海も釣りもギャングでも
修学旅行編に入りました!
ジメジメとキノコでも生えてきそうだった梅雨も終わり、季節は夏に差し掛かろうとする頃…そこにあるのは……青い空! 白い雲! そして焼け付く太陽!! 僕らは今最高にエンジョイしています!!
「いや、まだ飛行機の中だから……」
「……」
僕こと、迦具土 宮の顔には落し蓋のよう雑誌が広げられていた。沖縄の海やツアーにもってこいの場所など、旅行者にはぴったりな雑誌だ。
そして頭の上で鼻をひくつかせながら空気をぶちこわしたのは、僕の相棒である白ねずみのユキである。
「いいじゃん! 楽しみで仕方ないじゃんか!!」
「ああもううっせえな!! モノローグでも現実でも落ち着きがねえぞ宮!」
そう叫びながらこっちを物凄く睨んできたのは、同じクラスの友人である東野 隼人だ。その目つきは警戒全開の犬をも思わせる程厳しく厳つい、まあようするに目付きが恐ろしい程悪いってことだ。そしてなんでまたトランプとかお菓子の交換とかしてそうなせっかくの場面で寝ているかというと、なんだか一昨日に物凄く忙しかったとか。その顔にはまるで喧嘩でもしてきたかのような痣や、流血でもしたかのように包帯が巻かれていた。
「ねえ隼人。その怪我どうしたの?」
「ん? ああ、一昨日ちょっとな……」
そう言った隼人は少しバツが悪そうにしている。
「……隼人」
「ん?なんだ……ってうお!?」
変な叫び声を上げている隼人の方向を見ると、すぐ横に見慣れない顔があった。
「あれ? 確か2-3の巴里さんだよね?」
直接話したことはないけれど、その特徴的すぎる純白の髪色は間違いようがない。
「うん」
覇気がなく、どこかポンワリほわほわしている様子の返事が返ってきた。
それでもやはり巴里 咲さんだ。この前の獣修決戦で、副会長である鳥居くんに負けはしたものの、その実力は遠目で見ていた僕にも分かる。というか純粋に可愛いし。
「え? なんでここに?」
「怪我の様子を……」
「おほん!! ああこれは大丈夫だ。だから自分の席に戻れ」
そう言って咳払いした隼人は、人払いもしたいような様子だ。
「というか名前? 隼人とどういう」
「宮、気にしなくて……」
「恩人」
「………」
隼人を途中で遮ったそのただの一言は、はたしたどこまで信じていいのか。命の、とすれば重いだろうが、そもそもそんなシチュエーションになるのにはどれだけの確率が欲しいのか。
言葉を挟まれた隼人の顔は、やはりどこかバツの悪そうな苦い表情をしている。
「まあとりあえず隼人」
「ん? なんだ?」
「散れ!! このリア充!!」
ズドン!
「あっぶねえ!!? てめえなんてことしやがる!?」
僕の渾身の一撃を込めた拳を、ギリギリのところで避ける隼人。ちっ悪運の強いやつめ。
「ちょっと宮! 後ろまで響いてる! うるさいわよ!!」
そう言って後ろの席から顔を覗かせたのは容姿端麗悪逆無道という、本当なら平行線の様に交わることのない性格と容姿である、僕の幼馴染である柊 雲母だ。それは顔に似合わない性格の不思議ちゃんなんて物を、軽く凌駕したかのようだ。
「ごめんごめん、次は音を立てない暗殺に変えるから安心して」
「安心できねえ!! なんだその発想は!?」
「ところで巴里……さんだっけ? は東野と付き合ってるとか!!?」
ズドン!!
「……!? 柊! そういう質問はガチで命に関わるからやめてくれ!!」
僕の流星の如く発射されたゲンコツを、またもギリギリのところで回避した隼人は冷や汗を垂らして訴えている。こんな美人と隼人がお付き合い? 断じてありえん! ありえても消す!
