんじゃない?」


 僕たちの点数が極端に悪いせいでステータスアップもままらないように見えるが、本来一回ステータスを手に入れれば上限を越してしまうぐらいだろう100点なんて。


「それにいくら生徒会長だからって頭良いとは限らないよ? 他のメンバーも実際のところどうだか」


「そうか、なら自分の目で確かめるといい」


 隼人が顎をしゃくって方向を示す、とそこにはちょうど2の1クラス……僕らの学年で最も頭のいい人たちのいる教室があった。


「……別に豪華とか華やかって訳でもないね。普通の教室だ」


「そりゃあ学力別にしてるだけだからな。まあ、日のあたり具合とか景色の良さとかなら少し良いかもしれないが」


 クラスが多いせいか、僕らの教室と1組は離れている。だから来たのは実は初めてだったりする。


「…………」


 僕とユキは後ろのドアから少し離れて中の様子を伺う。側から見たら不審者丸出しだが、この際気にすまい。

 中の雰囲気は、これもまた内の教室と変わらない。普通の黒板、普通の机……なぜだか僅かにこっちの方が綺麗というか新品に見えるが、まあ大抵一緒だ。


 ただ、


「ねえ、おかしいよ隼人。なんで誰もかれも休み時間なのに勉強してるの? バカなのかなあ」


「お前に言われるとか1組の連中も不本意極まりないだろうな。諦めろ、これが現実だ」


 バカな! 休み時間は寝るか喋るかゲーム(校則違反)するかのどれかが常識だろ!


「これで分かっただろ、バカ丸出しのお前が眼中にない程集中してやってるんだよ」


「本当だね、悪人ヅラした隼人の禍々しいオーラに気づけない程集中してるんだ」


「「なんだとてめえ!」」


「……あなたたち、何やってるのかしら」


 僕が隼人を地に伏せるのを止めたのは、呆れた顔ながらも凛々しい佐々木会長だ。ちっ悪運の強いやつめ。


「おお、諸悪の根源が何の用だよ」


 隼人が恨めしそうに佐々木さんを睨む。

 別に佐々木が悪い訳でもないのに……あ、これ睨んでないわ。顔が悪いだけだ。


「あら、随分と嫌われてしまったものね。でも諸悪の根源なんて心外だわ。東野くんなら気づいてると思うけど、生徒会が先生の言いつけを守らない訳にはいかないもの。文句なら先生に言ってちょうだい」


 もう行ってきたなんて言えない。


「あと、何の用だと問われれば、あなたたちの声が中まで響いてるのよ。予習復習してる人もいるのだし、私が止めに来たの」


 そう言われてみれば、こちらを睨んでる生徒が少しいるような気がする。そんなに声が響いていたのだろうか。


「というか佐々木さんはいいの? 見た感じ勉強してたようにも見えないけど」


 佐々木さんのニュアンスは他の人のため、と聞こえる。それに勉強を中断させられたにしては気分を害していないようにも見える。


「ばか、ご主人。会長様はきっと他の人より出来が悪いんだよ。ほら、オレたちとおんなじ感性だきっと」


「ふふ、あなたたち一回死んでみるかしら?」


「なんで僕まで!?」


 ドス暗く微笑んだ佐々木さんがゴキゴキと拳を鳴らす。それ、女の子がやっちゃダメな気がする。


「ば、ばかユキ! 早く謝りなよよ、殺されるよ!?」


「ば、ばかご主人、会長は立場上暴力なんて震えない!」


「あなたたち2人共大馬鹿よ。ちなみに私は学園長の許可で、問題行動を起こした生徒への多少の制裁行為が許されてるわ。まあ、どの程度の問題か、どのくらいの制裁か、は聞いてないけど」


「「ひ、ひいぃいい! 」」


 独裁者だ、ここに独裁者がいるっ!


