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ケモノテスト  作者: ヤタ
3章 暴走!騒動!修学旅行!!
37/39

大捜索で大疾走の大失敗

「ガハっゴホっ! どばあだいたいこんな感じだったかな?」


 僕は話す前に持ってきておいた紅茶を飲んで、予想外の熱さに咳き込みながらも喉を潤す。

 そんなに長く話した訳ではないけど、それでも3年も前の黒歴史を、いかに誤魔化して話すかに力を入れていたせいで変な負荷が掛かってしまった。

 腕を組んで珍しく聞くことに徹していた隼人は2、3回頷きゆっくりと目を開けると


「全然話が見えねえじゃねえか!」


 と僕の方にティーカップの中身をブチまけようとしたが、飲み干して紅茶がもうないことに気づいて落胆した。


「危ないなあ! 今僕が熱さにむせてたの見てたよね。よくそれでそんな堂々とできるなあ!!」


「うるせえ、てめえが昨日やったこと覚えての発言かこの野郎」


 はて、僕が昨日の夜に隼人に向けてお湯をぶっかけたことなんてあっただろうか?


「ゴク……全然、覚えてない、イコール馬鹿?」


 前髪で目の隠れた悠太が、紅茶と一緒にクッキーを流し込んで区切るように聞いてくる。おっと後半のそれはクッキーの銘柄かなんかに違いない。


「ご主人、本当に物覚えが悪かったんだな……」


 とユキに至ってはなんかすごい哀れな目で見てくる。

 というかみんなして僕を馬鹿にし過ぎだろう。こんなときこそ結城さんの朗らかな優しさに包まれて


「うっく、ひっく……雲母ちゃんにそんな過去が……」


 駄目だ、泣いてる女の子の優しさに包まれたら、僕の男としてのあれこれが完全に崩壊する。

 ちなみにそんなすごい感動話はしてないのだが、結城さんは泣ける話にとことん弱いらしい。


「なんでもいいけどさっさと片付けていただけるかしら?」


 すると、急に僕らには縁のない凛々しい声が輪の中に響いてきた。立ったまま紅茶をすする佐々木生徒会長だ。お行儀が悪いはずなのにどうしてか様に見えてしまう。


「あんただって途中から話に魅せられていただろうが」


「あら? 私はあなたたちに早く退席するよう持ちかけてただけよ。あなたたちがどかないから仕方なく見張っていただけで……ズズっ」


「ほお、その紅茶がどうとかいう言い訳はもちろんあるんだよな?」


 佐々木さんはこれ以上とりあうつもりがないのか、優雅に紅茶の味と香りを楽しんでいた。隼人はそれを忌々しそうに見て


「はあ、富田の野郎もこっちを睨んでいるしそろそろ離れるか」


 と後方を親指で指した。

 佐々木さんは、全く世話の焼ける人達ね、と呟き、隼人は額に青筋を立てていた。

 とりあえず食堂から出て、部屋に戻るため廊下を歩く。佐々木さんは何か用事があるそうで一緒に来なかった。本当に、さっさと出たいけと注意しにきただけのようだ。


「あの、宮くん」


 結城さんが話しかけながら右隣について歩く。


「どうしたの?」


「いえ、あの。雲母ちゃんとはいつ出会ったのですか?」


 そうか、幼馴染というと親同士が仲が良いとか家が隣だとかがあるがどんなものか言ってなかったっけ。


「実は、僕と雲母は幼馴染っていっても生まれつきって訳じゃないんだ」


 結城さんはそんなに驚かなかったが、軽くうなづいて話を促す。ついでに隼人や悠太、ユキも気になるようで、興味がないフリをしつつ耳を傾けていた。


「最初に出会ったのは小学校の入学式で……確か最悪な出会い方だったね」


 そう言って苦笑すると、こちらは意外だったのか結城さんの表情が強張る。


「えーっと……最悪っていうのは……」


「あ、最悪って言ってもそんな酷い何かが起きた訳じゃないよ? ただ」


「「「ただ?」」」


「出会い頭に頬をぶん殴られただけだよ」


 その瞬間、男子3人組が引いたような顔をする。

 いや、僕も自分で言ってみてどうなんだろう、とは思うけどさ。


「じゃああの時私もパンチしていれば今頃もしかしたらもっと仲良く……」


 結城さんが何やら呟いているが放っておくことにしよう。つついたらやぶ蛇が出てきそうだし。


「ってそれで仲良くなれるご主人って……」


「いやそれだけだったら、多分仲良くはならなかったよ」


 確かあのとき、僕と似た子が女の子を虐めていたとかなんとか。まあ小学一年生がやることだ。つねるみたいなその程度のことなんだけど、どうやら雲母はそれが許せなかったらしくて「あなた! おんなのこをいじめるなんてさいてい!!」ってつねりの何倍もの強さで殴られた。