「あと俺たちは……そんな関係じゃねえよ」
そんな資格は俺にない……と呟きが聞こえた気がした。
「というか巴里さんはここに居てもいいの?」
「よくない」
そう言って巴里さんは2-3の人たちが固まっている席へと戻っていった。
「ったくなんだったんだ?」
隼人は頭を掻きながらその後ろ姿を見ていた。
「あ! みなさん! 外見てください!!」
またも後ろから女の子の声が響く。が、雲母の物とは違い優しい響きだ。
後ろを振り返ってみると、その印象は癒しの一言に尽きるであろう結城 月さんが居た。
そして結城さんの指差す方向、窓を見てみるとそこには水平線が見えるまで透き通った青い海が広がっていた。
「そろそろかな」
「そうだなご主人!」
僕とユキは顔を見合わせて同時に言った。
「「沖縄!!」」
寸分の狂いもなく発せられたその言葉は、きっとユキのペンダントの効果だけじゃないだろう。だって楽しみなのだ、うきうきなのだ、わくわくなのだ!
涼しい顔したって隼人のその口もどこか綻んでいる。
後ろの席では雲母と結城さんがキャッキャと話している。
完全に忘れられている佐伯 悠太だって僕に認識されるぐらいの影が濃くなっている。
そういえば何故僕たちが飛行機に乗っているかと言うと……
「「修学旅行!!!」」
またハモった僕とユキの言葉から、僕らの修学旅行は始まった。
ー
『ピンポーン、シートベルトを外してください』
流れるアナウンスに従ってシートベルトを外す。
離陸と着陸の時はシートベルトを付けないといけないみたいだ。
『準備の出来た方から順に降りてください』
またも流れるアナウンスに、従い動き始めるクラスメイト。その動きはどこか早く早く!という雰囲気に侵されている。
「まったくみんな気が早いなあ。沖縄は逃げも隠れもしないのに」
「おい宮、服の裾を引っ張るな」
「早くしないとちんすこうが!!」
「お前もせかせかしてんじゃねえか! てか沖縄中のちんすこうを買い占めるやつはいねえから安心しろ!!」
何言ってるんだ、ちんすこうは美味しいんだぞ。
まあそれはともかく、忘れ物がないか確認して飛行機から降りる。
「おーい! 2-9はこっち来い!」
遠くから生徒に呼びかけているのは僕ら2-9の担任東野先生だ。
「うっし、全員集まったな。じゃあお前らのこれからの予定だが」
この学校の修学旅行には何故かスケジュールがない。というより教えてもらえない。
「まずは沖縄の海まで行ってそこで自由に散策だ。まあ大抵のやつは泳ぎまくる」
「「「おお!」」」
クラスのみんなから感嘆の声が上がる。
「んでそのままホテルに直行、夜飯を食べて風呂入って就寝」
そう言って今日の夕飯らしき写真を生徒達に見せる。そこには色とりどりの新鮮な魚介類がふんだんに使われている日本食の数々が載っていた。海老に烏賊にあれは鯛だろうか?お造りに天ぷら、シンプルな塩焼きもある。
「「「おお!!?」」」
先程よりも大きく声が上がる。中には生唾をゴクリと飲み込む者もいた。
「みんなの期待は分かるが、ここで残念なお知らせだ。……おまえらは何か忘れていないか?」
はて?忘れ物?寝巻きに歯ブラシ、カメラも持ってきているしあとは……
「あ! ちんすこう百科忘れた!」
「……そんなもんいらねえだろ」
「いやいや隼人、もし何味を買おうか迷ったらどうするのさ?」
「そんな特殊なこと起きねえよ、だいたいちんすこう100種類もねえだろ。まあ俺も枕忘れて焦ってんだが」
どうやら隼人は枕が変わると寝れないらしい。
意外と可愛いところもあるじゃないか。
「枕でもなければ、ちんすこう百科でもサーターアンダギー百科でもない」
東野先生は指を眉間に押し当てながらため息を吐いた。
「やだなあ先生。サーターアンダギーが100種類もある訳ないでしょ」
「迦具土……おまえは俺に喧嘩を売っているのか?」
「ええ!? なんで!?」
当たり前のことを言ったのに怒られてしまった。
「違う違う! 忘れ物とかじゃない! そもそも物ですらない!」
目を瞑りながら一拍おいて先生は告げた。
「獣修決戦だ! まさかおまえら、あれのこと忘れてないだろうな」
「うっ」
忘れていた。この前やった獣修決戦という名のクラス対抗バトルロワイヤル。それは勝敗に応じて修学旅行の質が大きく異なってしまうというもの。そしてこの2-9は隼人のアホ野郎のせいで負けてしまった。
「そこで今回この夕食なんだが……」
「まさか、ランクダウン?」
「えー、やだなあ」
「もはや塩焼きだけとか……」
東野先生の目がクワッ!と開かれる。
「各自調達で」
「「「もはや飯なしかよ!!?」」」
思わずみんなでなんでやねんのポーズをしてしまう。いや、それにしたってあまりにも酷すぎる。各自調達……それって適当に食ってこいってこと?