「実際、私は予習復習しなくてもある程度授業聞いてて分かるからいいのよ」


「わーお、大した自信家だ。そりゃきっと大層な点数だったんだな、課題テストも」


 隼人の目が一瞬で、獲物を狩るときの獣のような目つきに変わった。なるほど、挑発して戦力を割り出そうとしているのか。


「ふふ、それは挑発のつもりかしら? いいわ、乗ってあげる。私の今回の点数は——」


 これはまた随分と余裕だ。でも油断しているのなら、それは僕らにとってチャンスである。80点台とかならまだ追いつける可能性が


「——300点よ」


「…………………………は?」


「聞こえなかったかしら? 3教科合計300点よ」


「いや、え? はい?」


 頭の回路が正常に回らない。隼人は神妙に頷くと、やはりなと声を漏らす。


「それって全部満点ってこと?」


「ええ、その通りよ。まあ今回は簡単だったし当然よね。別にいつも満点って訳じゃないわ」


 今回は簡単って、そんなことはない。

 そもそも王充学園は、低い学力の人もケモノの関係で入れるというだけで決して低いレベルではない。むしろここら辺では上位ランカーにその名を残している。

 もちろんテストだって、課題テストと言えど難関になっている。だから決して僕らが頭悪い訳ではない。


「残念ながらあなたの学力は普通に低いわよ」


「心の中のことにまで悲しいこと言わないでくれるかな!?」


「いえ、ごめんなさい間違いだったわ」


「そう、そうなんだよ僕が低いんじゃなく」


「普通じゃなくてものすごく低いわね」


「ってそこ!? 間違いはそこだけなの!?」


 なんだか自分が悲しくなってきたよ……


「というか隼人は意外と驚かないんだね? 僕らの5倍はあるんだよ」


「ちょっと待ちなさい、5倍ってあなたたち……普通に補習受けた方がいいんじゃないかしら。留年するわよ?」


「おいおい、そこの奴と一緒にするなよ? せいぜい俺は4倍ちょっとだ」


「五十歩百歩をここまで上手く使える日がくるとは思わなかったわ」


 佐々木さんは、呆れたようにため息を吐く。と、ついでに可哀想な目のおまけ付きだ。こんなに嬉しくないおまけは初めてだ。


「そりゃ驚かないさ、なんせ学年主席様だからな。満点くらい取っていても不思議じゃない」


 隼人はスカしたように肩をすくめると、降参と言わんばかりに手を振る。


「って主席!?」


「ええ、一応このクラスの委員長も努めさせて貰ってるわ。皆の前に立つ者として当然でしょう」


 当然なんてとんでもない。

 生徒会長に学年主席、学級委員まで勤めている人なんて聞いたことがない。

 これはもしかして、役職だらけの富田先生を目指しているんじょないか?


