大脱出計画ミッション3
源先生によるチェックポイントが終わり、僕たちは次の巡回中の教師の前へと来ていた。
「次は柊の出番だ。今度は朝霧の代わりにお前が行ってくれ。やり方は一緒だ」
隼人が次の指示を飛ばす、が、作戦の使い回しではないだろうか。事実雲母がなんで私なの、という顔をしている。
「ああ、理由は簡単な話、次の教師がアイドル好きだからだ」
「別に私、アイドルじやないんだけど」
確かに、アイドル並みの容姿はしているが、別に雲母はどこかの事務所に入っているわけではない。
「いや、これが重度のアイドル好きらしくてな。どこから仕入れたのか、柊がアイドルにスカウトされた話を聞いたらしい」
「うっ…………」
雲母は嫌な思い出でもあるのか、少し声を詰まらせた。
「え、雲母ちゃんアイドルにスカウトされた事あるんですか!? 凄いです! なんでやらなかったんですか?」
結城さんは転校してまだ数ヶ月しか経っていない為か、驚きに満ちた表情をしている。
雲母はそんな結城に苦笑しつつ、ボソボソと呟く。
「ちょっとね……ほら、勉強も忙しかったし」
「の割りにあんまり頭が良くなごめんなさい」
僕の発言は雲母の握りこぶしによって遮られた。
僕は雲母の幼馴染だ。実際のところ、何で雲母がアイドルをやらなかったのか、声を詰まらせたのか、知っているが、それは例え結城さんでも勝手に話して良い物じゃないだろう。
「なるほど、それでオレたちの学校にアイドルが誕生したら嬉しいと」
「お、チビの癖に回転が早いじゃねえか」
「む、一言余計だ!」
僕の頭に鎮座するユキは、口を尖らせている。
「まあとにかく、そういうもろもろの事情があって柊はあの先生に好かれている」
「んー、分かったけどあんまり気乗りしないわね」
「そこを何とか頼めないかな」
「……それって私じゃなきゃダメなの?」
ん? それはもちろん、アイドルにスカウトされた経験があるのは雲母だけなんだし、適任だと思うから。
「うん! 雲母じゃなきゃダメなんだ!」
「……………………そう」
何でか知らないけどそっぽを向いてしまった。そして、一瞬チラッと見えたが顔が赤かったような……
「ならしょうがない。いっちょ雲母お姉さんがやってあげましょう」
そうやって振り返った雲母の顔はもういつも通りだった。さっきのは気のせい?
そして結城さんが雲母の顔をじーっと見つめていた。何か顔に付いているのだろうか。
「ほれ、柊トランシーバー代わりに」
隼人がユキを片手で掴んで雲母に放り込んだ。
「もうなんか完全に道具扱いだよね!」
そして雲母は満面の笑みとなり、ユキはこれからの未来を想像したのか、顔面をさらに白く染めた。
案の定頬ズリが始まり、摩擦なのか精神的なものなのか、ユキの頬がゲッソリしていく。ヤスリもびっくりなスピードだ。
「ご主人、後生だ助けてくれ!」
「ほら雲母そろそろ止め……」
「そうです! 次は私の番なんですから」
「……ごめん僕にはどうすることも……」
「ちくしょう! またか!!」
一連の処刑が終え、2人とも満足したのかその顔は笑顔で輝いている。一方ユキはスルメのように干からびている。
「なんかあれ髪飾りに見えないんだけど」
「ああ、干からびたスルメを付けてる変な人にしか見えないな」
そんな僕たちの言葉が聞こえてないのか、雲母はさっさとチェックポイントへと行ってしまう。
しばらくすると、雲母達の会話がユキを通して頭に流れてきた。
『先生』
『んん!? こ、ここここれは柊しゃん! どうしたでゲソか?』
『あ、いえトイレにと思いまして。部屋のは壊れているみたいなので』
『そ、そそそそうでしゅかゲソ!! 』
これは干からびたユキの脳内変換によるものなのか先生のキャラなのかどっちだろう。
『ところで柊しゃまは』
ついに様を入れやがった。緊張のせいか知らないけど噛みすぎだろこの先生……いや最早そもそも先生か?
