#002 - 迷路、マグカップ、シンデレラ
お題:迷路、マグカップ、シンデレラ
ジャンル指定:なし
「こうして、シンデレラは王子様と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
(これって音声認識とか、カメラでの口形認識とか結構な技術をつかってるんだろうなぁ……)
手に持った絵本を音読し終えた私は、固唾を飲んで、壁の一部にはめ込まれたモニターを見つめる。
そこに映し出されているのは、“ものがたりをよめ”の文字。
その下には幾つかの本が置かれているが、女性がお嫁に行くのはシンデレラだけだった。
“をよめ”は“お嫁”とのダブルミーニングだと考えたのは正解だったらしく、先ほどまで表示されていた文字が、大きな丸に切り替わっていく。
それを見て私は、ようやく安堵の溜息をついた。
「よしよし、次の経路はっと」
手に持った絵本を元の位置に戻した私は、気を入れ直して壁の一部に浮かび上がり始めている次の経路を注視する。
「直進、右、左、直進、直進、右、左、左、直進、左、右、右、直進で最後に右か」
呟きながら必死になってその道筋を記憶する。
メモ帳でも持っていれば良かったのだが、生憎と今日のルールは手荷物も預けて身一つで攻略することだった。
さて、いまさらになるが、私はたった一人で巨大迷路を攻略中である。
事の発端は、リアル大脱出と言うかなりの広さの場所を借りきって行われる大型イベントに参加したことだ。
今回のテーマは【異次元迷路からの脱出】だそうで、参加者は別々のヒントを元にゴールを目指すということらしい。
意外と凝っているのか、スタートしてすぐに友人らとも別れて、一人で行動することになってしまった。
この手のゲームらしく時間制限もあるので、スタート地点で渡された時計に表示される残り時間を気にしながら、先ほど覚えた順路に従って迷路を早足で進んでいく。
私の足音だけが響く通路に、最初の頃はあった通路で人とすれ違うことも無くなっていることに意識が行った。
既にクリアした人もいるのだろうか、友人らはどうしたのだろうか。孤独に挑戦し続ける現状に、少しだけ寂しさを感じる。
無論、こういったゲームは世界観への没入感も大切な要素となっている事はわかっている。そのため、携帯電話すら手荷物とともに預けているので、外部の情報はまったく入ってこない。
日常の一部となっているそれらから切り離されているのは、ここが“異次元”であることを再認識させてくれるが、少々不便と言えば不便だろう。
そんなことを考えているうちに、目的地へとたどり着いたようだ。
たどり着いた場所は、薄暗い四畳半ほどの小さなスペース。その中央には一本足の丸いテーブルが配置され、天井の中心からはテーブルを照らすようにライトが吊り下げられている。
そして、テーブルにはスポットライトによって浮かび上がったマグカップが、たった一つだけ配置されていた。
先ほどの“絵本の部屋”は、ぬいぐるみが所狭しと置かれ、子供用のおもちゃも散乱していたために子供部屋の雰囲気となっていたが、打って変わってこちらは何かのステージのようだった。
「さてっと、ここのヒントはどこだろ?」
気分を盛り上げるために独りごちた私は、壁に貼り付けられた紙を見つける。
そこにはただ一文が記載されているだけだった。
――マグカップに触れずに、制限時間以内にマグカップの中身を空にしろ。
なるほど、今度は純粋な知恵比べ、というわけか。
紙の下に目を向ければ、壁にデジタル時計が嵌めこまれていて、【02:00:00】と表示されている。
2時間、と言うことは無いだろう。
2分、つまりは120秒以内に、マグカップの中身をどうにかして無くさなければいけない。
