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ケモノテスト  作者: ヤタ
3章 暴走!騒動!修学旅行!!
34/39

大脱出計画ミッション4

 来る。

 明確に何がとは言えないが、東野先生の発言に合わせて姿勢を低くする熊は控えめに見ても伏せではないだろう。その姿はまるでギチギチに圧縮されたバネのようであり、四肢に掴まれたアスファルトが嫌な軋みをあげる。


 …………どう考えても突進だけど、これを食らったらいよいよヤバイ。主にぼくの身体的に。


 東野先生と熊に勘付かれないよう、ネックレスを通してユキに話しかける。


「(この一発は絶対くらっちゃだめだ、ユキもアレの準備を)」


 意図が通じたのか、ユキはこちらを一瞥した後グッとはにかんだ。

 そして何故かその場で丸くなった。


「何をしているの!?」


「いや、熊に気付かれないよう小石の真似をと」


「白いから不自然だから毛むくじゃらだから! アレってのは絶対回避の事だよ!」


 言ってからハッとしたがもう遅い。

 東野先生は顎に手を添えてのんびり答えた。


「あー、そういやおまえらそんな必殺技があったなあ。正直必殺技というにはパッとしないし陰湿な感じしかしないから忘れてたわ」


「「ぐおっふ!!」」


 僕とユキは痛い所を突かれて同時に胸を押さえた。

 だいたいパッとしないとか、そんなことは僕たちが一番分かっているのだ。そりゃあ出来るならビーム光線とかやってみたかったし……今のビームビームだな。


「まあそれってアレだろ、宮が目で追えなかったらそれまでっていう」


 しかも簡単に弱点を看破される。

 そう、これはユキのアイパワーが増加した訳ではないのだ。ただ二時的に捉えられるだけで。よって僕の目が追いつかないオア目隠しされるが発生しただけでおじゃんになってしまう。


「よくよく考えてみると穴だらけな特技だ……」


 あまりの不出来さに自分でも落胆してしまう。

 いや、ポジティブシンキングだ、きっと何かの役に立つはず!


「そうしてご主人はさらに溝へと足を突っ込んでいくのであった」


「変なテロップ入れないでくれるかな!?」


 だいたいユキだって無関係じゃないのだから、少しは気にしたらどうだろうか。


 熊かアスファルトか、はたまたそのどちらもだろうか、いよいよ限界らしいそれらはロケットの噴射口のように見えた。


「あ、まてよ? これ真後ろにはいけないんじゃない? ユキが背後に回り込めば……」


「遅い! 今だ行け!!」


 珍しく焦った様子の東野先生。どうやら図星だったらしい。

 熊もまた、東野先生に突然パワーアップを解除され、困惑している。しかもそのせいで前のめりになり、突進が中途半端になってしまった。


「ぐはっ!!」


 しかしそれでも速さ、パワー共に尋常ではない。ギリギリ避ける動作は出来たが、少しだけカスってしまった。しかもそれだけでHPが8割削られてしまう。

 ついでに僕の肩にも、熱した鉄で押さえつけられたような痛みが襲う。


「いっつつ……これって校内暴力じゃないんですか先生!」


「分かった分かった、PTAにでも医者にでも行って来い。傷口も何もないお前が可哀想な子に見られるだけだから」


 う、それは確かに言えてる。

 あくまでこの副作用は痛みだけだ。傷口どころか赤みすらさしていないのだ。これで医者になんか行ったら、セカンドオピニオン? どうぞどうぞ、どうせ他の医者が見ても同じですよって言われるだけだろう。しかも最悪、精神科医を紹介されるかもしれない。


「ああもう! よくよく考えたら絶対回避使わないのに装備させておく必要なくない!?」


「いや必要だぞご主人」


 チッチッチと指を振るユキ。どうにも自信ありげな顔だが、すごくムカつく。


「じゃあ何があるのさ」


「オレだけこの痛みに耐えてるのはなんか嫌だ。なんていうかこう、モチベーションが下がる」


「それって完全にユキの私情じゃないか」


 正確には僕もまた私情なのだが、まあそれを言っても栓のないことである。


「とにかくご主人がそれ外すならオレ戦わないから」


「分かったよ!! じゃあいいから絶対に攻撃されないでよ!?」


 我ながら甘い考えだとは思うが、それでユキが戦ってくれなきゃ僕の就学旅行は涙と血の味だけの淡い思い出になってしまう。いや、淡いならまだマシか。最悪色濃いトラウマだ。

