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ケモノテスト  作者: ヤタ
1章 ケモノ達の学園
4/39

お隣と嵐の日常

お姉さんっていいですよね。

 疲れた。

 今日は本当に疲れた。結局デパートでは雲母にあっちこっち連れまわされて、挙句の果てに荷物持ちまで……楽しくなかったと言えば嘘になるが、それを差し引いても大変だった。

 悠太に関しては途中で力尽きたのかはぐれてしまいそれを探すという羽目に。影が薄いというのも困りもんだ。

 時計はもうすぐ七を刺す。まあもうすぐ課題テストがあるが、僕はテスト勉強をするなんていう真面目さはないのでこのままもうご飯食べて風呂にでも入って寝るとしよう。

 ん?自己紹介がなんだって?そんなの知らないよ。

 ちなみに僕は現在1人暮らしだ。両親は海外で働いている。あとは姉が3人ほどいるが3人も別に暮らしている。一人暮らしにはもったいないくらいの広い部屋だから親には感謝しなければいけないな。まあ掃除が大変なんだけど……

 その時、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。


「ん? こんな時間に誰だろう」


 僕は壁に掛けられているインターフォンの画面を見て、音声ボタンを押した。


「はい、ドチラ様ですか?」


 普段この家に客なんて来ないせいか少し片言になってしまった。来るとしたら隼人と悠太ぐらいだろうか。


「隣に引っ越してきた者なんですが夜遅くにすみません」


「あ、はい今出ます」


 隣に誰か引っ越してきたとは知らなかった。そういえば前までお隣さんいなかったっけ。

 少しのワクワク感を感じながら、急いで扉を開く。


「「……ええ!?」」


 なんとそこにいたのは家族と共にいた結城さんであった。


「か、迦具土くん。お隣だったんですか……」


「結城さんこそ……このマンションに引っ越してきてたんだ……」


 お互いに顔が固まる。こんな偶然あるだろうか。いやそうそうないだろう。


「ん? 月は迦具土さんとお知り合いなのか?」


「え、あ、はい。迦具土くんとはクラスメイトなんですよ」


 結城さんが簡単に僕の紹介をしてくれる。僕もそれに合わせて少し会釈する。


「そうだったのか。迦具土さん、どうぞ月と仲良くしてやってください」


 そう言って結城さんのお父さんが会釈をする。体格がしっかりしていて顔も随分と引き締まっている。イメージとしては少し怖いし厳しそうだ。


「いえいえこちらこそ。あ、もし良かったらお茶でもどうですか?」


 そういえば親に送ってもらった茶菓子があったっけ。近所になるんだし早めに打ち解けておきたい。……将来のためにも。


「あ、えーと……」


 結城さんはお父さんの顔色を伺っている。

 よくよく考えてみれば、隣とはいえ夜に男のいる部屋に行かせるのはまずいだろうか。僕が冷や汗をかいていると。


「いいよ月。お父さんとお母さんは他の人達に挨拶にいってくるから。あんまし遅くなっちゃだめだぞ」


 え、いいの……? 厳しそうに見えて案外優しいのかもしれない。出会ったばかりの僕のことも信用してくれているのだろうか。


「ありがとうございます。では迦具土くん、よろしければお邪魔させて頂きます」


「どうぞ! いらっしゃい」


 な、なんて幸運だ!まさか結城さんがお隣さんになるなんて!これはなんだ、ラブコメか、ラノベなのか……僕と結城さんの恋愛物語が始まるのか!よっしゃー! 絶対距離を縮めてみせる!!


