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ケモノテスト  作者: ヤタ
3章 暴走!騒動!修学旅行!!
29/39

一寸法師って実はすごく大変だよね

遅くなりましたorz

 白い光が漏れたその先には、不思議な空間が漂っていた。歪んだような、むしろこの世の何処よりも真にしっかりしたような。

 距離間は感じず、このまま永遠と歩き続けることが出来るようだった。

 一寸先には青や赤などのシャボン玉色の、不思議な色合いが溢れている。

 そんな中を僕たち二人と一匹は、慌てるでもなく、その不思議な現象に感動するでもなく、ただ口を結んで白い目で歩いていた。


「ねえ、ここどこだろう」


 僕がいよいよといった風に口を開くと、隣で歩く隼人はどうでもいい、もう何も考えたくないといった様子で俯いた。


「知らん……がろくなことは起きないだろうな」


 その言葉に僕も神妙に頷く。

 確かにこの先で楽しいことは起きないだろう。

 暗闇に閉じ込められたような不安はないが、その分冷静になれて、これから何が起きるか分からないような気構えがあり、緊張感は倍増する。


「ご主人、何で入ったんだよ」


 頭の上では、白い目をしたせいで最早雪の塊にしか見えない白ネズミのユキが話しかける。


「そりゃああの振動で後ろの道がふさがっちゃったからだよ」


 祭壇が崩れ落ちた後、まるで僕たちを閉じ込めるように帰り道が塞がれた。


「とりあえず真っ直ぐ? でいいのか進むしかないだろ」


 隼人が天を仰ぐ。がもうそれが上なのかも分からなくなってしまった。

 輪郭はボヤけてグネっと曲がっている。

 しばらく進むと今度は何か黒い物体が見えてきた。

 そこにあるのは普段見たところで目にも止まらないただの風景だけど、ことこの場所に置いては不自然なほど整っていた。


「なんだありゃ……石碑か?」


 表面はヤスリで削られた様に真っ平らでいて側面は自然な岩の様にゴツゴツ凹凸が激しい。

 削られた表面には、読めないが恐らく日本語で文字が彫られていた。


「何だこれは、古文か何かか?」


 隼人も読めないらしいこの文字を改めて眺めるが、ゲシュタルト崩壊のように余計分からなくなってくる。

 まるで僕たちに読ませまいとしているかのようなその石碑を、頭の上のユキは鼻をひくつかせて見据えた。


「『我ら、(いにしえ)から伝わりし一族の末裔(まつえい)よ』」


 そしてスラスラと音読し始めた。


「え!? ユキこれ読めるの……?」


「うん、何でか読める。というかこれケモノの文字だぞ」


 何となく感じる、とユキは付け加えてさらにその先を読む。


「『人とは相いれない者なり、新しい境地への道をここに解く。真実を知りたくばこの先を読まれよ』」


 何もないこの白い光の世界で、何故か静かな冷たい風が僕の頬を通る。

 頬に流れた汗が僕の背中をゾクゾクさせた。

 この先を読んだらどうなるのだろう。真実とは何か、古来人とケモノに何があったんだろうか。

 僕は隼人と顔を見合わせて頷く。

 隼人も変な緊張に怯えているのか、ゴクリと喉を唸らせた。


「チビ、続きを」


 ユキにも緊張が伝わったのか、無言で小さく頷く。

 そして続きを歌う。


「『……なーんちゃって!! ここまでのはハッタリ! ジョーク! ユーモアでーす! 楽しんで貰えたかな(笑)あーこの島きて暇だったんで何となーく作ってみました! あ、あとこれケモノ専用ね、人が全部読むとちょーっとまずいことになるかも! まあなんとかなるし、うんがんば!(笑)』」


「「…………」」


「終わりだぞ」


「「笑うなくそがあぁぁ!!」」


 何なんだ何なんだよ何なんですか!

 これから何が起こるって言うんだよ、呪いか災害か地球の崩壊か!