「いやいや、各自調達ってのは食材を手に入れてこいってことだ。特別な許可は学園長がもう貰ったらしくてな。釣りでも海女さんでもなんでもいいからとにかく取ってこい。安心しろ、みんなどうせ魚介しか出ないから肉取ってこいとまでは言わん」
そう言って釣りのジェスチャーをする先生。
いや簡単に言ってるけどそれって難しすぎない?
「それにな、これはチャンスでもある」
「「「???」」」
「このクラス以外のやつらは食事の量が決まっている。つまりだ、たくさん持ってこれば他のクラスよりたくさん料理が食べれるぞ」
「「「おお!!」」」
騙されてる、みんな騙されてるよ。
「どう考えてもそんなたくさん無理でしょ……」
「ん、宮にしてはよく頭を使ったな」
「にしてはって酷いなあ、どうする?隼人」
「どうするも何も決まっているだろう」
「やっぱりそうだね、隼人」
そう、馬鹿は馬鹿なりに頭を使うのだ。
「「他の奴らから奪う!!」」
「なお、横取りした場合は速攻富田先生の刑になるからな」
「「…………」」
それは過剰刑罰ではないだろうか。
そう、例えるなら100円をネコババしたら5000万円の罰金になるような……
「だ、だめですよ? 横取りなんかしちゃ!」
腰に手を当てて前屈みになった結城さんが、可愛いらしく怒った。こんなことされても反省する気にはなれないし、むしろいたずらしたくなってくる。
「そうよ!」
こちらでは腕を組みながら同様に雲母が怒っていた。
「えー、雲母がそんな真面目になるなんてめずらし……」
「そんなことしたら宮から奪ったのは、他の人から奪ったことになっちゃうじゃない!」
……うん、ズレていないようで完全にこちら側だ。
「まあとにかく! さっさと狩りに行ってこい!」
そう言って僕たちのプチ自給自足が始まった。
ー
さあ! さっきも言ったかもしれないけどもう一度いうよ? 青い空! 白い雲! そして照りつける太陽! そしてそして水着のお姉さんたち!!! ここ重要だから!
キャッキャウフフライフ満喫しているな!
我らが王充学園の生徒も時にナンパされたりなんかしちゃったりして、最高に楽しんじゃってます!!
…………僕ら以外は…………
「あづ…………」
そう、今僕らは水に浸かるでもなければ触れてすらいない。照り返る太陽が炎天下を刺激している。青い空? 白い雲? 何それおいしいの?
「釣れねえ……」
隼人も隣で死んだ目をして唸る
僕たちは潜って取るのは無理だと悟り(一応手掴みに挑戦した)、今は砂浜から少し離れた岩場で釣りをたしなんでいた。
「ご主人……喉乾いた。みじゅ……」
「ほら目の前にいっぱいあるじゃん」
「え、これって飲めるの?」
「余裕余裕」
ユキはどうやら海は初めてらしく、最初見たときはそれはそれは感動していた……が、すぐにこの暑さにうなだれて瀕死と化した。
そして僕の頭からジャンプして海にダイブ。
ゴクっ
「うぎにゃああ!!」
一口飲んだユキは叫びながら右へ左へとゴロゴロ転がった。
「あはは、そんなにおいしかったの?」
「ご主人はこれが喜んでいるサインに見えるのか!!?」
「ほら、水分補給の時には塩分もって言うじゃない」
「それは塩の割合が0.1%のときですよ?」
隼人と逆隣にいる結城さんが声を挟んだ。
僕と隼人(と悠太)と違ってちょうどそこは日陰になっている。が雲母と二人並んでぎりぎりなので僕たちは遠慮している。ユキはというと、入り込めはするが、雲母の頰ずりがダイレクトアタックするので暑くても日差し側にいる。
「ちなみに海水だと3.5%ですね」
「あはは、ごめんユキ。塩と砂糖を間違えちゃったみい」
「間違いの規模がでかすぎるだろ!! 料理失敗しちゃったみたいなノリで言ってんじゃねえよ!!!」
「ふふ、塩と砂糖を間違えるなんて現実でもそうそうないですよ?」
「「………………」」
なら塩と塩化ナトリウムはあるのだろうか。
「だあもう! めんどくせえ! 釣りなんてやめだやめ!!」
イライラが頂点に達したのか、隼人が吠える。
「そんなこと言ってもどうするのさ。手掴みなんてもっと無理だよ?」
