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ケモノテスト  作者: ヤタ
2.5章 小さな物語
26/39

白い花は咲く、夕日のように

やっと小話が終わりました……

いやもう小話って量じゃないかもですけど…

隼人と巴里にはこれからも仲良くしてほしいですね!この関係をぶち壊したい思いでまた書いていきたいと思います!by非リア

 遠いような、でも最近のことのような、そんな曖昧な記憶が少年の頭を掠った。荒い息に含まれるのは懺悔(ざんげ)なのか、それとも後悔なのか、ひた走っている少年は虚ろになりながらも脳に必死に酸素を送りつける。そして考える。少年が、今の少年があいつにしてやれること。


「んなもん一つしかねえ!」


 ただそれだけを叫ぶ。

 商店街を駆け抜ける少年が奇異の目を向けられても、少年は何も感じれない。そんなことはどうだっていい。絡みつくような汗は冷や汗か、それすらも分からないくらいに足に力を込める。肺を押しつぶすかのように吐き、破裂するかのように吸う。心臓はとっくに悲鳴を上げていた。鼓動は最高速へとのし上がっていた。目に入る風景も、まるで世界がひっくり返ったように巡り変わる。


 はあ……はあ……


 走る、ただ走る。

 かつて友のために、自分の身代わりになった友のために走りきったお伽話(とぎばなし)の英雄のように。

 少年の目はいつからか商店街を抜けていた。

 その先に待つのは荒野でもなければ川でもない。ただのコンクリート。少年はまだいけると足に鞭を打つ。


 ー


 ツーツー……

 電話の途切れる音がする。

 彼、天野(あまの) 亮介(りょうすけ)は携帯電話片手に持ってその画面を見つめていた。


十干(じっかん)高校ね〜」


 彼はそう小さく呟く。

 その言葉はかつての何かを振り返るような、そんな声色だ。


「リーダー、どうしたんすか」


 ずっと動かないままだった彼を、側近であろう少年が心配する。


「なんでもないよ、あとそのリーダーってのやめなって何度言ったら分かるんだかね」


 彼はただ明るく答えた。

 いつもと変わらないただマイペースな声で。


「そりゃ無理っすね、諦めて受け入れてください」


「えーもう」


 忠誠を誓っているんだかいないんだか分からない言い方に、天野は口を尖らせる。


「んなことより本当にどうしたんだ?」


 なんとかっす口調の少年とは逆側、こちらも彼の仲間である逆髪の男が答える。その姿はおおよそ高校生には見えない。


「十干のやつらが現れた」


「あ? 十干?」


 逆髪少年の目つきが変わる……鋭い眼光がより鋭く。


「十干っすか、厄介ですね」


「でも俺らの仲間内でまだ被害受けたなんて聞いてねえぞ」


 不良にしては清楚である、なんとかっす少年も気を引き締めている。臨戦態勢にでも入ったかのようだ。


「あー、現れたって言ってもはやっちゃんと揉めてるだけな」


「はやっちゃん……東野のことか」


 先の獣修決戦以来、隼人は一目置かれている。

 なんせ不良共を臆せずトカゲの尻尾にしたのだから。


「やつの知能と行動力なら問題もねえだろ」


 結局生き残ったのはお前とあいつらの仲間だった、と逆髪少年は呟く。


「んー、はやっちゃんの実力はどうも宮っちゃんが絡んでるような気がするんだよなー」


「え、あのバカっすか」


「そうそう、まあ宮っちゃんに関わらずその周りのやつら」


「周りのやつらって言うと、佐伯(さいき) 悠太(ゆうた)(ひいらぎ) 雲母(きらら)


「あと最近はユキってのと結城(ゆうき) (るな)も仲いいっすね」


 二人がそう言いつつ唸る。あの連中共が東野の才覚に影響しているのがどうにも信用出来ないようだ。


「あの中で行動力があるのは男だけだろ」


「いや、柊もなかなかっすよ? 迦具土をボコってたの見てぶるってしましたし」


「あ、ああ……そういえばそうだな……あとは結城か、奴は頭が良いがそれ以外はからっきしだろう」


「逆に言えばチームのバランスがいいってことだよ」


 天野が最後に占める。


「まあともかく」


 そこは草原だった。綺麗な川が流れていて少し向こうの方に橋がある。河川敷、というやつだろうか。

 天野は座っていた何故かこの場所にあるドラム缶から立ち上がる。


「はやっちゃんは友達なんだ」


 決して汚くはない、不良には似つかわしくないその場所で天野は髪をなびかせた。

 そして辺りを見回す、そこには2-9に所属する不良が全て揃っている。どいつもこいつも彼にとっては大事な仲間であり、同時にいましめ、いましめられるべき存在だ。そいつらの顔を一瞥(いちべつ)して息を吸う。