「まあその後体育館が騒然となって、つねった子は女の子に謝ったとさ」


 今覚えば懐かしい記憶だ。あのころから雲母は正義感と暴力の才に恵まれていたのだ。……本当勘弁してほしい。


「本当おまえは昔から変わらないのな」


 隼人が呆れたように肩をすくめる。

 なんか心外だ。僕はただの犠牲者なのに。


「こうしてご主人は殴られ癖がついたとさ」


 ユキがなんか言ってるが聞こえない。あのときの力関係が今も引きずっているなんて言葉は聞こえない。

 しばらく歩いていると僕たちの部屋が見えてきた。


「私、もう1度部屋を見てきますね」


 と、結城さんは一旦離脱する。部屋にいればそれで解決なんだけど、そんなことはないんだろうなと心のどこかで確信していた。


「さて、結城が様子を見に行き終わるまで、なんかしようじゃないか」


 部屋に入って早々、隼人が開口一番にそう告げる。


「うーん、まあ別に良いけどさ。急だね」


「ほら、人生楽しめる時に楽しんでおいた方がいいだろ」


 そう言って隼人はカバンから何かを取り出す。黒いプラスチックのケースが見えたが、僕の予想が正しければ


「トランプでどうだ」


 やはりというかなんというか、結構定番である。


「おっけー、んで何をするの?」


 僕が了承すると悠太も賛成のようで、静かにうなづいた。ユキもまた参加するつもりなのか、僕の頭の上から飛び降りる。


「そうだなあ、とりあえず4人だからたまにはトーナメントにして」


 ほお、2人でできるゲームなのか。確かに、トランプと言えば多人数でやるイメージが強いから、こういうのもなかなか面白そうだ。


「種目はババ抜きな」


「それ2人でやったらつまらないやつだし! なんでわざわざトーナメントにしたの!?」


「ルールは簡単、ババを引いたら負け、以上」


「それだと最初の配布の時点で勝ち負けが決まるからね!?」


 冗談だ、とぼやきながら隼人は4人分に札を分けていく。どうやらババ抜きは本当にやるみたいだ。


「さてと、じゃあ負けた奴はあれな……写真を撮ってSNSにアップするということで」


「それ僕だけが損するよね!? 隼人たちはちょっとイタイ人だけで済むから!!」


 僕の格好で自撮りなんていよいよ自意識過剰な人じゃないか。大炎上するよまったく。


「ご主人、それならもう手遅れだからな」


「そうだよ! 忘れてたけど寺荘さんを探さなきゃ!」


「ほら、始めるぞ。席につけ」


「そんな先生みたいに言われても……」


 いつの間にか僕の手元には、13枚のカードが置かれていた。しょうがない、どうせ結城さんがすぐ来てしまうし寺荘さんは後回しにしよう。

 そうポジティブに考えて手札をめくる。


「さてと、じゃあまずはペアのカードを捨て……」


 おかしい、なんでエースからキングまで綺麗に揃っているんだ……

 隣の隼人を見ると悪そうな顔をして言った。


「さて、負けた奴はジュース一本ということで。お? 宮は揃わなかったのか、まあ運がなかったということで」


 こいつ、そうきたか。おそらくイカサマかなんかだろう。こんなの引き当てるなんて普通はありえないからね。ロイヤルストレートフラッシュ並みじゃなかろうか。


「くっ、まあいいよ。どうせ最後に勝つのは正直ものだけなんだ」


 そうしてババ抜きは始まった。

 まずは僕が隼人のカードを引く。


「絶対に当たる大勢でやるババ抜きなんて初めてだよ……」


 さてと、まずは絶対に捨てれるから……


「おまえ、本当不運だな」


「なんなの!? 僕が何したって言うの!?」


 初回からジョーカーを引いてしまうなんて、これはある意味天才なんじゃないだろうか。