「落ち着くんだ二人とも、ここになんとかなるって書いてあるぞ!」


 悪いがその石碑を信じれる気がしない。

 だって笑ってるんだもの。


「とにかく逃げるぞ! ここに居ても絶対良いことは起こらない!」


「逃げるってどこへ!?」


「前みろ前! なんか出口っぽいの見えるだろ!」


 前方を見るとこの空間に入って来た時と同じような白光りした通路が見える。

 僕と隼人は有無を言わずにそこへ向かって駆けた。

 すぐ近くに感じるのに、虹のように追っても追っても届かない感覚に陥る。

 実際そんなことはなく、少しずつだけど出口に近づく。

 がそこで妙な感覚に陥った。頭の上が妙に重く感じる。


「どうした宮! 考え事してる暇があったら走れ!」


「え、あ、うん!」


 僕は無理やり思考を絶って前方に走る。よく見るともうそれは目前に迫っていた。

 なんだか出口が小さくなっている感覚に陥り、二人して前に突っ込む形でジャンプする。

 とそこは草木の生い茂る地面だった。

 ドサッという音と共に顔から突っ込む。


「くそ! 一体何が起こってんだ!!」


 ふと隣を見ると、隼人が鼻の上に土を乗っけて怒鳴っている。

 目の前にはなんだか白っぽいフサフサした物が行く手を阻んでいた。

 まるでタンポポの白い綿毛をいっぱい詰め込んだ壁面だ。


「ってユキ!? なんかすごくおっきくなってるんだけど!」


 その正体は巨大なユキだった。

 全長三メートル弱はありそうだ。


「違うぞ宮、周りを見てみろ」


 隼人の震えた声に周りを見渡してみる。

 ここは無人島の筈なのに、幅がとんでもなく広い川。何を養分にしたらそんなに大きくなるんだというほどデカイ花。

 そして樹霊何億年だ馬鹿野郎と言いたくなるほど太くて長い木が大量にある。


「……僕たちが縮んでる……?」


「みたいだな……」


 もはや絶句。

 天を仰ぐが、遠くでトンビが嘲笑うかのように弧を描いただけだった。


「どうしよう、てかどう生きよう」


 そろそろ絶望に頭がおかしくなりそうだ。


「くそ! さっきの石碑が原因だよな、あんなオカルト信用したくはないがこれが現実だし……」


 隼人も受け入れがたいのか頭を掻きむしっている。


 ガサゴソ


 その時、今の僕らから見たら何百年生きてんだよって言いたくなるような雑草から、あまり聞きたくない音が響いてきた。そう、何かが雑草を掻き分ける音だ。

 僕らが恐れながら頭上を見上げると、ひょっこり小さなお目目がこちらを覗いていた。

 そして次に見えたのが鎌


「「はいアウトおぉぉ!!」」


 僕達は思わず叫んでいた。だいたいひょっこりっていう割にはユキより大きいんだけど!今の僕らから見たら怪獣そのまんまなんだけど!