“触れずに”と言うことはマグカップ持って傾けることもできないし、スプーンなどで悠長に汲み出していては時間が足りない。
よく見ればテーブルも地面に直接溶接されているようで、所謂ちゃぶ台返しも出来ない。
(まぁ、仮に出来たとしても、そんな乱暴な解答は主催者側も認めないだろうけど……)
幸い、スタートはまだ切られていないようでカウントダウンは開始されていない。でも、これもいつ勝手に始まるかわからないわけで。
「道具、なんか道具があるはず……」
薄暗さに目が慣れてきたため、室内の全貌がようやく見えてきた。
部屋のアチラコチラに様々な道具が置かれている。
この薄暗い状態でも見えるような場所に置かれているのは、最低限の配慮と取るべきか、それともさらにその影になるような場所にもあるかも知れないと、うがった見方をするべきか。
手元の時計を見ると終了時間もだいぶ近づいてきている。ここをクリアしてもまだ先があると言う可能性を考えると、ここで悩み続ける時間は限りなく少なくなっていた。
とりあえずは行動を起こすべきと、目に見える位置に在った道具を全て回収して、ここでしっかり考えろと言わんばかりに配置された小さな作業台に並べていく。
回収している最中に、最初に考えた手段であるスプーンも置かれていることに気がついたが、あれはきっとフェイクだろう。
集まった道具は何かのスプレー缶、ストロー、萎んだゴム風船、ハサミ、花瓶、セロハンテープ、洗剤、洗濯バサミ……。
ざっと見て単品ですぐに解答につながりそうな物が無いと言うか、こんなものでなんとか出来そうな状況の検討がつかない。
途方に暮れながらも、一つ一つ道具を見ていくしか無いと思い、まずはと手に取ったのは、何かのスプレー缶だ。
配置されていた場所が部屋の中でも特に暗い場所だったので見えていなかったが、スプレー缶の表面にはエアダスターとプリントされていた。
これが液体窒素とかだったらマグカップの中身を凍らせて、中身だけ持ちあげるとかできたんだろうけど、これ一本ではどうにもできない。そもそも、そんなものを取り扱うのは怖すぎて、使いたくはないわけだが。
ちらりと、デジタル時計を確認したが、いまだに動いていないことに、ほっと安堵のため息をつくと同時に気合を入れ直した。
(前みたいな言葉遊び……はないか、読み取れるのは空にするのはどんな方法でもいいってことぐらいだし)
例えばストローと花瓶はどうだろう。
サイフォンの原理を使えば、マグカップから中身を移すことが出来ないだろうか。
発想はよかったけど、ストローの長さが圧倒的に足りないからだめか、せめてホースがあればいけるんだろうけど。
(空にする……空にする……中身が無くなればいい)
ここまでも散々頭を使ってきているのだ、なかなかいいアイディアも生まれずに、まったく関係のない事ばかり浮かんでくる。
(あぁ、もう、めんどくさい! 帰ったらお湯が溢れるくらい入れて、ゆっくりお風呂に入ろう!)
普段はあまり運動しない私が、今日は色々と走り回ったのだ、その位やっても許されるはずだ。
そう、溢れるお湯がもったいないとか言わずに、いっそのこと頭まで湯船に沈めて……溢れる?
「あっ……」
そうだ、ぎりぎりまでお湯を入れた浴槽に入ったら、お湯が溢れるんだ。
何か道具を使ってマグカップの中身を溢れさせればいいんじゃないだろうか?
(溢れさせるにしてもどうやって? 子供みたくストローでブクブクやったところで、全部は出て行かないし……)
道具を見直せ、ヒントは絶対にあるはずだ。
花瓶は?
違う、マグカップに入るサイズじゃないし、入ったにしても空にすることは難しい。
洗剤は?