「んなこたあ分かってる。だからこれを使うのさ!」
そう言って掲げられた手の中には、二本の槍もといモリが掴まれていた。
「そんなのどこから持ってきたのさ……」
「ん? あそこでレンタルしてた」
隼人の指差す方向には露天のような店、レンタルショップ[東野]と書いてあった。
「き、汚い! レンタルで金を取るなんて!!」
担任、いや教師としてどうなんだ。
「まあ落ち着け宮。身内のよしみで……」
「え、まさかただにしてくれたの?」
「……次回有効の割引き券を貰った……」
「やっぱり汚ない!! なにそれ、次回とかないじゃん!!?」
もう教師とかじゃなくて人としてどうかと思う。
「んでこの二本で潜ると」
「そうだ」
「誰がやるの?」
「おまえと迦具土だな」
「はあ……しょうがなまって!? それ両方僕じゃん! 二刀流にさせる気!!?」
「冗談だ」
「だよねよか……」
「もう一本はチビだ」
「「無理に決まってんだろ!!」」
やれやれしょうがないと首を振る隼人。
そもそもユキにこのモリを持たせるなんて僕らからして見れば電柱を振り回すのに等しいだろ。
「俺もやるからそれでおあいこな?」
「……なんでちょっと隼人が一歩下がったみたいになってるんだよ」
兎にも角にも、僕たちはモリを片手に海へダイブ。
「うみぎゃあああ! 目があぁぁ!」
「おーい、ゴーグルも無しに海に飛び込むとかバカなのか?」
よくよく見てみると飛んだのは僕だけらしく、隼人はまだ堤防のような岩の上にいた。
「いや、いけるかなと」
「嘘つけどアホ」
隼人がまたもレンタルしてきたらしきゴーグルを僕に向けて投げる。そして自分も飛び込んできた。
バッシャーン!
「割引券使えたんだ」
「ああ、おかげでゴーグルはただだった。アニキはその手があったか! なんて呟いて悔しがっていたけどな」
「たぶん次の客には明日から有効とかにするんだろうね……」
「容易に想像できるな……」
ゴーグルを装着して海に潜ると、そこは楽園の様だった。透き通るように綺麗な海は、向こう岸がみえるかもしれないぐらいに澄んでいる。
大小様々な魚も泳いでいる。
「ば、ばやどばべ(あ、隼人あれ)」
「ぶ? ぼお、ばがばがびいベぼぼばばいが(ん?おお、中々良い獲物じゃないか)」
「ばがばかばっべ!?(馬鹿馬鹿だって)」
「ぼうびぼえぶんばばぼぼぼおびだ(そう聞こえるんならその通りだ)」
「んばぼ!?(んだと)」
僕のキックが隼人の脳天をカチ割ろうとした所を両腕で止められてしまった。やはり水中での動きは鈍い。
そしてそのままお互いの腕の掴み合い。
「びびぶるびいんばろ??(息苦しいんだろ)」
「ばばぼごぼ、どうぼぼさびに?(隼人こそどうぞお先に)」
「ばばば、ぶびすんばっべ(ははは、無理すんなって)」
「ぼぼばばぼっぐびばえぶぼ(そのままそっくり返すよ)」
お互いが一歩も引き下がらないため段々かおが青くなってくる。しかしここで負けてなるもの……
チーン……
「雲母ちゃん!? なんか二人共浮いてきたんですけど!!」
「何やってんのよあんた達は!!」
目を開けるとそこは天国のように綺麗な……
パキッパキュっ
「うばばばばば!!」
なんだろう、三途の川を渡るのを鷲掴みで引き戻されたような。
「!? ほ、骨が!!?」
「よかった……戻ってきた」
「戻ってきたってなに!? これどっちかっていうと逝っちゃうよね!!?」
「大丈夫よ、ちょっと二、三本骨をズラしただけだから」
「それは一般に重症って言うんだよ!?」
隣を見ると隼人も同じように関節を外されていた。
ちなみに口から涎が垂れて横たわっているし、どっちかって言うと逝ってしまってる。
「は!? 三途の川を渡ろうとしたらそのまま流される夢を見た!!」
たぶんそれは夢ではない。
「隼人、今度は真面目にに行こう。命が危ない」
「そうだな宮。俺も賛成だ」
「まったく、そんなに死にたくないなら溺れないようにね」
「「(どっちかって言うと死因は窒息じゃなくて傷害だけどね!!)」」
そう心に誓いまたも海へと入っていく。
改めて見ると食べれそうな魚もいくらか泳いでいる。