 ちなみに血の味は富田先生の鉄拳フルコースだ。


「ん?」


 その時、先生の後方で草むらが微かに揺れた。一瞬の出来事だったのため、先生は風で揺れた程度にしか思っていないが、この目で見ていた僕は違う。今のは明らかに自然の動きではない。


「(おい、ちょっとでもいいから時間稼ぎに徹しろ)」


 そして、注意して草陰を見ていた僕の耳元で隼人が何かを呟く。そちらに意識を回していなかったため思わず、うひゃっと変な声を漏らしてしまった。


「(何か策でもあるの?)」


「(いや、策なんて大層なものじゃない。ほぼ他人任せだしな……)」


 珍しく弱気な隼人。やはり兄には勝てないとどこか心でそう感じているらしい。


「(そもそも隼人の作戦が他力本願じゃなかったことなんてあったっけ?)」


「うるせえ、今回は事情がちげえんだよ」


 思わずといった感じで素のまま喋ってしまっていた。思いっきり東野先生に聞こえただろうが、これだけじゃ何を言ってるのか分からないしいいとしよう。


「(でも隼人の考えじゃ東野先生に読まれちゃうんじゃないの?)」


 そもそも慎重に策を巡らせてその先を読まれるのだ。なら策なんて言えるものでないなら、なおさら分かってしまう。


「(だからそもそも俺の作戦じゃないんだ。そういう意味での他力本願だっての)」


 なるほど、作戦参謀が自分の役割だと判断した上で、その作戦立案を任せたことが他人任せの所以だったのか。

 そうか、なら……


「今回は僕、酷い目に合わなくて良いんだ……」


「おい、それだと俺がいつもお前に無理させてるように聞こえるだろう。改めろ」


「何が改めろだ! まんまの意味じゃないか! ある意味今の僕は聖母マリアより正直に満ちている」


「おまえのその聖母マリアへの敬意はなんなんだよ。クリスチャンだったのかおまえ?」


 残念ながら僕は生粋の仏教だ。一応所属としては、の話だが。


「そもそもクリスマスやるしね、まあ誕生祭とはかなり変曲しちゃってるけど」


「ああ、キリストも浮かばれねえな。自分の誕生日に街でカップルがイチャついてんだから」


「僕だったら妬みと嫉妬で生き返っちゃいそうだよ」


「結局妬みしかないのな……」


 隼人は呆れながらも話をさらに振る。場違いで不自然で、いっそ不気味なほど。

 そんな僕たちの態度に、流石にカチンとしたらしい先生が割って入る。


「なんでもいいが、話の趣旨がだいぶズレてるぞ。しかも先生抜きで」


「ふっふっふ、そう思います先生?」


 僕の含み笑いが相当イラつくのか、何故か味方の隼人が嫌な顔をする。


「…………なに?」


 先生の顔が厳しくなる。これから何か悪巧みでもしてくるんじゃないか、と疑っているのかもしれない。

 しかし残念ながらそうじゃない。何故なら


「もう悪巧みでもは終わっているからね」


 僕のその声と同時に熊が、ドカッと膝をついてそのまま倒れた。

 東野先生は、何が起こったのか分からないように目を白黒させる。


「隙あり!」


 その一瞬の隙を突くように、隼人が東野先生を殴って昏倒させる。

 こちらもまたドカッと音がなり、その次の瞬間には先生の身体は床へと倒れた。念のため息の確認をして、気絶したことを確認する。


「いやぁ、先生への暴力に家庭内暴力……隼人もいよいよ犯罪者だね」


「うるせえ、その分こっちは部屋割りとか理不尽なんだ。気にしたら負けだろ」


 だとしても先生への暴力は普通に停学処分レベルでまずいと思うのだが、まあ殴ったのは隼人だしいっか。


「念のため縛って置いとくか」


 そう言って東野先生をどこから持ってきたのか、ロープで雁字搦(がんじがら)めに縛る。


「さてと、もう大丈夫だよみんな」


 そう言った途端に、草むらからみんなが顔を覗かせる。そしてその中の一人、悠太が出てきたため僕は彼に詰め寄った。


「助かったよ悠太。本当に役に立つね、その影の薄さ」


「それ、褒めてない」