 しょうがなく手札をシャッフルしている間に、隼人が悠太のカードを引く。……くっ、しかも当たりか。

 そして悠太がユキのカードを引き、ユキが僕のクイーンを持っていった。


「ほらよ」


 隼人のカードを一枚持ってくると、まさかのクイーンだった。辛い。


「あがり」


 開始2ターンで悠太が終了する。


「ダウト!」


「諦めろ、そういうゲームじゃねえ」


 ちっ、よく考えたら捨て札持っていかせても、揃っているんだから意味なかった。


 そして時は進み、僕も流石に順調に手札を減らしていった。


「よっしゃあーがりっ」


 するとユキの手札がゼロになる。

 そして僕の手札は1枚、隼人の手札は2枚だ。

 慎重に1つ取るとババだった。まあしょうがな


「ほらよっと」


「あ!!」


 僕がババを手札に入れた瞬間、隼人が僕の別のカードを引っこ抜いた。


「ずるい!」


「ふっ、心理戦とでもいっでも言ってくれ」


「今の思いっきり物理的な手段だったよね!?」


 とはいえ終わったものはしょうがない。まあジュースは絶対に買わないが。

 とそこでノックの音がした。きっと結城さんだ。


「やっぱりいませんでした……」


 なんとなくそんな気はしてたからいいのだけど、とりあえず座って作戦会議だ。


「これから、どうする?」


 悠太が問いかけるとそりゃあまあ、と隼人が返して僕の方を見る。どうやら答えを預けたようだ。


「まずは雲母を探そうか」


 ー


「雲母ー! 雲母! 雲母ー!!」


 とりあえず何度も叫び呼びかけて回る。部屋を覗いて(結城さんの許可有り)トイレを覗き(用を足してる男子は何故か顔を赤らめた)ゴミ箱を漁る(隼人の冷たい視線有り)。

 やはり声を出して呼ぶのがシンプルで1番良い気がする。ついでに恥ずかしくなって出てきてくれればラッキーだ。


「ご主人って本当イバラの道を行くよなあ」


 と僕の頭の上でユキが感心したように呟く。けど言ってる意味が分からない。


「何を急にどうしたのさ。何がイバラなの?」


「いやほら、そんな大声出したらきっと……」


「ゴらあぁぁ!! 迦具土! 貴様ちょっとはおとなしく出来んのか!!」


「げっ! 脳筋ゴリラ先生!!」


 と思わず普段の心の中での愛敬で叫んでしまう。

 それを聞いた富田先生は、額に大量の青筋を立てて


「ほぉ? どうやら貴様は修学旅行を悲しい思い出でいっぱいにしたいらしいなあ?」


「いやあぁぁ! 悲しい思い出って何なの!? どんなに痛い目に合わされるの!!?」


「とりあえず全治3ヶ月は覚悟しておけ」


「それもう痛いで済まないじゃないですか!!」


 脳筋ゴリラこと富田先生との距離は目測50メートル。ここは逃げるが勝ちということで、ひとまずダッシュ。


「ハハ! この距離感ならいくら先生でも追いつけないですよね! 僕は50メートル走6秒中盤くらいですし!」


 実は結構足が早かったりするのだ。

 それに直線ならまだしもここは建物の中。物陰を利用すらばなんとかなるかもしれない。


「俺のタイムは…………」


 富田先生が口から白い息を吹き、憤怒の形相で呟く。


「…………時速」


「その単位は人類が走る時の速さじゃないですよね!!?」


 米国ではお肉をキロ単位で買う、と知った時ぐらいびっくりだ。

 逃げるのは早々に諦めて、とりあえず手近な部屋に飛び込むと、オイ!? と言うユキを無視して内側から鍵を掛ける。この宿は僕たちが貸し切っているので、一般の人はいないはず。そしてクラスメイトなら、富田先生から逃げるためと言えば絶対許してくれる。何故ならみんな同じような目に合っているのだから。