「なんだご主人。こんな時間に女の子連れ込むのはよせよな」


 …………こいつがいたか。


「まて!? ご主人! ハエたたきでねずみを叩こうとすんなよ!」


「うるさい! 貴様なんてハエと同類だ!」


 ハエたたきでユキを本気で(ほうむ)る。ユキは涙目でそれをかわしている。

 ちっ拉致があかない、こうなったら鷲掴みだ。


「ちょっ! ご主人潰れる!」


 ハエたたきを避けたところを捕まえた。逃がすもんかと手に力を入れる。


「あ、あの。迦具土くんどうしたのですか?」


「あ、結城さん。そこらへんに適当に座ってて。いまお菓子を……」


 確か戸棚にあったような、うーんめんどくさいしこれ(・・)でいいかな


「今ユキちゃんをチラッと見ましたよね!?」


「あははやだなあ結城さん。まだ干してないから無理だよ」


「いや干す干さないではなくてですね!?」


 冗談はさて置き、僕はお菓子を取りに台所へと向かった。


「あ、お構いなく」


 そう言って静かに腰を下ろす結城さん。しかし本当に礼儀の正しい子だなあ。どっかのバカにも見習ってほしいよ。


「しかし、本当に驚いたよ。結城さんがお隣さんなんて」


 台所にあったカステラを置きながら発言する。


「私もです。でもお隣が迦具土くんで良かったです。怖い人だったらどうしようかと思ってました」


「あはは、なんかお役にたてたみたいだね」


 怖い人か、よく居るんだよなあ、うるさいって怒鳴りに来る人。


「あ、迦具土くん課題テストの勉強はしましたか? もしよければ一緒にしません?」


「ぜ、ぜひ!」


「では少し道具を持ってきますね」


 そう言って結城さんは腰を上げた。たぶんついでに両親に説明しに行くのだろう。

 クラスの女の子、しかも美少女とお勉強……僕はかつてない点数を叩き出せそうだ。やる気が溢れ出てるかのようだ。


 ガチャンと玄関の閉じる音がする。さて僕も準備をしますか。

 紅茶と後は勉強道具を机に広げる。はて、勉強道具を机に広げたのはいつ以来だろうか。

 その時またもピンポーンとチャイムが鳴った。


 あれ? 結城さんまたチャイムを押したのかな? まあ分かるよ、勝手に扉開けるの嫌な感覚。

 そう考えて僕は扉を開けた。


「結城さん別に僕だけだし2度も押さなくてだいじょ……」


「ミャ〜! 久しぶ……」


 バタン!