 不服そうに悠太は唸るが、本心からお礼を言ってるのだ。知ったこっちゃない。


「いや、でも本当助かった。正直うまくいくとは思ってなかったがな」


「ご主人、なんで急に熊のHPが尽きたんだ?」


 肩まで登ってきたユキが不思議そうな顔をする。


「ん、ユキは気付いてなかったの?」


「何が?」


「熊の足、見てごらん」


 今思ったが、あの気絶している熊はほっといても大丈夫だろうか。なんか見つかったら大騒ぎになりそうだけど。


「紐?」


「違う、あれはベビだ」


 熊の足元を見てみると、一見ホースのようなベビが噛みつくようにまとわりついている。


「つまりあれだ、アニキの注意が逸れてるうちに、影が薄いという特徴を受け継いだ悠太のベビがこっそり近づいて噛みついていたわけだ」


 それを聞くと、ユキは納得が言ったように掌に拳を乗せる。


「正直バレると思ってたんだがな。アニキも案外抜けてんだなあ」


 隼人は意外そうに呟く。普段の東野先生は案外しっかりしてるらしい。


「……気付かない東野先生がとろいのか悠太の影の薄さが尋常じゃないのか……なんにせよ都合良すぎだね」


 僕と同意見のようで、ユキが呆れたようにため息をする。オレ、いらなかったんじゃね? というように。


「しっかし驚いたわね。まさか先生がケモノを使ってくるなんて」


 雲母は未だに驚きが取れないのか、顔が呆けている。


「よくよく考えてみりゃ、アニキがここに入ったから俺も入ったようなもんだしな」


 こいつは兄が好きなのか嫌いなのか結局どっちなのだろうか。


「あ、そういえば東野先生って幾つなんですか?」


 結城さんが思いついたように聞いている。確かに、東野先生の年齢は聞いたことがない。


「確か24だと思ったが」


「「新任!!?」」


 驚いた声を上げたのは雲母と僕だ。

 聞いた結城さんは逆に落ち着いていた。


「いやいや、去年僕らの担任っていきなり過ぎない!?」


「そ、そうよ、それにあの落ち着きようよ!?」


 落ち着きよう……と言えば聞こえはいいが要するにめんどくさがりや。新任ならもっとあたふたしてもいいだろうに。


「んーさあな。ってか気付くのに遅過ぎだろ。ついでにアニキは空気が読めないだけな」


 隼人がそう言って締めくくる。


「んなことより、さっさと移動するぞ。やっとここまで来て応援なんて呼ばれた日にゃあ報われないからな」


 そうだそうだ、あまりの衝撃に思考がぶっ飛んでいたが、これで先生の脅威は去ったと考えていいだろう。それはつまり、便利の象徴『コンビニ』が目前にあるということだ。


「なんでもいいけど、あれいいの? もぞもぞしてるよ?」


 朝霧さんがにこやかスマイルで指を指す。

 そこには意識が戻りかけている東野先生が……


『『ゴンッ!!!』』


 勢いだが、僕も犯罪者に成り下がってしまった。


 ー


 東野先生にたんこぶを植え付けてから、僕たちはコンビニに向かっていた。そう、イッツconvinient……便利の象徴である。

 ここまでかなり障壁がでかくて、正直おとなしく寝てれば良かったんじゃないか? とも思わなくもない、

 がしかし、ここまで来たんだ明るく行こう明るく。


「終わりよければ全てよしってね」


「ご主人、少なくともそれは何かして無駄だったときの言い訳ではないぞ」


 毎度お馴染みの定位置、頭の上でユキが呆れたように息を吐く。


「しかもあんた終わりよければって全然良くないじゃない。東野先生殴って気絶させちゃったんだから」


「いや、元はと言えば隼人が気絶させたのが原因だからね。全責任は隼人にあると思う」


 雲母の突っ込みに踏ん反り返ると、横で隼人がふざけんなと言わんばかりに睨んでくる。


「咲……あれ」


 隼人が低い声で唸るように巴里さんに手を向ける。

 巴里さんの方もそれだけで意図を見抜いたように頷くと、黙ってスカートのポケットから携帯を取り出す。