洗剤を入れて溢れさせても、中身が洗剤に変わるだけで意味が無い。
溢れさせるって事は、何かで押し出すって事。
全部押し出すには、ぴっちりと張り付くようにマグカップの内側の形に変わるものじゃないとだめ。
形が変わる……あぁ、なんだコレが答えじゃないか。
私が答えに辿り着いたその瞬間、ビィーと言うアラームが部屋に鳴り響いた。
弾かれるように壁の時計へ視線を向けると、表示されていた数字が減り始めている。
カウントダウンが開始されたと言うことは、コレが答えで正解なのだろう。
私は手に持ったゴム風船に少しだけ空気を吹き入れて見るものの、見かけによらずかなりの弾性があったため自身の肺活量で膨らまし切るには時間が足りないことに気がついた。
ただ膨らませるのではなく、マグカップの中で膨らませなければいけない。
残った道具に補助となるものがあるはずと、視線を巡らせて、それらを手に取った。
▼◆▼
私は今、シューと言うスプレー音とともに、マグカップの中に沈めたゴム風船を膨らませている。
思ったとおりにゴム風船をエアダスターで膨らませるのは正解だったようだ。
エアダスターのノズルをゴム風船に入れたまま、口をきっちりとセロハンテープで固めて空気が漏れないようにしたから順調にゴム風船は膨らんでいく。
ゴム風船が膨らんでいくとともに、マグカップの中身も溢れていき、その液体がテーブルへと広がっていった。
液体がテーブルに広がることによって気がついたが、テーブルには細かい溝が掘られていたようで、液体が広がることによってそこに模様のようなものが浮かび上がっている。
「これは……文字?」
マグカップの中身が全て出きった後に出来た模様、そこに記されていたのは7つの英数字だった。
少しの間その文字に気を取られていたが、ふと時計を見てみると未だにカウントダウンは続いている。
風船を膨らまし切ったにもかかわらず、カウントが続いている事実に慌てそうになったが、冷静に考えるとマグカップの中身は液体の代わりに風船で埋まっていることに気がついた。
慌ててセロハンテープを取って空気を抜き、マグカップからゴム風船を取ると、案の定カウントは停止した。
(カウントは停止したけど、ヒントがこの英数字? 最後の最後で何かを間違えた?)
とりあえず他にヒントは無いかと部屋を見渡してみると、入ってきた入り口と対角線上の壁にパネルが現れていた。
パネルには7マスの空白が表示されており、その下には英数字のキーボードが表示されている。
「あぁなんだ、そういう事ね……」
私は、パネルのキーボードを使って、先ほど見た7つの文字を入力していく。
そして、最後の一字に指が触れた瞬間、ファンファーレと共に部屋が強烈な光りに包まれ――。
▼◆▼
「お客様、起きてください。イベントは終了していますよ?」
「はっ、え?」
声を掛けられて飛び起きると、目の前にはイベントスタッフの一人が心配そうな顔でこちらを見ていた。
ボンヤリとした頭を無理やり覚醒させて周りを見ると、私とこの人以外は誰も居ない。
慌てて腕時計を見てみると確かにイベント終了時刻はとっくに過ぎている。どうやら私はイベント会場の外にあるベンチで眠りこけていたようだ。
「大丈夫ですか? 出口までご案内致しましょうか?」
「あぁ、はい、大丈夫です」
フラフラと覚束ない足取りで立ち上がり、まっすぐに正面出口へと向かった私は、慌てた様子の彼に呼び止められた。
「あぁ、既に正面の出口は閉まっているかと思いますので、スタッフ用の出口までご案内させて頂きますね」
と、彼は微笑みを浮かべたままに私を先導してくれた。
彼が言うにはスタッフ用の出口まではそこまで遠い距離ではないそうだが、建物自体が入り組んでいるのか中々に厄介な道順で進んでいく。一人で出口を探していたら、迷子になって途方にくれていたかもしれない。
それなりの時間を歩いたからか頼りなかった足取りも次第に持ち直し、目的のスタッフ用の出口も見えたので、付き添ってくれた彼へ振り向き頭を下げる。
「どうもご迷惑をお掛けしました、もう大丈夫です。それと、主催の方に久しぶりに楽しい時間を過ごせました、と伝えていただけますか?」
「いえいえ、お一人でのご参加だったようですので心配でしたが、そのご様子ですと大丈夫のようですね。楽しんで頂けたようで、スタッフの一員としても安心致しました。次回のご参加もお待ちしております」
「えぇ、今日は一人でしたが、次は友人と参加しようと思います」
なんとも日本人らしいお辞儀合戦に発展しかけたが、時間も時間だったためにもう一度だけ頭を下げて私は出口をくぐった。
「本当に楽しかったです、ありがとうございました!」
「はい、楽しんで頂きありがとうございました」
私の声に、彼はもう一度だけ深くお辞儀をし見えなくなるまでこちらを見送ってくれている。
イベントは途中でリタイアしてしまったが、私は最後の最後で気持ちよく帰ることができたなと、次回も参加する決意を胸にいだいて家路へとついた。
そう言えば、何かを忘れている気がする。
いや、何かを忘れてしまった? わからない。頭の何処かに白い靄が掛かっている気がするが……うん、思い出せないならきっと大したことじゃないだろう。
キ ッ ト ソ ウ ナ ノ ダ。