 僕は言葉を待たずして扉を閉じきった。閉じるなんて生ぬるい。閉じきったのだ。チェーンを掛けてさらに鍵を閉める。

 これでアリ一匹入れないはずだ。いやさらに何か予防を……


「ちょっと!? いきなり閉め切るなんてひどいじゃないのー!!」


 ドンドンと玄関が叩かれる。凄まじい音だ、ついでにドアが壊れそう……


「酷くない! 今の現状を見てよ! ドア先でさえ破壊されそうなのに家の中に入れたらさらに厄介じゃないか!!」


「ちょっと〜、人を座敷童子みたいに言わないでよ」


「いやあんたを見たって幸福は訪れないからね!?」


 ガタガタバタバタしているとあるとき急に静かになった。僕はまた何かを企んでるんじゃないかと思って耳を傾ける。


「あの……迦具土くんのお知り合いですか?……」


「うえ!? どちら様?」


 そんな話し声が聞こえる。そういえば結城さんは勉強道具を取りに行ってたっけ……。僕はしょうがなく扉を開けた。


「しょうがない、結城さんを入れない訳にもいかないし入っていいよ……」


「え! 本当!? やった〜!!」


 そうしてこの人はドタドタ上がりこむ。結城さんは少し困惑しながらも後から付いてきた。


「ミャ〜、お腹すいた! なんかちょうだい!」


「もう適当に食べててよ……」


「あの……迦具土くん、この方は?」


 台所を漁り始める彼女を見て結城さんが困惑顔で聞いてきた。


「え、ああ。僕の姉さん(・・・)なんだ……」


「どうも〜! ミャーの姉の(しずか)でーす! そちらさんは?」


 そうこの人は僕と一番年の近い姉だ。今は大学生で一人暮らしだが、たまにこうして遊びにくる。いや、遊びにこられてもすごく迷惑なんが……


「え、あ。初めまして。迦具土くんとはクラスメイトで今日隣に引っ越してきた結城(ゆうき) (るな)です」


「そっかそっか! ルナちゃんね! よろしく!」


「は、はい」


 結城さんが萎縮してしまっている。この人はいつもそうだ。相手御構い無しにズカズカと……

 そう僕が白い目を向けていると結城さんが耳打ちしてきた。


「あの……ミャーとはいったい……猫の鳴き真似ですか?」


「えっと……『みや』って呼んでたら読み辛い!とか言っていつの間にかミャーに……」


「ああ、迦具土くんのことでしたか」


 結城さんが納得という風に掌をポンっとする。


「元気な方ですね」


「本当だよ、静なんて名前が似合わなすぎるよね」


 そうやってお互いに談笑する。うん、いい空気だ。


「ミャー! いくら猫みたいに呼ばれてるからってねずみは食べれないよ!!?」


 そう言って握り潰されかけのユキを掴んできた。


「食べる訳ないでしょ! ねずみが食べれない事ぐらい僕でも知ってるから!!」


 結城さんが隣で、ん? っというような顔をするがきっと気のせいだろう。


「じゃあ何この白ねずみ?」


「えっとほら王充学園の……」


「あーはいはい! なんかいたね〜こういうの」


 そう言ってユキの頬をペチペチ叩く。起こそうとでもしているのだろうか。


「は!? ここはどこ!? オレは誰!?」


「んー、ここはミャーの家だよ」


「ミャー!? 猫なの!? 猫無理!!」


 ユキが目を覚ましたようだ。ついでに起きがけに変な事も吹き込まれてるが。


「はあ、静姉さんユキに変な事吹き込まないでよ」


「へー、君ユキって言うんだ。かき氷みたいな名前だね」


「姉さん!? 雪からかき氷連想するのはおかしいよ!!?」


「オレを食う気か!!?」


「ユキはもうそのネタ飽きたよ!!」


 はぁはぁ……

 僕は肩で息をする。静姉さん一人でも大変なのにユキがいると苦労が倍どころじゃないぞ……階乗かも知れない。


「は! 机に勉強道具が置いてある!!? ちょっとミャー大丈夫なの!? がん!? がんなの!?」


「僕が勉強するのがそんな変!? 熱とか風邪追い越して(がん)て!!」


 静姉さんが本気で心配して、肩を揺すってくる。信頼の無さが妙に辛い……


「そりゃご主人が勉強なんて世界の終わりレベルだよ」


「癌をさらに越さないで!!?」


 ユキまでもがそんな事を言ってくる。だいたい世界が終わったらどうなるって言うんだよ。僕の勉強次第で世界が終わったら、世界を救ってるヒーロー達も口あんぐりだよ。


「とにかく! 勉強するんだから二人はどっか行ってて!!」


「いや〜ん、ミャーが思春期だあ反抗期だあ」


 とてもムカつくがこれは断じて反抗期じゃない……たぶん大人になってもこの言動にイライラさせられるのだから。


 勢いよく扉を閉じて、ユキと静姉さんを部屋から押し出す。二人は口に手を当ててニヤついていたが、無視して追い出した。


「はあ、本当ごめんね」


「いえいえ、私は兄弟姉妹いないのでとても羨ましいです」


「うん、僕も普通の姉ならね……」


 そう言って僕はカーペットの引いてある床に座る。テーブルを挟んで向かい側に結城さんも座っている。


「さて、じゃあ何をしようか」


「そうですね、やっぱり課題テストもありますから数学か理解か国語でしょうか」


 明日の課題テストを結城さんの言った三教科だ。数学、国語、理解。それぞれ略されていが数1や数A、古文や現代文、そして科学、物理等に別れている。


「そうだね、ケモノテストに関わる最初のテストだから頑張んなきゃ……」


 初めてのステータスアップの機会だ、心してかからなければ。


「じゃあまずは英語ですかね」


「いいね、そうしよっか」


 僕は英語が苦手だ。まず暗記がダメだし、そもそもどちらかと言えば理系だ。単語ひとつひとつが呪詛のように思えて仕方がない。


「そういえば課題テストだけど結城さん課題はやったの? こっち転校したばっかじゃやってないよね?」


 課題テストなのに課題を出来なければ、それだけでかなり不利ではないのだろうか。


「あ、いえ昨日問題集を貰ったので一通りはやりましたよ」


「え! 昨日って一日で一通り!!?」


「? はい」


 結城さんが何を驚いてるんだろうと首を傾げる。

 いやいや、一通りを一日ならあり得ないぐらい早いじゃないか。


「あ、やっぱり一通りじゃ短いですよね……」


「え? いや、まあ……うん」


 まずいまずいまずい。思わず頷いちゃったけど僕なんか半通りもやってない……え、これ点数低かったら引かれるんじゃない?