「ちょっくら行ってくるわ」


 ー


「はあ……はあ……ついた……」


 目の前にそびえる壁。

 実際には最近できた廃工場だが、今から一戦交える俺にとってはとても大きく見える。


「まあ行くしかないけどな」


 引き下がる気は毛頭ない。

 ここで引き下がったのなら、俺は男として生きていけない自信がある。

 時刻は分からない。ただ夕方になりかけの太陽が俺を照らしている。あれから何分経ったかは分からない。もう随分と経ってしまったように感じられる。


「……行くか」


 俺は覚悟を決めて歩を進めた。

 巴里を助けるために。もう二度と、後悔しないように。


 ギィィィ


 締め切られている扉をゆっくり開ける。

 その途端に錆臭い空気が俺の鼻を通過した。

 結構な暗さに目を凝らしていると、奥にある白い花が見えた。見覚えのある、純白の花が。


「巴里!!!」


 慌てて駆け寄る。

 広い空間の一番奥にある柱に、巴里は手首を縛られていた。近寄って見ると息をしていた。どうやら気絶してしまったようだ。身体を見てみるに怪我をした様子もない。


 カツンっ


「!!?」


 足音の音源に勢いよく顔をむける。

 そこには先ほど見た連中より数多くのドス黒い人間が、立っていた。

 開け放たれた窓から吹く風により埃が舞う。

 突然の光に一瞬目を奪われていたとき、先頭にいる目の死んでいる少年が口を開いた。


「おいおいおい、察かと思ってビビったらてめえかよ少年」


「けひゃひゃ! 一人でくるなんてバカなんじゃねえの!?」


 先程見た、髪を染めた不良共が腹を抱えて笑っている。その声を聞くたびにすごい吐き気に襲われる。俺はたまらず声を荒げた。


「おまえら! 巴里に何をした!!」


「ああ? んなもんちょっと大人しくしてもらっただけだ」


 グリーンヘッドのその手には一枚のハンカチが握られている。怪しい匂いを撒き散らしながら。


「くそがあぁ!!」


 俺は怒りに任せて突っかかった。

 握った拳はギシギシと軋みを上げている。

 怒りで頭がどうかなりそうだ、いや実際どうにかなっているのか。自分で言っちゃなんだが、普段の俺の冷静さならじっと耐えるはずだ。


「おっとと危ねえ」


 俺の拳はグリーンヘッドの鼻先を掠っただけで終わった。後から空を切る音が悲しく聞こえる。


「ぐあぁ!!」


 大きく前のめりになった俺の顔面を、緑ゲス野郎はカウンターとばかりに思いっきり殴る。

 そして吹っ飛んだ俺の体は、少し浮きながら1、2メートル後ろへと不時着した。


「うぐ……」


 口の中に鉄の味が広がる。

 幸い舌を噛んだわけではないようだ。

 歯が折れた様子もない。


「あーあー弱えなあ、俺一人にもこのザマなのに生憎この人数だ。さっさと帰ってしょんべんでもしたらどうだ?」


 ぎゃはははとたくさんの高笑いが木霊する。

 ざっと見て相手は十人。もし他に隠れていなかったとしても勝てる人数ではない。


「……から、……てんだ」


「あ??」


「だからなんだってんだあぁぁ!!!」


 ビリビリビリ


 俺の狼のごとき咆哮が工場を震わす。

 震える足取りで立ち上がる。怖くないなんてことはない。でも譲れないものがそこにある。もう失いたくない俺の心は、意地は、まだ戦えと背中を押す。


「はあ……おめえらたたんじまえ!」


「「「おうよ!!」」」


 十人の不良共が一斉に殴りかかってくる。俺も震える足に鞭打ち、応戦する。さっきの一発で頭が冷えたのか、自然と冷静になる。


「うおら!!」


 ぶん!


