リーゼ国国境警備隊
リーゼ王国は魔王の国に面した小国である。
上は王族、下は奴隷。そんな風に分けられているこの国に、今、復活した魔王からの軍勢が侵攻してきていた。
この話はそんな国の国境で国を護る、騎士どもの物語である。
ウルフは仰天した。何があったのかはわからないが、自分が国境守備隊に配属されることになったからだ。
ウルフは町の衛士である。昼は町を警備し、夜はあろうことかカード賭博で小遣いを稼いできた。才はあったのだろう。たちまちの内になうての賭博師になってしまったからだ。
しかし、それが5日前に発覚し、彼は捕らえられることとなる。原因は、夜な夜な宿舎から消えること。それを不審に思った誰かが調べ、発覚した、と。
幸い、違法とまでは言えない、精々子供のお小遣い程度の額を毎回掛けていたからか、罪にまでは問われなかった。だが、解雇は免れまい。
万が一逃れられたとしても、悪名はまぬがれまい。町は彼にとって住みにくくなるだろう。
だから、判決が出るまでの謹慎期間に考えた結論は、辞職して田舎で親の跡でも継ごうか、というものであった。
だが、出た判決は国境守備隊への転属。上層部なら島流しのために使う役職だが、ウルフのような一般衛士にとってはこれはとても名誉なことだった。
何故なら、魔国から国を護る最前線であり、昇給ものぞめる。戦闘により死ぬかもしれぬが、そもそも死ぬのは覚悟の上だ。
しかし、不思議なことに彼の地では人数を集めるということなどせず、少数精鋭で護っている。正しく一騎当千の部隊なのだ。
自慢ではないが、ウルフは体力と運、それと大声以上の武器はない。
極秘任務として出ていけ、との言葉に何かしらの不安を感じたが、仕事があるならこれ幸いと2つ返事で引き受けてしまった。
身が引き締まる思いで、準備し、心根を改めようとカードの類いをすてた。
自分は期待されているのだ、と有頂天になり、誠心誠意努めようと決意した。
しかし、警備隊の砦についた時、彼を待っていたのは、歓迎の言葉でもなく、激励の叱咤でもなく。
「上官命令だ!金を貸せ!」
ただ、ダメ人間に金を搾取され、挙げ句――
「オーホホホ!レイズしましょうかねぇ?」
「くそっ!絶対に勝て!勝たないと許さないからなっ!」
何故か魔族とポーカーをさせられていた。
フルハウスを3回、フラッシュとストレートを1回づつ積み重ねたところで、ウルフはようやく解放される。
魔族が時間だ、と言って自慢の魔法でどことなく消え去ってしまったからだ。
「おしっ!よくやったな、ルーキー!」
バシバシ背中を叩かれ、後ろを見ると駄目上司がいた。そして、皆を呼ぶから外に来い、とウルフに告げる。
ウルフは既に感じていたことだが、この部隊は悪い意味で変だ。それは、集合を見ても顕著でダラダラと集まってきた仲間と顔触れを見て、ウルフは頭を抱えてしまう。
どう見ても農家のお姉ちゃんが、ぼんやりと眠そうな眼でこちらを見ていたり、商人っぽいおっさんが贅肉を揺らしながら、えっちらおっちら此方に駆けて来るのだ。
遊び人らしき優男は呼び掛けを無視して寝ているし、まともな戦士の男は先程の農家の姉ちゃんのスカートの中を覗こうとして踏まれ、ハァハァ息をしている。
挙げ句の果てに、エロ本読んで興奮している半裸の美女までいた。
「よし、点呼!」
「一番~。畑を作らせたら世界一の警護隊ホワイト」
「ふぅ、ふぅー。二番!金の力はジャ……ふぅ……スティス!警護隊ブラ……ふぅ……ック」
姉ちゃんと商人風の男が自己紹介する。
ウルフは思考がついていかなくて、固まったままだ。
その目前で上司が寝ていた優男を蹴りあげる。
「……ってぇなぁ!お……いい男じゃん。
俺は……あ?わーたよ。どんな男でも受け入れる、優しき愛の伝導者警護隊ブルー」
「えーと、どんな男でもですか?」
「うん。君もどう?」
「遠慮します」
ウルフは戦慄した。15の時から二年間とはいえ衛士をやっていた彼は、そこそこ死線を潜ってきたつもりだったが、その中でも最も恐怖を感じていた。
「ハァハァ、私の番だな、ハァハァ!」
「いえ……結構ですから」
「ふっ……男に冷たくされてもキモいだけだ。
どんな攻撃も私の前では愛に変わる!警護隊イエロー」
「そ・し・て!気持ちいいことなら何でも大好き、警護隊ピンク!」
ウルフは顔を病人が如く、まっ更な顔を上司に向け言った。
「俺。今から退任します」
「僕達と魔族は敵対している。とはいえ、あまり戦争はしたくない。けれど、魔王がいる以上敵対しなくては他の国の非難は免れない。
つまりね、この砦は魔族との交渉に使うために設置されているんだ」
「はぁ」
あの衝撃の対面後、ウルフは上官の部屋にいた。ともすれば、現実逃避のために異世界へ飛びそうな意識を必死に保ってはいるが、目は虚ろで宙にさ迷っている。
「けれど、魔族はこつちの話なんて聞いちゃあくれない。
聞いて欲しくば、食べ物なり、金なり、性なり、もしくは武道なりで敵を従えさせなくてはならない」
「武道の人なんていましたか?」
「イエロー。彼はどんな攻撃でも気持ちよく受け止めるよ……相手が女性なら」
ウルフは相手が男性の時を聞いてみたかったが止めた。何にしろ平静を保てないような気がしたからだ。
「因みに僕はコック。
元の世界の料理を再現していたら、その腕を買われてここの隊長になった」
「それは……御愁傷様です」
「あはは……赴任した時は、ここまで阿鼻叫喚なメンバーじゃなかったんだよ?
まあ、いいとして君の名前はグリーン。警護隊グリーンだ」
「あ、そうそう。なんですか、それ」
ウルフが聞くと、上官は目をそらして笑う。
「彼らの名前を知ると、一生胃痛で苦労しそうでね……」
ウルフは無言で頷いた。
「で、君がここに配属された理由はわかるか?」
「駆けの腕ですか?」
「うん。ある程度知性のあるモンスターは知恵比べに駆けを使うからね。
それと、淫魔の配属がいないから、決まるまで相手をお願い」
「……それ、他に適任がいますよね?」
ウルフは少しテンションを上げながら聞く。当然、あまり期待はしていないが、男の性というものであろう。
「いや、忘れちゃいけないけど、淫魔だって選ぶ権利があるんだよ?
男に飢えているのは確かだけど、彼女達は自分より劣る相手とはあれどころか、話そうともしない」
「つまり、カードで勝てと?」
「うん。大金ふっかけるのも忘れないように。
借金の代わりに貸しをつくるのが君の仕事ね」
「クズじゃないですか」
「何を今更。
……あ、あとこれはマジな話だけど、君、大事な可愛い妹さんがいらっしゃるよね?」
ウルフはため息をつく。
要は、逃げ出すのも封じられた。
「本当にクズじゃないですか」
そう言って、上官室を出た。
いつか、勇者が現れ魔王を倒しに行くのを信じて――
リーゼ国国境警備隊。
今日もここではクズがクズなりに魔国から国を守っている。