『スルメ系アイドルになるおつもりで?』
そんな匂いのアイドルが売れたら世も末だ。
「ねえ! スルメ系アイドルって何?」
「噛めば噛むほど味があるアイドルってことだ朝霧」
ナイスだ隼人。これ以上朝霧さんのトンチンカンにはついていけないから。
『可愛いですよね!』
『そ、そうでしゅね……』
雲母の可愛いはこんな先生にすら受け入れて貰えないらしい。
『あの、案内して貰っても良いですか?』
雲母が上手いこと先生を移動させてくれたみたいだ。僕たちが通り抜けるまで常にでしゅでしゅ聞こえたが気にしてもしょうがないだろう。
しかし、離れに泊まっているはずの雲母が本館に来てることも不自然に思わないなんて……
「帰ってきたわよ」
毅然とした態度で戻ってきた雲母。
「あれ、妙に早いけど大丈夫なの?」
「あー……だってあの先生ぶつくさ言ってて全然視界に入ってなかったから。ついでにトイレに行こうとする私を見る目がなんか怖かったし」
世も末だ。
「さて、ここまで来ればあと少しだ。残りはあと二箇所だ」
僕たちの冒険も遂にここまで来たのだ。思えばここまで長かったような……何故だろう、痛みと恥と憎しみしか思い出せない。
「次はどんな作戦なの?」
せっかくここまで来たんだ。早く僕たちの空腹を満たしたい。
きっとこいつなら完璧な作戦があるんだろう。
「強行突破だ!」
……………………ダメかもしれない。
「どう考えても流石に無理でしょ!!」
「ああ、正確には違うが……結城、おまえの頭脳を借りたい」
はて、結城さんは確かに頭が良いけどここに必要なのは隠密性とかじゃないだろうか。
「実は、次は教師2人が相手になる。そこでだ、こいつらの巡回ルートを見極めて活路を見出して欲しい」
「わ、わかりました!」
緊張しているのか、結城さんは胸に手を当てて大袈裟に返事をした。
「大丈夫だよ結城さん」
「え、でももし失敗したら…………」
「もし失敗しても、えいって僕らが先生の記憶を消すから……………………物理的に」
「それって絶対暴力沙汰ですよね!?」
ダメですよーと必死に訴えてくる結城さん。
「まあ別に最悪な状態も視野に入れてるから安心しろ」
隼人も結城さんを安心させる。
本当女子には優しいなあ。
「…………何故俺を狙う」
僕のカッターがすんでのところで避けられた。
だって、女子に優しい隼人を見て巴里さんがむくれたような表情をしてるから。女の子を悲しませる奴は葬らなければいけない……決して私情は挟んでいないのだ。
「じゃあ、行ってきます」
そういって駆けていく結城さん。
「きゃあ! 転んじゃいました」
…………大丈夫だろうか。
「ちょっと心配だから僕も見に行ってくるね」
「おお、バレるなよ」
結城さんのあとを、ばれないようこっそり尾ける僕。なんだかストーカーみたいだが断じてこれはストーカーではない。
「ええと……まずは……」
まずは先生の様子を影からこっそり見るのが普通だろう。最初は巡回ルートが分からないのだから特に慎重になって……
「あ、分からないことは先生に聞けばいいんですね!」
いきなりご破算だ!
「結城さん! まずはこっそりだよ、先生にばれちゃまずいんだよ!」
「ひゃっ! 迦具土くんですか、もうビックリしちゃったじゃないですか」
こっちもこっちでビックリしたよ、こう冷や汗が出る感じの。
「とにかく、こうやって隠れながら見ないと」
スパイ映画などでよく見る、壁を背にこっそり向こうを見る仕草をする。
「は、はいそうでした」
僕の真似をして視察をする結城さん。一生懸命なのはいいけどあまり顔は出さない方がいいかもしれない。
「だいたい分かりました」
「え、もう!?」
頭がいいとこんなことも簡単に出来るのだろうか。
僕も頭が良く生まれたかったものだ。
戻ってから、結城さんの説明が始まる。
「先生方は、広いロビーを交差しながら回ってます。一見死角がないように見えますが、逆に真ん中が空いてますね。物陰に隠れながらなら行けると思います」
「そうか、じゃあ咲、まずは手本として行ってきてくれ。おまえの理解力と人を見る力なら、なんとか出来るだろ」
巴里さんは軽く頷いて、結城さんの指定された通りの道順をなぞった。途中何度か危ないシーンもあったが、先生達の行動パターンをしっかり見ていたのか、なんとかバレずに通り抜ける。
そして、渡った先の物陰で僕たちだけに見えるように、手で丸を作った。
「よし、今のままで1人ずつ行くぞ」
隼人、朝霧さん、雲母、結城さん次いで僕が進む。
あ、あと悠太が残ってた。
「ふぅ、なんとか見つからずに済んだね」
「本当、朝霧さんが何もなくて良かったよ」
「それどういうことかな迦具土くん」