 一人の拳が俺の頬をかすめる。

 ギリギリでかわした俺はその勢いでバックステップを取る。少し距離を置いた俺は改めて不良共を観察する。幸い武器らしい物は何も持っていない。そして俺は物理的に勝てないってことが分からないほどバカではない。

 今度は周りを見てみる。廃工場ってだけあって使えそうな物がいくらかはある。


「よそ見かあ!!?」


 視線を前に戻すと、大上段に放たれた蹴りが目の前に迫っていた。


「ちっ」


 俺はそれを身を屈めて避ける、その瞬間横から別のブルーヘッドのやつのアッパーが迫ってきていた。


「ぐっ……」


 避けきれずに両腕で守る、が衝撃は殺せず俺は少し飛ばされた。今度は着地に成功して転ぶことはない。


(ちっ、数が多すぎる……)


 とりあえず牽制するために蹴りを放つ、不良のうち一人の腹に食い込ませた。続いて腹を抱える奴の背後にいる不良にストレートと見せかけた肘打ちをする、が先程と違い不意打ちではないためギリギリでガードされる。

 そうするといつの間に回り込まれたのか、ブルーヘッドに脇の下から腕を通されそのまま身体を絞められる。


「今だ!」


 動きを止められた俺に、先程腹を蹴られたやつがお返しと言わんばかりに蹴りを放つ。


 ドスン!


 蹴られる瞬間腹に全神経を込めて力を入れたお陰か、吐きそうになるほどの苦しみはない。

 クリーヒットしたと思ったのか、背後のやつの締めが緩まる。その隙を俺は見逃さなかった。


「うおら!!」


 体育の柔道で習ったような投げ技を、自分流に改造する。俺と相手の間に空いた隙間を精一杯利用する。

 一本背負とまではいかなくても転ばすことは出来る……自分もろとも。


「……」


 そのまま少し距離をとる。衝撃を出来るだけ抑えたとは言っても、もろに蹴られたのには変わりない。俺は痛む腹をさすりながら立て直している集団を見据える。


「はぁ、はぁ……さっさとくたばれ」


 息があがる。向こうは多数いてこっちは一人だ。しかもここに来る前に全力疾走している、俺が不利なのは変わらない。


「くたばれだぁ? それはこっちのセリフだ、カス野郎」


「あひゃひゃ! 口だけは達者だなぁ」


 俺は後ろを見ないで、感覚だけで自分の位置を確認する。


「あー、てめえら」


「あぁ?? 命乞いでもしようってのか?」


「そう……だな、俺だけは助けてほしい」


 俺は不敵な笑みの元そう呟いた。


「……ふふ! あははははぁぁ!! とんだクズ野郎だなてめえはよお!? まあ逃すわきゃねえけどなあぁぁぁ!!!」


「………そうか、じゃあしょうがない」


 俺の命乞いに一瞬油断をした連中。この機を逃すまいと俺は自分の真後ろにそびえる階段を勢いよく駆け上がる。一段飛ばしで駆け上がる。猪突猛進に駆け上がる。


「あぁ??」


 その俺の奇異な行動に一同笑っていた口が固まる。そして俺は階下の連中に向けて一言言い放った。


「あはは! おいクズども!! 俺は逃げさせてもらう! ここまで来てみろバーカバーカ!!」


 …………自分でも自分が恥ずかしい。

 あれ? 俺ってもっとこうクールじゃなかったっけ。いつの間にか宮にでも影響されたか……

 いや、いいんだ。これでいいんだ! 自分を殺してでも打ち勝つんだあぁぁ!!


「お、おいおまえら! やつは相当のアホらしいぞ……自分から追い詰められるなんて……」


 とても屈辱的だ。

 アホにアホ呼ばわれするとは。


「と、とくにかく追うぞ!!」


「あ、ああ」


 ドタドタと追いかけてくる足音が聞こえる。

 が、残念ながら俺はもうとっくに二階へと駆け上がっていた。その階段は長方形のこの工場の入り口と垂直になるように設計されている。そして二階はちょっとした広い場所になっていて、そこからは階下が一望できるようになっている。テラスというより二階がある体育館という方がしっくりくる。ここで部活動生がお弁当とか食べてそうだ。

 そして不良共が全員登ってくるのを確認してから、たくさん積まれている(たる)のような円筒型の鉄箱をぶちまける。


 ゴロゴロゴロゴロ!!