 ちなみに僕らの姿は寝間着ではなく普段着だ。僕たち男子組は特に気にしないけど、やはり女子組はそうは

 いかないらしい。


 隼人は携帯を受け取ると慣れない手つきで操作する。巴里さんは、勝手に携帯を弄られることに別に気にしないらしく、途中途中で操作の手伝いをする。

 やっとその画面に辿り着けたのか、ご機嫌よくその画面を僕に向けてくる。


「お前がアニキを殴ってるシーンだ」


「なんてもの撮ってくれたんだ! よこせえぇぇ!!!」


 しかも自分の殴ってるシーンだけ消しやがった。さっきまでの操作はこれをするためか。


「おまえ、女子生徒の携帯を寄越せとか最低だな」


「貴様にだけは言われたくないセリフだ!」


「はっ、俺は了承を得てるんだからおまえとは違う」


 隼人が鼻で笑って僕を見下す。見ていてとても不愉快な顔だ。


「先生を殴ってしまいました……どうしましょう……お父さんに怒られ、いやその前に停学じゃ……(ガクガク)」


 結城さんは自分が殴ったわけでもないのに、僕ら以上に心配していた。

 恐らく、というか絶対に結城さんは脱走したことがバレていないのだけど、そもそも不良行為を行うことがないのだろうか。


「結城さん大丈夫だよ、主犯は隼人。これで僕たちは巻き込まれた被害者と言うことにしておけば良いから」


「『くたばれこのくそ野郎おぉ!!!』」


「その僕の犯行を録画した携帯を渡せ!」


 ギロリと睨んだかと思うとすぐさま録画を見せてくる。ちっ後で巴里さんに貸してもらおう。


「おっと見えて来たぞ」


 海のそば、防波堤を道なりに進んでいると見覚えのある灯りが見えてくる。小さいながらも、見るだけで人の心を安心させるのは何故だろうか。


「まあ今は餓死の危険性が全くないとも言えるし……」


「多分、言えないと思いますが……」


 結城さんの呟きにそっと顔を背ける。

 男の子のお腹は女の子のそれとは違う(と思いたい)のだ……ということにしておく。


 しかしまあここまで本当に長かった。やれ先生を回避し、やれ先生を騙し、やれ先生を殴り気絶させる…………これ絶対バレたらやばいな。先生のうんたらかんたらだけじゃないか。

 とくかく、そんな苦難の結果が目前に迫る。


「「やっと……ここまで来たんだ(のか)……」」


 隼人と2人、お腹を鳴らしながら感慨深げに呟く。と同時に、自動ドアがピンポーンという軽快な音と共に開いた。

 ふと中を覗くと本から食べ物、生活用品まで色とりどりの商品が並んでいる。そして意気揚々と店内に踏み込む……と


「貴様ら……ここで何をしている……」


 差し入れらしき袋を大量に抱えた富田先生が、僕と隼人を睨んでいた。


 ー


「ハア……ハァ…………」


 波の静かな音を、横目ならぬ横耳……いやまてそもそも耳は横についてるんだし……じゃなくて、とにかく実際には大して聴けてもいないのだけど、僕は息を整えていた。

 さっきまで聞こえていた筈の呪詛はいつの間にか消えており、深呼吸してやっと小豆を揺すったような音を聴くことができる。


「みんな無事に逃げられたかな」


 雲母はいち早く富田先生の存在に気づいたらしく、結城さんと巴里さんと共に即刻姿を消した……僕の影に隠れるように。

 悠太もまたお得意の影の薄さを利用して……というかそもそもハナから気づかれていない。

 朝霧さんに関しては、到着直前にも関わらず道に迷っていた。


 ちなみに僕は、ユキを先生にぶん投げてその隙をついて脱出した。ユキのネックレス越しの怨念プラス実際の非難の叫びは流石に応えるものがあったが、まあ後悔はしていない。

 呪詛が消えたのはネックレスの効果範囲が過ぎたのか、はたまたヤられたのか。前者であることを祈るばかりだ。


「ちょっと疲れた……ん、あそこでいっか」


 しばらく走ったせいか、防波堤が無くなり観光向けの砂浜まで来ていた。街灯はなく、人気も勿論ないが、月や星々の明かりで十分視界は確保できる。波もまた押しては引き押しては引きを繰り返して、砂を常に湿らせ続ける。