 僕の思いも虚しく、大鎌を振り上げたカマキリは僕らのことを完全に餌だと判断したらしく、後部にある羽をキリキリ掻き鳴らした。


「どうする?」


「どうするってそりゃ……」


 隼人は落ち着いた表情でほっこり言った。僕は思わずそこに仏の座禅を思い浮かべてしまった。


「逃げるだろ」


 まるで隼人の一言が開戦の合図と言うように、緑色の巨大生物は猛進してきた。頭部に生える触覚が餌はどこしゃあぁ! と盛んに動き回る。

 開始3秒、僕らは自分達の過ちに気付いた。


「うおいこりゃ逃げきれないぞ!」


「そりゃそうだよ! こっちは数センチ、向こうは20センチはありそうだからね!」


 元々素早い虫畜生が、身体が大きいだけだった人間と徒競走すればどうなるか。


「畜生! この糞虫野郎! 俺ら人間になんの恨みがありやがる! 俺はてめえを食いたいだなんて思ったこともないのに!!」


 隼人が泣き叫ぶが、もちろん巨大カマキリには通じない。

 この日僕らは思い出した、なんて回想が頭に流れてくる。


「冗談じゃない! 食われて堪るか!」


「でもどうすんのさ!?」


「お、そうだ! チビ、チビはどこにいる!?」


 そういえばさっきからユキの姿を見ていない。

 そう考えて後ろを振り向くと、思わずギョッとしてしまった。


「なんかもう鎌の餌食になってるよ!?」


「うおいチビぃ! 勝手にくたばるな!」


 ちくしょう! と隼人は叫びながら落ちている石ころ(この場合砂利)を投げつけるがもちろん緑の甲殻に傷一つつかない。

 というかカマキリとユキの全長がそんなに変わらないため、手が白いモコモコの、新種の生物に見えてくる。


「そっだ! ダイナマイトがある」


 隼人は懐を漁ると、一見おもちゃの花火に見える灰色の筒を取り出した。


「……なんで持ってるの」


「アニキの店に売ってたんで、ちょいと宮を爆発させよ……驚かせようと思ってな」


「ほぼ言ってたよ! なんかもう誤魔化せないレベルにまで言ってたよ!!」


 なんて恐ろしい奴だ。まあこいつなら面白半分で人の口にダイナマイトの一本や二本喜んで差しそうだが。


「ほら小さいことは気にするな。さてこれで奴の右鎌を吹き飛ばす」


「たぶんユキも巻き添えくらうけど」


「大丈夫だ、俺の計算によればあの毛の量は威力を殺せる」


「かんっぜんに見た目判断じゃねえか!」


 隼人は言うだけ言うと、導火線らしき紐の先端を床にギリギリ触れるように近づけた。摩擦の関係で白い硝煙が立ち上ったと思ったら、次の瞬間ボッという音と共に火が点火した。

 とはいっても僕達庶民には、ダイナマイトなんて使う場面はない。ギリギリ手持ち花火に似てなくもないが、それにしたっていつ爆発するかも分からない。

 導火線を着火が、着々と飲み込んでいく中、隼人はタイミングを見計らっている。

 しかし突然逆手に持ったダイナマイトを僕の方に差し向けてきた。


「……ムリ」


「僕もだよ!」


 お互いに細長い棒を押し付け合っていると、いよいよ導火線が尽きそうになる。

 ああもう! と何故か僕に毒づきながら、隼人は意を決したようにそれをカマキリへと、より正確には柔らかそうな腹部の中心へと放り投げた。

 カマキリはまた砂つぶでも投げられたと認識したのか、何も動揺せず僕らを追いかけてくる。


 ポッカーーン!!