「(ん? これなんだろ)」
上から海の中まで垂れてきている糸のような何かを引っ張ってみる。
「あ! 掛かりました!!」
「!!?」
海の上から声が微かに聞こえた途端、糸の先の針がつき刺しに掛かった。
必死に避けてなんとか切り抜ける。
「ぷは!」
その勢いでそのまま海面から顔を出す。
「……お前の脳は魚レベルなのか?」
「失礼な! ちゃんと避けただろ!」
「いや普通引っ掛かりそうにもならんが……」
遠くの堤防では、逃げられちゃいました……と結城さんがしょんぼりしている。
ごめん、結城さん。でも流石に食べさせてあげられないよ。
「余計なことは良いから行くぞ」
「ほいほい」
結構遠くまで泳いできたせいか、獲物の認知度も高くなってくる。
お、あれは鯵かな?
狙いを定めるべくゴムを引っ張りながら握るモリに力を込める。ゆっくりゆっくり近づき、モリの刃先に鯵をセットする。動きが鈍くなった瞬間……
シュン!
ゴムの力を借りたモリは水の抵抗を受けながらもかなりのスピードで飛んでいった。……がそれよりも魚の方が速いらしく、見事に避けられてしまった。
「くそ!」
逃した所で息も続かなくなり海面に上がって酸素を取り込むと、隣で隼人も悔しそうに海面を叩いていた。パシャンと虚しく水が跳ねる。
「隼人も失敗?」
「ああ、その様子だと宮もか」
「うん、思ったより難しいね」
「くそ! なんか良い手はないのか!」
このままだと飯が! と隼人は嘆く。
「ん? そうか! 別にこんな周りに何もないとこじゃなくてもいいじゃねえか!」
「どういうこと?」
「岩場だ。さっきの堤防みたいになってる所じゃなくて魚が隠れていそうなな。そこなら逃げ場も減るし最悪貝でも拾えば腹の足しになるだろ」
なるほど、確かに理にかなっている。
栄螺でも落ちていれば最高だろう。
「そうと決まれば」
「ああ、狙うはあそこだ」
隼人の視線の先は、ビーチからかなり離れた人気の無いところだ。
「あそこなら誰にも手をつけられてなさそうだからな」
そう言って平泳ぎを始める隼人。
僕も同じく平泳ぎで追いかける。
離れたといっても何キロも離れている訳でもない。もっと言うなら数百メートルもないかもしれない。そのせいか大した疲弊も無く到着する。
「さてと、おっ始めようぜ」
二人して中の様子を確認すると、先程と同様の数の魚がうようよしている。
「うお! あいつ見てみろ!!」
「ん?……!!?」
そこには丸々に太ってなかなか大きい魚が泳いでいた。鯵の仲間だろうか、どことなく似ているが、残念ながら魚には詳しくないため名前が分からない。が見た感じ食べられそうだ。
「よし、二人で狩るぞ」
「ういっす」
ここの地形は岩がゴツゴツ何層にも重なっているように見える。その魚がいる所の横にはほぼ直角に岩が突き出ている。これなら逃げたとしても壁のない方向への一方通行となるはずだ。
それを分かっているのか、隼人は逃げたときのためにその場に待機する。
僕は今度こそとの思いでまた慎重に近づく。そして握った手を開き、それと同時にモリが勢いよく発射した。こんどこそ逃げ場はない!と思っていたら、魚は急にとんでもない動きを見せた。モリを避けるやいなや何層にも重なった岩と岩の隙間、どちらかと言うと洞窟に飛び込んだ。刃先は空を、いや水中を切ったが僕はまだ諦めていない。
岩に刃先を押し付けてそのままゴムを引っ張る。そしてそのまま洞窟に突き刺す。ゴス!っという音と手の感触に手応えを感じる。横では隼人もよくやったと言わんばかりにグーサインをしている。
洞窟の奥から獲物が姿を表す。
ニュルンっ
「(……ニュルン? ちょっとまてまて鯵の仲間であろう魚からニュルンなんてありえな、いやいや黄色い!? 黄色いんだけど!!?)」
視線だけで会話を交わす。
「(落ち着け! もしかしたら変種かもしれないだろ!!)」
「(無理だよ! もうこれ以上は無理だよ!! 誤魔化せないよ!! 奴だよ海のギャングだよ!!?)」
そう、洞窟から姿を現したのは海のgang……ウツボだ。その生態は一言で言うなら……凶暴。