 改めて振り返り、手を合わせる。


「ごめん、富田先生から逃げるためにしょうがなく…………」


 そこで僕は気付いてしまった。クラスメイトは多くが男子のため女子の部屋に飛び込むことはないと信じていたが、それにしては見たことあるような部屋だ。

 そして僕は、自分の部屋以外では、どこにも入っていない。


「か、迦具土…………くん?」


 そう、そして同じような作りでも、中にいる人が違えば物の置き方で印象はだいぶ変わってくる。バックの場所、家から持ってきた物。


 ……………………………………そして着替え中の結城さん。


「ぶぐわあ!!?」


 脳がっ、脳が焼き切れる!


 思わず鼻血を吹きかけて、すんでの所で踏み切る。

 そうだ、ここはどう誤魔化すかが分かれ道。ここで血を吹いて倒れたらもう僕は生きていけない。


「あ、あの迦具土くん…………」


「あ、あら結城さん。お邪魔してるわっ」


 上着を着かけている途中だったのか、前が開けてとても危ないことになっているが別になんとも思わないのさ。

 語尾を跳ねさせつつ、左手をハイタッチのように振る。今の僕の格好は女子生徒のそれ。そう、私はただ友達の家に遊びにきてたお茶目な少女ミサ。今日はユッキーとどこに遊びに行こうかなっ。