 暑い訳でもないのに汗が笑顔を滝のように流れる。その手は見えない位置でズボンをギュッと握って震えていた。


「ま、まあでも宿題やったらテストが出来るとも限らないんじゃない?」


 僕は必死に言い訳に走った。

 そうだ、教科書読んだらテストの点数が取れるって言ってるようなもんだ。そんなんで100点取れたら誰も苦労はしない!


「あ、それなんですが課題と同じ問題しか出ないみたいですよ?あ、これ内緒でした……」


 終わった。同じ問題が出るってそれ努力で全て片付いちゃうじゃないか! 誰だ! 努力は裏切らないとか言ってたやつ!!

 開いていた問題集をチラッと見る。そこには長い長い文章が連ねられていた……英語で。


「あはは……それなら大丈夫だね……」


 ……僕の顔は今笑えてますか?


「さあ、時間も勿体ないですし始めましょう」


 そう言って黙々と問題集を読み込む結城さん。シャープペンシルが握られている手は、まるで白鳥のいる湖を連想させるかのような音楽のようにスラスラ流れている。

 一方僕の手。


 カッチン


 それはまるで何千年も微動だにしない岩のように固定されていた。

 え、いや一問も分からない……なに? なんなの?英文の並び替えとかさ! 日本語みたく自由に組み立てても大丈夫にしようよ! 腹が減った私は、みたいな!


「あの、迦具土くん」


「ん? ん? なにかな? 別に分かんなくて焦ってなんか……」


「いえ、そうではなく……その和訳文読んでみてください」


 結城さんの指差す場所には、唯一解けた和訳問題があった。


「えーと、竹のシーツ」


「あの……それは日本語的にもおかしくないですか?」


「え? (たたみ)みたいな物じゃなくて?」


「一周回って比喩(ひゆ)みたいになってますね……答えは『take a seat』、『席につけ』ですよ?」


「え、でもそれ『たけ』って読める」


「それはローマ字読みですね……」


 い、いや知ってたし!

 ちょっとマジックeにお茶目を加えてみただけだし!


「迦具土くん、あそこに置いてあるの貸して頂けませんか?」


 結城さんの視線の先には本棚、そしてその中にある僕の愛枕(あいまくら)その1……英和辞典が置いてある。ちなみにその隣には愛枕その2である国語辞典も置いてある。


「いいけど……結城さん眠くなったの?」


「え!? いやなんで辞書で睡眠の話になるんですか!?」


 結城さんは何を言っているのだろう。辞書の使い道なんて、程よい高さの枕じゃないか。


「ん? 全然いいよ」


「ありがとうございます」


 よいしょっと立ち上がる結城さん。その動作に長い髪が揺れている。そもそも女の子と夜に勉強会。これは僕の人生にとってのターニングポイントなのではないだろうか。


「ん……」


 少し高い位置にある英和辞典に、結城さんは爪先立ちをして必死に手を伸ばす。


「取ってあげようか?」


「きゃあ!!」


 代わりに取ってあげようと僕が腰を上げたタイミングで、ちょうど結城さんはバランスを崩した。


「ぬぉ!」


 バタン!