 そんな中、海の家、というにはあまりにもボロくさい小屋があった。元々物置だったらしいそれは、今はもう見る影もなく、バス停のように半分になって崩れていた。

 と、そこへ行くと


「あれ? 迦具土くん」


「結城さんもここに逃げてたんだね」


 体育座りをしている結城さんがそこにいた。


「あれ、でも雲母と巴里さんと逃げてなかったっけ?」


「それが途中で逸れてしまい……まあ私の足が遅いせいなんですけどね」


 結城さんは自嘲気味に笑いながら頬を人差し指で掻いた。否定してあげたいが、獣修決戦の時のことを考えるとなんとも。


「お隣、いいかっな?」


 気障ったらしく言うつもりが緊張で声が裏返ってしまった。慣れないことはするもんじゃない。


「あ、はい」


 結城さんが小さなスペースを無理矢理にでも開けてくれる。とは言っても、2人分は余裕にあるので、神は密着大サービスを与えてはくれなかった。


 座った先には暗くとも海岸線が一望できた。船一つないその海はたまに魚が跳ねるのか、波とは違う音色を奏でていた。

 しかし残念ながら僕にとってそれは眼中にない。何故なら、海に見惚れている結城さんに見惚れてしまっていたからだ。

 クルリとウェーブがかかっていながらもさらさらした髪が風になびいている。その横顔は、僕の視線を釘付けにする魔法の光だ。


「綺麗ですね」


「うぇい!? そ、そそそうだね」


 急に話しかけられて慌てて視線を前に戻す。

 じっと見て気持ち悪がられたかな……


「あはは、僕はあまり夜景とかそういうの興味ないんだけど、ここはすごく綺麗だなって思うよ」


「あまり……興味ないんですか」


 結城さんが意外そう、というより悲しそうに目を伏せた。何か余計なこと言っちゃったかな。


「あ、えーと、興味ないのはないけど、一つだけ気に入ってる場所があるんだ」


「その話、詳しく聞かせてもらえますか!」


 結城さんはその瞳を、まるで何かを期待しているかのように輝かせて聞いてきた。

 なんでここまで食いついてくるかは分からないけど、少なくとも余計なことは言ってなかったのだと安心する。


「あ、その……実は気に入ってる場所があったなあってくらいしか覚えてないんだ」


「……場所もどんな景色かもですか?」


 場所は、確か広大などこか、景色は何故か胸がすうっと浮くようなイメージ。しかしそれ以上の記憶がない。


「ごめん、やっぱり全然覚えてないや」


「……そう…………ですか」


 また結城さんはしょんぼりしてしまった。しかしこの感覚、何故かどこかで味わったことがあるような……


「私も…………」


「うん?」


「私も気に入ってる場所が一つだけあります」


 横を向く結城さんと自然と目が合う。どうにも気恥ずかしく、それはまた彼女も同じようで、お互いに顔を背けてしまう。


「へー、どんな場所なの?」


 恥ずかしさを誤魔化すために必死でそう話題に返すと、結城さんは正面を向いたまま微かに頬を赤く染めつつ答えた。


「はい、詳しくは秘密ですけど、ただ一つだけ」


 そう言って唇に人差し指を軽く触れる仕草をする。


「…………約束、したんです。またこの景色を一緒に見ようって」


「…………約束?」


「はい、まだその願いは半分しか叶ってないんですけどね」


 結城さんは顔をこちらに向け、僕の瞳に何かを訴えかけるように見つめる。

 しかし残念ながら何を求められているのか僕には分からない。というか半分は叶ったのか。


「良かったね」


「え?」


「いや、ほら……少しでも叶ったのならさ、その分得だと思うんだ。だって、半分の次は全部なんだし、半分多く叶ったみたいな……うん、全然何言ってるか分からないね」


 結城さんがきょとんとしてしまったため慌てて弁明。自分でも何を言ってるのか全く分からないのに、それを他人が理解できるはずが無い。

 僕のバカ! もっと国語勉強しておけよ!