「とりあえず……出てってくださいっ!!」


「やっぱり無理だった! そうだよね! どう考えてもそうなるよね!!?」


 必死に掛けたはずの内鍵を、今度は血眼になって解除する。そしてごめんなさいと叫びながら外へ出ると


「許すわけないだろっ?」


 脳筋ゴリラが笑顔で拳を鳴らしたのだった。


 ー


「ほんっとうに申し訳ございませんですた!!」


 少々噛みながらも、僕は誠心誠意を込めて謝る。土下座する。


「い、いえ……もう良いんですけど……他の女の子にはそういうことしてないですよね?」


 今ならバレないかもしれないですけど……という言葉はこの際無視するとして、結城さんが念押しするように問いかけた。

 そうか、自分より他の子を心配するなんて流石優しい性格の結城さんだ。


「(じゃないと私が困ってしまいます……うぅ)」


 全力全開で首を振ると、結城さんも分かってくれたようでこれ以上お咎めなしだった。

 すると今度は隼人の方が疑問の眼差しで


「脳筋ゴリラに会ってよく何もされなかったな」


 隼人の言う通り、僕は特に身体を痛めていない。


「そうだね、どこも千切れてないし障害を負ってもいない。それどころか骨すら折れてないよ?」


「あの……なんでかすり傷感覚でそうなるんですか……というか富田先生そこまでしないですよきっと」


 結城さんですらきっとと付けてしまうあたりが脳筋ゴリラの怖い所だ。


「んーまあもしかしたらこの格好が原因……というか弱点だったのかもしれないけど」


「ふむ、そうか。ならこれからは宮にその格好をさせれば富田の野郎にけしかけることがゴニョゴニョ」


「そうはさせないからね!? というか代わりに3ヶ月分の宿題をやらされるんだからね! 見てよこの山のようなドリル!!」


 全治3ヶ月はあながち間違っていなかったよちくしょう。


「そのことなら大丈夫だ」


「え、何か罰を受けない策が」


「宮だけの犠牲で済むからな」


「ぶっとばすぞてめえ!!」


 唾を飛ばして叫ぶと汚そうに距離を開けられた。性根も何もかもが腐っているのは隼人の方だ。


「んで結局見つかったのか?」


「残念ながらご主人もオレも見つけれてないぞ」


 ぐぬぬと唸っている僕に代わってユキが答えてくれる。まあ半分以上は逃げることに徹していたのだけど。


「ふむ、俺も木陰のベンチでコーラ片手に待ち伏せしていたけど見当たらなかったな。いったいどこにいるのやら」


「おいまて」


 そんな優雅な待ち伏せが成功するなら是非とも見てみたいものだ。


「私もダメでした……心当たりのある子の部屋にも行きましたけどどこにも」


 そうしょんぼりしながら言う結城さんは、何故かジァージ姿だった。なるほどそれで着替えていたのか。

 僕がさっきゴミ箱を漁っていたのを見て、服が汚れると勘違いしたのかもしれない。


「結城さんその……」


「はい?」


 さっきは本当にごめんと言いかけて思わず口を塞ぐ。わざわざぶり返させることもないだろう。


「ジャージ似合ってるよ!」


「あ、ありがとうございます?」


「ご主人、あんまりジャージが似合うって言われて喜ぶ人はいないと思うんだが」


 そう言われてみればそうかもしれない。そもそも学校指定のジャージなんてみんな似合うのだし。


「あそこ、いた」


 悠太が横からそっと腕を伸ばしたため、驚きで飛び上がりそうになるのをなんとかおさめる。

 そしてホッと胸を撫で下ろしてから廊下に備え付けられた窓からの外の階下を見る。


「あ、本当だ。あんなとこにいたのか。じゃあみんなで……」


「あの…………宮くんが行ってきてあげてください」


 と、みんなに呼びかけかけたのを阻止したのは結城さんだった。結城さんは胸の前でギュッと手を握り、どこか葛藤しているように見える。


「たぶん、雲母ちゃんは宮くんに来て欲しいと思ってると思います」


 すごくまっすぐに、僕の目を見て話す。

 なんで僕なのか、なんでここまで真剣になのか、正直よくは分からないけど思いは伝わった。


「よっと」


 急に頭が軽くなったと思ったら、ユキが気の抜ける声で飛び降りていた。


「まあご主人が1番付き合いながいみたいだからな。オレはここにいるよ」


 やれやれしょうがないとばかりに腕を水平に持ち上げて、手のひらを上に向けたかと思うと首を横に振る。


「うん、分かったよ。行ってくる」


 それだけ告げて僕は階段を目指した。


「いいのか、宮に行かせちまって。柊に塩を贈ったようなもんだろ?」

「東野くんだったらどうしました?」

「そりゃまあ柊の幼馴染で状況を1番知ってる宮が行くのが最も立ち直りに適してるからな」

「ふふ、ほらやっぱりなんだかんだ信用してるじゃないですか」

「うっせ、あいつなんてミリメートルも信用してねえよ」

「それに私は、ああやって誰かに寄り添って誰かを助けている宮くんが好きなので」

「……なんつうか結城も言うようになったな。もっと人見知りなイメージだった」

「それはもう、3ヶ月ですから」

「とりあえずごちそうさんでした」


 階段をくだり、急いで靴を履きに行く。途中先生に注意されながらも、それを後にして今はベンチに向かった。

 そして、やっとの思いでベンチ50メートル前まで到着する。廊下を見上げると、もうそこにはみんなの姿はなく、移動したのだという事が分かった。

 雲母はまだ僕の存在に気づいてないのか、雲母から見て前方、僕から見て右側に物思いに耽るように足を行儀悪く振っていた。