 結城さんをとっさに抱え込んだが、足が滑ったせいで僕の間抜けな声と共に二人して倒れこんだ。


「にゅお!!?」


 目を開けてみると、なんと四つん這いをしている僕の真下に結城さんがいた。長い睫毛(まつげ)が目に触れそうで、荒い吐息が僕の頬を撫でる。

 一歩間違えれば触れてしまいそうな…僕はなぜか動けないままで……


「なんかすごい音がしたけど大丈……」


 顔をゆっくり横に動かす。動けなかった?そんな金縛り一瞬で吹き飛んだよ。そんな場合じゃないし。

 扉を勢いよく開け放った姉さんと目があう。


「あの……ごゆっくり!!」


「ちょ!!?誤解だよ姉さーん!!」


 開けた時よりも勢いよく扉を閉じる姉さん。さて、どう誤解を解くもんか。


「あ、ああああのか、かかか迦具土くん」


「あ、ごめん! 今どきます!!」


 姉さんのインパクトと押されて完全に忘れていた。


「こういうのは、その、もう少し大人になってからというか……」


「結城さんまで誤解を!!?」


 結城さんの顔がすごく赤らんでいる。耳までもが真っ赤だ。心なしか湯気が出ている気もする。たぶん僕も同じ状態だが。


「二人とも初心(うぶ)いねえ」


「ユキ!? いつの間に……」


「よっ、面白そうだから見に来た。しずねえもな」


 扉の方を見てみるとほんの少しだけ開いている。その隙間から覗く片方の目と僕の目が合った瞬間、まるで怖い話に出てくる妖怪のごとき不自然さで消えていった。そして音もなく閉められる。