「ふふっ」


 頭を抱えて本気で悩んでいると、堪らずといった調子で結城さんが突然吹いた。

 今度は僕がきょとんとする番で、思わず結城さんを見つめてしまう。

 結城さんは涙を指で払いながら


「あはは、そうですよね、半分……お得でした」


 そう言って笑顔をこちらに向けた。

 その頬をさっきとは違う、薄い桜色に紅潮させた笑顔は、何よりも美しく、また輝いていた。暗い空に浮かぶ無数の星々のどれよりも、輝いていた。


 そして僕は、分かってしまった。


 ああ、僕は…………この人が好きなんだな。


「迦具土くん?」


「ふぇ!?」


「急にぼーっとしてどうしたんですか?」


「や、えと! なんっでみょない!」


 慌てたせいで声が裏返っただけじゃなく、噛んでもしまった。羞恥に穴に入りたくなるが、一深呼吸をして落ち着かせる。


「そう……ですよね…………覚えてはない……ですよね」


「あ、ごめん今何か言った?」


 ボソボソと呟かれたのと深呼吸に必死になってたのでイマイチよく聞き取れなかった。


「い、いえ! こちらの話ですので!」


 結城さんは失言だったとばかりに首を横に降る。必死さと丁寧さと幼さが入り混じっていてちょっと可愛い。


「それより、そろそろ戻りましょうか」


 それでこの話は終わり、と結城さんが立ち上がる。

 僕は突然の行為に反応しきれず、結城さんを下から見上げる形になった。

 そして彼女は言った


「さあ、帰りましょう()くん」


 僕はこの時、彼女の言い回しに気付かなかったが、こう返したのを覚えてる。


「うん、帰ろっか、みんなのところに」



 ー




 後日談、というのには時間経過はあまりしていないが、僕と結城さんは案外簡単に宿に帰れた。隼人の言う通り、帰りは危険もないのだから不思議だ。

 正直、まださっきの彼女との会話で頭がぼーっとしているが、帰って隼人でも殴れば気が済むだろう。


 そして明らかにここだけオンボロな部屋へと帰ってくる。扉を開けてただいまと一言。すると


「遅かったじゃないか、迦具土」


 ………………富田先生が悠太(くたばってる)、ユキ(死んでる)、隼人(もはや原形を留めていない)を抱えて立っていた。


「いや、先生こそ早いですね。それにこんな所で奇遇で」


「ははは、そんなことないぞ、なあ迦具土」


「ははは、そんなことありますよ、先生」


「あははははは」


「あっははははは」


「「あははははははは」」


 2人の乾いた笑いが部屋内に木霊する。

 そして次の行動は早かった。


「さらばっ!!!」


「逃がすかこの馬鹿者があぁ!!!」


「ウグェ!!?」


 人間では手の届かないような速度で首根っこ掴まれる。

 そして恐る恐る背後を振り返ると、そこには悪鬼も泣いて帰るような恐ろしい顔が


「就寝時間を守らなかっただけでなく脱走、しかも東野先生への暴力も働くとは……おまえはそんなに夜の教育指導を受けたいか!!」


「いやアァァア!!!」


 そうだよ、顔バレてんのに逃げるもクソもなかった。この先生から本気で逃げるんだったら地球の裏側ぐらい行かないとダメじゃないの?


「その腐った根性と心と肉体と精神と身体を鍛えなおしてやる!!」


「今二回ずつ言った!! 全身をバキバキにするって二回言った!!」


 いやアァァアアという叫び声がオンボロの宿と新品の宿両方に響き渡ったという。




 そして




「やっぱりバレてないからって黙ってるのは良くないですよね」


「そうね、女だからって甘くされるつもりもないし」


「…………(コクコクっ)」


「あはは、やっぱり9組のみんなって面白いね」


 女性陣の密談も知らずに、僕たち男性3人(+1匹)組は夜通しの補習からまたも懲りずに脱出しようとして、今度こそ鉄拳フルコースをお見舞いしていたのだった。

修学旅行編2部完結です。

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