人が嫌いな狼と従順すぎる白馬
今回は巴里と隼人の過去編です。
窓の外を見てみると、そこは銀世界だった。
席は一番北の一番後ろ。要するに一番隅だ。
左を向けばすぐそこに窓がある。
前言撤回、銀世界と言うのには少し大袈裟かもしれない。雪が降ってはいるが積もってせいぜい2、3ミリ。雪の全然降らないこの地域にしてみればこれでも結構異常なことだったりする。
非日常だ。
雪に抗体のない我らの街は、たったこれだけの事で大騒ぎだ。バスが遅れ、電車が止まり、車が渋滞する。自転車の人がスリップして転んだなんて話も聞く。
唯一助かったのは徒歩通学だろうか。
ふと外の様子を見てみると、さすがに今この時間に登校してくる生徒はいないようだ。
授業中だって寝やすいし暇なら外をぼーっと眺められる。ここは居心地が良い……反対側さえよければだが……
ー[人が嫌いな狼と従順すぎる白馬]ー
ジリリリリリリリリっ!!
パシッ!
目覚まし時計がやかましく鳴り響いているのを、俺は寝ぼけながら止めた。ここから、あと五分とかお決まりのセリフを吐いてからする睡眠は実に好ましい。
俺は悠々と二度寝にふけっていた。
短いようで長い長い時間が刻々と過ぎていく、
今朝、何故かやたらと寒く感じた俺はずっと布団の温もりに感化されている。ふと気付いたらいつも起きる時間を優に越していた。
「やっべ!……」
ガバッと起きてみたは良いけど、やはり寒い。寒すぎる。
今は冬だ、寒くて当たり前と思うが、それでもやっぱりいつもより寒い。寒い寒い寒い寒い。
嫌気がさした俺はふと学校を休もうかと考えた。
別に素行不良という訳じゃないが、かといって品行方正とはとても言えない。なんてったって学校に髪留めをしていってるのだから。
これは別に単なるオシャレって訳ではない。
大事な物は常に正しく身につけとくべきだと、ただそれだけだ。
そこで下から声がした。
「おーい! 隼人そろそろ起きないと遅刻するぞ!」
この声は母でも父でもない、兄さんだ。
我が東野家は両親が共働きで、しかも超仕事マンときた。
そのせいで俺がよれよれと起きる頃には、もうとっくに生き生きと仕事に向かっている。
アニキも成人していてもう立派に働いている。
教師、それがアニキの仕事だ。
人に物を教える、それはとても立派なことで誇らしいことだ……がしかし弟の俺からすると、兄が教師なら弟も博識か、といつも比べられる。俺はそんなに勉学が得意ではない。得意でないといってもやらないだけなのだが……
「ああ! 今降りる!」
アニキも朝は早いから先に起きていることが多い。
朝食は母の作り置きを食べるだけだ。
しかしこうなってくるとサボる、というのも気が引けてくる。しょうがない起きるか。
「んっ……く……」
眠気が覚めない俺はその場で簡単に伸びをする。
脳に酸素を送っていると、ふとあることに気がついた。カーテンから白い光が漏れている。日の光とは明らかに違う、綺麗な光が。俺はベットから起き上がり、カーテンまで近づくと思いっきり開いた。
シャっ!