「(後は任せた宮!)」
僕の頭を蹴飛ばして隼人は逃げる体勢に入る。
「(ちょ!? 無理無理! これはむぎゃあぁぁぁ!!!)」
僕の声にならない叫びは海の中でかき消された。
ー
結局あの後逃げに逃げてなんとか撒いた。それはもう壮絶な戦いだった。慌ててモリを落としてしまったせいで迎撃も出来ずにただクロールに徹した。たぶんあれは世界記録を塗り替えたんじゃないだろうか。
まあ隼人を追いかけたから奴も結局逃げる羽目になったんだけどね。
「はあ……はあ……くそ、お前は友達をなんだと思ってやがる」
「その言葉そっくりそのまま返すよ……」
身の危険を感じた瞬間臆せず友人の頭を蹴り飛ばし、囮に使うなんて最低すぎる。
「ご主人、それで成果は」
「………ゼロです」
ユキの乾いた声が夏の空に響く。それはもう絶望と言わんばかりに。
「こっちは大量よ?」
雲母の方を見てみるとバケツいっぱいに新鮮な魚が入っている。
「釣りのままにしとけば良かった……」
呻いても魚が手に入る訳がなく、僕と隼人はとても落胆した。
「宮?ほしいならあげてもいいのよ?」
「む……なんか貰うのに抵抗があるよ」
「しょうがない、分けてあげよっか?」
腰に手を添えて威張る雲母。
それは傲岸不遜極まりない。
「べ、別にいらないし!! 自分で手に入れてこそ価値がある! だよねユキ?」
「え、いやオレは普通にほし……」
「だからいらない!!!」
えー……という顔のユキは放っておいて早速釣りに取り掛かる。
「そうですか……もし良かったら私のもと思いましたが、頑張りたいならしょうがないですね」
結城さんが申し訳なさそうに言ってくる。
その手に持つバケツには雲母同様に大量の魚が入っている。
「あ、いや……その」
「何よ宮? ほら頑張ってきなさい?」
「むきー!! 二人の倍は釣ってやる!!!」
「いや、俺は分けてもらいたいんだが……」
「女子に魚を分けて貰ったなんてみんなに知れたらどうなるか……」
「よし! 俺も大量に釣るぞ!! 行くぞ宮!!」
こうしてまた振り出しに戻った僕らは釣れそうなポイントを探しに行く。
二人(と悠太)付いてくるらしく、ついでにユキは水中ではないため定位置の僕の頭の上にいる。
「よしここら辺にしよう」
釣り針に餌をくっ付けて遠くに投げる。
そしてそのままじっと待つ。
……じっと待つ…………じっと待つ………………じっと………………
「釣れない!!」
堪らず叫んだ。
時間はすでに30分を越そうかとしていた。
「おかしいですね? 私と雲母ちゃんと佐伯くんはすぐ釣れたんですが」
「あれ? 悠太いたの!!?」
「あんた酷いわね……」
「……慣れてる」
やっと登場できた悠太はこんなのは昔からというようにアメリカンワッツポーズをした。
「ほわあ〜、きっと魚も釣る人を選別してんだろ」
隣で同じく釣れない隼人にとってはただのブーメランじゃないだろうか。その目は眠たそうに水平線を眺めている。
「や〜、みなさん釣れてますか〜?」
急にのんびりゆっくりとした声が聞こえてきた。
それも意外にも前方から。なぜ意外かと言えば、釣りをしている前方といえばそこは海だからだ。
「あれ? 寺荘さん? どうしてここに」
寺荘 佐瀬さん。生徒会に所属していて、クラスは確か4組だったか。
「というかなんで海の上に……」
「亀ちゃんとお散歩だよ〜」
寺荘さんが乗っているのはでっかい亀だった。
ビジュアル的に助けてでもきたのだろうか。
「あなたの亀ってそんなに大きかったかしら……」
雲母が不思議そうに聞いている。
そうだ、確かに生徒会とケモノテストをしたときは手のひらから溢れるぐらいしか無かったはずだ。
「ん〜、成長かな〜」
「いや成長しすぎでしょ!? 象亀みたいになってるよ!?」
「ほら〜亀って万年生きるって言うじゃんか〜?」
「生きるだけで成長速度は関係ないと思うけど!?というか海大丈夫なの?」
「海も川も陸も空も全部大丈夫だよ〜」
「まって!? 便利とかすごい以前になんか入っちゃいけないの混じってたけど!!?」
空ってなんだよ飛べるの!?