「「「!?!??」」」


 そして樽のような鉄箱は不良共を巻き込みなが落ちていく。後ろのやつは我よ我よと我先に逃げようとして、もつれながら結局巻き込まれる。


 まあ……やつらの信頼関係なんてこんなもんか……


 そもそも巴里を人質にしない辺りがバカである。まあ人質にされてたら俺は素直に殴られてただろうからありがたいが。

 しっかしこんな奴らにアホ呼ばわりされたのか……


「痛っつつ……」


「お、おいてめえ! 何しやがる!!?」


「はあ、ただ捕まるわけないだろうが」


 俺は頭の回転の遅すぎるこいつらに向かってため息を吐く。それが頭にきたのかより一層激昂してきた。


「ぶちのめせええ!!」


「おらあぁぁ!!!」


 そう言ってまた全員で駆け上ってくる。全員が全員間抜けなのか、失敗から何も学ばないようだ。

 俺は予め移動していておいた、ある位置にて淡々と作業をする。確認してみると、どうやらまだ電気は通っていたようだ。そうしてあるレバーを思いっきり下げた。


 キイイィィィィィィィィン!!!!


 その瞬間とてつもない大音量が工場全体、そしてこの場にいる巴里と俺以外を襲った。巴里は気絶しているし、俺は耳に耳栓をしている。全く音が入らない訳ではないが充分大音量から耳を守れた。そして、何の前触れもなく、しかもなす術もなくこの轟音で高音な爆音を聞いて、奴らはのたうちまわる。


「「「うぎゃあぁぁぁ!!!」」」


「耳が、耳が痛え!!!」


「ちょっ!!? おい押すな!!?……くそ聞こえてねえ!!!」


「うわぁぁぁ!!!」


 そのまま足がもつれたのか、二度目の大でんぐり返りを果たした彼らは真っ逆さまに転がり落ちていく。

 そして俺はまた別の作業に移る。複数の何かしらの動作が起こるスイッチが一箇所に集中しているせいか、どれがどれだか確認する手間がかかる。ええと、目的の物は……っとあったあった。


 カチッ


 まだ呻いている奴らを他所に俺は無言でそれを押した。すると突然工場全体の電気が落ちていく。電気が落ちると言っても明かりの電灯のことだ。しかし外はまだ明るいため中での確かな変化は望めない。そこで俺は片目を閉じ、そのためのもう一手を打って出た。


 グイン!


 俺は勢いよくスライド式の光調整のレバーを上に押し上げた。そうすれば当然、電球ははたまた太陽のように光り輝き、直視すれば目に激痛が走るような状態になった。白一色……壁が白に近い灰色のせいか余計に光一だ。


「うぎゃあエァァ!!」


「目が目があぁぁ!!」


「やめろ! それは突き落とされるフラグだあぁぁ!!!」


「………」


 俺はバルサミコ酢に近い何かを念じながら、今度はその真逆に一気に引き落とす。そして流れる動作で他のスイッチも押す。

 すると工場全体が闇と騒音という矛盾のように思える世界へとたちまち転じた。理由は簡単、ただカーテンの降りるスイッチを押しただけだ。分厚い、光の殆どを遮るな。


「うお!? なんだ突然!!?」


「夜!? まさかまだそんな時間じゃ!!」


「いや! この時期は日の入りが早いって聞いたぞ!!」


 不良達が耳を塞ぎながら困惑し始める。

 ……夜な訳ないだろうがバカ共め。だいたい日の入りが早いって言っても急すぎるだろうが……

 まあ、この工場が元々、日光に弱い部品を作って置いておく工場で助かった。じゃなきゃこんな日光をほぼ完全に遮るようなカーテンは用意しないだろうしな。

 そして、俺は閉じていた片目を開ける。よし!暗闇に慣れていた分この少しの光でも見えるぞ。

 そう、つまり敵は耳が聞こえず突然の明暗影響で目があまり見えないという事になる。そして俺は耳栓をし、動ける範囲に目が見える。そこから導き出される答えは……


「ふははは! ここから先は一方通行だあぁぁ!!」


 自主規制をぶちまけながら俺は思いっきり飛んだ。

 残念ながら敵の目が慣れるまで持って数分。その間に全てを叩き伏せる!!