真っ白な光が俺の目を刺す。あまりの眩しさに目を細めていると、瞼の隙間から白いなにかが通過した。
俺は徐々に目を慣らしながら、ゆっくりと瞼を上げた。そこに映ってたのは……
「……雪か……」
真っ白な雪がさんさんと降っている。
この地方では雪はめったに降らない。
年に2、3回が良いところだろうか。
別に暖かいという訳ではなくて、日本海から流れてくる雲が、間にある山で雪を降らしてしまうのだ。
結果寒いのに、雪が降らないというおかしな現象が起きている。
まあ今日だって多く積もる前に溶けてしまうだろうし、学校が休みになるって訳でもなさそうだ。
その証拠に、小学生が元気にランドセルを揺らしながら集団で歩いているのが見える。
「うぅっ……さむっ」
ブルブルと身体が震えた。
窓は閉めているが、やはりそれでもカーテンを開けているのだ。冷気みたいなものが身体を撫でている。
「さっさと降りるか……」
そう呟いて俺は部屋を出た。
俺の部屋は二階にある。部屋を出たすぐそこには手すり付きの階段がある。
「まあ手すりのない階段なんて逆に珍しいけどな…」
寝ぼけた身体で一段一段丁寧に降りる。
目を擦った拍子に階段を転倒なんて笑い話にもならない。
階段を下りきってU字にターン。
そのまま突き進みリビングへのドアを開け放った。
その途端、トーストの焼けた良い匂いが俺の鼻をくすぐった。
「お、良い匂い」
「ん、それは俺んのだから自分で焼けよ」
「ちぇっ」
ケチなアニキを通り抜けて自分のパンを手に取る。
そしてそのままオーブンレンジに投入。
だいたいの時間に設定してそのまま眺める。
暫くするとチンッと景気の良い音が鳴り、それと同時に玄関の開けられる音もした。
「先行くぞー」
「ああ、いってらっしゃい」
いつの間にか食べ終わっていたアニキはもう学校に行く時間だ。
いつもなら一緒に朝ご飯を食べているところだが、今日は俺が起きるのが遅かった。
「……ギリギリ遅刻かな」
俺は時計を見てうんざりした。
遅刻するかしないかのギリギリの時間。
この寒いのに急ぐ気にもなれない。
もう急ぐのを諦めた俺はいつものように支度を始めた。
顔を洗い歯を磨く、さらに他にも少ししてから制服へと着替える。
「さてと、行きますかな」
俺は鍵を掴んで玄関を開け放った。
先程までと比較できない冷たさが俺の身体を襲った。
今日の気温はマイナスにいってるとか。
「あーやっぱ微妙か」
携帯の時計を確認。
遠いと言っても中学校。
徒歩で15分も歩けば到着する。
「今は7時半……」
始業のチャイムは7時45分。
ギリギリになりそうだと思い、俺は少し早足になった。
雪はまだ降っている。俺は身につけたマフラーに顔をうずめる。そうでもしないと耳が痛くてしょうがない。
「はあ……」
思わずため息が出る。
俺だって小学生の頃はそれなりに雪に興奮もしていた。しかし中三ともなればその熱も冷めるし目だって覚める。ただ冷たいだけならかき氷の方が万倍良い。
そんなくだらない事を考えていると校舎が見えてきた。俺の通う天干中学だ。
ギリギリに来たのは俺だけのようで、いつもならうじゃうじゃいる自転車の行列も今日は見当たらない。
「おーおー今日は空いてんなあ」
軽口を叩きながら校舎へと入る。
下駄箱で上履きへと履き替えて、もう見慣れた廊下を歩く。
そうして三階にある自分の教室へと向かう。
キーコーンカーンコーン
教室まで残り数メートルというところでチャイムが鳴ってしまった。
ギリギリだしたぶん許してくれるだろう。
俺はそんな楽観的な考えの元、教室のドアを開けた。
ガラガラっ
「東野くん、遅刻ですよ」
クラスの担任が諭すように叱ってくる。
「ああ、すみません」
「んー、ギリギリですししょうがない…遅刻にはしませんから早く席に着いてください」
自分の席を目指して歩く。
そしてどっさり腰を下ろす。
3-2担任の山口 美歌先生だ。
おっとりしてて先生なのによく忘れ物をしてしまう、天然さんだ。
だけど根は真面目で優しい。
歳は教えてくれないが、あの容姿なら20代だろう。
生徒にも保護者にも、ついでに先生にも人気の先生だ。(先生からの人気は主に男性からだが……)
「さて今日ですが、特に変わったことはありません。あ、月曜日なので一時間目がホームルームですね。新学期になったばかりですし、席替えでもしましょうか?」
「「「おおぉぉぉ!!!」」」
クラスのはっちゃけてる系の男子が叫ぶ。
実にうるさい、何がそんなに嬉しいのだろう。
席なんてどこだって大して変わらない。強いて言うなら日の刺してくる暖かい窓側が当たりなぐらいか。
「んー、このまま一時間目に入っちゃいましょう。さて、じゃあクジを持ってきたので一人ずつ引いてください」