朝霧さんがむくれたような顔でこっちを見てくる。ごめんごめんと適当に流しておくのがいいかもしれない。
「さてと、後はあそこだけだ」
隼人が指差すのは玄関、いや外だろうか。
「まずは様子見だ」
あれ、隼人ならもう作戦があってもおかしくないと思ったんだけど。
そう思いつつも黙って外に出る。そして、草むらに隠れながら整備された道を進み、もうすぐそこというところで隼人が歩みを止めた。その顔は、どうしたものかと思案に満ちていた。
「どうかしたの、隼人」
「いや、多分ここで俺の作戦は役に立たない……何故なら」
「おい、そこに居るのは分かってる」
なに!? 完璧に隠れている筈だったのに。
「流石俺の行動パターンが読めてやがる。おまえらはここにいてくれ」
そう言って隼人が草陰から出る。
そうか、隼人の行動パターンが読めて作戦が通用しない…そんなの1人しかいない。
「よお、兄貴」
「まったく……俺がどやされるんだぞ? 他にもいるだろう……出てこい」
呼ばれるが騙されるものか。顔さえ出さなければ怒られるのは隼人一人の犠牲で済むのだ。ある程度当たりはつけれるかもしれないが、それだけで生徒を叱れる訳がな……
「だそうだ、宮」
あのクズ野郎。
「そうか迦具土とユキか、やっぱりな」
まあバレてはいたみたいだししょうがない。
「こんばんは、東野先生。こんな所で奇遇ですね」
「ああ、本当何かの間違いで奇遇であってほしいよ」
隼人は僕以外の人をバラすつもりはないようだ。まあ当然だろう、あと残るのは女子だけなのだから。悠太はまあ……助かったのだから、忘れてたの許してくれるだろう。
「今更だけどご主人、オレは出なくて良かったんじゃ」
聞こえない。
「さってと、それじゃー早速訳を話してもらおうか」
「違うんです先生!」
隼人の思考は読まれているんだ、なら僕がどうにかするしかない。
「ほお、何か理由があるのか?」
「隼人とのランデブーに来ただけなんです!」
「…………まあ、見なかったことにしてやる」
しまった、パニックのせいでさっきの朝霧さんがうつっちゃった。
「違うんです! 間違いです!」
「つまり脱走しにきたと」
「うぐっ…………」
このバカ! と隼人に肘を突かれる。
「まあとにかく話は指導部屋で聞こうじゃないか…………富田先生とな」
それは言外に死を宣告したようなものだ。
「ええーい! こうなりゃ強行突破だ! どうせあの汚い部屋のことで文句があったとこなんだ!!」
隼人の掛け声に合わせて僕も突進する。拳を握って東野先生を狙いに定める。
流石に2対1ならこちらに勝機がある。昏倒させた後で、あれは夢だったとか言っとけば問題ない。
そこまで考えて僕たちの拳は東野先生の顎へと
「召喚!」
ヒットする寸前、光のエフェクトから出てきた何かによって僕たちの攻撃は遮られた。
「おいおい」
「それって……」
光が消えてその姿が徐々に明瞭になる。
全身は焦げ茶色の毛に覆われ、爪は何もかもをえぐりとりそうであり、出会った者全てを萎縮させる眼光がキラリと光る。そこにあったのは
「熊…………だと」
『グオオオォォォォォオオオオ!!』
熊はその巨軀を震わせ鳴き叫ぶ。
「なんで教師がケモノをっ!?」
「ああ、じつは俺はここの卒業生でな。この前確認したら、まだステータスのデータと契約は残ってたんだ」
なんてことだろう、よりにもよって2年と3年のテスト全てを制覇した最強のケモノと遭遇するなんて。
「くっ、これはまずいな」
隼人の頬に汗が伝う。
恐らく、僕の頬にも同じく流れていることだろう。
「とりあえず応戦するしかないね……ユキ!」
「う……出来ればまたの機会に」
ユキは熊に畏怖してなのか、なかなか頭から降りようとしない。
「ユキ、この戦いに負けたらどっちにしろ富田先生に殺されるんだ。だったら少しでも生きる方に可能性を掛けようよ!」
「くっ…………それもそうだな」
やっと観念したのか、しぶしぶといった様子で降りてくる。
「くそ! 召喚!!」
隼人もまたやるしかないとばかりにケモノを出す。
その姿は、狼にも見える程の巨軀を持つ犬だ。
「お前たち……めんどいから大人しくしてくれ」
「「「嫌です!!」」」
僕らは叫ぶとともに動いた。こうなれば先手必勝、素早さだけならユキは頭一つ抜けているのだ。
ペンダントのお陰もあってか、ユキは合図なしで熊へと突っ込む。
ケモノは唯の動物とは違う、主に身体能力が通常よりも遥かに高い。ユキは普通のネズミとは比べものにならない程の速度で移動する。
東野先生は、その早さに驚いたのか何も指示をしていない。
「貰った!」
まずは一撃、クリーンヒットを狙うべく、熊の顎を狙い、飛んだユキの蹴りが炸裂しようとした瞬間……
