特には
私は目の前にうずくまる女を上から見下ろしていた
それは実に何もない光景だが、しかし
実際、私が止めなければ、そこで一つの殺人が起きていただろう
さて
さて、私は目を覚ますと、とりあえずテーブルに乗っかっている新聞を捨て、玄関に向かった
外の寒空の中、茶色いコートがわずかに私を寒さから守るが
直行きつけの喫茶店に入るためそこまでの苦痛でもない
そこで私は初めて彼女を目撃することになる
からころとベルが鳴るがその玩具のような音がいつも私の心を撫でまわし
もうそこで帰ろうかと思うのだが、そこのマスターのコーヒーのため、私はそれを中断していよいよ中に入る、その店の雰囲気は実に落ち着いておりあるおのは麻雀をあるものは将棋を、そしてオセロ、読書
今必死にパソコンと睨見合いっこをしているのは、締め切り前の小説家だろうか
私は一番奥のカウンターに腰をつけると「ブリーマウンテン」とマスターに言う
いちお言っておくが、この喫茶店はマスターの趣味なのか誤字なのか
お品書きのメニューに、一見目を疑うものが数多く、この店の看板さえ、その疑いがあるという
しばらくして、皿に新鮮なサラダと香ばしいト―ストが斜めに切られ二枚乗っかっている
ちなみに言えばバターが軽く塗っており、少しそこが湿りなんともおいしそうだ
そしてその横に何ともおまけかん満載で、白いマグカップに入っているコーヒー
私はその光景を思い描きながら待っていたが、ふと隣の席を見て思考をいったん止める
その女は六月なのに赤いレインコートを着ている
それだけ言えばまさしく合っているように思えるが、しかし今は涼しくとも、もうすぐ夏
直ぐに時間が来れば暑くなる、中には半袖が多いものの
私を除きそんな厚着をいている者はいない、もしかしたら、カッコ付けかな
私は、そんな事を考えながら、コーヒーが来るのを待つ間彼女に視線を写した
外見は美人と言ってもいいが、色白を通り過ぎて青白いそれは、はたから見ても不健康そうで
何かあることが分かる。その年は、30ほどに見えるものの、その窶れ方からしてもう少し若いのかも知れず、20代半ばかも知れない、身だしなみは綺麗だが、しかし所々、物は良いがそのアフターケアーが間に合っておらず、皴が寄ったりして、それも彼女に精神状態を物語っていた
しかし、一番重要なことは、目の前に、朝食のモーニングがあるにもかかわらず
コーヒーにさえ手を付けておらず、かと言ってなにか用事があるかと言えば、そうでもなさそうで
ただ小さなカバンを必死に大切そうに、抱きしめていた
そのことからも彼女が何か食べに来たのではなく、ここに来る理由、または休むため腰を落ち着かせたかったからなどが思いついたが、どれも推測の域を出るものではなかった
しばらくして「お待ちどう、ブルーマウンテン」
とマスターがテーブルに皿を並べ始めたのでそこで、意識が途切れ自然にそちらに心が移り女の事など頭から抜けてしまいただ一点、ブリーマウンテンに視線が釘付けになった
その抜けるような香り、さわやかな酸味に、渋れる濃い苦味が一気に口の中に広まり
私はまんま、その世界に引き込まれる、まさしくキリマンジャロ、いや「ブル~マウンテ~ン」である
ちなみに彼女に二回目に会ったのは、仕事現場に向かおうとした時の事であった
それに初めて会ったとき、実際には二度目だが、それはその他の人の波の一つにしか見えず
そして、それはハチ公みたいな名も知らない石像の下にあの小奇麗な小さな鞄を大事そうに立っていたが大してその時はそれには気付かなかった、しかしなぜそんな誰かも分からない一人に気づき、そして振り返り立ち止まったかと言うと、彼女から僅かに、あのコーヒー店のにおいを感じ取り
その顔を見て、あの幸薄そうな女性だと気付いたのだ