先生が隅の席から番号の書かれた紙の入っている箱を回す。それが回されている間に山口先生が黒板に適当に番号を割り振る。
俺の席はど真ん中、箱がくるまでまだ時間が掛かりそうだ。
クラスの連中は自分の紙を引いては黒板を見て一喜一憂している。
こんなに冷めた顔してるのは俺一人ぐらいか。
いや違うな、もう一人、窓側の席で無表情のまま窓の外を見てる奴がいる。純白な髪が窓の向こうの白い景色と妙にマッチしている。巴里 咲。
それはまるで窓が額縁、そしてそこに描かれた肖像画のようで、美しく、そして何故か儚さを感じさせる。
「ひ、東野くん? 順番だよ」
「ん? ああ、すまん」
「い、いやこっちこそごめん……」
見惚れてたとは断じて違う。
むしろ少しイラつくのだ。
これが同族嫌悪と言うのかはたまたただ単に気に食わないのか分からんが、確実に言えるのは俺が勝手にイラついてるだけで、あいつは何も悪くない。
あー、何故こんなにもイラつくのか……
「ひっ、そ、その邪魔して本当にごめん!」
「……」
イラつきが顔に出てたのか、前の席の奴が小さく悲鳴をあげる。
別に俺は喧嘩ばっかしてる訳でもないのにこの顔でよく誤解される。
鋭い目つきにこの髪留めだ。
チャラいを通り越して不良のように見られても仕方がない。それでもやっぱり見た目だけで判断されるのは気持ちの良いものではない。
「ああ、別にお前にはイラついてはねえよ」
「お、お前には……? そ、そっか良かったよ……」
ちっ、言葉のチョイスを間違えた。
まあ嘘はついてないが、今ので余計に誤解されてしまうだろうか。
このまま箱を止まらせても悪いのでちゃっちゃと紙を引き抜く。
几帳面に二つに折られた紙を見て、山口先生の真面目さが見えてくる。
そっと開いて見るとそこに書かれてた番号は……
「16番か」
前の黒板を見て自分の席を探す。
結構な量の数字に拉致があかないので、窓側の方から順に探すと案外早く見つかった。
「……一番後ろの窓際か」
さっきも言った通り、この席替えなんて日差しが当たるかどうかぐらいの差なのでこの席はまあまあラッキーじゃないんだろうか。
と、そんなことを考えてる間に回り終わったか。
「じゃあみなさん、隣のクラスに迷惑が掛からないように、静かに移動してください」
山口先生がお約束の言葉を言う。
ザワザワ、ザワザワ
まあ当然誰も言うことは守らないのだが。
本当にガキばかりだと思い知らされる。
またうんざりしてしまった。
はあ…俺もさっさと移動しないと…
机を移動させようとすると分かりやすく道が出来る。
そんなことにも一々ムカつくが、言った所でどうにもならない。これはさっさと渡った方が良い。
「お、やっぱりあったかいな」
日差しが差し込むのは、せいぜい窓から二番目の列までというぐらいか。
さて、俺と同じラッキーな席を当てた奴の顔でも拝んどくか。おそらくこれが中学最後の席替えだし。
「……!?」
顔はどこからどう見ても日本人なのに綺麗な純白の髪、その整った顔は恐ろしいまでに無表情。
振り返ったそこにいたのは……
「巴里……」
俺の声に反応してか、巴里もこっちを見てきた。
俺は即座に狸寝入りにふける。
気のせいだとでも思ったのか、巴里は特に何か気にした様子もなく顔を前に戻した。
まじかよ……よりにもよって……
別に巴里のことを嫌いな訳ではない。
クラスのアホな連中より余程ましだ。
ただ、なんというかどこか近づきにくい。
「さてと、じゃあ係決めもしちゃいましょうか。そうですねーやっぱりまずは委員長でしょうか」
この学校は変わっていて学期に一人クラス委員を決めるのだ。それも一人だけ。
「ちなみに卒業式がもうすぐ近いですが、その計画、準備もしてもらいます」
どんだけ生徒任せなんだ……
せめて在校生にやらせろよ……
まあそういう自分だって去年やってないのだが。
「誰かやってくれる人は……いませんよねえ」
それはそうだ。こんな面倒くさいことやろうとする奴なんていない。もし手を挙げるなら、それは相当真面目かいたぶられるのが趣味な変態だけだろう。
「んー……困りました」
誰も手を挙げないまま刻々と時間が過ぎていく。
中には、お前やれよ〜とか私はちょっと……なんて会話も聞こえてくる。
スッ
そんな中手を挙げる奴がいた。
……まあ立候補ではなく推薦なんだが。
「巴里さんがいいと思います!」
俺は思わず横を見た。
巴里はそんな人前に出るタイプではない。
真面目は真面目だが、それは人と交わらないやり方だ。
「んー、巴里さんやってくれますか?……」
先生がお願いと言外に伝えている。
言うまでもない、こんなのはスッパリ断っ「……やります」て……なにい!?