 次の瞬間、小さくなった僕らも聞こえる音量は以前とと変わらないのか、ダイナマイトは小さくなった分だけ優しい音が響いた。

 これじゃ効果がないんじゃ!? と慌てて後ろを振り向くと、経験したことのない音と衝撃に驚いたのか、外傷は小さいものの、カマキリはユキを放り出して逃げていった。

 そっと胸をなでおろすと、隼人も息を吐いて落ち着いている。

 放り出されたユキの元に近づくと、抱え込まれてただけなのか、目立った外傷はない。


「んで、なんでまた、あのときユキのことを気にかけたのさ」


 まさかこの後に及んで非常食が、とは言うまい。


「ん、ああタクシー代わりにしようと思っただけだよ。ほら起きろチビ、俺らの馬になってくれ」


 その呼び方で納得してくれたらやばいと思う……


「ん、んー……」


 気を失っていたユキは、幸いすぐ目を覚まし、目を擦りながら上体を起こした。


「馬肉、どこ?」


「ユキ、今の会話の流れだとお前が馬肉になって食われてるよ……」


 肩を落とすがユキは興味が無いらしく、頭を揺する。


「ほらチビ、まずはこの川を伝って行くぞ。どっちにしろこのままじゃ帰れないからな」


 隼人が背後を親指で指すと、そこにはさっきまであった白い空間の欠片も存在しなかった。

 川の出処があの洞窟だとしたら、逆に川を下って行こうという方針らしい。

 二人して苦労しながらユキの背中に乗ると、改めて辺りを一望する。


「はああ〜、僕ら本当に小さくなっちゃったんだね」


「くっそ! 本当に今日は厄日だぜ……」


 普段は目にすることが出来ない、ユキ目線の世界。なるほど、身体が軽くなって、ここから落ちても死ななそうだから自然と怖くないのかもしれない。

 軽く駆け出したユキの上はなかなかに居心地が良かった。夏の暑さは隣の大河と風で中和されて気持ちがいいし、何より楽だ。


 ぐぎゅるるる……


 そのとき、僕は思わず鳴ってしまったお腹をさすった。考えてみれば昼も食べてないのだ、三時のオヤツの一つでも食べたい頃合いだ。


「ったく、そんな音鳴らすな。俺まで腹が減ってきた」


 そんは無茶な、と思いつつも辺りに何か無いか目を配る。大河の水はすごく綺麗なのか、中には時折巨大な鮎が競争していた。

 流石にこいつらを捕まえるのは無理だな、と苦笑してから逆サイドを見上げる。

 そこでふと、見覚えのある赤い果実が目に写った。


「隼人、ユキ、あれ」


「どうしたんだごしゅじ!?」


 食いしん坊のユキは僕の意図をくみとったのか、すぐさまその身体を停止させる。


「ほお、林檎か。よく見つけたな宮」


 隼人の言葉に少し照れくさいが、たぶん本心じゃないので調子には乗らないでおこう。


「ご主人、あれ! 行っていいか!?」


 ユキは違った意味で、背中で息をしていた。背に跨る僕らにとっては迷惑極まりない。

 が、僕もお腹が空いているし、無視して発信!とだけ告げた。

 ユキは水を得た魚……いや鼻先に人参をぶら下げられた馬のように鼻息荒く突進した。

 目先の食べ物に木にぶつかるんではないかという勢いだったが、幸い直前で止まり頭上を星型に照らした瞳で見上げる。

 その拍子に僕たちは転げ落ちたが、まあ運んでもらった義理もあったことだし、と口をつむんだ。


「さて、見つけたのは褒めるが、どうやってとるんだ?」


 隼人の意見に、僕は息を飲むしかできなかった。なぜなら、単純に林檎の木が大き過ぎたのだ。体感的には東京タワーを見上げてる気分だ。

 禁断の果実を食したアダムとイブも、こんな気持ちだったのだろうか。禁断、禁止、それをまざまざと見せつけられているようだ。


「登る……」


「おおやってみろ」


 僕は言ってみたものの、思わず項垂れた。

 いくら身体が小さくなったと言っても、猫のように高いところから落ちても怪我がないとは限らない。そもそも、クライミングなんてしたことも無いし道具も無い。

 物を投げて届く距離でもない……

 まさに八方塞がりだ。


「昆虫に乗って上まで連れてってもらう……これだ!!」


「これだじゃないよ! 一番現実的じゃないよ!」


 大体今襲われたばかりでしょう!? という僕の叫びは、残念ながら隼人の耳には届かないらしく、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


「お、あれ辺りがよさそうだな」


 隼人の視線の先を見てみると、そこには、二枚の綺麗な羽を携えた蝶が一匹佇んでいた。休憩中なのか、羽は身体と垂直に畳まれており、時折開いてはまた閉じている。

 すると、隼人は林檎を切り取るためだろうと思われるサバイバルナイフ(何故持っているかはもう突っ込まない)を、腰から抜き取った。刀身が、太陽から注がれた光をギラギラと跳ね返している。

 タイミングよく蝶が岩の上にいるため、背後からこっそりと近づく。足音を殺しながら隼人は、自分と同じくらいの背丈まである岩をよじ登り、鱗粉の輝く、羽と羽の間に飛び乗った。

 もちろん乗馬のように手綱がある訳がなく、そもそもあっても不可能だが、蝶は突然乗っかられた衝撃に身を激しく躍らせた。

 しばらくすると、その身体はふわりと宙を舞い、隼人の重心の方向け具合によって道筋を変えた。


「うおい隼人! おまえはサーカス団にでも入るつもりなのお!?」


「こんなの余裕だ! おまえも手頃なの捕まえてみろよ! お、ほらあそこひいるやつとかどうだ?」


 もう遥か上空へと旅立った隼人が指差す方向を見ても、そこにあるのは自分の背の三倍はあろうかという雑草がだけだ。


「見えないよ! どんな感じのやつ!?」


「んー、そうだな。足は六本で黒光りしてるぞ!」


「あ、分かったよ! 角が生えてるあれね?」


 言わずもがな、男の子ならみんな大好き『カブトムシ』である。確かに乗り心地は良いかもしれない。


「いや? 角は生えてないぞ」


 …………は?……いやいや角がない黒光りする昆虫って……いや待て落ち着けそうだ、きっと雌だ。雌に違いない!