「佐々木さん、やめときなって……せっかく可愛いのに人間辞めることなんてないよ」


「あなたが何を考えてるか全く想像出来ないわね……さりげなく褒められたのにマイナスイメージだわ」


 なんか勝手に株が下がった。

 そうか、そんなに本気なのに止めるなんて失礼だよね。なら僕も出来る限り手伝おう、人間を辞める手伝いを。


「そうだね、まずは階段全部飛び降りる辺りから始めるのがいいと思うよ」


「おまえが何を考えてるか分かったから言っといてやるけど、会長様は人間辞める気はねえからな?」


「ええ!? じゃあどこを目指してるのさ! あのゴリラみたいな厳つい顔?」


「私は人間辞めて、ましてやゴリラになるつもりなんかないわ」


 よく分からないな、でもこれ以上突っ込んだらいよいよ避けられそうな気がする。自重しておこう。


「でも実際どうするんだー? オレは勿論勝つ自信あるけど絶対じゃないぞ?」


 ユキがどこにそんなものがあるのか、自信満々に胸を張って言う。残念ながら、点差が5倍だから通常の5倍の早さで駆逐されるに決まっている。


「大丈夫だ、そこら辺のことは考えてある。ばっちりの作戦さ。こうしてる今だって、実その作戦のための布石でもあるんだぞ?」


 隼人もまたドヤ顔で自慢してくる。しかし佐々木さんの前で言っても良いのだろうか。


「あら、勝負敵の前で作戦のこと言っちゃっていいのかしら? 警戒してしまうわよ?」


「そりゃお互い様だ。でも安心しとけ、この作戦は絶対にお前には覆せない。絶対に、だ。」


 僕とそこまで背の変わらない佐々木さんが、隼人を見上げて火花を散らす。それに負けじと隼人も口角を釣り上げて、煽りと火花を巻き散らす。隼人の方がタチが悪い。


「そう、まあ楽しみにしているわ。改めて確認しておくわよ。私たちが勝ったらあなた達9組は補習、そして文化祭の無償手伝い」


「そして、俺たちが勝ったら補習の完全撤廃だ。金輪際その企画を通すのはやめてもらう。大丈夫か、先生の言うこと守れなくなっちまうぞ?」


「ええ、ご心配なく。滞りなく進めるから問題ないわ」


 いよいよ物理現象を通り越して、2人の目線で放電しそうだ。ユキの毛が心なしか静電気を帯びている気がする。

 そしてしばらくすると2人とも視線を逸らし、佐々木さんは教室へ、隼人は廊下へそれぞれ背を向けて歩き出す。

 慌てて追いかけると隼人が緊張の糸を解いたように


「やべえ、無駄に煽っちまった。負けたら責任は宮になすりつけるつもりだから頑張れよ」


「ぶっとばすぞてめえ! 調子にのるからだ!!」


 と、逆にいつもの調子に戻ったようで悪い顔をしている。なら大丈夫だ、負けるわけがない。

 何故って? それはこいつのこういう顔は、勝利を確信したときの顔だからだ。



 ー



「「「……………………」」」


 教室に戻ると、やかましい筈のクラスメイト(主に男子)が静かになっていた。

 いや、静かになっていたどころか、絶望に浸って机に突っ伏している。その様子はまるで、彼女におねだりされて調子にのって全額貢いだ哀れな男のようだ。


「おかえり」


「ちょ、これどうしたのさ悠太」


 周りが暗すぎて、珍しく浮き出た悠太にこそこそ耳打ちをする。


「柊におねだりされた結果」


「なるほど、僕の感性もあながち侮れないみたいだ」


 まさか本当に貢がされていたとは、本当に馬鹿な男達だ。


「くそ、後悔はないけどやっぱり痛えよ……これ期末でいくら取ったら挽回出来るんだ?」


「くそう、これで振り向いてくれたらなんて儚い夢だった」


「お前らなんてまだいいだろ……俺なんて迦具土に渡しちまったんだぞ? こんなの人類の損に匹敵する勿体無さだぞ」


「「「それは確かに……」」


 高林くんの涙にみんなが同情をする。

 とりあえずここに僕がいないと思って言ってるんなら、ぶちのめしてやろうか土に埋めようかどうしようか。


「あ、2人とも帰ってきてたの」


「お、おかえりなさいですっ」


 ちょうど噂の雲母といつも可愛い結城さんがお迎えにきてくれる。なんて心が癒されるんだろう。


「「「あれ? 迦具土いだぁの゛ぉ? おかあえり゛いぃ」」」


 なんて汚らわしいんだろう。

 男どもの野太い声には、雲母に迎えられる僕らを妬む怨嗟が込められている。


「ふふ、みんなにおかえりなさいなんて、迦具土くんはたくさんの人に愛されているんですね」


「はは、あまりの愛に情熱的に刺されそうだけどね。それに喜びより苦しみの方が大きい……いや苦しみしかないな……」


 現実は、結城さんの思っているような暖かいやり取りではないのだ。憎悪と憎悪、だけれど恋の戦争の始まりなのである。