「……私で……よければ」
何を考えているんだこいつは!?
そんな誰とも分からんやつに推されて引き受けるのか。これはお人好しというよりもただのバカじゃ…
「本当ですか!? じゃあ任せますね。みなさんも巴里さんをサポートしてください」
「「「はーい」」」
先生は決まって嬉しそうだ。
生徒達も自分じゃなくてよかったとばかりに話している。
隣を見てみると、どこか嬉しそうな巴里の姿があった。
「おまえ、やりたかったのか?」
俺は疑問に思ったことを口に出していた。
「……ううん……ただみんなの役に立てたから」
巴里はどこか誇らしげに答えた。
……そうか、イラつく理由はこれか。同族嫌悪?全くそんなことはない、むしろ真逆だ。俺だったら嫌なものは嫌だと言う。みんなの役に立ちたい、それは一見素晴らしい意見だ。だが、たぶん巴里は人の役に立つことで自分の存在を確かめている。簡単に言えば自分の存在を誇示したい…いや、単に私はここにいるんだと証明したいだけなのかもしれない。
そして友達になりたいだけなのかもしれない。
それが俺にとっては、淡く、虚しく、悲しいように見えて仕方が無かったのだ。
「あっそ」
それ以上巴里は口を開かなかった。
まるで質問に答えるだけの、単純で凝固されたロボットのように。
無表情にある目は何を見据えているのか、俺には分からなかった。
……そういえば、あいつは俺を怖がらなかったな……
ー
席替えをしてから一ヶ月とちょっとが経った。
一応学年末テストなんてものもあったが、正直受験モードのこの季節にやるのでは誰も本気にはならない。
俺ももうすぐ受験だが、私学一択のつもりだからあまり勉強に気が乗らない。
そこは何故か学費が安く、来るもの拒まずというシステムらしい。なんでも「ケモノ」と呼ばれる得体のしれない存在を闊歩させていて、しかも賭けとかなんとかが盛んで、いつ国のお偉いさんに潰されるか分かったもんじゃないらしい。そんな不安定不安心不安全な学校に来ようという生徒は少なくてそうなってしまったらしい。
俺は別に曰く付きの物件とかだって平気に住めるタイプだ。今さらたかがUMAモドキごときでこんなチャンスは逃さない。
ちなみに学級委員長になった巴里はと言うと……
「これやって!」
「はい」
「これ頼んどいてもいい?」
「はい」
「いやー変わってもらえて助かったわーじゃあ明日!」
「…………はい」
……このざまである。
いよいよ卒業式が近づき、委員長も大変になってきた。
まあ準備って言っても、前日にやるお楽しみ会的な物のことだった。それを言わなかった山口先生もひどいが(恐らく悪気はない)委員長任せのこのクラスもどうだ?ったく、サポートしろって言われてんのに。
「まったく、おまえはそんなに色々やらされて良いのか?」
「……みんなの役に立ててるから」
「またそれか……」
俺と巴里はちょっと話す程度の仲にはなっていた。
話すと言っても九割こちらが話しかけてるのだが……
席も隣だし、なにより俺を怖がらない唯一の人間だ。何故怖がらないかと聞いたら、……何が怖いの? である。無駄にイラついてたこっちがバカみたいに思えてきた。というか巴里よりも、現在この現状の方がムカついてしょうがない。
「あのな、役に立つからってお前がみんなと仲良くなってるとは言わねえぞ」
「それでもいい」
なんて無表情に答えやがる。
俺は今まで一度もこいつの笑った顔どころか悲しい顔、困った顔まで何一つ見ていない。
ふむ、卒業までに笑い顔とか見てみたいな。
いや、むしろ残りの中学生活はそれに費やすのも悪くない。こいつの笑った顔には興味がある。うん、そうしよう!