 僕は普段から逸脱した思考スピードで考え抜いた。理由は一つ、現実逃避。


「あ! 角はないけど触覚が生えてるぞ」


「ダメじゃん!! もう決定だよGだよちくしょう!!」


「ほらほら、角も触覚も似たようなもんじゃないか。虫に角って書くしさ」


「ちがうよ!!? 見てくれが全然ちげえよ馬鹿野郎!!」


 隼人は、まったくあれがダメこれがダメって、と言いたそうに手のひらを肩の高さまで上げた。

 残念ながら僕のDNAには、奴らに食われていた過去の情報が書かれているため、本能的に身震いしてしまう。というか、今の状況だと真面目に食われそうな気が……

 と言ってる間にも隼人を乗せた蝶は上昇し、ついに林檎のなるエリアまで辿り着いた。その中の色が良いものを選んだのか、中域にある一つの側まで近づくと、腿ぐらいの太さがある茎をサバイバルナイフで断ち切った、

 実際は、半ばまで刃を切り入れた所で自身の重圧に負けて、その身を落下させた。

 その様子を見上げていると、ふと視界の真ん中に映るそれを見つめてしまった。次の瞬間一歩も動けなかった僕の前髪が触れるか触れないかという所に、林檎は地響きを巻き起こしながら着地した。


「うわっぷ!? 危ない……」


 僕の叫びに目も向けず、隼人は舞い降りてきた。その優雅な様子はオーロラのように美しい。

 そして巨大な林檎の真横に着地した。


「よしっと、サンキューな!」


 隼人が背中を降りたのを確認したように、また蝶は助走無しにその場で上昇した。


「さてと、こりゃ改めて見るとでかいなあ」


 隼人がおでこに片手をかざして見ている。もちろん斜め上に視線は向けられているが、その目には驚愕と期待の二つが見て取れる。


「ご主人! さっさと食うぞ!」


 隣で待機していた、ユキの瞳にも星がキラキラ灯っている。いやこの場合ギラギラの方がしっくりくるか。

 何はともあれ食べなきゃ始まらん、と思いながらいただきますの挨拶をする。

 まず一口齧り付く。


「!!?」


 お世辞にも美味しいとは言えない。なんせ野生に生えている果物だ。不味くはないが市販品とは比べられない。

 しかしそんなことはこの際どうでもいい。誰だって一度は夢見たことがあるはずだ。小さくなった自分が、大きな肉だのケーキだのにかぶりつく想像を。

 僕はまさに今それをやっている。

 花火大会で食べる焼きそばのようにやたらと上手く感じるその林檎は、気付けば残り芯だけとなっていた。

 大抵はユキの胃袋に収まっている。


「雑食サイコー」


 ゲプッとゲップを吐きながらユキは仰向けになった。


「でも何だろうね、甘い物食べるとしょっぱい物食べたくなるよね」


「ああ、ポテチにチョコレートの意外な組み合わせはありだと思っている」


「オレは美味しければ何でもいいなー」


 ユキの身も蓋もない一言に苦笑する僕と隼人。

 隼人は起きろとユキの脇腹を小突きながら言った。


「さてと、これで食事問題は大丈夫だな。次はこれからどうするかだが、生憎川は滝のようだからな」


 川沿いの先、林檎の木からすぐ側にあるのは大きな滝だった。実際はこの林檎の木ほどの高さでもないが、僕らに恐怖を与えるには充分だ。


「昆虫に乗れば良いじゃん」


「おまえに操縦できるか? それにチビはどうする」


「そりゃ決死のパンジージャンプ……」


「紐なしバンジーは本当に決死だよご主人!!? 死が決まるよ!!」


 ゴゴゴゴと地鳴りのような音が響く。

 あくまで体感的には、ナイアガラの滝と変わらない。小さくなって軽いからと言っても、勇気は相当に欲しい。それに、体重の重さと高さの関係でどれだけ衝撃がくるかなんて計算は、僕らには無理だ。

 ああ、せめて結城さんがいてくれたら……


「お、ちょうどウォータースライダーみたいになってるぞ」


「うん、安全性が保たれてたなら楽しいだろうね。安全性が保たれてるなら!」


 流れ落ちている滝の一部分、崖が飛び出して斜めに突き出している所がある。ちょうどU字型に窪んでいるため、ここだけ別ルートの水流になっている。サイズ的には、ユキがギリギリ収まるかどうかというぐらいだ。