 近づくと、足音に流石に気づいてこちらに振り向く。


「探したよ、もう」


「うげ…………」


 僕のため息に雲母は露骨に嫌そうな顔をした。というかなんなら気持ち悪い物を見た風な反応の仕方だ。

 僕はそっと逃げそうになる雲母の横へ座り手を掴む。


「っと……逃さないよ。また探すの大変なんだから」


「…………………………」


 すると、雲母は真っ赤になって力が抜けたかのようにストンと座りなおした。なんだろう、プルプル震えてるしなんか怒らせちゃったかな。


「あの、さ……」


 しばらくそのままでいると、凍った水道がやっとの思いで溶けていくように、雲母はポツリポツリと声を漏らした。


「ん?」


 僕はそれに簡単な疑問の声で返すと、雲母の方を見た。雲母もこちらを見ていたのだが、後ろめたいのかすぐに逸らしてしまう。


「……とりあえずあんたのその格好はどういうつもりなの?」


「あれ? これって『思わず逃げちゃったけど……怒らないの?』みたいな会話の流れじゃないの?」


 予想外のコメントに若干肩をスカしながらも、僕の今の格好じゃそれもしょうがないかと諦める。


「(ああもう! 別にそんなこと言いたい訳じゃなかったのに! だいたい宮がこんな格好してたって不思議なことじゃない!!)」


「なんか今ものすごく否定したい気持ちになったんだけど……一応言っとくけど僕もしたくてこんな格好してる訳じゃないからね?」


 僕の制服を勝手に持っていっちゃうなんて、寺荘さんあんまりだ。


「え、そうだったの?」


「心外だ! そんな本気の顔して言われるなんて心外だ!!」


 僕が心を込めて叫ぶと、雲母は分かってるわよと笑みを浮かべた。


「ねえ、今の私ってぶさいく?」


「それって普通私って可愛い? って照れながら言うのが普通じゃないかな……まあ、正直……ぶさいく」


「あはは、結構はっきり言うのね」


 そう笑う雲母の目はいつもより赤くなっていて、目の下は何かでこすったような跡があった。


「でもアンタにこんなとこ見られるとは、一生の恥だわ」


「そんな軽口を叩けるなら心配ないと思うけど……大丈夫?」


 そう言うと、雲母は少し考えるようにして答えた。


「うん……大丈夫。ちょっと気持ちが荒ぶっちゃっただけだから。昔のことも……」


 おそらく、雲母と僕が中学のときの話だろう。


「過ぎちゃったことをいつまでも悩んでも仕方ないのにね……」


「そんなこと……」


「あるわよ」


 そう雲母は自嘲気味に笑い、頬を掻いた。照れたような、否少し悲しそうな表情の顔を。


「でも本当に大丈夫なの。これを触ってると嫌なことも吹き飛ばし、何より落ち着くの」


 肩につくかつかないかぐらいにまで伸ばされた髪と、右側片方から束められた髪が一緒ひ風に揺れた。そして束めるために使われているシュシュに触れた。


「そうなんだ、いつも使ってるしすごく大事なものなんだね」


 そういえば気づいたときには付けていたような気がする。それこそあの事件ぐらいの時期。


「そう、すごく大事なものなの」


 雲母が少し恥ずかしそうに、懐かしそうに僕に期待を込めて微笑む。…………期待を込めて?


「誰かからの贈り物?」


 何に期待されているか分からないため、誤魔化すように前を見て質問をする。きっと大事な人か何かに違いない。


「……………………………………え?」


 と、しばらくの沈黙の後、何故か隣から息を飲むような声が聞こえてきた。

 僕もまた頭に疑問符を付け、誤魔化すことも忘れて雲母を見る。そして、僕の目には、目を見開いて驚きに身を固める雲母の姿が映った。


「だれか……からの……贈り……もの?」


 言葉を区切りながら意味を反芻する雲母は、信じられない、信じたくないように呟く。


「え、いやどうしたのさ。もしかして形見か何かだった? ごめんそれなら安易に触れちゃいけ」


「そんなこと言ってんじゃないわよ!!」


 そしてまたも雲母は叫んだ。

 たまたま人がいなくて元々静かだったのもあるが、甲高い絶叫は遠い空にまで飛んでいったかのようだ。

 先ほどと声量は変わらないかもしれない。しかし先は直ぐに冷静になっていたのに比べて今度はその様子もない。


「あんたは……でも私にとっては……」


 雲母は呟きと共に肩で息をする。その様子は怒りであり、しかし僕には悲しみにも見えた。

 僕もまた何を言っていいのか分からない。そもそも何を怒っているのか分からない。どうしようもなく呆然としていると


「もう……いいよ…………」


 それだけ告げて、雲母はまたも何処かへ行ってしまった。折角止まったはずの涙を流しながら。



 そして、しばらく言葉を出せないままで蝋人形のように固まっていると近くに人の影を感じた。


「あーあ、こりゃ宮っちゃんやっちまったな」


 錆びついた蛇口を捻るような動きでその人物を見る。


「まあ、あれだ。女の子泣かしてんだし、けじめと目を覚まさせるって意味で……一発殴られときな?」


 ドゴンという衝撃を受けながらベンチから吹っ飛ぶ。こいつは加減というのを知らないのかちくしょう。

 でもあれだ、おかげで目が覚めた。


「さーて、泣かせたもんはしょうがない。なんで泣かせたかよりもさ、泣き止ませる方法を考えようぜ」


 そう言って、小柄でギザギザなプリン色の髪をした少年、天野 亮介は笑った。

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