俺はここで変な目標を掲げるのであった。
「はあ、まあ頑張れや」
俺は手伝おうとはしない。
別に巴里が請け負ったことだし、それにそれを巴里自身が望まない。別にそんなことに負い目も感じなければ、自分が最低だとも思わない。
「俺は帰る」
「うん……」
俺はこのお楽しみ会の準備に特に参加はしない。
クラスの連中と仲良く共同作業が出来るとは思えないし、そうしたいとも思わない。もちろんクラスメイトだってそうだろう。
「あ、あれ? 東野くん帰っちゃうの?」
山口先生が心配そうにこちらを見上げてくる。
俺の身長はまあまあ高いし、女の先生ならとうに越しているからこういう形になってしまう。
「うっす。手伝えることも無さそうなんで」
俺は心にもない事を伝えた。
よく周りを見れば人手が欲しそうなところはいくらでもある。ただ、先も言った通り、俺が入っても空気を壊して余計に作業効率が下がってしまうだけだ。
「そっか……最後なんだしみんなとも仲良くね?」
俺は適当に相槌を打っておいた。
最後だからといって仲良くする気は毛頭ない。
「……巴里さんとも……」
「………」
俺は返事ができなかった。
何故か返事が出来なかったのだ。
「ふふ、その様子だと大丈夫そうね」
先生は俺の顔を覗き込んで、楽しそうに、そして安心したように笑った。
心の中を覗かれた気分だ。
「もう、素直じゃないんだから」
「っ……知りません」
一言、さようならっすと声を掛けて俺はその場を後にした。まるでそそくさ逃げるかのように。
「っくそ、なんで俺が逃げなきゃ行けないんだ」
逃げたと自覚している自分に愚痴を吐きながら廊下を歩く。通りすがりの生徒達が目を合わせまいと必死になっているのが分かったが、珍しく何も感じなかった。いや、感じれなかったと言うべきか…
「お待たせ〜」
「遅かったね、居残りはいいの?」
「ああそれね! 巴里さんに変わってもらった! ちょっと用事があるっていったら私がやるって!」
「何それ? 超便利屋じゃーん」
「それなそれな!」
昇降口で靴を履き替えてた時、そんな話し声が俺の耳を燻った。
内のクラスの連中が数人で話している。
どうやら巴里に仕事を押し付けたらしい。
「ああ! くそ!!」
昇降口まで来てたのを回れ右する。
そして早足に元来た道を戻る。
教室に帰ってみると生徒はいなくなっていた。
……一人を除いては。
「っ……なにやってるんだよ……」
「? 帰ったんじゃ……」
「何やってるって聞いてんだよ!!!」
俺の大声が小さな教室内で反響する。
そこには教室の隅で大量の荷物、いや準備物を抱えている巴里の姿があった。元気も、悲壮も感じさせないその顔は、夕日に赤く照らされている。
「みんな用事があるって……」
「っ!!? それ本気で信じてんのか!?」
「??」
こいつに人を疑う気持ちはない。
欠片もない。
善とは、この世の中にある正義とは、彼女以外に彼女以上にはいないんじゃないのか。そうとすら思えてくる。
「ああ、もう……」
いつの間にか俺は巴里に仕事を押し付けて帰ったであろう愚図連中のことなどを考えるのを放棄していた。これ以上巴里に人のなんたるか、愚図さ加減や嘘の実像なんかを話してしまうのはいささか躊躇われた。この髪と…純白な髪と同じくらい汚れのない、悪く言えば世間を知らない心を、折るのは、塗りつぶすのは全くもって意味のないことだ。勿体無い。
「手伝ってやる……」
「悪いから……」
「いいから寄越せ」
俺は巴里から飾りやら計画書やらを半分奪って席に着いた。巴里の隣の、俺と巴里が初めて話したこの机に。彼女もこれ以上何かを言う事なく、黙々と作業に打ち込んでいる。言葉に甘えたのならそれでいい。俺も自分の作業に打ち込んだ。結局全部終わったのは九時を回った時だった。
ー
翌日、ある事件が起きた。
いや違うな、事件を起こしたんだ。
まあ事件というほどでもない。
誰も死んでないし、何かが盗まれた訳でもない。
至極普通、単純明確に、俺がクラスメイトをぶん殴った。ただそれだけだ。
数分前。
