表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

現代短編

ある小説家志望の騒がしい電話

作者: コーチャー

「もしもし、久しぶりだな。森久保もりくぼ、いまも腐った江戸川乱歩のような怪奇小説を書いているのか?」


「なんだ、急に電話をかけてきたと思えば、残念ながらいまも苦吟しているところだ。あと江戸川乱歩は怪奇小説家ではない推理小説家だ」


 静寂を破って電話をかけてきたのは、大学の同期だった阿部あべであった。携帯が鳴ったのは随分と久しぶりである。それくらい私の交友関係は狭い。その上、私が小説を書いていることを知っている友人となると阿部しかいない。


 今日も私はワンルームのマンションに引きこもって駄文を書き散らしていたのだ。


「そうか、推理小説家だったか。どうだ、世を驚嘆させる怪作は書けそうか?」


「残念ながら懐作ばかりで、どこかで読んだ事のあるような懐かしいものばかり書ける」


「産みの苦しみというやつだな。男の身でそれを体験できるというのは稀有な体験だぞ。一層、男が女になってしまうものでも書いてみろ」


 性転換を題材にした作品は古今東西、枚挙にいとまがない。西洋ではオーランドー、中国では捜神記にそのような話が一片収録されている。近年でも多くの作品が出ており、私が手を出せるような隙はない。それはそうと、電話の向こうが随分と騒がしい。


 私の部屋はそういう喧騒から縁がないので多少の音でも大きく感じてしまう。なぜなら、マンションの最上階、角部屋という執筆に最適な環境が整っているからだ。


「そんな手垢のついた案使えるものか。どこにいるんだ? 随分と後ろが騒がしいようだが」


「ああ、そのことか。ちょっとな……」


 阿部がもったいつけたような口調で、答えをはぐらかすときはだいたい何か裏があるのだ。まぁ、裏に何が隠れていようが関係ない。私はこの静寂に囲まれた部屋で、執筆に勤しむのだ。


「用事がないなら切るぞ。ちょうど筆が乗ってきたところなんだ。怪作とは言わないが、快作なら書けそうな塩梅だ」


 とは強がってみたものの実は先程から筆は止まっており、一文もかけていない。


「ちょっとまて、ちゃんと用事がある。お前が怪奇小説を書いていると知って以来、何か変な出来事に遭遇したら教えてやろうと思っていたのだ。ちょうど、今しがたそういうことがあったので電話したんだ」


「えっ、なんだって? 後ろがうるさくて聞こえん」


 ライブ会場にでもいるのか、いよいよ阿部の後ろでは騒ぎ声が激しくなっている。


「だから! いま不思議な出来事が起きているんだ!」


「不思議なことだって!? ぜひ、教えてくれ!」


 電話の後ろがうるさいせいで、どうしてもこちらの声も大きくなってしまう。執筆をする際、私は音楽をつけることをしないので余計に自分の声が大きく聞こえた。


「そう慌てるな。いま、お前どこにいる?」


「どこって? 自分の部屋だが」


「それはちょうどいい、いまお前の部屋の前にいるんだ」


 私は慌てて、部屋から飛び出した。


 そこには携帯を手にした阿部が立っていた。玄関を抜けると先っきまでの騒音が嘘のように消えて阿部の声がよく聞こえた。


「なっ、不思議なことがあっただろ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 落ちがどうしても理解できなかった…悔しい
[一言] うわー、これは怖いですね。 この展開は読めませんでした。しかもこの少ない文字数で、こんなにまとめれるなんて凄いと思います!! コーチャー様の他の短編も読んでみます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