「あ、おい寺荘! その亀少し貸してくれ」
何かを閃いたのか、隼人が口を挟む。
「どうしたの隼人?」
「いや、潜ってみて分かったろ。ここより沖の方が魚も多いからな」
「なるほど、船代わりにするんだね?」
「別にいいよ〜。でも〜ひとつ条件付けようかな〜」
「ん? 金なら無いぞ?」
条件に真っ先に金が思い浮かぶあたり隼人は危ない気がする。
「ちがうよ〜。迦具土くんにこれを着てもらえれば〜」
その手にいつの間にか握られていたのは、白を基調とした上と下に分けれていて、ついでにヒラヒラが付いていてえーとあとは……
「諦めろ宮。それは紛れもなく女性用水着だ」
「現実から目をそらしてたのに……!!」
「どうする〜?」
「ふむ、問題無い。その条件飲んだ」
「ちょっと待てい!! 何勝手に決めてんだよ!!」
「宮、俺がお前の分まで魚を釣ってきてやるから」
「そんなんで納得するかあぁぁぁ!!!」
じゃあなと一言呟いて亀に跨る隼人。
寺荘さんの鼻息がどんどん荒くなりその手は奇妙な触手のように僕を捉えにくる。
「貴様逃がさん!!」
「ちょっ!? ご主人!!?」
僕は魔の手から逃れた一瞬の隙を狙って、亀まで大跳躍をした。当然着地の時は衝撃が全部亀に行くわけで……
ザッパーン!
「むおぉぉ!!?」
背中の衝撃に驚いた亀が叫びをあげ、泳ぐスピードを上げた。それはもう物凄い速さで。
「「「う、うおおぉぉぉぉ!!?」」」
マッハを超えているんじゃ無いかと思われるその速さに、僕と隼人とユキはたまらず意識を持って行かれた。
ー
「…………や、……きろ……」
遠くの方で声が聞こえてくる。
「……みや、……きろ」
何で僕は寝ているのだろうか。
確か、亀に飛び乗ってそのまま……
「宮!! 起きろ!!!」
ジャッパーン!!
「うわあ!? 何々!!?」
突然水をぶっかけられて堪らず目を覚ます。
「あれ?隼人、確か僕たち……」
「ああそうだ。そして結構やばいことになってるぞ……」
青い顔した隼人の指差す方を見ると……森!!
パタパタパタパタ
ギャアア! ギャアア!
鳥の羽ばたく音や、何かの鳴き声まで聞こえる。
「ご主人……こう言うのなんて言うんだっけ……」
「え? ああ、すい……へいせん……」
今度はユキの見ている方を見る。
そこには綺麗な綺麗な水平線が……
「俺たち……無人島に漂流しちまったみたいだ」
「なんじゃそりゃああぁぁぁ!!?」
僕の叫びは虚しくも大きく大きく、無人島全体に響き渡ったという。
この時期、インフルエンザが流行ってますが僕の周りでは……
「インフルエンザが出ました」
「「「うおっしゃあぁぁ!!」」」
数日後
「いやあ、学級閉鎖になる前に治って良かったですね」
「「「…………orz」」」