「くらえぇぇ!!」


 俺は闇の中をいい事に、必殺お仕事人のごとく不良共を(ほうむ)りさる。右を見ては頬を殴り、左を見ては蹴りをかまし、そして前方に入れは迷わず金的を食らわせる。


「ぐふ!?」


「げふ!!」


「「「ぶろばにあ!!!」」」


 ……何故大多数がそんなうめき声なんだ、だって? それは金的を集中的に……ごほん……

 そして、十人を完全に片付けたのを確認してから俺はまた二階へと戻りカーテンを開けた。時間切れのためなのか大音量も同時に停止する。そうして訪れた本当の静寂。俺は一息つきながらもある事を思い出した。


「巴里!!」


 俺は一階の柱にくくりつけられている巴里の元まで駆けつける。奴らがいつ回復するか分からない以上、さっさとここから出るのが得策だ。


「くっそ……硬くて全然解けね……」


 ガツン!!


 その瞬間、俺は完全に油断していた。

 最初にしっかり自分にも言い聞かせていたのに、きっと安堵(あんど)が緊張感を(まさ)ってしまったのだろう。そのせいで、当たり前で、けど一番肝心な事を忘れてしまっていた。


「はあ……このクソガキ。暴れまくりやがって」


 ……敵の仲間が隠れているなんて当たり前だろうに。


「うぐ……」


「お、まだ意識があんのかよ」


 俺は胸ぐらを掴まれて宙に軽く浮かせられる。

 目の前のやつの手元と後頭部の痛みから推測するに、金属バットで殴られたようだ。よくよく見てみると、顔を何か液体状の物が流れている。そして地に落ちるその(しずく)の色でやっと理解が追いついた。ああ……これは血か……と。


「てめえは調子に乗りすぎた。ったく連れをこんなんにしやがって」


 その視線の先には今俺がぶちのめした不良共が無様な姿で伸びている。

 元々はお前らが、と叫びたいのに言葉が出ない。俺はただ言われるまま引きずられていた。意識が朦朧(もうろう)とする。今までの記憶を走馬灯のように思い起こしても、こんな怪我は初めてかもしれない。いや、走馬灯なんて今は笑えねえな。


「はあぁあ、さて、おめえらどうする?」


「お? 隠れてなくていいのか?」


「こいつを見てみろよ、もうこいつにこんな力はのこっちゃえねえよ」


 呼びかけに応じて、先ほどまで戦ってきた奴らの二倍程の人数が物陰から姿を表す。

 よくよく見てみれば、人が隠れていそうな不自然な場所はいくらでもある。不自然に膨れた麻布、用具など入っていないだろう掃除用具ロッカー。そして機材の影。ああ、俺はバカだと卑下したってもう遅い。せめて、せめて巴里だけでも逃がせれば……


「おい、なんとかいえやゴラ!」


「うっ!……ゲホ!」


 巴里と少し離れた壁際まで引きずられた挙句、壁に突き放される。肺から空気が押し出され、血の入り混じった(つば)がむせとともに吐き出される。どうやら頭の血が口の中に入ってしまったようだ。


 ガスガスガス!


 不良共に地団駄を踏むようにして蹴られる。俺はかろうじて意識のある頭を必死に動かし、せめて腕を上に掲げて防御の姿勢に入る。それはもはや本能が反射を呼び起こしただけだったかもしれない。


「うが!!」


 当然全てを受けきることなど出来ず、むしろその多くが防御をすり抜けて俺のダメージとなる。そしてついに体を座らせる程の力も、意識も失せて床に倒れこんだ。血と血の間から微かに見える光景に、俺は痛みも感じなくなったその腕を伸ばす。


「ともえ……ざと……」


「あーあー、安心しろよ。君のだあいすきな白髪ちゃんは俺たちがたっぷり遊んどいてやるからあ、だからあ、これで終わりだあぁぁ!!!」


 金属バットを持っていたやつが(とど)めの一撃を振り上げる。ここまでか……と俺は固く目を閉じた。


 ギイィィィ……


 その刹那(せつな)、工場全体に鈍い音が響いた。振り上げたやつは、その手を止め音源に振り向く。俺も何事かとその固く閉じた目を開く。そこに立っていたのは……


「はーやーとくーん、あーそびーましょ」


「あ゛ぁん!? てめえどういうつもりガバゴゲ!!?」


 ガンッガンッゴンッ!!