「おまえすげえな! あれ昨日の内にやったのかよ!」
「まあな〜俺にかかればあっという間っしょ!」
登校してきて、教室に入る瞬間そんな話が聞こえてきた。
ガラッ
クラスメイトが俺を見る。
だがまるで興味を無くしたかのようにすぐに元の話に戻った。
「てか巴里さん頼みを聞いたのに人に任せたの?」
「えーそれは酷くない?」
クラスの女子共もコソコソ何かを言っている。
「まあまあ、そんなもんだって! あいつは!」
あははははっ
クラスの中が笑いまくる。
そんな中、巴里は居づらそうに身を縮めている。
その瞬間、俺は口より先に手が出ていた。
ゴン!!!
ガッシャン!
「「「きゃあああ!」」」
女子共が叫ぶ。
男子は何が起こったのかついていけていない。
そして殴られた奴は机を撒き散らしながら2、3メートル程ぶっとんだ。
「てんめえぇ!! 何我がもの顔で嘘でっちあげてんだごらぁ!!!」
「はあ? 何言って……」
「すっとぼけんな!!! てめえ! 巴里がどんな思いで昨日あれをやってたと思ってやがる! どんな善意な気持ちであれをやってたと思ってやがる!! おまえらのために! お前らのような愚図野郎共のためになんだぞ!! それをてめえの手柄にしただけじゃ済まず、巴里を侮辱するとはどういう了見だ!!!」
俺の大声がまた小さな教室内で反響した。
この前とは比較にならない量で。
「「「………」」」
クラスメイトは、巴里でさえ誰も口を開こうとしない。弁明も無ければ、謝罪もない。
俺の荒い息だけが、そこには残った。
「……だから?」
しばらくすると、殴られた少年が呟いた。
「……!?」
「別にしょうがないじゃんかよお!そういう空気だったんだ!」
「そ、そうだそうだ! あんまり調子のんな東野!」
「おまえ空気読めないの? まじ冷めたわ」
クラスメイトは次々と汚物を吐いた。
いやクラスメイトなんていうのもおこがましい、吐き気がする。
連中の俺を見る目は、集団の利を会得したハイエナのごとく、鋭く、そして狂気に満ちていた。
民主主義、そんな多数決が正義な考えがここに行き着くのなら、それが正義だと言うのなら、俺は例え世界を敵に回したって構わない。そう思えてくる。
「どうしたの!!?」
遅れて山口先生が教室にきた。
恐らく机の音が下にまで響いていたのだろう。
他にも何人か男性教師がいる。
山口先生はこの惨状を一瞥すると…
「………東野くん、今日は一旦帰りなさい」
「山口先生!? それは……」
「ごめんなさい竹中先生。今日は見逃してやってください……」
竹中と呼ばれた、生徒指導科と思われる教師はそれ以上何も言わなかった。
ー
さらに翌日、俺は朝早くに学校に行き山口先生に昨日のことを話した。
「そう……まあさいわいあの子にも大した怪我は無かったし……でもダメよ?手を簡単に出しちゃ」
「すんません……」
俺はきっと今すごくバツの悪い顔をしているんだろう。
「でも……こんなこと言っちゃいけないかもしれないけど……ありがとう。巴里さんの見方になってくれて」
「自分は……」
「いいのよ、何も言わなくて。ほら! 早く教室に戻りなさい! 今日は小テストよ? 勉強はした?」
先生はちゃっちゃか俺を追い出した。
俺は知っている。実は今日小テストが無いってことを。だいたい、学年末が終わったのに小テストをしても意味がないだろうに。そこら辺はおっちょこちょいな山口先生らしい。でも同時にありがたいとも思った。
結局先生はろくに話も聞かないで察してくれたのか、大きな問題にもしないでくれる。俺を狂った暴力問題児とも見ていない。他の教師は会うたび睨んでくるというのに……。そんなこんなで昇降口前を通る。そこには靴を履き替えている見覚えのある純白な髪が……
「ともえざ……」
俺はそう言いかけてやめた。
よくよく考えたら昨日の俺は本音という本音をさらけ出していた。今思えば恥ずかしいなんてもんじゃない。穴があったらそのまま冬眠してしまいたい勢いだ。
「ん?」
巴里は何故か動かない。
そしてその手には一枚の紙が……
「あっ」
気づかれた!