「で、どうだったのよ? 先生は納得できた?」


「……ごめん、やっぱり無理だったよ」


「まあ、でしょうね。別に期待してた訳じゃないしいいけど」


 望み薄なことはなんとなく気づいていたらしく、雲母はさもないような顔をした。

 結城さんもまた気にすることないですよと励ましてくれた。みんな、いい人。


「…………この役立たず」


 みんないい人だ。聞こえない、悠太のボソッと零した罵声なんて断じて聞こえていないのだ。


「それよりもそっちはどうなの? まあなんとなく想像はつくけどね……」


 だって、みんな貢がされて人生終わりみたいな顔してるし。


「ふっふっふ、絶賛絶好調よ。元の合計より3倍くらいにはなったわ」


「3倍じゃあ全然足りないじゃないか。もっと増やさないと」


「あんたの3倍と一緒にしないでくれる? それだと何倍にしても足りなくなっちゃうじゃない。ほら、ゼロは何かけてもゼロよ」


「いくらなんでも僕もゼロ点じゃないからね!?」


「「「ええ!?」」」


「クラスを挙げて驚かれること!? どんだけ馬鹿だと思われてるのさ!」


 さっきの扱いと言い、数日でなんでクラスメイトにこんなボコボコにされなければいけないんだろう。


「おまえそりゃ、犬になんであなたは犬なんですか? って聞いてるようなもんだぞ」


「それって存在イコール馬鹿ってことだよね!?」


 隼人の呟きにクラス中が2、3回重く頷く。僕の叫びも虚しいもので、ユキですらなるほど分かりやすい、と頭の上にビックリマークを付けている。


「しかも無理だった挙句、アニキを副校長に説教させて佐々木を挑発してクラスのみんなに責任負わせようとしてるんだぜ。おまえ最悪だなあ」


「あんた何やってきたのよ!?」


「ち、違うよ誤解だ! こらあ隼人! なに自分のやったこと友達になすり付けようとしてんだ!」


「ふむ、一つ間違いがある」


「間違いだらけだよ!」


 隼人は、おまえの言い分には穴があるとでも言いたげに腕を組むと


「おまえは友達ではないからなすり付けてもいい」


「最悪はどっちだ! この人間のクズめ!!」


 雲母が疎ましそうに僕を睨んでいる。早く誤解を解かないと、誤って暗殺されそうだ。

 というか、もう今の数分で色んな人権を奪われた気がする。


「というか今のどういう話だよ東野」


 クラスメイトのうち一人が隼人に怯えながらも挙手をする。


「ああ、連帯責任の話か。安心しろそんな大袈裟なことじゃない。俺たちがもしケモノテストで負けたら、ちょっと文化祭を手伝わなくちゃいけないだけだ」


「「「いや! 聞いてないけど!?」」」


 クラス総出で突っ込みをする、と次の瞬間にはザワザワし始める。勝手に決めるなんて酷くない? とか、おいおい勘弁してくれよとか、まだ間に合う東野と迦具土の首を差し出そうとか…………ちょっと最後の冗談だよね?


 すると隼人が、ザワザワされると分かっていたのか、教壇へ上がり咳払いをひとつ。


「あー、おまえたちの言いたいことはごもっとも。だが、恨まれるのは筋違いだ」


 隼人が話し始めると、ざわついたクラスメイトは、波が引いたかのように静かになって話に耳を傾けている。

 隼人はこういうことが得意なのだ。リーダーシップに向いているのかもしれない。


「おまえらは『補習』という言葉の意味を知っているか?」


「「「善良な民を監禁する非道な行為の意」」」


「あれ、これってもしかして私が間違っていたのでしょうか……?」


 クラスメイト達が一寸の狂いもなく声を出す。まるで国語辞典を読んでるかのように読み上げた。

 あまりに堂々と言っているため、結城さんが自分の方が間違いだと誤解する。


「そんな人間の尊厳を踏みにじる行為をさせておまえらは良いのか!」


「「「いいわけあるかあぁ!!」」」


 これは隼人の演説がすごいのかそれともクラスメイトがチョロいのか……多分両方だろう。


「そこで俺は言ってやった! おまえら悪の生徒会に、俺たちの自由を奪わせやしねえ! 俺がみんなを解放する!!」


「「「オオォォォォ!!!」」」


 ここまで捏造をされると反対しにくい、というかしたら殺されそうだ。これで新しい宗教の誕生。名前は『馬鹿の総本山』でいいだろう。


 すると、そこでチャイムが鳴った。奇しくもこれは戦いへのカウントダウンに聞こえる。あと一回、これが鳴ったら僕達の自由を賭けた戦争が始まる。

 結局僕と隼人はほとんど点数上げをしていないけれど大丈夫なのだろうか。


 そして


『キーンコーンカーンコーン』


 戦いの火蓋は切って落とされた。

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