 見張りのためか出入り口付近で待機していた不良が、突然現れた少年に殴り飛ばされて6、7メートルバウンドし、壁に激突する。逆光で見えにくい中、仁王立ちするその姿に俺は見覚えがあった。そして先ほどの聞き覚えのある声間違いない。


「あ…まの……?」


「おいてめえ!! どこのどいつだ!!?」


 蹴飛ばされた小石のように吹っ飛ばされた仲間を見ても尚、金属バットのこいつは臆せず突っかかった。金属バットを肩に抱え直し、威嚇(いかく)のためかガンをこれほどかと言うぐらい飛ばしている。


「んー、そこにいるやつのお友達かな」


「はあぁ!!? お友達いぃ? きゃはは! そりゃあいい、お友達と一緒にねんねしてなあ!!」


「あ……まの、お前でもこの人数相手じゃ……」


「はやっちゃんは大人しく寝てなよ」


 そう言って天野は髪をかき上げる。

 その眼光はいつものマイペースな天野のそれではない。(けもの)、百獣の王とも幻覚を見せつけるその鋭い目つきに俺は見覚えがあった。

 あれは……確か獣修決戦で宮がボコボコにされていると勘違いしたときの……


「「「うおらあぁ!!」」」


 前衛部隊とばかりに五人ばかりが天野を襲う。(はた)から見たら目も当てられない絶体絶命なのに、どうしてか俺は安心していた。


「よっと……ふん!!」


 ズドドドン!


 五人による一斉攻撃を、かわし、受け止め、そして殴る。ただ殴る。俺が驚いているのはその戦闘センスでも度胸でもない。何故ただのパンチで人が五人も一斉に吹き飛ぶんだ。


「「「うぎゃあぁぁ!!」」」


「な!? なんだあいつは!!?」


 一度も臆さなかった金属バットがうろたえ始める。それもそのはず、普段の天野からは考えられない程、その顔は暴虐と狂気に満たされていた。そしてさらに、笑顔にも満たされている。


「お、おいあいつ……天野じゃないか!!?」


「あ! あぇぁぁ!!? あの王()のア()マノかあぁ!!?」


 王獣(王充)のアクマノ……金属バットはそう呼んだ。確かに今のアマノは[悪魔の]と形容するには相応しい姿だ。魑魅魍魎(ちみもうりょう)の全てを総ていると言われても納得してしまいそうだ。


「お、おいやべえって!! 奴に関わったやつは骨も残らねえって聞くぞ!」


 天野(あまの) 涼介(りょうすけ)……俺は彼を少々侮っていたようだ。この業界では彼の名を知らない者はいないらしいと、不良共の叫びで確認する。そして何故ここに来てくれたのか、さっき友達とか言ってくれたが、そのセリフを信用していいものか。……いや、天野は真っ直ぐだ、その気持ちも行動も。だからこそ王充の不良共全ての頂点に立てたのだろう。そして天野がここにいる奴らとは同じでありながらも、絶対に違う所。それは喧嘩の仕方だろう。天野のする暴力は決して正義とは言えない。けれども彼は自分に無害であり、弱いものに牙を剥かない。


「う、うわあえあぁ!!」


「助けてくれええ!!」


 ズドーンドカーンとおおよそ人の手から生み出される物とは思えない音が響き渡る。よく見ればコンクリートの所々にヒビが入っている。


「お、おい! こっちは人数が多いんだ!! 囲んで一気に飛びかかるぞ!」


 そのうち一人が当たり前の事を言った。確かに一斉にやれば倒せる確率はかなり高い。けど……なんだろう、どうにも天野が倒されるビジョンが浮かばない。


 ズッドーーン!!!


 俺の期待を裏切らない振動が胸を刺激する。一斉に襲いかかり一斉に吹き飛ばされる不良共。よく見てみれば一人の不良が足を持たれてグルグル回されていた。……そろそろ現実かどうかも怪しく思えてくる。


「お! おい! 聞けえ!!!」


 そのとき、俺の少し離れた所で叫び声が聞こえた。天野も足を離してそちらを確認する。因みに回転したまま離したため、ある意味の命綱を絶たれた不良はそのまみ壁に突き刺さる。


「この女がどうなってもいいのかあぁ!!」


 見ると俺がさっき昏倒させたグリーンヘッドが、巴里の首筋に一本のナイフを突きつけていた。


「巴里!!!」


 俺はたまらず叫ぶ。がそれも虚しくグリーンヘッドの目は一心不乱に染まっていた。ああいうやつは何をするか分からない、くそ!どうしたらいい!


「この女を離して欲しければその場にひれ伏し……ガッ……」


 ズバン!