ああ、どうしようどうしよう!
とりあえず右向け右だ!
そのまま俺は脱兎のごとき速さで教室へと逃げたのだった。
ー放課後ー
SHRが終わるや否や、すぐに巴里はどこかに行ってしまった。今朝の手紙も気になるし……いや、別にあれがラブレターだからどうとかいうことは考えてないけどな!!?
まあとにかく昨日の今日だ。落ち込んでいない方がおかしい。
さてと、俺も気まずいしさっさと帰……
「クスクスっ聞いた? 巴里さんの」
「ああ、あれね〜、手紙がどうとか」
「かわいそうにねえ、どっかの誰かさんのせいで怖い目にあって」
「おい! 今の話なんだ!!?」
「うぇっ!? 東野くん!? いやえーとそれは…」
「さっさと答えろ!」
「うっ……実は、今日手紙を………」
話を聞き終わった俺は一目散に走った。
時計を確認してみると結構な時間が経ってしまっている。しかしなんてやつらだ! 俺には敵わないからって巴里に報復しようだなんて!!!
「くっそ!!」
女共から聞いた話によると場所は体育館裏。
ちっ! 漫画かドラマの見過ぎか!?
その癖に一番人の目につかねえじゃねえか!
俺はただひたすらに走る走る走る。
靴を履き替える手間すら省いて。
グラウンドに出て体育館のある東館まで走る。
野球部やらサッカー部やらの元気の良い声も、今は鬱陶しくてたまらない。
道の短縮のために敢えて草の生えまくっている道を行く。泥や苔やらが服に着くが気にしていられない。そうして伸びまくった雑草を掻き分けて見えてきた広い場所。そこにいるのは……
「巴里!!!」
「ひ、がしの……くん」
顔やら足やらにアザのある巴里が倒れていた。
俺はすぐ駆けつけて怪我の具合を見る。
不幸中の幸いというかなんというか、大怪我はしていないみたいだ。
けど……けど間に合わなかった!
「すまん! ……すまん!!! 俺のせいで……巴里が……巴里が……!!!」
「なん……で……謝るの?」
「!!?」
「これ……は、私のせい……」
「んなことねえ! 俺が……俺が昨日暴走しなければ!!!」
いつの間にか俺の目には涙が流れていた。
巴里はそれを見ると、少し笑って指で拭ってくれた。
…………………………笑って?
「……嬉しかった。昨日ああいう風に言ってくれて。だから……泣かない……で……」
「巴里!!」
そう言って巴里は気絶してしまった。
初めてであろう恐怖、初めてであろう痛みに、身体が……精神が限界だったのだろう。
こうして、巴里の笑い顔を、最悪のタイミングで、最悪のシチュエーションで……そして最悪な俺が初めて見た瞬間だった。
紙兎ミヤ
「隼人、無人島に行くなら何持っていく?」
「なんだよ、唐突だな。まあ俺だったら……ろ過装置とか食料とか……」
「あ、ひとつだけね」
「ですよね、その手の質問ひとつですよね」
「そりゃあね」
「うーんそうだなあ……」
「どうなの?」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「TOKIO……かな……」
「…………………頭良いね」
「……だろ?」
この前隣で話してるの聞いて吹きました(笑)