「つってもなあ、クライミングとどっちがいい?」


「う……それは……」


 実際今手がかりとなっているのは、この川だけである。上流に遺跡があり、本来海に繋がる場所が見つからない以上、不自然で最も怪しい。

 元より引き返すことはできないしここを下るしかないのだ。

 僕は腹に力を込めて、嫌だと叫ぶ理性を押し殺した。


「スライダーで行くしかないでしょう……」


「おお、チビもいいな?」


「うん? 楽しそうだしオレはなんでも」


「じゃあまずは宮から」


「僕!? なんでさ嫌だよ! 隼人からやればいいじゃないか!」


「俺は上から指示しなけりゃかんからな。チビは最後だ、崩れると最悪だからな」


 ぐっと喉に言葉を詰まらせてしまった。

 確かに何処をどうすればいいかなんて僕には分からない。今の所サイズも体重も一番大きいユキを最後にしたい気持ちも分かる。

 しょうがない、なんとかなるか。


「隼人、ちゃんと指示してよ」


「おお、任せとけ」


 笑っちゃうほど棒読みの隼人に、僕はたまらず冷や汗をかいた。

 いやそれだけではない。実際にスタートラインに腰掛けたとき、その巨大さにもかいてしまった。

 下から見上げたときより、上から見下ろす方が高く感じるのは、立った身長の目線が倍になっているからだ。

 しかしそんなことはどうでもいい。今大事なのは僕の命だ。


「ふう〜、押さないでよ?」


「ああ」


「1、2の……うぎゃあぁぁ!! ちょ!? 押すなって言ったのにイィィ!!?」


「え? フリじゃないの?」


「てめえは中学生かあぁぁ!!? 僕は芸人じゃないイィィイ!?」


 僕の泣き叫びが、空気抵抗によって微妙なビブラートと化した。

 もう涙か水が顔にかかったのかも分からない……

 僕は、勢いよく急斜面を下っていった。


 ザッパーン!


 視界がぼやけたその一瞬、盛大な音と共に僕は着水した。心なしか、コンクリートに叩きつけられたような気分なのは気のせいにしておこう。

 なぜ?それは隼人も味わうべきだからだ。


 ザッパーン!


「ぐぎゃあああ!」


 思いの外、腹から落ちた隼人が身悶える姿は輝かしい。ざまあみろなんて思ってないからね?

 続いてユキも滑り落ちてくるが、僕たちより大きいおかげか、それとも毛の量のおかげか大したダメージは無さそうだ。

 ブルブルと大粒の水滴を飛ばしている。


「ご主人! あれあれ!」


「ん……!?」


 そこにあるのは不思議な光景だった。

 いや、僕たちは一度これを見ている。けど、だからこそそれはおかしかった。


「……さっきの洞窟……?」


「いや、細部が少し違うな。川の流れもさっきのが吐き出すようなら今度は飲み込むようだし。というかそもそもサイズが小さい」


 川幅はそのまま、しかし天井の高さが異様に低い。薄く広いそれは、まるでシュレッターの入り口のように禍々しく暗い。


「それでもやっぱりおかしいけどな、地下水でも流れてて循環してるのか?これじゃまるでボウリングボールの通り道だ」


「なるほど、だから海に繋がってなかったんだね?」


「ああ、それに小さくなっちまった人間の為に用意されたようなサイズだぞ。チビでギリギリか?」


「たぶん屈めば行けるぞ?」


 ユキは、伏せのポーズをとりながら入れるかどうか測っている。


「なんにせよ入ってみるしかねえな、時間的にも……」


 空を見上げてみると、太陽はかなり下がっていた。

 途中、大疾走したり、高速で水に流されたりもしたが、あくまで小さくなった僕らの足では、かなりの時間を要してしまった。

 僕らはまた洞窟へと足を進めた。

 改めて近づくと、隼人の言いたいことがよく分かる。僕らがまだ大きかった頃、全ての元凶となった洞窟と体感的には全然変わらない。違和感があるのは、ユキが身を屈めていることぐらいだ。

 あまりの自然さに、ユキが大きくなったと錯覚してしまう。

 しばらく歩くと、太陽の光が途絶え、代わりに光る苔が僕らの明かりとなる。

 また大きな空間に出るのかなあ、などと思っていると行き止まりに当たってしまった。


「え、何もないじゃん……」


「よくみてみろ、この壁面なんか書いてあるぞ」


 そこには、雑な彫り方のせいでなんとか読めるかも、というレベルの文字が書いてあった。


「あれ? 今度は読めるね」


「ああ、つくづく小さくなっちゃった人間の為みたいだな」


 そこには簡素な日本語でこう書いてあった

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