 首元に刀が刺さった。

 しかしそれは巴里にでは無ければ本物でもない。いつの間にか現れた清楚そうな男の手刀がグリーンヘッドの首筋にめりこんでいる。


「全く……やる事が三下っすね」


 その男はただそう言いながらグリーンヘッドのナイフで巴里を縛っている縄を切る。


「グギャアアァ!! なんだこいつは!?」


 今度はなんだ! と違う方向を見てみると今度は西郷に匹敵(ひってき)する程の巨体が不良の顔面を片手で持ち、そのまま壁にめり込ませていた。


「あー、別に来なくても良かったのに」


「抜かせ、巴里とやらが人質に取られてたんじゃねえか」


 巨体で逆髪な男がため息を吐きながらそう言った。


「そっすよ、俺がやってなきゃ今頃どうなっていたか」


 清楚な少年もそう横から口を刺す。

 よくよく二人共見てみれば、どこか見覚えがある。

 ……! 2-9の連中か!


「今東野完全に俺らのこと誰だっけってなったっすよね?」


「まあそう言うな。天野に比べれば(かす)むだろう」


 俺はやっと出てきたその顔にどこか胸をスッキリさせていた。


「「「リーダー!!」」」


「ってちょい!全員出来たのかよ! ダメダメ戦争みたくなっちゃうでしょうが! あとリーダーっての止めろっての」


 次々と現れる2-9の連中。俺の頭は半ばフリーズしている。


「はあ、ってことではやっちゃん、ここは俺らに任せてもいっからさっさと行けよ」


 天野のその一言でやっと意識が戻り始める。

 そして状況を考えるに一つの結論を見出した。


「俺は……いらなそうだな」


 すまない! と一言言い残し俺は巴里を背負いながらその場を後にした。途中、叫び声の木霊する工場に向けてざまあ、と笑みを零しながら。


 ー


「うっ……ん……?」


「お、起きたか……」


「……ここは?……」


「あはは、覚えちゃいないよな」


「……?」


「綺麗だろう? ここ」


「うん……」


「俺のお気に入りの場所だ、逃げてくる時にいつの間にかここに来ちまったよ」


「夕日……きれい」


「な? ここまで綺麗なのは珍しいぞ。おまえをおぶってここまで登るのは大変だったがな」


「逃げる?……おぶって?」


「気にするな」


「……嘘、なんとなく分かるよ」


「うおっふ!? なら最初からそう……」


「ありがとう」


「……おう……。まあほぼ天野達が活躍したんだけどな」


「……でも、最初に来てくれたのは東野くん」


「な、何故それを!?」


「……なんとなく分かる」


「そっか、おまえにはなんでもお見通しか」


「うん」


「……その、目を離してすまんかった」


「ううん……こちらこそ、迷惑かけてごめんなさい」


「まあ、お互い何でも無かったんだ。めでたしめでたし」


「その顔……」


「ん? ああ、このくらいの怪我大丈夫だ。この目つきとかだとよく絡まれるし、結構慣れてるんだぞ」


「喧嘩……だめ」


「そうだな……」


「でも、誰かを守るなら……良いと思う」


「誰かを守る……か」


「うん」


「……その、なんだ? 中学のとき、間に合わなくて……」


「中学のとき」


「んあ?」


「……あの後、東野くんは先生に言ってくれた」


「…………」


「……必死に訴えてくれた」


「………………」


「そしたら……みんな謝ってくれた」


「…………でも」


「だから……あの時は痛かったけど……悲しくはなかった……辛くはなかった……」


「…………」


「……だからありがとう」


「巴里!! 俺は……!」


「……ねえ……東野くん……隼人って呼んでも良い?」


 そう言いかけた少年の頬にはいっぱいの涙が流れていた。その登るっていっても登山とまでは言えない規模の山の(いただき)で。夕日に照らされたベンチに座る少年を、何かで満たすように……少女は笑った。初めてではない、けれど確かに、本当の意味で少年は初めて少女の笑顔を見た。今までずっと避けてきた、その笑顔を。今までずっと見たかった、その笑顔を。少年は精一杯の泣き笑いで返した。ぐしゃぐしゃになったその顔を、涙を少女は嫌がる様子も見せずに拭う。あの冬から続いていた少年の心に絡みつく氷を、いとも簡単に溶かし、その体を優しく、暖かく包み込むような、そんな太陽のような笑顔を、きっと少年は忘れないだろう。全てを噛み締めて、ただ一言、たった一言だけ、少年は答える。


「………………………………おう!!!」

次は修学旅行!!です!

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