「……ちょっと誤解を解いてくる……」


 気にしてない気にしてないから! という姉さんを説得させるのに実に15分もの時間を要したのだった。


 ー


 黙々黙々(もくもくもくもく)、となんだか煙が湧いているかの様な効果音が聞こえるぐらい、僕と結城さんは勉強していた。

 そしてモクモクモクモクと僕の頭からは蒸気が吹いている。


「なるほど、これが知恵熱(ちえねつ)か……お湯が沸かせそうだね」


「知恵熱でお湯が沸かせたらエネルギー問題のいくらかは解決できると思うんですけど……」


 ふと時計を見てみると短い針は九、長い針は六へと刺している。僕の視線に気づいたのか、結城さんも同じように時計を見る。


「え!? もうこんな時間……すみませんそろそろ帰りますね」


 親も心配していると思うので、と言外に告げていた。


「そうだね、もう夜も遅いし。じゃあこのくらいで終了かな」


 二人して勉強道具を片付ける。いつの間にか僕の課題もまあまあ埋まっていた。うんうん、これはテストに期待できるぞ。

 片付けが終わり、忘れ物が無いかを確認した上で玄関へと続くリビングに入った。


「静かだと思ったら……」


「ふふっ、可愛いですね」


 ソファには、だらしなく仰向けになっている静姉さん、そしてその上で同じように仰向けになっているユキがいた。


「ほら、姉さん風邪ひくよ」


 少しお腹をだしている姉さんを揺する。ユキは毛があるし問題ないが姉さんはどうだろう。まあバカは風邪を引かないって言うし大丈夫かな。


「起きない……しょうがない、毛布を掛けとくか」


 そう言ってタンスから毛布を引っ張り出す。


「迦具土くん優しいですね」


 ふと結城さんがそんなことを言った。


「うーん、そんなことないと思うけどなあ」


「そんなことありますよ……昔から……」


「え? 昔から?」


「あ! いえ昔から優しかったと雲母ちゃんから聞いたので……」


 結城さんが慌てた様子で手をブンブン振る。


「へえ、雲母がそんなことをねえ」


 静姉さんに毛布を掛けて玄関へと向かう途中そんな話をした。


「はい……昔から優しかったんです……(ボソッ)」


「ん? ごめん今なんて……」


「なんでもないですよ〜」


 そう言って結城さんはやんわり笑った。その暖かい、柔らかい表情に思わずドキッとしてしまった。


「じゃあ迦具土くん、また明日」


「うん、おやすみ」


 そう言って結城さんは帰っていった。帰っていったと言っても隣だからすぐなんだが。


「そうか、隣だからおきまりの家まで送っていくというのが出来ないのか……でもお隣というのも捨てがたいし……」


 などと考えているとリビングの方からドスンという何か重たい物が落ちる音がした。


「やっぱり静姉さんか」


「う〜ミャー起こしてー」


 落ちた拍子に起きたのか目をこすりながらおねだり声で手を挙げる。ぽわぽわしてるところを見るにまだ寝ぼけているようだ。


「ほら静姉さん、寝ぼけないの。あとその下にある白いひもみたいなのユキだよね!?」


 正確にはユキの尻尾だ。人間との比率を考えても圧迫もしくは窒息死とかしてないだろうか。


「あーユキちゃんごめん」


「ごめんで済まないと思うけど!?」


「あ、ほら大丈夫だよ。まだ寝てる」


「いや、これ死んでるか良くて気絶だよね」


 うーんと言う唸り声を聞くになんとか気絶で留まったようだ。


「それより姉さん、今日は泊まってくの?」


「いんや〜明日も大学あるし帰っとこうかな。あ、でもご飯食べたい!」


 グキュルルルと静姉さんのお腹が鳴る。姉さんは恥ずかしがる的な乙女な様子もなく、むしろお腹をさすってアピールしてくる。そう言えばご飯を食べず仕舞いだ。


「んー、もうこんな時間だし重い物もどうかなあ」


「私はなんでもいいよー」


「……食費は払ってね」


「急に生々しい話だね」


 今月はピンチなのだ、元々仕送りが少ないし。


「おっしゃ! ここは静姉さんがミャーの分まで払ってやるかな!」


「おぉぉ! 女神よ!」


「うんうん、崇めよ」


「じゃあ買い物でも行こうか、こんな時間だけど」


 静姉さんは無言でバイバイのハンドサインを送る。どうやら一人で行ってこいとのことだ。

 はあ、とため息をひとつしてから身支度(みじたく)をする。お財布を持ったことを確認してから玄関を出る。向かうは近所の24時間営業のスーパーだ。


 ー


 仄かに灯る街灯や店の光を頼りに、夜の街を歩く。

 右手にはスーパーのレジ袋がぶら下がっていた。ちなみに中身は野菜類や牛だ。静姉さんが払ってくれると言うのだ、遠慮は無用。

 しかし夜にもなると、普段見慣れた道もどこかに迷ったかのように違う場所に見える。あんな場所に街灯立ってたっけ?なんて何度思ったことか。僕は帰宅部ということもあって、帰りが遅くなることもほとんどない。そのせいか夜の街はなんだか不思議な気分になる。

 そうして歩くたびに、何を作ろうかなと頭の中をめぐる。特に考えも無しに買ったのだが、まあそこは工夫でなんとかなるだろう。


「ネギと豆腐があるし麻婆豆腐かな」


 そう呟いてから上を見上げる。別に星を見たとかではない、自分のマンションを見上げたのだ。鍵があるため呼び出さなくてもセキュリティ用の入り口が開く。そのままエレベーターへと乗り、自分の部屋へと向かう。