「ああ、すまんがそれじゃあ追いつけないぞ」
熊の姿が消えた。いや、正確には消えてない。その巨軀からは想像出来ないが、文字どおり目にも留まらぬ早さで攻撃を避けたのだ。
「んなっ!!?」
そして、渾身の一撃を避けられたユキは隙だらけ。そこを見逃す筈もなく、熊はその鋭い爪を振り上げる。
「しまっ……!」
空中では僕らお得意の絶対回避も使えない。今に来る痛みに、僕は全身を震わせた。
「ちっ、そんな見え見えの攻撃なんかするな!」
爪が振り下ろされる瞬間、横から狼犬がタックルをしたおかげで、ユキのギリギリ側を切り裂く。
しかし、熊はそのまま体制を崩すこともなく、その巨腕の矛先を犬のへと変えた。
『キャウン!!』
モロに攻撃を食らった犬が隼人の側まで吹き飛ばされる。
爪でなかったお陰か、なんとかHPは底をついていないが風前の灯火だ。
それに比べて、熊のHPは殆ど変わらない。
一撃の威力もそうだが、防御力が段違いだ。
「くそ、ポーションだ」
隼人が犬に実体化させた傷薬を飲ませると、たちまちHPは限界まで回復した。
「うぅ、こんなのどうしたらいいんだ」
「ご主人! オレに考えがある」
いつの間にか離脱していたユキが僕に話しかける。
「本当!? どっちにしろ作戦なんかないんだ、いけユキ!!」
ユキがまたも馬鹿正直に突っ込む、が今度はそれだけじゃない。秘策を用意してあるのだから。
「いけえユキ!!」
「必殺!」
ユキが叫びながらその小さな身体に力を入れ
「死んだふり!」
ペチンッ
「「あべしっ!!」」
熊の容赦ないはたきがユキと僕を襲う。
「バカじゃないの!?」
「いやいけるかなと」
「目の前で死んだふり叫びながら死んだふりするやつがあるかあぁ!!」
痛い、頬がはたかれたようにじんじんする。
いや、痛みでショック死しないあたり手加減されていたのかもしれない……いやまあこの場合、手加減というより呆れて力が出なかったのか。
「おいそこのバカ2人〜、先生が絶望する前に自首することを勧めるぞー」
何に、とは聞けなかった。
そもそも、自首なんてするならハナからこんな計画はしない。
「貰った! よそ見なんて随分余裕だな兄貴!!」
回復を終えたらしい隼人が、熊の背後から飛びかかるよう指示する。今度はタックルではなく噛みつきのようである。
しかし、東野先生は余裕な態度を崩すどころか、面倒くさそうにため息をついた。
「余裕? あるわけないだろ〜。俺は今必死なんだよ、お前らの反省文を読むのが面倒くさいなって」
熊もまたその行動が分かっていたかのように、犬の攻撃を後ろ足で見もしないで捌く。熊にとっての防御行動が、僕らのケモノにとってはかなりのダメージとなってしまう。
案の定、先程ではないものの、そこそこのダメージが犬を襲う。
「くっ!ポチ!!」
東野先生はいつものマイペースを崩さない。なんせ、もう僕らの反省文の量を指で数えて絶望顔に浸っているのだから。…………いやちょっと待って、もう指折りが片手の折り返し地点越えたんだけど!?
あとどうでもいいけど、隼人の犬の名前はポチらしい。見た目とのギャップがあり過ぎると、ギャップ引きが起こる良い例である。
「くそ、なんかいい方法はねえか、熊の弱点……」
隼人も珍しく考えが浮かばないようだ。
流石に自分より兄の方が上手ということなのだろうか。
「ちくしょう死んだふりしか思いつかない!!」
こりゃやばい迷走してやがる。
というかそもそも、死んだフリは熊を負かすた 為の弱点じゃなくて、逃げる為の手段だろうに。
「ご主人、今度こそいい作戦が思いついた!」
「いや流石に信用できないから」
「今度はマジで! マジなやつだから!!」
「明日こそマジで金返すから、ぐらい信用出来ないよ。まあいいけど……」
その瞬間、ユキの顔がシャキッと引き締まった。
これは本当にマジなやつかもしれないぞ。
ユキはまたも馬鹿正直に正面から突進。しかし、今度は飛びつく訳でもなくただ立ち止まった。そして、まるで雷を呼び寄せるかのように指先を天に向け…………
「あ! あんなところにハチミツが!!(棒)」
バゴンっ!!
「「ぶごはっ!!」
今度こそ熊の容赦ない一撃が僕とユキを襲った。
「ご主人………………」
「………………なに?」
「いや、いけるかなと」
「そんなUFOみたいなノリでいけるかあぁ!!」
痛い……顔が陥没したように痛い…………
なんかもう、ボンネットが凹むような音がしたんだけど……
「さてと、そろそろ終わりにするかな」
先生の気の抜けた声は、何故か僕たちを震え上がらせた。何かがくる、と感じても迂闊に動けない。
そう思った瞬間、熊は動き出した。