「ただいまー」


「「おかえりー」」


 声がはもっている所を聞くに、ユキも目を覚ましたようだ。


「夜ご飯はなに!?」


 レジ袋を見た途端、静姉さんが食いついてきた。


「チンジャオロースと麻婆豆腐」


「なんだあ、結局重たいじゃないの」


「歩いてる内にお腹が空いたんだよ」


 そんな会話をしてからさっさと台所に入り手を洗う。


「さてと、豆板醤(とうばんじゃん)甜麵醬(てんめんじゃん)は……と」


「ご主人そこから作るのか? 元とかじゃなくて」


 ユキが台所前のカウンターみたいになっているところに登って聞いてきた。


「うん、その方が美味しいし」


「ミャーって本当料理スキル高いわね」


 静姉さんがテレビを見ながら言ってくる。


「一人暮らしなんだから姉さんも料理できるでしょ」


「私は寮ですう、ちなみにルームメイトが作ってくれてます!」


「ああ、寮だったね。てか絶対そのルームメイトがいないから内に来たでしょ」


「ピンポーン! だいせーいかーい!」


「嬉しくないよ……」


 今度会ったらちゃんとお礼しよう。こんな姉を毎日面倒見るなんて、なんと心が寛大な方なんだろう。


「オレもお腹空いた」


「んーユキはドッグフードでいい?」


「却下!!」


 そう言いつつもドッグフードなんてない。僕もお腹が空いてることだし早く作っちゃおう。


「まずはネギっと……」


 ネギを斜めに切っていく。玉ねぎと違って涙がでないのはなんでだろう。

 次に豆腐をレンジに軽く掛けて水気を取り、チンジャオロース用にピーマンや牛肉も先に切っておく。そして元からあった豚ひき肉を取り出し、中華料理には必須であるごま油で香りが出るように炒めていく。

 色が完全に変わったら、豆腐と醤油や豆板醤、甜麵醬などの調味料を混ぜて、煮立ってきたらネギを加えてさらに煮込む。


「最後にトロミをつける為に水溶き片栗粉も混ぜて完成っと」


 少しだけ味見をしてみる。


「うん、ばっちり」


 本格、四川麻婆豆腐の完成だ。


「あとはチンジャオロースっと」


 先程切っておいたピーマンや牛肉を炒めて、調味料を加えていく。さっきの麻婆豆腐を凝った分、少し手軽に作る。


「こっちも完成っと」


「「おお!!!」」


 二人が頷くのも分かる。なんせ夜ご飯とは言えメイン級が二品も出ているのだから唸ってもおかしくない。


「普段はこんなの作れないけどね」


 主に金銭的な意味で。


「ご主人……将来は諦めて専業主婦になったら?」


「うん、それは遠回しにおまえは就職できないって言ってるのかな?」


 あらかじめ炊いておいたご飯をお茶碗によそう。静姉さんのはお客が来た時ようで、ユキにはペットボトルの蓋を使っている。


「「「いっただきまーす」」」


 三人で手を合わせて食に感謝を送る。


「辛!! けどうま!!?」


 ユキが麻婆豆腐を一口食べて叫ぶ。なかなか辛いが、後から溢れる旨味と合わさってむしろ口の中が喜んでいる。


「こっちのチンジャオロースもおいしー!」


 今度は静姉さんが絶賛してくれる。

 オイスターソースによる仄かな牡蠣(かき)の旨味と、隠し味程度の少量をつかった五香粉(ウーシャンフェン)が口と鼻の両方を一片に突き刺した。癖のある香辛料だが今回は見事にマッチしてくれている。


「うん、白いご飯と合うね。美味しくできた!」


 自分で自分に太鼓判を押す。

 ワイワイと食卓が笑いに包まれる。一人暮らしのとき、ユキが来る前ならこんなことは無かった。一人暮らしはそれはそれでいいが、こうやってみんなで食べる方がご飯は絶対に良い。


「ごちそうさまでしたー!」


「あー美味しかったぞ」


 しばらくすると、いつの間にか皿の上には何も残っていなかった。残さず食べてくれたというのはなかなか嬉しい。


「お粗末さまです」


 僕もそういって食器を片付ける。


「さてと、ご飯も食べたし帰りますかね」


「本当にご飯食べに来ただけなんだね……」


「なーにー? ミャー寂しいのー?」


「全然これっぽっちも」


「むー、ミャーのいーじーわーるー」


 むくれながらもう知らない! と言い、玄関へと向かう静姉さんを見送ろうと僕も片付けを一旦止める。


「ミャーとユキちゃんじゃね!また来るよー」


「まあ、うん。餓死されても困るしね」


「んじゃな!」


 ユキがビシッと兵隊のあいさつみたいにする。静姉さんもノリで同じことをしている。


「ばいばーい」


 ガチャンと盛大に扉を閉めて嵐のように去っていった静姉さん。


「さてと、寝ますかね」


 そういってあくびをする。ん? 何か忘れてるような……


「あ!! ご飯代!!!?」


 これからの食事がより一層貧相になることに、僕たちは顔を青くすることしか出来なかった。

 こうして僕のなんでもない日常は終わった。……食費と共に。

もちろん優しければの話ですが!!

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